親愛なる我が愛しのお姉様方へⅣ
ほんの一瞬思考を脱線させたウォーレンだったが、すぐにあることに気づき当惑に眉を顰めた。
古い記章をつけているのは、自分だけではなかったのだ。
「しまった。ハイドたちの記章も古いままか……」
ハイドはウォーレンの古き友人であり、現在この寄宿舎を守っている聖騎士の一人だ。
この寄宿舎を守る聖騎士は、ウォーレン以外はすべて黒星二つの記章をつけているが、実際は星四つを賜っていた。
今はもう引退しているため第一線で活躍することはないが、皆、英名を馳せた者たちばかりだ。
彼らもウォーレンと同じく、若き日の記章を胸に掲げているため、ジェラルドの記章とは花びらの数が一枚違う。
ウォーレンは頭を悩ませた。
自分以外は、紫星の少女と長く話す機会はそうなかった。ならば、彼らの記章についてはまだじっくりとは見られていないはずだ。
彼らだけでも新しくさせるべきか。
しかし、そうなると自分一人だけが古い記章をつけていることになる。
これから多くの黒星たち、特に年配の黒星たちを見る機会が多くなれば、その不自然さに彼女はきっと訝るだろう。
このままでは、誰かの手によって自分の本当の身分を知らされてしまう前に、彼女自身の頭脳によってバレてしまう可能性のほうが高い。
ウォーレンとしては、どうしても早々の露見は避けたかった。
というのも、再三にわたって第一王子より正体を知られぬようにしてくれと言われ、当日も強く念を押されていたのだ。
――――お前が黒星五つのウォーレン・フォルシウスだということは、アイツには絶対に知られないようにしてくれ! そうでなければ、俺がアイツに絞めら……いや、その……。まだ十四の少女なんだ。黒星の最高峰が護衛をするとなると、やはり畏縮するだろう……。
声には、いつも感情を押さえ、毅然としている彼らしからぬ必死さが滲んでいた。
それほど用心するよう念を押されていたというのに、早々に知られてしまいましたでは、あまりにきまりが悪い。特に、自分から紫星の少女の護衛を強く志願した手前もある。
(けどねぇ……)
第一王子より強く念を押された数々には、腑に落ちない点がいくつかあった。
「本当に畏縮するような方なのだろうか?」
紫星の少女とは、数度会話を交わしただけ、多くを見知っているわけではない。
それでも感じられるものはある。
ウォーレンは足を止め、今しがた出てきた部屋の方角を見つめた。
女学院からそのまま運ばせたという彼女の持ち物は、意匠の凝らされた装飾が美しい調度品ばかりで、リニエール家の財力を十分に示すものだった。
だが、よく見ればそれらは装飾の華やかさに隠れた、機能性重視の家具ばかりで、色合いも淡いもので統一されていた。
最初に入室した時から違和感はあったのだ。
装飾の彫刻は女性好みの花や木々をかたどったものばかりだというのに、どうも既視感のある部屋だと。
入室の度にその既視感の正体が何なのか、探っていて気づいた。
自分の部屋に似ているのだ。
部屋の間取りや、家具の配置。
家具も、精緻な彫りの装飾で女性らしくみせてはいるが、それがなければかなりシンプルなものばかり。
豪華を好む貴族の中でも、自分の部屋だけは落ち着いた色合いの、機能性を重視する男性貴族はいるが、大抵は聖騎士か、権威と権力をこれ以上誇示する必要がないほどの高位貴族くらいのもの。あまり女性には好まれない。
――――少女らしい可愛らしさで覆い隠しているが、本当はもっと飾りけのないものが好みなのでは?
