ソフィー・リニエールというご令嬢~ジェラルド・フォルシウスの違算Ⅴ~
エタってやろうと思っていたわけではないのですが、更新が遅くなりました|д゜)
そっと出てきて、そっと帰りますね|д゜)
「簡単に言えば、やはり食堂での運営費は改ざんされていたものだったんです」
代わりに説明したのはラルスだった。
「年間運営費で取られていた予算と、実際の費用には差異がありました。費用の方が少なかったんです。ですが、帳簿上はうまく調整されていました」
「それって……、国費を偽っていたというのですか!?」
学長以下、関わった人間全てが刑を受けるレベルの大問題に、ルカは目を瞠る。
「いえ、国費ではありません。偽られていたのは、金星からの寄付金のみです」
「え?」
「食堂の運営費は、毎年変わらずに決まった金額が使われていました。不作が続いた年でも、食事内容に違いはあれど、まず大前提として最低限の食事は保障されていたんです」
しかし、運営費には金星の寄付金がそこに上乗せされる。上乗せされた寄付金は使用されず、そのまま秘蔵されていったのだ。
「……よく理解できないのですが、例えそれが寄付金でも、横領は横領ですよね?」
かなり重大な問題と思える事柄を淡々と説明するラルスに、ルカは段々驚いている自分の方がおかしいのか分からなくなってきた。
「勿論、私利私欲の為に搾取したとなればそれは重罪です。ですが、実際は銅貨一枚すら誰の手にも渡っていないんです」
「なら、なぜそんな誰の得にもならないことを、学院は今までしてきたのですか?」
ルカの質問に、ラルスはどう説明するのが一番分かりやすいかと悩み、えっとですね、と言葉を続けた。
「金星が学院に払うものは、大きく二つあります。星を金で買う、星代と揶揄されるものと、寄付金です。星代は国費として扱われますが、寄付金は別です。寄付金は、親が子に整った環境で充実した学院生活が送れるようにと願い払われる一面があります」
この学院で多額の寄付金を払うのは、黒星でも銀星でもなく、金星だ。
だからこそ、金星は自分たちのお蔭で学院の備品が潤っているのだという自負があり、そういった態度がにじみ出る者が多い。
「実際、金星の寄付金は多くの施設整備や備品購入に充てられていますが、金星のためだけに充てられているものもあったんです。それが“王の剣”設立以降、金星に科せられた“名もなき試験”と呼ばれるものだそうです」
「“名もなき試験”?」
「これを見つけ出し、見事に解いた者には、星の授与と秘蔵された寄付金の使用権利が与えられる――というのが、この学院の設立以来からの習わしだそうです」
ひっそりと蒔かれた種。
時代によって種類は違うが、代々それを見つけ、刈り取られることを願って放たれる。
金星の教科書の一ページ目に載せられた文章。
『過剰な好奇心は身を滅ぼすだろう。しかし、それを恐れずに成し遂げるならば星は輝く』
とは、この“名もなき試験”のことを指していたのだ。
「ソフィー様は、そんな試験が存在していることをご存じだったのですか?」
そんなものが存在していたことなど、兄からも聞いたことのないルカが問うが、ソフィーはいいえと否定した。
「学院側が、金星に対してなにか試しているような感じは受けていたけれど、ここまで確立されたものだったとは思っていなかったわ。そう……“名もなき試験”と言うのね」
日常の中に散らばる疑問。
そして探そうとすれば得られる情報。
まるで、何かを見つけて欲しいと言わんばかりだった。
「けれど、全員に星一つの授与は驚いたわ」
本来、金星が星を賜るのにかかる費用はかなりの金額だ。
これを試験に合格した者すべてに授与しては、学院に入る星代はかなりの減額となる。
「それが学長曰く、長い歴史の中でも金星全員の名で意見書を提出した例はないそうです。多くても三、四人の連名が最高人数だと仰っていました。そもそも、この“名もなき試験”を見つけ出し、解いた方はごく少数で、近年でもお一人だったそうです」
「お一人だけ?」
ソフィーが、意外だとばかりに呟く。
「はい。その方は、一人で探し出し、一人でその誤りを解いたそうです。僕たちとは器が違いますよね」
そういってラルスは苦笑いする。
ソフィーという紫星を授与された存在がいて、金星のクラスメートという学友たちがいて、全員がいて初めて成したこと。ラルスからすれば、けっして一人ではできなかったことだ。
まず、試験だと知らぬ状態で、学院の不正を正すなどという無謀な賭けにでるなど考えも及ばない。
そんなことができる者は、己の力を信じ、それに見合う知識と見識を持ち合わせる者だけだ。
そう、目の前の少女のような人間だけが、それを成せる。
自嘲的に笑うラルスに、ソフィーは頭をふった。
「そんなことはないわ。一人で考え、一人で実行するその行動力と頭脳は素晴らしいと思うけれど。皆で考え模索し、意見を統一させ行動に移すことは、一人で達成することよりも数倍難しいものよ」
ゆっくりと噛みしめるように紡がれる言葉に、ラルスだけではなくルカも聞き入った。
「学生時代ならば尚のこと、その経験は大きな糧となり、これから先も貴方たちを支え続けるでしょう。とても素晴らしく得難いことよ。――――誇っていいことだわ」
それは、まぎれもないソフィーの本心だった。
前世の自分は、学生時代、誰かと協力して何かを成すことなどせずに生きた。
大切に想う親友ですら、手を借りたいとは思わなかった。
団結とは、ただの責任逃れで。
協力とは、自分を甘やかすもので。
そんな風にしか考えていなかった。
だって、自分は普通の人と一緒のように生きてはいけないから。
皆が当たり前に持ち合わせているものを、自分は持っていないから。
人と同じではいけないのだと、そう律してきた。
一人でもなんでもできなければならない。
一人でもできる自分にならなければならない。
そう思って、生きようとした。
そう思って、生きてきた。
それは、本当に正しかったのか?
