拝啓 天馬 男とは多少、鈍感にできている生き物ですよね?Ⅳ
「あれだけコケにされて、それでも従えっていうのかよ!?」
声を荒げたのは、エーヴェルトだった。
残された黒星たちにジェラルドが最初に告げた言葉は、これからも彼女を守護し命令に背くなというものだった。それに異を唱えたのだ。
「あっちが不要だと切り捨てたんだ。従う必要もないだろう!」
正直エーヴェルトにとって、紫星の少女ソフィー・リニエールは興味の対象でも、排除の対象でもなかった。
第一王子もずいぶん毛色の変わった命を下すものだ――その程度の薄い感情しか持ち合わせていなかった。今日、この時までは。
普段どれだけ黒星らしからぬ振る舞いをしていても、エーヴェルトとて黒星としての矜持がある。その矜持を、年下のしかも男爵令嬢レベルに踏みつけられたとあっては冷静ではいられない。
エーヴェルトの言い分は、他の黒星たちも同意のようで、皆苦々しい態度を隠さなかった。それを感じ取りながらも、ジェラルドは切れ長の目を眇め、逆に問う。
「黒星に、従う以外の選択肢があるとでも思っているのか?」
「それは……」
拒否権など最初から存在していない。
エーヴェルトの反論すら、相手が紫星となれば大罪となる。
「本来なら、逆賊行為とみなされてもおかしくない。それを不問にして下さるというなら願ったりだろう」
「そこまで割り切れるかよ。……こっちにだってプライドがある」
「プライドの問題だというなら、この状況が続けば、悪化することはあっても改善の余地はないと思うが」
「…………」
ジェラルドの感情のこもらない声は、どんな場面でも同じだ。
相手が紫星の少女であっても、同じ学院で学んだ友人であっても。
「彼女は、この事業を大成させるだろう。その時、黒星だけが彼女に手を貸さなかったとなれば、どうなる?」
見えぬ未来の話など、本来の自分なら口にしなかっただろう。
この世に絶対など存在しない。
希望的観測などという思考も持ち合わせていない。
それでも大成すると言いきった。
それは、エーヴェルトたちへの説得のためでも、脅しでもない。
紫星の少女の冷徹な言葉を聞きながら、ジェラルドは当然のことに、いまさら気づいたのだ。
黒星たちを従わせるための、一種のパフォーマンスとして膝をつき、頭を下げた。
そうやって目の前の少女を視界に入れず、ただ言葉だけに耳を傾け、やっと理解したのだ。
ソフィー・リニエールは、誰の目から見ても困難極まりない大計を必ず成就させる。それだけの自信と能力を持ち合わせてここへ来ているのだということを――――。
当然だ。当たり前だ。目の前の少女は、なんの活路も勝算もなく紫星を賜るという無謀な賭けにでるほど愚者ではない。誰かが何とかしてくれるだろうという甘い思考も待ち合わせていない。
十四歳の少女。男爵令嬢。清楚に見える容姿。
男社会において、異質なそれらをすべて取り払って見れば分かることだった。
例えば、彼女が男性で、年も上で、相応の身分を持っていたならば――――ロレンツオ・フォーセルのような男であったなら、きっとこんな分かり切ったことを、今頃になって気づいたりはしなかっただろう。
結局、自分も“フェリオ殿下の想い人”としか、ソフィー・リニエールを見ていなかったのだ。
己の無様さを飲み下すように、ジェラルドは言葉を続ける。
「金銀銅全てが彼女を手助けするなか、黒星だけが背を向ければ、それは等しく次期の王に背くことと同じだ。下からも、上からも黒星の汚点とみられるぞ。その覚悟があるのか?」
「……ッ」
「私がソフィー様を男爵令嬢だと侮っていたのは事実だ。甘く見ていた、私が愚かだった――――」
◆◇◆◇◆
「――で、なぜ貴方がここにいるの?」
次の日の朝、ソフィーは外階段の上から仁王立ちで男を見下ろし、不機嫌に放つ。
その声は男爵令嬢ソフィー・リニエールとしての淑女ぶりを捨て、苛立ちがにじみ出ていた。
だんだんこの男を見下ろすことに慣れてきそうだが、慣れたくもない。
「護衛がお迎えに伺うことが、何かおかしいでしょうか?」
ジェラルドが抑揚のない声で答える。
「昨日の今日でくる!? 貴方、昨日私が言ったことを忘れたの!?」
「護衛を解任するとは言われませんでしたので」
「普通あれだけ言われたら来ないでしょう!?」
「護衛に来る来ないの選択権はありません」
当たり前と言えば当たり前のことを平然と返され、ソフィーはその場で立ち尽くした。
(ええ? 解任すればよかったの?)
しかし、この程度で解任を要求するほど短慮にはなれない。ジェラルドの方も、ソフィーが解任要求までは命じないことを理解しているようだ。
何事もなかったかのように護衛を務めようとするジェラルドに、ソフィーはストップをかけるように右手を上げた。
「ちょっと待って! これは黒星たちの総意なの? ちゃんと話し合った結果なの?」
「これは、とは?」
「貴方がここにいることよ!」
「護衛がお迎えに伺うことが、何かおかしいでしょうか?」
最初に戻っている。
(わざと!? わざとなの!?)
