ソフィー・リニエールというご令嬢~ジェラルド・フォルシウスの違算Ⅳ~
すみません、気づいたら一月経っておりました(´;ω;`)
黒星たちが紫星への非礼で除籍となれば、護衛責任者であるジェラルドとてただではすまない。
これはどういう意図があっての質問なのか、真意が分かりかねる。
(そもそも、どうしてジェラジェラは黒星が失礼な振る舞いをしたと確信しているのかしら?)
思い当たるのは、黒星たちのソフィーに対しての視線や態度だろうが、正直、多少の中傷など社交界ではよくあること。いちいち反応して憤慨する方が、度量が小さいと揶揄される場面ですらある。
とくに、異例の紫星ならばなおのこと。
だからこそ、黒星の生徒たちのそれも、淑女として優雅に受け流していた。
自分ではなく、ラルスたちにまで被害が及べば対処を考えていたが、意外に彼らも図太く、最近は黒星の嫌味に対してどう紳士的で、かつセンスの良い返しができるかについてディスカッションし始めていた。
覗いて聞いていたのだが、自分が言いそうな皮肉交じりの返しもあり、少し微妙な気持ちになってしまったほどだ。
ファースたち銀星はと言えば、ファース曰く『銀星は同じ銀星の話には耳を傾けますが、それ以外の者の言葉にはまず耳を貸しません。銀星の入試試験に合格できる程度の知性も持たぬ者の言葉など、落ちる枯れ葉の音以下と考える者が大半なので』。
邪気のない笑顔でそういうファースに、ソフィーは頭を抱え、思わず「貴方たちは、もう少し銀星以外の者たちの話も聞きなさい」と、母親が子供に教えるような言い方をしてしまった。
そして、銅星に至っては、
「最近お嬢さん見ると、腹減るんだよなぁ」
「はいはい! オレも!」
「山岳演習で食ったやつ、また食いたいです!」
「あの“黒の雫”って、今度飲んでみてもいいですか?」
空腹しか訴えてこない。
ソフィーが思っていた以上に、各星図太かった。
(それを考えれば、誰かがわざわざジェラジェラに忠告したとも考えにくいし。なら……)
チラリとジェラルドの瞳を見れば、さきほど瞳に映していた揺らぎは見られず、どちらかというとジッとこちらを観察するかのような色をしていた。
(――――知らないからこその発言、だと考えるのが妥当かしら?)
紫星を賜ったソフィーが無礼だと口にすれば、それは微々たるものでも無礼となる。
しかし口にしていない以上、それは看過できる事柄といえるだろう。わざわざ事を荒立てるほどではない。
けれど、本当に荒立てることではないのか、護衛責任者には可否を見定める義務がある。
ラルスの件や、山岳演習の参加。
先ほどの回答で、ソフィーが素直に報告しないこともする必要性を感じていないことも、ジェラルドは察したはずだ。
護衛責任者としては大事な情報も、ソフィーにとってはそうでなければ情報は入ってこない。
ならば、どうそれを引き出すか。
自分ならば、どうする?
答えはひとつだ。
(ジェラジェラのやつ、この私に対して鎌をかけてきたわね!)
らしからぬ直球の言葉で動揺させ、黒星たちの行動を、ソフィーの表情や言動から探り導き出そうとしているのだろう。
人は大抵、問われれば何か答えなければと絞り出そうとする。
とくに、用意されていない答えはボロが出やすく、本音が零れやすい。
もしもソフィーがここで少しでも動揺をみせれば、彼の中で答えを見つけさせることになる。動揺すれば、の話だが。
(この男、私が商家の娘だってことを、忘れているのかしら?)
いや、伯爵家でも上位クラスのフォルシウス家だ。
公爵家にも並ぶとされている名家の子息は、商家の娘など知らぬのだろう。
しかも、ソフィーは商家の娘でも異質な、事業を行う側の人間。前世でも、今世でも一筋縄ではいかない相手と対峙してきた身だ。
残念ながら、ここで引っかかってあげられるほど、素直な性格はしていない。
(悪いけど。こちらは、黒星の可愛らしい嫌味に時間を割いてあげられるほど暇ではないのよ)
「いいえ、ございませんわ」
一瞬で、不思議そうな声とキョトンとした表情を作り上げ、ソフィーは答えた。
恐々とした表情でソフィーの言葉を待っていた黒星の二人は、目に見えてホッとした顔をしたが、ジェラルドだけは表情を崩さなかった。
愛しのクリスティーナと同じ色をした瞳が、ソフィーを捉える。
少しの隙も見逃さないとばかりの強い瞳に見つめられれば、普通の少女なら動揺するところだろうが、ソフィーにとっては、どれだけ端整な造りの瞳であっても、それが男のものならば心の秤が振れることはない。
だが、ここでは見つめられ戸惑っているという瞳を演出してみた。
「あの……なぜそのようなことをお聞きになるのですか?」
ソフィーは細指を白い頬にあて、ゆったりとした緩慢な動きで小首を傾げた。
少しの戸惑いをブレンドし、まるで何も分かっていない無知な少女のような仕草は、我ながら演技派だと思う。
前世では異性相手に演技をするなんて難易度の高い技だったが、今世はなんの躊躇いもなくできてしまう。
「ソフィー様――」
「あ、そうでしたわ! わたくし至急の用件がありまして」
ジェラルドが何かを発する前に、ソフィーは思い出したかのようにぽんと手を叩いた。
「大変申し訳ありませんが、失礼させていただきます」
優雅に淑女の礼をとり謝罪すると、ソフィーはゆっくりと後ろを向き歩き出した。
内心では、自分でもか弱く愛らしい少女を演じられたとほくそ笑みながら。
(淑女たるもの、不要な争いは優雅に気品正しく避けるものよね。最近淑女がたるんでいたけれど、これは自画自賛してもいいレベルの淑女ぶりじゃないかしら?)