ラルスとアーロンが学長室に呼ばれたと知らせにきた金星の生徒たちの顔には、不安と焦燥があった。けれどその中には、あの二人ならば大丈夫だという信頼もあった。
自分と同じように、彼らもラルスとアーロンを信頼していたのだ。
それは前世に投げ捨てたもの。
価値を見出さなかったもの。
気づけもしなかったものだった。
「学長とのやり取りだって、最初から意見書通りだと認めて下さったわけではないでしょう? 圧力を感じさせる物言いで咎められたのではない?」
学長からの呼び出しは最終試験。
自分たちの意見が本当に正しいと、信じて疑わずに提議したのかを見るため、あえて厳しい口調で問い詰められたはずだ。
だが、それさえもラルスたちは何度となくシミュレーションして受け答えを準備していた。
「試験の概要を教えていただけたのも、貴方たちが認められた証拠よ」
紛れもなくラルスたちの力だと微笑むソフィーに、ラルスの表情が自然とほころぶ。
「ありがとうございます! あ、でも……」
「ん?」
何か言おうとしたラルスだったが、慌てて視線を斜めに向け「いえ、なんでもありません!」と口を閉ざした。
危うく、『ソフィー様とした詰問練習に比べたら、学長とのやり取りの方が何倍も簡単でした!』というところだった。
威風堂々たる学長の威圧的な言葉よりも、可愛らしい笑みでエグイほどに欠点を突いてくるソフィーの指摘の方が精神的にキツかった――――などとは口にしてはいけない気がして、ラルスは誤魔化すように笑い、一枚の書類をソフィーに手渡した。
「これが実際の秘蔵金の金額です。近年合格者がでなかったために、金額も膨れていったみたいで、僕たちが想定していた以上でした。こちらが提案した食事量の改善も、さっそく明日から行って下さると仰っていました」
紙の上に並ぶ数字の羅列に、ルカが驚きのあまり喉を鳴らす。
市井で生活していたなら、一生見ることなどないであろう数字の桁だった。
「これなら銅星も満足のいく食事量が確保できるわね」
ソフィーの顔を見るたびに空腹を訴えてくるマルクスたちも、きっと喜ぶだろう。
「量だけでなく、味も美味しくなれば、ミカルが入学した時も安心だわ」
可愛い弟のことを思い出しながら「これもラルスたちのお蔭よ!」と、喜ぶソフィーに、ラルスが気まずそうに口を開いた。
「あの、ソフィー様。そのことなのですが……。食事の量は増えるのですが、味については特段変化がなさそうなんです」
「え?! なぜ!?」
「その……、学長曰く『食事というものは、ああいうものだろう』と……」
学長の年齢は、金獅子アラン・オーバンよりも上。年齢から考えれば、幼少期を“質素な食事を取ることこそが紳士”という考え方で育った最後の世代だ。
「そう。そうなの……」
いっきにソフィーのトーンが低くなる。
大きな新緑の瞳が切れ味のよいナイフのように吊り上り、唇には歪んだ笑みが浮かぶ。
「ソ、ソフィー様?」
その表情の変化に、ラルスが焦りの声を出す。
やはり、学長よりも、この可愛らしい容姿を持つ少女の静かなる怒りの方が何倍も心臓に悪い。思わず出した右手が、どうしようもできずに宙に浮く。
それはラルスだけでなく、ルカの方も同様だった。二人はソフィーの並々ならぬ食へのこだわりを、この学院で誰よりも理解している。
だからこそ、ふつふつと煮えるような瞳をするソフィーに尻込みし、二の句が継げずにいた。
なんとフォローすべきか戸惑っていると、そこへトコトコと現れたのは銀星のファースだった。
「あ、ソフィー様。教室にハンカチをお忘れになって……」
最後まで言う前に、場の空気がおかしいことに気づいたのだろう、ファースの言葉が途中で途切れた。
「ファース、ちょうどよかったわ! 貴方ちょっと来てくれない!?」
「へ? は、はい!」
いつもの雰囲気とは違うソフィーの迫力に、ファースの足が一歩下がる。それでもすぐさま返事をしたのは、ほとんど条件反射だ。
ロレンツオ・フォーセルに認められ、紫星を賜った少女にノーと返事をする選択権は、ファースだけでなく、銀星の生徒誰一人も持ち合わせていない。
いや、そうでなくとも、この気迫で求められてノーと言える人間がいったいどれほどいるだろう。それほどに、鬼気迫るものがあった。
「ラルス! 悪いけれど、手の空いている銀星がいたら、食堂に来るように伝えてちょうだい!」
「え? 銀星をですか?」
なぜ銀星を?
一瞬、ポカンと反芻したラルスだったが、すぐさまファース同様、二つ返事で引き受ける。こちらもほとんど条件反射だ。
「さあ、行くわよ!」
ソフィーに引きずられるように連れていかれるファースと、慌ててソフィーの後を追うルカ。
その後姿をしばし唖然と見ていたラルスだったが、すぐさま我に返り、銀星の教室へと急いだ。
――――その後、食堂へと走る銀星たちの姿が目撃され、深夜遅くまで食堂の明かりが消えることはなかった。




