拝啓 天馬 男とは多少、鈍感にできている生き物ですよね?Ⅱ
本日12月16日(水)、拙作の二巻が発売となりました!
せめて更新だけは!と思い、ちょっと長めです(*´ω`)
まぁ、話はあまり進んでいませんが……|д゜)
ソフィーとて、黒星たちの間でどんな話し合いがなされたかは分からない。だが、まさか黒星三つを賜っているジェラルドまで床に膝をつき頭を下げるなど、誰も予測していなかったようで、皆一様に驚愕の瞳で、膝をつくジェラルドを見つめ息を呑んだ。
黒星の中でも、ジェラルドの言行に一番驚いたのは、彼のすぐ後ろにいた男だった。
「お、お前がひざまずくことないだろう!」
謝罪を制止するように肩に手をやるが、ジェラルドは微動だにせず、ただ黙って頭をさげる。ジェラルドの態度に、男の秀麗な眉が苦虫を噛かみ潰したように顰められる。
ソフィーは、やたら顔の整ったその男が、先日ジェラルドと一緒にいた男だと思い出す。
母親の腹に愛想を置き忘れてきたかのようなジェラルドとは対照的な、軽い雰囲気を身に纏った男だと思っていたが、いまは焦りと驚愕の表情を浮かべ、あの時のような砕けた印象はない。
(確か、名はエーヴェルト・オリオン……だったわね)
ジェラルドの同期生であり、唯一ジェラルドの横に自然体で立てる人間。黒星一つを賜っているのはキースと同じだが、気安さが違うのだと言う。
『あのお二人は、親友同士なのでしょうね』
ルカがそう教えてくれた時、ソフィーは思わず「えええ!!?」と、声を上げそうになるほど驚いた。
あの無表情で無感動な鉄仮面男に、友人、しかも親友と呼べる人間がいるなど、にわかには信じられなかったのだ。
――――けれど、いまなら納得できる。
ジェラルドが謝罪をやめる気がないことを察すると、エーヴェルトはすぐさま自分も膝をついた。一瞬、怒りを含んだ瞳でソフィーを見上げて。
その瞳で悟る。
ああ、この男は、本当にジェラルドの友人なのだと。
エーヴェルトの瞳は、女の紫星に謝罪しなければならないことへの不満ではなく、ジェラルドに膝をつかせ頭を下げさせたことへの憤慨を色濃く映していた。
ジェラルド・フォルシウスは、黒星の生徒たちにとっては誇りそのもの。
名家に生まれ、類まれな才能をもち、最年少で星三つを賜る逸材。同世代の中でも特別な存在。
エーヴェルトにとっても、ジェラルドは友人であるとともに誇りなのだろう。
自分の誇りを傷つけられた――エーヴェルトの憎らしげな瞳は、そう語っていた。
(親友、か……)
怒りの矛先を向けられても、それを不条理だと怒ることはできなかった。
自分が、彼の立場だったなら、きっと同じように思うだろう。
大切な友人が膝をつく姿なんて、見たくはない。それが、畏友であれば尚のこと。
ジェラルドに続きエーヴェルトまで膝をついたことに、呆然としていた他の黒星たちもすぐさま倣うように続き、見事なまでに整列された謝罪が完成した。――内心の憤りは隠せていないが。
(こうなった以上、謝罪を受けるのが得策ね)
上のものが頭を下げれば、下は嫌でもそれに従わなければならない。感情がどこにあろうとも。それが社会で、それが組織だ。ならば従うのが道理で、異論を発するほど青臭い感情は、前世サラリーマンとして働いてきた社会生活でとうに消え失せている。
だから、ジェラルドが率先して謝罪し、黒星たちにもそうさせる行為に反目するつもりはない。
(謝罪を受ければ……)
分かっている。それが最良だ。
ただ一言、分かりましたと言えばいい。
唇を開き、言葉を出そうとして、しかしふと止まる。
(組織として正しくても、友人としては…………どうなのかしら?)
ジェラルドが膝をついた時の、エーヴェルトの驚愕の表情からも、事前に聞いていなかったことは推し量られる。
この男は、せめて友人くらいには、ちゃんと話をしなかったのだろうか?
自分が率先して謝罪すると、伝えなかったのか?
(……相談くらい、してあげなさいよ)
いや、相談どころか、ジェラルドは黒星たちと話し合いなどしていないのではないだろうか?
