第十九話 あたらしい仕事【002】
002.
「お客さん、着きましたよ。はじまりの町です。」
僕は起き上がり、運転手を見る。
「ああ。そうか。じゃあ、これ代金ね。」
僕は銀貨を1枚渡す。
「ちょっと待ってください。駄賃は銀貨6枚ですよ。」
僕は驚愕した。そう言えば今まで、自分一人で馬車に乗ったことが無かったため、その値段を知らなかったのだ。
「そんなに高いのか?」
すると運転手は呆れたように話す。
「それはそうですよ。あなた、知らずに乗ったのですか?馬車というのは貴族の乗り物です。庶民がそんな頻繁に使えるようなものではないのですよ。」
僕はそう言って僕に必死に言ってくる姿を見てあざ笑う。
「君はそんな細かい金にこだわる人間なのかね。まあ、これで我慢してください。僕の名においてこのお金にまけますので」
そう言って僕は銀貨3枚を追加で渡す。
「ふざけないでください。まだ銀貨が2枚足りません。」
そんなことをしたら僕のお金が無くなってしまうではないか。
「あなたまだ後、一枚は持っていますよね。それをまず出してください。」
僕は知らない振りをする。
「これ以上払わなければ衛兵を呼びますよ。私も争いは避けたいですから、早く支払ってください。」
まあ大丈夫だ。
国と繋がりがあるモブであればそのようなことであれば大丈夫だろう。しかも秋月さんに頼めば……
いやでも、アジトを飛び出してしまった以上、秋月さんに頼ることはできないだろう。
茜音さんも、ルドルフさんも、ネビルさんも、エレナも、誰にも頼れない。
僕は自分の体から血の気が引いていく感覚を覚えた。
今僕は、誰からも庇ってもらえないのだ。
僕の代わりに代金を支払ってくれる人もいなければ、衛兵を説得してくれる人もいない。そもそも僕たちはモブを解任されているのだから、本当に僕には何も残っていないのだ。
「すみません。僕、まだ銀貨一枚足りないんです。」
僕がそう言って銀貨一枚を差し出すと、その運転手は銀貨を奪い取るように受け取る。
「じゃあどのようにして私は銀貨一枚を受け取ることができますか?」
「それは……」
「それはじゃないです!労働には見合った対価があります!私は私の生活のためにこの仕事をしているんです!どうやらあなたはあまりにも世の中に無知なようですが、あなたは私の馬車を使ったのですからそれに見合った報酬を払う義務がある!」
僕は初めて世の中の厳しさを知った気がした。
厳しい任務においても、訓練においても、このようなことは教えて貰わなかった。
僕は魔道具を差し出す。
「これで何とか銀貨に変えることはできませんかね……」
するとその運転手は魔道具を地面に投げ捨てる。
「こんなもののどこに価値があるのですか?こんなもの、どこに行っても売れるとは限りませんよ。」
「でもこれは、こうやって振ると回復が……」
「回復なら回復薬でできます。そんなものどこの店にも銅貨一枚に下らず売っていますよ!」
僕は改めて絶望した。
僕が作ってきたものは、魔道具は、そんなにも無価値なものだったのか?
「じゃあこれは……」
マナ整形機を差し出す。これはドラフとの戦いで大活躍した装置だ。これを差し出すのはもったいないと思っていたため渋っていたが、仕方がない。
「これは持っているだけでマナを整形して……」
「それもいりません。マナを整形したところで何もありませんし。」
「でもこれは、マナが薄い状態でも魔法が……」
「マナなどこの空気中にたくさんあるではないですか。少なくとも私は困ったことはありませんがね。」
僕は最後の望みにかけて、火炎スクロールを出す。
これはあの後こっそりと作成していたものだ。
マナの使用を制限されている場所でも簡単に使用できる。
師匠の魔法屋はマナの暴走を防ぐため、マナの濃度を魔道具によって薄くしてある。
そのため、魔法はおろか空気中のマナを使用する魔道具は基本的に使えない。
その状況でも僕は、どうしても炎が使いたかったため、火炎を低マナ状態でも出すことのできる火炎スクロールを作成した。
それがたまたま懐にあったのだ。
僕は必死にその魔道具の良さを説明する。
「火炎魔法は誰でも使えます。こんなもの、あっても仕方がないですし、そもそも売れませんよ。」
その運転手は僕を見下して宣言する。
「もういいです。衛兵を呼んできて、あなたを牢に入れてもらいます。その中で強制労働でもして稼いできてくださ……。」
その時だった。
僕の後ろから声がした。
「それ、買い取らせていただけませんか?」
後ろを見ると、自分の身長の二倍はあると思われる人物が立っていた。
「こ、これを買ってくれるんですか?」
「ああ。それは利用価値がありそうだ。銀貨5枚でどうだ?」
僕は大きく頷く。
「はい!ではそれで!」
その男は懐から銀貨を取り出し、僕に渡した。
「ありがとうございました!」
僕はその男にお辞儀をし、受け取った銀貨の内、一枚を運転手に渡した。
「わかりました。いいでしょう。今回は運が良かったですね。」
そう言って運転手は銀貨を奪い取る。
「あなた、そういうことをしているといつか大変な目に逢いますよ。」
そう吐き捨てて、その運転手は馬車に乗り、帰っていった。
「本当に助けていただいて、ありがとう……」
僕は振り向いてその男に挨拶をしようとすると、もうその男の姿は無かった。




