ソフィー・リニエールというご令嬢~ジェラルド・フォルシウスの違算Ⅵ~
長くなりましたが、これでジェラルド・フォルシウスの違算編は終わりです(/・ω・)/
次の日、食堂内はいつも以上にざわついていた。
「ん?」
「あれ?」
いつもより多い食事の量。そしてなによりも香りその味に、口にした者全員が驚きの声を上げた。
「えっ、今日のメシすげーうまいんだけど!」
「量もかなり多いし……、今日ってなんかの祝祭だったか?」
騒めく歓声の中、それに反して静かな一角があった。
そのテーブルには、金星、銀星、銅星数人がおり、各星が同じ席に集まるなど、学院内外でもそう見られる光景ではない。
彼らは、静かに黒髪の少女の反応を待っていた。
「――――どうでしょう、ソフィー様?」
恐る恐る問うのは、この学院すべての食事を取り仕切る料理長だ。年齢的にも、ソフィーの父よりも上である彼は、緊張した面持ちで味見用の小皿を口にする少女の動向を伺った。
数人の視線が集中する中、コクリと味わうと、ソフィーはうん! と大きく頷いた。
「素晴らしい味です! たった一晩でここまで劇的に変革していただけるなんて。さすが、何百人の料理を作り上げてきた実績をお持ちの方は才腕が違いますわ!」
年長者に対する礼儀を踏まえた賛辞に、料理長は安堵と満足が入り混じった息を吐くと、いそいそと料理場へと戻っていく。
それが合図のように、銅星の生徒たちは、一斉にフォークを突き刺し勢いよく食べ始めた。
「うまっ! お嬢が作ってくれた飯と、同じ味がする!」
口の中にフォークを入れたまま喋るコンラートはまだいい方で、他のメンバーは「肉が多い! 肉が! 肉が!」「メシがうまい!」と食べることに必死で、語彙力によって食味を伝える余裕は皆無のようだ。
ガツガツと高速で食べる銅星に、ソフィーとしては「ちゃんとよく噛んで、ゆっくり食べなさい」と伝えたいところではあったが、日々の運動に対して満足な食事量ではなかった彼らの食生活を鑑み、お小言はひとまず止めておく。
代わりに、ファースたち銀星の方をふり返り、笑顔で礼を口にした。
「ありがとう、皆! 貴方たちのお蔭で食堂改革がこんなに早く終結したわ!」
感謝の意を述べるソフィーに、ファースは「とんでもありません!」と首を振り、逆に頭を下げた。
「こちらこそ知見を得られる機会を頂きまして、銀星一同お礼を申し上げます」
昨日、ソフィーに無理やり連れて行かれたファースを始め、銀星の生徒たちは全員調理場に集められ、食事の改革を手伝わされた。しかもその場にいた料理長や、その他のスタッフまで巻き込んで。
「しっかし、なんだって銀星が料理なわけ?」
その場にいなかったため、ことの経緯がまったく分かっていないマルクスが、持っていたフォークをクルクルと回しながら問う。どうやらもう完食してしまったようだ。
「あら、変かしら?」
「だって、銀星だぜ。国の発展のために研究するのが銀星だって自負しているやつらに、よく料理なんてさせたな」
普段の銀星なら、絶対にそんなことには手を貸さなかっただろう。たかだか料理に、銀星のもつ高い知能を行使するなど、彼らからすればプライドを傷つけられることと同義。本来、求めることすら躊躇して然るべき行為だろう。
「何を言っているのよ、マルクス。料理とは科学であり、物理よ! 調理場は実験室。これを理解できずに、国の繁栄などあり得ないわ! まず食材のもつ様々な効果を理解し、分量や香辛料との融合を考えベストな状態に引き出す。複数の食材をかけ合わすことで得られる栄養。食事というものは、ただ満腹になればいいというわけではないのよ。体に必要な熱量を維持するためにも必要な栄養素を得なければ、健康な状態は維持できないわ。国民が心身ともに健康である、これは国の発展に必要不可欠よ! 嗅覚、視覚も食欲をそそるという意味合いで重要だわ。これには技量だけでなく、センスまで必要になってくるのよ。これほど多岐に渡る能力を必要とする行為が“料理なんて”などと言われていいわけがないわ!」
「うん、俺が悪かったよ。間違いなく料理は科学だった。銀星の力が必要だよな!」
ソフィーの言葉に被さるように、マルクスが謝罪する。
謝罪は早さと的確さが重要だと認識しているマルクスらしい、流れるような謝罪だ。
「そうでしょう! このポトフに使われている胡椒だってそうよ。胡椒には発汗作用があって、体内の毒素を排出し、血の巡りもよくしてくれるわ。たった一つまみの調味料に含まれる栄養素。こんな微かなものにすら、突き詰めれば無限の可能性が秘められていると思わない?」
うっとりと目を細めながら、一つ一つの皿に盛られた料理の説明を始めたソフィーの瞳はキラキラと輝いており、そこだけ見れば宝石を愛でる貴婦人のようだが、実際彼女が愛でているのはポトフだ。
ポトフでしかないものを、ここまで愛する令嬢がいるのだろうか?
