拝啓 天馬 男とは多少、鈍感にできている生き物ですよね?Ⅲ
明けましておめでとうございます(*^-^*)
また今年もよろしくお願い致します!!
強い言葉で謝罪を拒絶したソフィーに、驚いたのは黒星の生徒たちだけでなく、隣にいたマルクスも意外そうに目を瞬く。
そんな中、ただ一人、ジェラルドだけが表情を変えずにソフィーを見つめた。
「……意味がないと思われるのは、なぜでしょうか?」
「あら、お分かりになりません?」
表情は柔らかな笑みを浮かべながらも、口からこぼれるのは「そんなことも理解できないのか?」とばかりの皮肉。
場にピリッとした緊張感が流れるが、ソフィーはそんな空気など一切感じていないように滑らかに発する。
「だって、わたくしを一番侮っているのは、ジェラルド様――貴方ご本人ではありませんか。そんな方から謝罪を受けても、しょせん上辺だけ。そんな形式だけの謝罪など、頂いたところでなんの価値もありませんわ」
ジェラルドは、祐に似ている一面がある。
そして、貴族ゆえの階級社会で育ったところが、『金色の騎士と黒曜石の少年』の登場人物、レオルドに似ていた。
物語の中で、レオルドはニコルを平民だと軽んじていたが、本人はそれに気づいていなかった。ジェラルドもそうだ。ソフィーのことを侮っている事に、未だ気づいていないのだ。その証拠に、ジェラルドの眉が顰められる。
「貴方のそのお気持ちが、黒星の方々にも伝わるのでしょう。人の心は、言葉だけではないなにかに作用されるものです」
一瞬だけ、ジェラルドの青の瞳が揺らぐ。
どうやら、決して思い当たる所がないとは言えないようだ。
「ですが、だからといって別段怒ることではありませんわ。フェリオ殿下より紫星を賜ったとはいえ、所詮私は男爵家の者です。黒星の方々は皆様、子爵以上。私など、紫星がなければただの一介の小娘に過ぎませんから」
なにより、この世界では女というだけで下に見られることが多い。少女ならばなおのこと。
今までも他国の商人相手や、その子息、平民でも初対面の男からはなめてかかられ、侮られることが多かった。
バートやクレトだって、初めて出会った時は、悪意ある言葉を口にしたものだ。
だからといって、腹を立てたり辛いと感じたことはない。そんなものは前世で言われ慣れている。
逆に、侮ってくれたほうが先手を打ちやすい。人を愚かだと見下げている人間ほど、“余裕”という名の盾が邪魔し、本来見るべき事項を見落としてくれる。
「どんなに星の優位性を語ろうとも、それは男性だけのお話ですもの。ましてや、なぜわたくしのような小娘が紫星を賜ったのか、それを知らされていない方、理解できぬ方が大半ですものね。目の前のものにしか目を向けられない、あるものをあるようにしか出来ない。そんな方々が、前例の無い出来事を理解しろというのは酷なお話ですわ」
十代の少女のそれよりもずっと大人びた表情と仕草。幼子の無知を指摘するかのような言葉選び。
完全に黒星たちに喧嘩を売っていることが生徒たちにも伝わったようで、顔色を蒼白にする者、呆気に取られる者、そして怒りに顔を染める者とに分かれる。
「ソフィー様……」
「ではハッキリ言いましょう。――――ただ必要がないだけです」
何かを口にしようとしたジェラルドの言葉を遮るように、固く冷たい言葉が断言する。黒星に動揺が走った。
「どの星よりも先に黒星の授業を見せていただきましたが、特出したところもない凡庸な授業に、わたくしが得るものも、欲しいものもここにはないと、そう確信いたしました。だからこそ、貴方がたの行動に目を向けていないのです。無礼な行いなど、目に入らなければ存在しないも同じこと。存在しないものに怒りの感情をもつなど出来ぬでしょう? それとも、そんな小さな事象に時間を割けるほど、わたくしは暇に見えますでしょうか?」