勿論、追及はしたのだろうが、黒星たちはたとえ口が裂けても、紫星への無礼を認めなかったはずだ。もし認めてしまえば、それは極刑を意味する。己だけでなく、家すら巻き込んで醜態に発展するほどの事柄を、公にできるわけがない。
それが分かっているからこそ、ジェラルドも深くは追及しなかった。
追及しない代わりに、謝罪させる。非は黒星にあったと自覚させ、これ以上の非を起こさせないために。
己が率先して頭を下げれば、嫌でも黒星たちが従うことを知っていて――――。
一番手っ取り早く、上澄みだけはキレイに収束できる方法。しかし、沈殿した泥は決して消えてはいない。時間を経て、濁りを増すだけだ。
(……イライラする)
知らず眉間に皺が寄り、手のひらに力が入る。ふつふつと苛立つ気持ちが沸き起こり、いつもの冷静さが保てない。
(やめなさい。こんな場違いな苛立ち。ソフィー・リニエールらしくないわ)
そうだ。場違いだ。
なぜなら、この苛立ちは、ソフィー・リニエールのものではなく、前世の自分――祐のもの。
(ずっと、この男が嫌いだった……)
初めて会ったあの日から、この男にどうしようもない不快感があった。
雰囲気? 話し方? 目線?
なにが、原因なのか、ずっと分からず。
きっと、これは顔面偏差値の高さ、お姉様方から寵愛(ある意味特殊とはいえ)を受けているせいだと思っていた。
だが、違う。
ジェラルドとエーヴェルトを見ていて、やっと気づいた。気づきたくなかったことに、気づいてしまった。
この不快感の正体は――――同族嫌悪だ。
ジェラルド・フォルシウスという男を見ていると、思い出してしまう。
自分が厭う――――自分自身を。
中村祐という前世の自分に、ジェラルドを重ねてしまう。
この男は、見目も血統も育ちも違う。何もかもが違うのに、一つだけ祐と似ている所があった。
他者を顧みないところだ。
他者を承認せず、期待せず、興味もない。
どれだけ周りが手を差し出しても、その手を見ることもしない。
いや、差し出されている手に気づきもしないで、ただ前しか見ていない。
最善という名の道しか――。
それが己の信じる最善ならば、他者は切り捨てる傲慢さ。
十代のころの祐も、そんな人間だった。
まざまざと思い出すのは、前世の記憶。
あれは、高三の夏。
大学進学ではなく、就職の道を決めた祐だったが、担任からは「進学しないのはあまりにもったいない」と大反対された。
しかし、どれだけ反対されようとも考えを改める気がない祐に、担任は天馬に説得を頼んだ。
天馬も、まさか学年首席の祐が就職の道を選ぶなど思ってもいなかったようで、普段より慌てた様子で祐の元へ現れた。
「就職って、本気なのか? ……なんでだよ?」
「なんでって、それが一番いいと思ったからだけど」
サラリと返した祐に、天馬の顔が怪訝に歪む。
「……せめて、一言くらい相談しろよ」
口数は少ないが、珍しく不満を露わにした天馬に、祐は、
「結果は変わらないのに、相談する必要があるのか?」
淡々と、事実だけを口にした。
そう告げた時の天馬の瞳は、まるでさきほどのエーヴェルトのように、失望とも落胆ともいえない色を映していた。
(ああああああああああああああああ、無神経だった! 無神経でした! ごめんんんんん!)
思い出すと、あまりの無神経さに頭を抱えて土下座したくなる。
(前世のオレのバカたれがぁあ! 結果どうこうの話じゃないだろう! 結果論だけで物事が全てうまくいくかッ!)
後々よく考えてみれば、自分が天馬の立場だったなら、相談してくれなかったことに少なからずショックを受け凹むと想像できたのに、なぜかあの時はそれが分からなかった。
あの頃の自分は、自分の将来は自分で決め歩むものだと、そう信じていた。
誰かに助けてもらうものでも、誰かに従うものでもないと、かたくなに信じていたのだ。
それに、天馬ならいちいち言葉で説明しなくても分かってくれると驕っていた。
(いや、分かるわけないだろう! 言葉があるんだから、口にしてちゃんと伝えろよ!)
言葉を惜しまず、伝える努力を忘れず。
社会人にはなってからは、報告連絡相談の重要性を認識し、徹底できるようになったが、学生の頃は若さゆえか親友への甘えだったのか、自分でも不甲斐ないほどに愚鈍だった。
(前世は男だったし、多少鈍くても許される……わけないか……。でも、今世ではちゃんとできているはず!)