マルクスはそんなおかしな絵面をしばし見つめた後、ルカにコッソリと問う。
「なあ、昨日もコレやったのか?」
「あ…、はい」
案の定、ルカがおずおずと頷く。
「道理で、あのおっさんが手を貸すわけだ……」
偏屈で有名な料理長が、ソフィーに対してやけに追随するような態度を見せていたのも、彼女が紫星であり貴族の令嬢だったからではなく、今のような発言を聞き、自分たちの仕事の重要性に理解を示したからだろう。誰だって自分たちの仕事を尊重し、重要性を熱く語られれば悪い気はしない。
「あのお嬢さんの勢いで言われればなぁ。まぁ、大抵の奴は黙るよな」
握りこぶしで語る少女の姿が容易に想像でき、呆れを滲ませるマルクスとは反対に、ラルスは満面の笑顔だ。
「凄かったんですよ、ソフィー様の独擅場で! 内容も、諸外国からもたらされる香辛料、シーズニングの可能性や重要性についても広い見識を語られて! その際、今までの食事を否定しないのがソフィー様だと感服しました。いつも取られている食事からしたら、苦言の一つや二つ出てくるものだと思うのですが。ソフィー様の素晴らしい所は、料理人を不快にさせないところですね!」
「あのお嬢さん、どんなにマズくても完食するからな」
山岳演習でも、ソフィーは味が悪いことで有名な携帯食を残さず食べていた。顎の力だけではどうにもならないほどに固い携帯食を、色んな角度から吟味するように。
ソフィーの好奇心と探求心は、ある意味銀星より銀星らしいのかもしれない。それがファースたち銀星たちにも伝わるのだろう。ファースは完全にソフィーに感化され、新しい知見に目を輝かせていた。
「香辛料というものは、成金が自分の権威をひけらかすために不必要なほど食材に使用されるものだと思っておりましたが、考え方が変わりました。まさか量の調節によって、あれほど味に変化が起こるなんて!」
「香辛料も薬と一緒で、使い方次第では毒にも薬にもなるのよね」
ファースの言葉に、ソフィーは人差し指を唇にあて、口惜しさを含んだ声で答える。
他国から多くの香辛料が輸入されても、使用用途をよく分かっていない料理人は多い。
しかし、贅沢品の一つである香辛料を使うことは、財力誇示には欠かせないと主人から強制されるため、近年は無意味で過剰な香辛料が食材に振りかけられていた。
「何事も適量・適切。これはすべてに通じることだと思うわ。食事は身近すぎて、つい軽視されがちな分野だけれど、ファースたちにはその重要性が伝わって嬉しいわ!」
「はい、配合と調合に無限の可能性を感じました! 空腹とは、知識を得る時には邪魔な現象だと思っていましたが、銀星ならば人の機能とその維持についてもっと深く考えるべきでした。たかが料理、たかが食事と侮っていた自分が恥ずかしいです」
不出来を悔やむように眉尻を下げたファースだが、すぐに明朗とした声に変わる。
「ラルス殿に相談したら、金星の数人に香辛料の買い付けを主に行っている家があるそうなので、色々勉強させて頂こうかと」
「あら、香辛料ならうちでも用意できると思うから。家と連絡がついたら持ってきてもらえるよう頼んでみるわね」
「未知なる香辛料との出会い……楽しみです!」
賑わう銀星たちとの会話がひと段落したソフィーは、マルクスの方を振り返り、嬉々として報告した。
「マルクス、銀星の皆も携帯食の改良を手伝ってくれるそうなの! これでますます事が捗るわ!」
改良だけでなく、食品全体の保存技術の向上にも着手したいと銀星自ら提案してくれたことを、ニコニコと報告するソフィーに、マルクスは曖昧な笑みを浮かべた。
