表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ナーロッパ戦記  作者: F4
3/6

孤児院

「悪いが、ここを通す事は出来ない」


帯剣した衛兵が告げてくる、実直そうな男だ。

冗談が通じるタイプには見えない。


今日はお天道様の機嫌が良く、俺の機嫌はそれに反比例する。


ここはケルン。

ガルマリィ帝国とベルグ王国の国境に当たるライン川、そこに掛かる巨大な橋を囲む様に出来た町だ。


戦略的な要衝地であり、帝国と王国で、何度も領有を争った歴史があるが、現在はベルグ王国に帰属している、


そのケルンの中心にある、レルン橋を渡ろうとした矢先に、衛兵に止められたのだ。


「理由を聞かせてくれ」


「ベルグ王国は今、ガルマリィ帝国の軍事行動を非常に警戒している。

通行許可証を持たない帝国からの渡橋者は、通行を禁じている」


長旅の末に辿り着いた町で、こんな足止めを食らうとは、運が無い。


このレルン橋を渡る以外で王都ブリューグに行くには、北のオーランドか、南西のラフラを経由する迂回ルートしかない。

どちらも馬鹿らしくなる様な長距離だ。


「通行許可証とやらは、どうやったら貰える」


「身元審査を順番待ちで受けてもらう。

今申請すれば、審査は2ヶ月後。 許可証の発行はそれから一週間後だ」


・・・目眩がする。

本気で迂回ルートの選択を考える必要がある様だ。

2ヶ月以上もケルンに滞在する路銀は無い。


「どうするの?」


後ろから女の声が掛かった。

横目に確認すると、そこには地味な服装で佇む金髪の娘がいる。 名前はフランカ。

初めて会ったのは、つい5日前だ。

壊滅したフルート村、その生き残り。


身寄りの無いこの娘に、頼れる先を紹介してやるのが目下の目的だが、この状況に後悔を禁じ得ない。


フルート村からケルンまで、睡眠と食事以外の時間を徒歩移動すれば、およその2日間の距離だ。


しかし、フルート村を出発してから今日は5日目。

俺一人であれば、2日間でケルンに着いていただろうが、フランカを連れていたので事情が違った。

明らかに無理をした様子で歩くフランカを察して、移動時間を減らし、休憩を多めに取ったここまでの道程は、想定の倍になった。


どこまでも面倒を掛けてくれる・・・!