昨日の意趣返しのつもりか。いや、そもそもジェラルドがこちらの意向にそったことなど一度たりともない。
「~~ッ! あの無駄にキラキラした男は、貴方がここにいることを同意したのかと聞いているのよ!」
「無駄にキラキラ……エーヴェルトのことでしょうか? なぜアレの同意が必要になりましょう」
「貴方の親友なのでしょう! ならば、もっとお互い話し合ってベストな方向性を模索するべきよ!」
「親友…?」
ソフィーが勢いよく発した言葉の意味を考えあぐねるように、ジェラルドが親友という単語を復唱する。
普段、能面のごとく動かない表情筋が珍しく仕事をしており、眉間の皺がいままにないほどに寄っている。なんだか、とっても微妙そうだ。
怪訝と不可解が入り混じるジェラルドの瞳に、ソフィーは今はまだそこまでの感情はなかったのかと、少しトーンを落とした。
「ま、まぁ、親友とまではいかなくても、友人なのでしょう?」
「行動を共にすることが多かったという意味では、そうですね」
「……ちょっと待って。なぜ意味を説明するの? 友人なのでしょうと聞いたら、答えは肯定のみで十分でしょう。それはつまり、行動を共にしなかったら友人ではないというの!?」
ジェラルドとしては、特に深い意味があって言ったわけではないが、なぜか噛みつかれた。どうやら、いまの回答がお気に召さなかったようだ。
「私がもし親友にそんな扱いを受けたら、一言モノ申すわよ!」
「……それは、共感や繋がりを強く欲する女性ならではのお考えでは?」
「私は男同士の話をしているのよ!」
「はあ?」
なぜ女性なのに、男の視点で話すのか分からない。
そもそもこの話は、そんなに大事なことなのだろうか。
論点がかなりずれている気がするが、ソフィーの方はだんだんヒートアップしていく。
「それに、繋がりを強く欲するのは女性ならではと決めつけているのもどうなのよ! 貴方は、共に歩む存在というものを軽視し過ぎているわ!」
いーい、友というものはね、と、なぜか“友人”というものについて熱く語り出した。
目の前の少女とは、出会ってこの方、あまり会話らしい会話をしてこなかったが、思った以上に多弁だった。次から次へと、よく言葉が出てくるものだと呆れるほどに長い。
そのあまりの熱量と抗弁に、ジェラルドは思わず足が後退しそうになる。
「些細なことから亀裂が生じた場合、どちらか、または両方がその亀裂を修復しようと試みなければ、培ってきた友情は仲たがいのまま終わってしまう可能性だってあるのよ! 変な意地で長年築いてきた関係を壊すなんて、今までの人生そのものを否定する行為に等しいわ!」
「はあ?」
――――意味が分からない。
ジェラルドとしては、昨日のあの声のトーンで、嫌みの一つや二つ受けることは覚悟していた。
しかし、これは予想だにしていなかった。
これは、一体なんの時間なのだろう?
核心や意表を突く言葉でこちらを翻弄したかと思えば、一転して子供じみた言動で惑わせる。
あまりにも言動が不可解すぎて、熱弁する少女の言葉を大半を聞き流してしまったジェラルドだったが、紫星の話を聞き流すのはさすがにまずいと焦り、なんとか傾聴を試みる。
しかし、話はすでに終盤。雷撃のような勢いでまくし立てた少女は、最後に「さあ、これで貴方だって理解できたでしょう!」と、問う。問うというより、ほぼ強制だ。
まさかほとんど耳をすり抜けてしまったなどと言えず、ジェラルドは部分的に得た情報で考え、答えた。
「分かりました。発言を撤回致します」
「そうでしょう!」
やっと理解したわねとばかりに満足そうに頷くソフィーに、ジェラルドは続けた。
「アレは同期生です」
「な、なぜ友人から離れるのよ!!?」
まさかの友人から同期生への降格発言に、ソフィーは目を剥く。
「ソフィー様のご意見から総合すると、エーヴェルトは友人という枠組みではなかったという結論に達しました」
「どうして!? どこをどう聞いたらそんな結論になるの!?」
「ソフィー様が仰るような思いを、私は欠片も持ち合わせておりません」
「か…、欠片も?」
「はい」
そもそも、ジェラルドは生まれていままで、友情というものを育んだり、尊んだり、頼ったことなど一度たりともない。友人というものは、赤の他人よりも少しばかり話す存在。その程度の認識だ。
ソフィーが熱く語ったような感情など、エーヴェルトに対しても、他の誰に対しても爪の先ほども持ち合わせていなかった。
ソフィーが口にするような想いが友情であるなら、ジェラルドの中で、いままで友人というものはいなかったことになるが、それはそれで構わない。特段、人生においてどうしても必要なものではない。
言葉少なにそう伝えると、目の前の少女はポカーンと口を開けたまま固まった。
「で、でもっ、同期生で数年一緒にいたのでしょう? 他に、貴方と一緒に行動できる相手なんていなかったと聞いたわ!」
「行動を共にすることが、それほど特別なことでしょうか?」
騎士は基本、団体や組を作って行動することが多い。敵からの襲撃回避、隊の人間に敵国のスパイが隠れていないか監視する目的。理由はそれぞれだが、必要があるからそうするだけで、そこにそれ以上の意味はない。
「エーヴェルトも、利害が一致しているからこそ傍にいるだけで、ソフィー様が仰るような感情は一切ないかと存じますが」
「……ッ」
サラリと答えれば、ソフィーがゆっくりと顔を伏す。先ほどまでの勢いは消え失せ、ネジのきれたオモチャのようにピクリとも動かない。いつも凛と真っ直ぐに伸びている背筋も、少し前屈みになっている。
「ソフィー様?」
その指が震えていることに気づき、ジェラルドはソフィーが体調不良でも起こしたのかと、腕を伸ばそうとした。だが、それより早く、小さな呼吸のような音を拾う。
「ぜ……」
「ぜ?」
――――前言撤回!! この男、全然っ、祐と似てない! さすがにここまでひどくない!