「お嬢さんは、ほんと人を巻き込むのがうまいよ。そういうとこ、すげー尊敬する」
「え? 何か言った、マルクス?」
絶対に聞こえているだろうに聞き取れなかったフリをする少女に、マルクスが苦笑していると、どこからともなくグズグズとすすり泣く声が。
皆が不思議に思い辺りを見回せば、銅星の生徒からはアホと名高いコンラートが、フォークを握りしめ感涙にむせんでいた。
「え、コンラートどうしたの?」
あまりの号泣ぐあいに、ソフィーも驚いて声をかける。
「うぅ……こんなうまい飯がこれからも食えるなんてッ。金星は金の亡者で、銀星は屁理屈ばっかりのこうるさい奴らばっかりだと思ってたけど。――――ありがとう!!」
歓喜の顔で感謝を述べるコンラートに、ラルスとファースが同時に呟く。
「「言われようが酷い……」」
実際身に覚えがあるのか、二人は同時に視線を床に落とし、どよんと落ち込みだした。
慌ててマルクスがコンラートの口をふさぐ。
「コンラート、お前はもっと言葉を選べよ。それで昔、俺がさんざん苦労したって言っただろう! ――悪いな、坊ちゃんたち。アホだから気にしないでくれ!」
どうやら、コンラートがアホ扱いされているのは、だから許してくれという同義で使われているようだ。
「いえ……、いいんですけど」
「ちょっと胸が痛かっただけですから……」
思いのほか傷は深かったらしく、マルクスのフォローにも二人が復活することはなかった。
凹む二人に、ソフィーが声をかけようとした瞬間、嘲るような声が食堂内に響いた。
「これだから、銅星は品格が無くて困る」
声の主は、黒い衣装を身に纏った――――黒星だった。
彼は、眉間に皺を寄せ蔑むような形相でソフィーを一瞥すると、すぐに視線を逸らした。
冷ややかに投げられた言葉は、銅星であるコンラートに向けているようで、内心はソフィーに向けたものなのだろう。
相手が男爵令嬢とはいえ、紫星を賜っている以上、面と向かって言えない代わりに他者を使って厭味を放ったのだ。なかなか小狡いやり方だが、ソフィーが気になったのはその点ではなかった。
(この声……)
――――殿下を誑かしておいて、なにが紫星だ。
言い捨てて逃げた、あの声だった。
いざとなれば脅迫材料として使うためにも、しっかりと記憶していただけに聞き間違いではないだろう。
「ダニエル・ベック殿、貴方ね……」
人脈作りのためにも貴族階級の名はほぼ暗記するのが常とされる金星らしく、ラルスは彼の名を知っていたようだ。
しかもラルスの言い方は「またか」という、前も同様なことがあったかのような含みがあった。
ソフィーには特段なんの報告もなかったが、自分の知らぬところで何度か衝突があったのかもしれない。
だが、ここでそれを糾弾する気はなかった。報告がなかったということは、ラルスたちが上手に切り抜けられたということだ。自分が口を出せば、ラルスたちの対処が無駄になってしまう。
だからこそ、彼の悪態も聞き流すことにした。
そう、これ以上余計な言葉を言わずにいれば、聞き流されるはずだったのだ――――。
「食事ごときで一喜一憂するなど、品も無ければ誇りも無い。いくら平民ばかりの銅星とはいえ、王の剣の生徒なら、もっと矜持を持って然るべきだろう」
「ごとき……ですって?」
聞きずてならないセリフに、ソフィーの眼光が鋭く尖る。
「貴方、何の根拠があってごときなどと、食を軽んじているのかしら? 食べることとは、生きること。食への冒涜は、生への冒涜よ!」