仮に迂回ルートを選択したとして、それは俺の想定に倍する時間になる筈だ。

その間に必要になる旅費を考えると、俺が持つ所持金は正直心許ない。 八方塞がりだ。


「どうしようも無い、ここで考えていても時間の無駄だ。 今日は一泊する」


「分かった」


物分かりの良い事だ。 この旅路の間で感じた事だが、フランカの口数は少ない。

フルート村で起きた事件を考えれば、傷心でもおかしくはないだろう。


俺もおしゃべりが好きな方ではない、子供相手は尚更だ。

会話が少ないのは、むしろ都合が良い。


レルン橋から引き返し、換金屋を探す。

ケルンはベルグ王国の帰属になってから、ガルマリィ貨幣は使えない店舗が多い。

換金屋でベルグ貨幣に交換する必要がある。

そしてそれは近くにあった。


「・・・もしかして、帝国貨幣の交換かい?」


近付くと、こちらが話し掛ける前に、胡散臭い顔相の店主から尋ねられる。

その言い方には含みがある様にしか聞こえない。


「そうだ。 何か問題か?」


「別にワシは構わんがね、それじゃ貨幣を出してくれ」


一体何なんだ・・・問い詰めてやっても良いが、店先で声を荒げるのはみっともない。

大人しく、革財布の中身を店主の前に晒す。

枚数はそう多くは無い、確認はすぐ終わる。


「あいよ、それじゃこれが王国貨幣だ」


差し出されるコイン、それは随分と少ない。

およそ半分になっている。


「・・・オヤジ、これはどう言う事だ?」


「それが今の交換レートだよ、帝国貨幣は信用が低くてね」


この地域一帯の貨幣価値は、金貨が基準になっている。

銀貨は金貨の100分の1、銅貨は金貨の1000分の1の価値だ。


「帝国金貨は10年前から純度が段々と下がっているんだ。 大方、銀や銅の含有量を増やして鋳造しているんだろう。

それに、帝国内は治安が悪い。 野盗の類はもちろん、兵士が賄賂を求めて恐喝してくるって話だ。

これじゃあ、帝国で商売するのは難しい。

帝国貨幣を持っていても、使い道が無いんだ。

今じゃあ、ベルグでもオーランドでも、帝国貨幣の取引は嫌がられる。

換金するだけでも、ありがたく思っとくれ」


その言い分には説得力があった。

金貨の純度については知らなかったが、帝国の治安は確かに悪い。


本来は治安維持を職責とする衛兵が、言い掛かりを付けて金を無心するのは、珍しくもな

い。

俺は面倒を避けるために、仕方なく払っていた。 値切りはしたがな。

納得出来ない血の気の多い奴は、衛兵と言い争い、悪ければ殺し合いだ。


店先に並べた品は、柄の悪い兵士の集まりが勝手に持って行き、卑屈な店主は何も言わない。

そんな雰囲気が蔓延していた。

まともだったのは帝都くらいだ。


「・・・もう少し、なんとかならないか?」


「ならないね、ベルグとガルマリィの通商条約が有名無実になってから、もう随分経つ。

帝国の商人は滅多に来やしない、帝国に行く王国の商人もね。

帝国貨幣はもっぱら、ベルグ王国に買い取って貰って、王国貨幣に鋳直すのが普通だ。

あんたに譲歩したら、うちは赤字になっちまう」


交渉の余地は無さそうだ。

見た目は胡散臭いが、理屈立てた店主の説明に穴は見つからない。


貨幣を革財布に詰めると、それは交換する前より随分軽く、俺の心は逆に重くなる。


悪化した路銀の問題を考えると、安易に宿で一泊するのは躊躇われた。

これは野宿をする必要さえあるかも知れない。


「おい、フランカ・・・」


!?

野宿の提案をフランカに持ち掛けようとすると、俺の前を風が通り抜け、その拍子に手元からパシッと乾いた音がする。

気付くと、手元の革財布が無かった。


「あそこ」


フランカの指差す先を見る。

そこには路地裏に入り込み、走り去っていくガキの姿が一瞬映った。


やられた・・・!