前世の後悔が胸にあったからこそ、今世では言葉を惜しまぬように努めてきた。
クリスティーナやリリナたちに、できるだけ自分のことを隠さなかったのはそのためだ。
小さなことで、綻びが出ないように、いつだって相手の表情を見ながら言葉を選んできた。
あの時の、天馬のような想いをさせないように――――。
(あああああああああ。この男、本当に腹立つ! なんで、いまさら前世の欠点を見せつけるんだよ!)
ジェラルドを見ていると、状況はまったく違うが、まるで過去の自分を見ているようで居たたまれなさと、お前あとで絶対後悔することになるからな! という反発心が、どうしても顔を出してしまう。
(ダメよ、落ち着きなさい! 私はソフィー・リニエール。前世の祐じゃないわ!)
冷静さを取り戻そうと、小さく息を吐きながら力を抜けば、シワになるほどドレスの裾を強く握りしめていたことに気づく。なんということだ、美しいドレスにシワを作るなどまったく淑女らしくない。
(そうよ、私は淑女なのよ。淑女らしく優雅に謝罪を受ければそれでいいの)
毒にも薬にもならぬ言葉で適当に謝罪を受け、この場を凌ぐ方が得策だ。
前世は営業職、今世は商家の娘。利を選ぶのは当然。
当然だ。当然のことだ。
なのに……。
黒星たちを見下ろしながら、考えてしまうのは、この先の彼らのこと。
ここで謝罪を受けても、軋轢が生じないとはとても思えない。認めてもいない紫星に頭を下げ続けなければならないことへの苛立ちは、きっとこれからも昇華できず引きずるのだろう。
(それに……)
この二人はこれから先、仲が拗れることなく友人としてやっていけるのだろうか?
貴族階級の友情は、ちょっとした醜聞や不協和音で崩れ落ちることが多い。
しかも、事は異例の紫星相手――受け入れ、許容するにはまだ心が大人になりきっているとは思えない。
(だからなによ、私にはまったく関係ない話でしょう……)
余計なことは考えるなと叱咤するが、舌は張り付いたように動かない。
それどころか、発するべき言葉は一つのはずなのに、まったく違うことを言おうとしている自分がいる。
(ダメよ、それは穴に穴を掘るだけ。私に利はなく、収拾がつかない事態になりかねない行為だわ)
そんな愚かな行為を、ソフィー・リニエールがするわけにはいかない。
ソフィー・リニエールなら――――……じゃあ、祐なら?
ふいに、親友の言葉を思い出す。
祐が、大学に進学する気が一切ないことを悟った天馬は、「考え直せ」とは言わなかった。
だが、だからといって納得はしていなかったようで、早々に社会人になるという選択をした祐に、冷え冷えとした声で親友は言ったのだ。
『お前、自分が思っているほど要領よくないからな。最終的に自分を曲げられなくて貧乏くじ引くタイプだし、ここ一番ってところで大ボケをかます』
うん、さすが親友。明確、的確だ。
友人からもらった忠告は、残念ながら死んで生まれ変わっても、まだ治っていないらしい。
(――ッ。 ……今回だけ。祐の気持ちを優先するのは、今回だけだから……!)
だから、許して欲しいと自分に言い訳をする。
この選択があとで足かせになるなら、その時は完璧に対処してみせる。
(だから…、今回だけは……)
心を決めてしまえば、考えはすぐにまとまる。
あとはソフィー・リニエールとして言葉を発するだけ――。
「フォルシウス様」
ソフィーは、静かにジェラルドの姓を呼んだ。
紫星は、皆の名を呼び捨てることが許されている。しかし、ソフィーはジェラルドを姓で呼ぶ。
決して、交わることのない位置にいるかのように。
「貴方方の謝罪に、意味はありません。ですから、わたくしはそれを受け取りません。意味のないことに、わたくしが応じる必要はないからです」
*二巻の書き下ろし報告*
・ロレンツオとのやり取り・最後辺りがなろう版とは趣が違います。
・『ソフィー・リニエールというご令嬢~リリナ・セルベルの狼狽~』
ぷんぷんしていた頃のリリナのお話です。一人女性キャラが追加されています。
・『ソフィー・リニエールというご令嬢~お嬢様たちの密か事~』
ソフィーが女学院を発ってから一週間後のお話です。
・『拝啓 天馬 どうやら私に、疑惑の目が向けられているようです』
本編で削除したものを、リメイクして足しました(・ω・)ノ
以上です!('◇')ゞ
よろしくお願い致します!




