ソフィー・リニエールというご令嬢~ラルス・リドホルムの躍進Ⅲ~
それ、聞いたら絶対ダメなやつ……。
静まり返る室内で誰もがそう思いながら、ソフィーがなんと答えるのか息を殺して待った。
ラルスは、あのソフィーが恋する少女のように、顔を赤らめたり、動揺がほんの少しでも見えたらどうしようとビクビクしながらその顔を窺った。
だが、何事にも頭の回転が速い彼女にしては珍しく、言われたことの意味がよく分からなかったのか、マルクスの質問の意味を今一度反芻するように首を傾げ、やっと意味が分かったとばかりに口を開いた。
「初の女性紫星だからと、そう邪推する人も多いかもしれないけれど、普通に考えてそんな理由で紫星が与えられるなどあり得ないでしょう。貴方たちには隠すことでもないから言うけれど、確かに私は幼少の時に殿下とお会いしているわ。けれど、それだけよ。恐れ多くも私と殿下が恋人だなんて、天地神明に誓って、過去、未来においても絶対に起こりえないと断言するわ」
なんの気負いも無く当たり前のように話すソフィーに、一同の緊張が取れた。
金星内でも、恐れ多いと知りながら話題に上がっていた殿下との恋人説を一蹴され、ラルスはホッと胸をなで下ろす。
「それに、殿下にはお美しい婚約者様がいらっしゃるの。あのようなお美しい方を婚約者に持ちながら、なぜ私と恋人同士になるというのよ」
なぜか婚約者の話になった時の方が、ソフィーは赤らんだ白い頬に手を当て、うっとりと囁いた。
婚約者の話に、マルクスが出されたクッキーを齧りながら、記憶を辿るように天井を見ながら呟く。
「ああ、たしか公爵令嬢の…く…くなんかとかべーりん?」
「クリスティーナ・ヴェリーン様よ!!!!」
叩き割るのではないかというほどの勢いで拳をテーブルに叩きつけ、怒りを露わにするソフィーに、マルクスは齧っていたクッキーを落とし、ラルスたちもギョッとして目を見開いた。
廊下で待機していた聖騎士までもその音に驚いたのか、異常を確認するため室内に入室してきたが、ソフィーは皆の驚愕には一切気にとめず、マルクスに詰め寄った。
「いい、マルクス! 本来なら高貴な方のことを軽々しく話すなど不躾な行いだけれど、一つだけ教えてあげるわ! お姉様は、この王国で一番気品高く、お美しい方なのよ! 名を間違えて口に出すなどあってはならない所業だわ!」
「わ、わるい…」
いつにない迫力に押され、マルクスが素直に謝罪する。だが、ソフィーの勢いはそれだけでは終わらなかった。
「大体、なぜたかだか紫星を賜っただけで、それが女性というだけで、私が殿下の恋人という発想になるのよ! あんなにもお美しい方がいらっしゃるというのに! 吐息さえも気品に溢れた素晴らしいお方を婚約者にできる殿下は世界一の果報者よ! 歩いたその後には花が咲き誇るのではないかというほどの、女神のような方がいらっしゃるのに、私が殿下の恋人などというふざけた話が上がること自体、許せないのよ!」
テーブルに叩きつけて赤くなった拳を握りしめ、ソフィーが苦々しい苦悶の表情で叫ぶ。ここまで荒ぶったソフィーを見るのは初めてで、誰も言葉をかけることができない。
「殿下が私に誑かされているという噂だって、本来なら口にしている者たち全員に言って回りたいわ! クリスティーナお姉様のような気品高く、崇高にして神聖なる婚約者を持ちながら、どこに誑かされる隙があるというの! 無いでしょう! あっていいわけがないわ! そうでしょう!?」
凄まじい気迫と、執念すら滲んで見えるソフィーの発言に、全員がポカンとした顔で静まり返る状況で、しばし呆然としたマルクスだったが、好奇心でつい聞いてしまう。
「……あったら、どうするわけ?」
「まぁ、そんなことあるわけがないでしょう?」
一転して、ソフィーが静かに言う。
しかし落ち着いたというよりは、スッと怒りの頂点が沸点を超えたような顔だった。
「いや…だって、数代遡ってみても、側室だって普通にいたわけだし。別にお嬢さんじゃなかったとしても、そのうちそんな話も出るンじゃないか?」
「――――は?」
常に淑女らしさを口にしていたソフィーにしては、雑な言い方だった。顔はなんとか微笑んでいるが、目が笑っていない。
「正直、自分の娘を側室にってすすめる奴だっているだろう…し…」
そこまで口に出して、マルクスが逃げるように視線を横に動かした。
一見、空気を読まない発言も、普段は相手の人となりと力量を見て選んで口にしていたマルクスだったが、ソフィーのコレは完全に想定外だ。
マルクスの顔には、ありありとマズイことを口にした、という色が滲んでいた。
「面白いことを言うのね、マルクス」
まるで嵐の前の静けさのような、落ち着いた声音だった。
「けれど、そんな方が存在するわけがないわ。ねぇ、そうでしょう?」
いつも通りの優雅な笑みで言い切る様が、逆に怖かった。
――――消される。
もしも、フェリオ殿下に側室を薦めるような輩がいれば、きっとこの紫星は推薦者を消す。
そんな物騒な思いが、その場にいた全員の脳裏に過ったが、決して口に出す者はいなかった――――。
その後、数時間に及ぶ殿下のお美しい婚約者様の話をノンストップで聞かされることとなったマルクスは終わったあとに、一言呟いた。
アレは、マジでヤバイ…と。
以来、ソフィーの前で、殿下のお美しい婚約者様の話は絶対にしてはいけない禁止事項となったのだ。
「よく分かンねーけど、あの年頃のお嬢さんってのは、美形の男よりも美形の女に心惹かれるもンなのかね?」
ソフィーのハイテンションと、薄目で見てもしっかりと伝わる信奉ぶりは、完全に病気だった。
いま思い出してもうんざりとしてしまうマルクスと違い、ラルスは目をらんらんと輝かせ、まったく違う意見を口にした。
「僕は、あの時に、この方に一生ついていこうと心に決めました!」
「…………は?」
マルクスが驚いてラルスを凝視する。
唯一、ソフィーの長時間に渡るトークを、始終楽しげに聞いていたのがラルスだった。
だが、それはソフィーへの配慮から真面目に聞いているのだろうと思っていたマルクスは、信じられないものを見たとばかりに口をポカンと開く。
「ソフィー様は、マーガレット様とは少しタイプが違いますが、逆風に負けない芯の強い所が同じだと思うんです! それに、一途に想い慕う所は、まさに愛を貫くマーガレット様そのもの!」
夢みるように呟くラルスに、マルクスとアーロンがマーガレット様って誰? と不思議に思うが、完全に自分の世界に浸っているラルスには届かない。
ラルスの2次元の推しはマーガレット(・ω・)ノ
3次元の推しはソフィーです(・ω・)ノ