バートがこの場にいたならば、ない胸を張って自慢したいくらいだ。
一人満悦していると、ルカが小声で話しかけてきた。
「ソフィー様、よかったのですか? ジェラルド様ならば、容易に黒星を従わせられますよ?」
確かに、ジェラルドが命令すれば黒星たちはいうことをきくだろう。
「表向きはね。けれど、人の心というものは、命令では動かないものよ」
下手をすれば、黒星から第一王子だけではなく、ジェラルドにまで取り入っていると思われそうだ。
もしもフェリオの時のように、ジェラルドまで誑かしたなどと抜かされた日には、以前の時のように平然とは構えていられないだろう。
私がいつジェラジェラを誑かした! 何時何分何秒、地球が何回まわった! と、幼稚な詰責をする自分が容易に想像できる。
そんな淑女らしからぬ行いは絶対に回避しなければならないが、我慢できる自信がまったくない。
(相手がジェラジェラだと思うと、不快指数が増すわ!)
そこでふと、疑問が沸いた。
なぜジェラルド相手だと、こうも腹立たしいのだろう?
最愛の“姉”クリスティーナの婚約者であるフェリオを誑かしていると言われる方が、本来腹立たしいはずなのに。
ラナお気に入りのレオレオのモデルだから?
顔面偏差値が桁違いに高いから?
(……いえ、それが一番の理由ではなくて)
思えば、この感情は腹立たしいという表現ではなく、どこか苦々しい。
そう、苦々しく思えるのだ。
ジェラルドを見ていると、遠い記憶が小さく開く。
まるで傷のように開くそれは、似ている誰かを思い出させる。
自分が厭う――――
「ソフィー様!」
少し遠くから聞こえてきたラルスの呼び声に、ソフィーはハッとして顔を上げた。
胸に巣食った過去の残骸が飛散し、当初の目的を思い出す。
ジェラルドに伝えた至急の件は、決して嘘ではなかった。
「ラルス、アーロン!」
いまは、なによりも急いで駆けてくるこの二人のことが第一だった。
息を切らしてやってきた二人に、ソフィーは「どうだった?」そう、問おうとして止めた。
聞かずとも答えが分かったからだ。
二人の顔には、隠しきれない喜悦の色が浮かんでいた。
「ソフィー様、やりました! 学長より、提出した意見書に不備はないとの合格をいただきました!」
「金星全員に星一つの授与と、秘蔵金も学院のためになる範囲内ならばその使用を認めると!」
興奮した声で告げるラルスとアーロンに、ソフィーは瞬きを一つすると、満面の笑顔を浮かべた。
「やったわね!」
称する言葉はたくさんあるはずなのに、それしか唇から出てこなかったのは、自分も共にラルスたちの喜びを甘受しているからだ。
陽だまりのような温かな笑顔で微笑むソフィーに、二人が嬉しそうに「はい!」と大きく答える。
「あっ、金星の皆にも知らせてきます! 心配していると思うので」
アーロンは急くように言うと、その場を駆けだした。
その後姿を見送りながら、一人理解できず茫然としていたルカが首を傾げる。
「あの、どういうことなのですか?」
学長に呼ばれた二人が、なぜこうも喜びを露わにしているのか。
そしてアーロンの言っていた、金星全員に星一つの授与と、秘蔵金という言葉の意味。
分からないことだらけだった。
「ほら、この前金星の皆で食堂の件でディスカッションしたじゃない」
「あれをまとめたものを、金星一同の名で学長に提出していたんです。で、今日その呼び出しを受けたわけなんですが」
ソフィーとラルスの説明に、ルカは驚きの声を上げた。
「ですが、あの時ソフィー様は『思惑は絡んでいない』と、そう仰っていましたよね?」
「ええ。よくない思惑は、ね」
人差し指を唇にあて、可愛らしく笑む少女に、ルカは意味が分からずポカンとする。