ドレスを翻し、いつもより足音をカツカツと鳴らしながら黒星に詰め寄る紫星の少女に、その場にいた全員が顔色を青く染めた。
彼女の触れてはいけない逆鱗に触れてしまったことを察したのだ。
「そう、食への探求とは、すなわち生への探求なのよ! 火を使い、調理する。作物を作り、貯蔵する。あまねく生物の中で、人間だけが許された食への挑戦を、“ごとき”などとなぜ言えるの。その根拠は何?!」
「ッ!」
「本来の価値に気づきもせず蔑ろにしておいて、それが品格などと口にするなど、愚の骨頂!!」
鋭く指さし糾弾するソフィーに、黒星が怯みビクリと身を引く。
いままで黒星の軽視の視線にも沈黙を守り続けていた少女が、まさかこれほど声高々に非難を口にするなど思ってもいなかったのだ。
容姿だけは清楚可憐に見える少女の本質を完全に見誤った黒星に、さらなる口撃を放とうとするソフィーを止めたのはマルクスだった。
マルクスはするりと対峙する二人の間に入ると、ソフィーのほうを向く。
体格の良いマルクスが目の前に立つことで、黒星の生徒がソフィーの視界から消える。
「はいはい、お嬢さん。これ以上グノコッチョウに関わっても時間の無駄だからね。中庭でルカと坊ちゃんと昼食とりな。まだ昼飯食ってないンだろう?」
「ちょっとマルクス、私はまだ言い足りないことが!」
「お嬢さんは食うのに時間かかるんだから、早く食わないと昼食の時間がなくなるぞ。ルカと坊ちゃんまで食いそびれたら可哀想だろ?」
ソフィーが自分の昼食は後回しにしても、ルカとラルスの食事を後回しにはしないことを熟知しているマルクスは、あえて二人の名を出す。
案の定、ソフィーはハッと気づいたように「それもそうね」と我に返った。
特段一食抜いたからといって、どうということもないルカとラルスは名を出されたことに、「え?」と表情を戸惑わせたが、マルクスが早く行けとばかりに視線を送ると二人も空気を読み、ソフィーを中庭へと連れだした。
ソフィーの姿が完全に食堂内から見えなくなると、マルクスは黒星の方を向き直り、声を荒げた。
「余計なこと言うなよ! あのお嬢さんは、食い気はないくせに食い物については人一倍うるさいンだぞ! あの勢いの説教を何時間も延々と食らう覚悟があンのか!?」
「そうですよ! ソフィー様の食に対する価値観は、僕たちのような浅慮な人間にはなかった前衛的、革新的なまさに意識改革なんですよ! 凝り固まった概念でしか語れない人は黙っていて下さい!」
口にしたのは、マルクスだけでなく、銀星のファースもだった。
性格上、普段は声を上げることのないファースだが、銀星には自分の無知を押し付ける輩を嫌う習性があり、そういった時の彼らは饒舌だ。
いくら黒星とは言えど、二人の監督生に強く非難され、その上金星、銀星、銅星たち生徒の非難の視線に言葉を詰まらせた。
そこから少し離れた場所、しかし事の経緯がよく見える位置に三人の黒星がいた。
完全に血の気が引いているキースと、額を手で押さえ、ため息を吐くエーヴェルトの横で、ジェラルドの深海のような深い色が冷たく光り、短く命じる。
「――――黒星を、全員を集めろ」
ソフィー「うーん、いまの発言は淑女らしくなかったかしら?」
ラルス 「そんなことないですよ!(ソフィー様だし!)」
ルカ 「(ラルス殿がそういうなら、今日のことは兄上に報告しても大丈夫かな?)」
14歳組にツッコミは不在(/・ω・)/