笑みを作りながらも、その唇からは一切の隙など与えないとばかりに、嘲りの入り混じった言葉が容赦なく放たれる。楚々とした外見からは想像も出来ないほどの冷え冷えとした声が、広い空間にことさら響く。
「これ以上、わたくしの時間を奪うというなら相応のお返しをさせていただきます。心して下さいね――――それでは皆様、ごきげんよう」
ソフィーは優雅な仕草で淑女の礼を取ると、呆気に取られている黒星には気にも留めずドレスを翻した。コツコツと規則正しい足音だけを残して。
始終静観していたマルクスも、黒星たちにチラリと一瞥をくれると、何事もなかったようにソフィーの後に続く。
しかし黒星の姿が完全に見えない位置まで来ると、マルクスはポツリと呟いた。
「……お嬢さんってさ、思ってたよりバカだったンだな」
「まあ。ヒドイ言いようね!」
遺憾だとばかりに、ぷぅと白い頬を膨らませる。
その表情は、さきほどまで黒星たちに対して刺々しい口撃を放っていた人物と同一とは思えないほど気さくだ。あまりの変化の違いにマルクスは笑いそうになるが、真顔を崩さずに言った。
「バカだよ。わざわざアイツのために、お嬢さんが悪役になってやることもなかっただろ。あんな分かりにくいやり方じゃ、プライドばっかり高い黒星は誰も気づかねえし、ジェラルドだってありがたがる性格じゃねーよ」
マルクスの言葉に、ソフィーの新緑の瞳が一瞬だけ開くが、すぐに視線は床に落ちてしまう。
「別に、あの男のためではないわ。……自分のためよ」
「どの辺がお嬢さんのためになるわけ?」
問えば、ソフィーはふっくらとした薄紅色の唇をきゅっと曲げ、沈黙した。
その顔は、自分の言動に納得していないことを如実に物語っていた。
マルクスとて、出会ってまだわずかなこの少女の思考を完全に理解しているわけではない。それでも、ジェラルドと黒星たちに対する有無を言わせない威圧的な態度は、どう見てもこの少女らしくなかった。
本音はどうあれ面倒事を避けるためにも、ソフィーはきっと笑顔で謝罪に応じるだろうと、そう思っていた。
たが、結果はまさかの謝罪拒否。
理由の一つくらい問うても罰はあたらないだろうと、マルクスはソフィーの言葉を待った。
誤魔化すのか、後悔を口にするのか、それとも――――。
「……ねぇ、マルクス。貴方、大切な友人はいる?」
「は?」
出てきた言葉は、まったく場にそぐわない質問に思えた。
これは誤魔化そうとしているのだろうか?
「一生の友人と想えるような人はいる?」
「まぁ……、大事だと想う奴らはいるけど」
親兄弟のいないマルクスにとって、銅星の生徒たちは家族に等しい。
寝食を共にし、苦楽を共有し。
スラム街では得ることが難しかったものが、ここでは大切にできる。
それは、マルクスにとっての唯一の生きがいだ。
「大切だと想える相手がいるということは、それだけでとても幸せなことだと思うわ。――――大切にしてあげてね」
憧憬と哀愁が入り混じった笑顔を見せる少女に、マルクスは息を詰める。
言葉や口調は、大切なことを教えてあげるとばかりにほほ笑む母親のようにも聞こえるのに、その表情はまるで迷子の子供だ。世界に一人取り残され、寂しくて泣き叫びたいのを我慢している弱弱しい幼い子供。
いつだって元気が有り余っている少女のいままで見たことのない一面に、マルクスは思わず銅星の最年少たちにするように、その頭をポンとたたいて慰めたくなる。
しかし相手は少女で、しかも貴族で紫星だ。銅星のチビたちと同じことなどできない。
マルクスが固まっていると、ソフィーは話は終わったとばかりに歩きだす。
その後姿を見つめながら、マルクスはグシャっと短い髪をかいた。
「わけわかんねぇー……」