そんな違和感を覚えたのは、考え過ぎだろうか。
不思議な違和感は、彼女が着ているものからも感じられた。
紫星の少女を彩るドレスは、手間暇のかかった刺繍が細かく配置され、その生地も高級で質の良いものだ。だが、造りが普通の少女のドレスとは少し違って見えた。
日々変わる少女たちの流行など、さすがのウォーレンも熟知しているわけではないが、自分の妻が「ここがこうだったらもっと動きやすいのだけど、でもそうすると貧相にみえてしまうのよね」と呟く言葉は覚えている。
紫星の少女のドレスは、それらがすべて取り入れられているように見えた。
動きやすいよう関節部分の素材は滑らかなものを使用し、けれどレースと刺繍の配置で一見して分からぬように縫製。後姿はプリーツを寄せ、布をふんだんに使うことによってふっくらと豪華な見た目に仕上げてはいるが、代わりに前のボリュームを少なくし、歩きやすいように調整されていた。
靴も、ドレスの下からチラチラと見えるのは真珠の細工が施された光沢のあるものだが、ヒールの低いフラットなものを履いているのか、彼女から女性特有の足音が聞こえることはほとんどなかった。
動きやすさを重視すれば貧相、流行遅れに見えてしまうと妻は言っていたが、紫星の少女の衣装はいつも鮮やかな色合いの、刺繍、レース、フリル。すべてに強いこだわりが窺える一流の仕立て人が精根を込め、縫い上げた一着にしか見えない。
なによりも、彼女自身の堂々たる振る舞いが、ドレスの多少の違いなど払拭させるのだ。
まだ社交界に出る前の年齢だが、女王の薔薇に首席入学しただけあり、訓練された所作は宮廷で舞う貴婦人たちのようにしなやかな強さを放っていた。
流行よりも自分のライフスタイルや好みを優先させながら、それを極力隠し、愛らしい笑みで誤魔化す強かさ。
どれをとっても、紫星の少女に恐れや怯えは感じられない。
第一王子の婚約者、公爵令嬢クリスティーナ・ヴェリーンと比べると、そう見えるということなのだろうか。
ウォーレンからすれば、二人の少女は外見こそ異なるが、それほど大きく気質が異なっているとは思えなかった。
どちらかというと、笑顔で人をふりまわしそうなところが、とても酷似しているような気がしてならない。
医科学研究所所長への訪問の話も、紫星の価値を本当の意味では理解していないのではと思い、進言しようとしたのだが、その表情を見てすぐにそうではなかったと気づいた。
ロレンツオ・フォーセルの話をした際、彼女は宝石のような緑の瞳に、
――――え。そんなことしたら、あとあと面倒そう……。
ほんの一瞬、そう色濃く煩わしさを映したのだ。
ああ、これは畏縮しているわけでも、権力の使い方が分かっていない訳でもなく。ただ、使うべき場所と必要性を見極めているだけだと。
そういえば、と思い出す。
銀星の講師が、紫星にたいして不躾な視線をよこした一件でも、彼女は言っていたではないか。
いざという時のために――――。
静かに告げた少女の声は、ただ闇雲に年上の男性に対して配慮しているわけではないことが窺えた。
権力は使うべきところで、一番効力のある場面で使う。
あの笑みは、そういう顔だった。
銀星五つを賜っているロレンツオ・フォーセルへの配慮と、女性らしい思いやりで、紫星の価値を落とすようでは困ると口を出したが、どうやらただの杞憂だったようだ。
いや、杞憂どころか、記章の薔薇の花びらの話になったときに悟った。
第一王子が放った『十四の少女』『畏縮』という言葉を念頭に置いて彼女と話してはいけない。
無垢な新緑の瞳に惑わされて、幼子をみるような気持ちで接していては、いつの間にか会話の主導権を握られてしまう。
それだけは、黒星五つを賜り、彼女よりも随分と長く生きてきた矜持からも避けたいところだ。
ウォーレンは苦笑いを浮かべ、「さて、まずはこれをどうするかな」と手のひらの中にある、自分の若かりし日の記章を見つめていると、微かな足音と近づいてくる気配を感じ、視線を上げた。
周りを窺えば、階下からあがってくる末の息子、ジェラルドの姿があった。
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