親愛なる我が愛しのお姉様方へⅤ
相変わらずピクリとも動かない表情筋が、ウォーレンを捉え、一瞬目を細めた。
(ああ、あれは会いたくなかったという顔だね)
ウォーレンの息子たちは、幼い時から聖騎士となるため育てたせいか、皆感情の機微が分かりづらい。中でも、末の息子は特にそれが顕著だった。
だが、分かりにくくはあるが、分からないわけではない。
ジェラルドの、今は会いたくなかったという顔。
それは、自分に会えば叱責を受けるだろうことを自覚しているのだ。
自覚しているのならば、応えてやろうとウォーレンは口元を僅かに上げ、
「おや、どこに行かれるのかね?」
意地悪な質問を口にした。
紫星の護衛責任者であるジェラルドが、何のためにいるかなど聞かずとも分かる。
あえて問うたのは、皮肉だ。
「……ソフィー様の様子伺いに参りました」
「様子伺い、ね。本来、様子を伺うのではなく、お側でお守りするのが護衛責任者の責務では?」
彼女の部屋まで声が届くことはないと分かっていても、この場で親子を感じさせるような言葉は選ばなかった。
少しの過信が思わぬ方向に繋がってはいけない。紫星の少女を十四歳の少女として見てはならぬと、今しがた誓ったばかりならばなおのこと。
「君は、自分の役目が何か分かっているのかな?」
「十分理解しております。しかし、“あの方”のご命令です」
それは知っている。
だからこそ、今まで目を瞑っていたのだ。
「進捗状況は?」
言葉少なに問えば、ジェラルドの視線が床に落ちる。
どうせ、煙に巻かれているのだろう。
こうなることは分かっていた。下された命を聞かされた時から。
ジェラルドでは、その命は完遂できないだろう、と。
それでも口に出さなかったのは、彼が蹉跌に対してどう対応するか見たかったのもある。
しかし、とても合格点とはいえない結果に、ウォーレンは口元に手を当て、大仰にため息を吐いた。
「なるほど。命令に忠実でありさえすれば、時間はいくら消費してもかまわないと思っているのだね」
「そのようなことは……」
「己の能力のなさに見切りをつける判断が遅い。この時間の損失を、今後どうやって穴埋めするつもりだい?」
「ソフィー様からは、不都合はないとお聞きしておりますが」
「それはつまり、君がいなくとも支障はない。そうソフィー様はご判断されたということだよ」
容赦のない指摘も、泰然と聞いていたジェラルドだったが、呆れを含んだウォーレンの言葉に青い瞳が微かに揺らいだ。表情の変化が乏しい彼にしては、比較的分かりやすい動揺だった。
ウォーレンは口元にやわらかな微笑を浮かべながら、けれど言葉は鋭く畳み掛ける。
「護衛責任者でありながら責務をまっとうしていない非を、ソフィー様が受容していることへの危機感があまりにもなさすぎる。君はもっと人の思考、動向に広く目を向けるべきだね」
向けるべきは紫星の少女のことだけではなく、彼の周辺―――黒星の生徒たちのことも含まれていたが、あえて抽象的な表現で告げると、それ以上は口を噤んだ。
聖騎士となった時から、ウォーレンの中でジェラルドはもう自分の子供という立ち位置から巣立ち、この国を、この国を統べる者を守る騎士となったのだ。
甘やかすつもりは毛頭なく、一つ一つを教示するつもりもない。答えを与えるだけでは、考える思考を停止させる。結果、出来上がるのはただ言われて動く人形だ。それでは困る。
沈黙する父親の真意を汲み取りながらも、ジェラルドはしばしの思案の後、「もうしばらくだけ、時間をいただけないでしょうか」と求めた。
(無駄だと思うがね)
それらしい理由で命令を回避し、本来の職務に集中できる環境をつくりあげることも、必要な能力なのだが、そこまでの力はまだ持ち合わせていないらしい。
与えられた任務はすべて達成しなければならないと、漫然と考えているのは、若さゆえか。
内心の声を飲みこみ、ウォーレンは眉だけを上げると、淡々とした声で受諾した。
だが、納得しているわけではない。
目処が立つまでは、ここへの訪問も許可しないことを交換条件に告げると、ジェラルドは一瞬目を見開いた。
「それは……」
「ソフィー様の元を訪れ、近況を伺うことで任務を遂行していると勘違いされては困るからね」
職務怠慢の事実を、ゆめゆめ忘れぬように。
それだけ言うと、ウォーレンは玄関の方角を指し示した。
暗に退出を促され、ジェラルドは逡巡したのち、一礼をすると踵を返した。
しかし、
「――待ちなさい」
数歩足を踏み出した所で、なぜか退出を命じた本人から呼び止められた。
まだ言い足りないことがあったのかと振り返ると、思ってもいなかった近距離に父親の顔があり、ジェラルドは危うくのけぞりかけた。
退役してもその動きに衰えはなく、俊敏な動きは物音一つさせない。
気配すら完全に消して間近にいたことに、振り返るまで気づけなかった。
ジェラルドの胸に、焦燥感に似た感情が湧く。
「……何か?」
動揺を隠し、できるだけ無感情に問うが、ウォーレンはジェラルドの問いには答えず、ただ黙って目を凝らしていた。
その表情は、先ほどまでのどこか人を見透かした瞳ではなく、真剣そのものの眼差しで、必死に見えぬものを見ようとしていた。
一体何を見つめているのか。
凝視している先が自分の記章であることに気づいたのは、彼が盛大なため息を吐いた後だ。
「まだ、目は衰えていないと思っていたんだが」
並べて見ても違いがよく分からないと、珍しく肩を落とし落胆の声をあげる父親に、ジェラルドは意味が分からず、ただ黙るしかなかった。