追いかけようとも思ったが、ケルンの土地勘は無い。

入り組んでいるであろう路地裏で追いかけっこをしても、捕まえられるとは思えない。

そもそも既に見失ってしまった。


「災難だねぇ、ありゃここらで有名なコソ泥のガキさ」


路銀が半分になり鬱屈になっていた矢先に、無一文になった。

もはや今日の寝床どころか、食事の当てさえも無い。

思考が止まり、只々立ち尽くす・・・


「噂に過ぎんが、あのコソ泥のねぐらは貧民街って話だ。 その近くの孤児院に出入りしているのを、見た人間がいる。

行ってみれば、何か分かるんじゃないかね」


茫然自失の俺を見兼ねたのか、店主が有力な情報をくれた。

胡散臭いオヤジなどと思ったが、中々誠実な男だ。 心の内で謝罪する。


「それは、どっちに行けばいい・・・?」



ーーー



「多分、こっちだと思う」


フランカが俺を先導してくれる。


ケルンに着いた時には昼過ぎだったが、今はもう西の地平線が赤い。


換金屋の店主から経路を聞いた俺は、件の孤児院に向かったのだが、町の外に出てしまったのが2回。

換金屋に戻ってしまったのが2回。


店主には不審な目を向けられた。

改めて道程を聞き、今はフランカの案内で向かっている。


同じ様なレンガ仕立ての建築物が立ち並ぶ街並みでは、目印を見失う。

自分の位置が把握出来なくなったとしても、仕方無いだろう。

誰にでも不得手はある。


フランカに付いていくと、景観が変わり劣化の目立つ住居が増えていく。

その先に十字架を掲げた、大きな建屋が見えた。 恐らくは、あれが孤児院だろう。


近付くにつれ、敷地内の広場から口論が聞こえて来た。


「・・から返済出来ないなら、この土地を手放せって言ってるんだよ、分かるよな?」


「それは出来ません、院が無くなったら子供達には行く所が無いのです。

借りたお金については必ずお返しします、それまで待って貰えませんか?」


柄の悪い男が二人、対するのはシスター服を着た年若い女だ。

子供達がシスターを囲んでしがみつきながら、恐ろしそうに男を見ている。

借金の返済に絡んで揉めている様だ。


「待っても金を用意する当てなんかないだろぉ?

それよりすぐに金になる仕事を斡旋してあげるからさ、あんただったら良い稼ぎになるよ」


「やめてください!!」

「やめて!」「ママを連れていかないで!」


男がシスターの腕を掴み、連れ去ろうとしていた。 子供達は必死に抵抗している。


・・・来るタイミングを間違った様だ。

誰の目にも明らかな面倒事に首を突っ込む馬鹿はいない。

日を改めて、再び訪ねるとしよう。


踵を返そうとする俺に反して、何故かフランカは揉め事に向かって歩き出す。


・・・まさか、暴挙を止めようとでも言うのだろうか。

全く関係無い、事情も知らない第三者だと言うのに。

一人で何が出来ると言うのか、元より俺は介入する気が無い。

暴挙を止めようする暴挙を止めようと、フランカに向かって手を伸ばす。


「やめろ!!!」


暴挙を止める声がする。 その声は、フランカではない。

奥から出てくるガキは、見覚えがある。 コソ泥だ。


「これを持って出ていけ!」


コソ泥は男に革財布を突き出す。

そう、それは俺の財布だ。

あの野郎・・・

しかし、この事態に巻き込まれたくは無い。 黙って見過ごす事にする。


「ッ・・・こいつは利息として貰っていく。

命拾いしたな、姉ちゃん。 行くぞ」


中身を確認した男達は、舌打ちする。

渋々だが、この場は引く様だ。 入り口にいる俺達の方に向かって来る。


すれ違う際に、こちらを値踏みする様に睨め付けて来た。

俺ではない、フランカを。

そのままニヤニヤしながら、去って行く。

気味の悪い奴らだ。


危機が去った事に安堵したのか、無事を喜ぶシスターと子供達。

それを見守るコソ泥のガキは、何やら得意気で腹が立つ。


「おい」


声を掛けると、そこにいた皆が俺を見た。

シスターと子供の目には、先程のチンピラを見る時と同じ恐怖がある。

心外だ・・・


コソ泥は俺の姿を確認すると、ハッとした顔付きになる。

次に取った行動は、飛び跳ねてそのまま地に手を付く。 平服してきた。


「すまねぇおっさん!

金は必ず返すから、許してくれ!」


「ダン! 貴方、また盗みをしたの!?」


「ま、待ってくれ、バーバラ!

だって金が必要だったんだ、そうだろ!?」


「それは孤児院の問題でしょう!?

そのために関係の無い人から盗みをしていい理由にはなりません!!」


何やら説教と弁解が始まった。

シスターはもちろん、子供達もその視線には責める色がある。

換金屋の店主も有名なコソ泥と言っていた。

盗みの常習犯として、身内からも厭われているのかも知れない。


しかし、今回ばかりは利他から出た行動に見える。

助けた相手から責められるとは、哀れな奴だ。

こいつを責めていいのは、被害者の俺だけだろう。


一人の少女だけは、コソ泥に対して憐れみの色があった。

その腕には、くまのぬいぐるみがある。


問答を終えたシスター・バーバラはこちらに謝罪してくる。


「申し訳ありません! 盗んだお金は必ずお返しします!

どうか、少しの間、待って頂けませんか・・・?」


「待ってくれと言われてもな、無一文じゃ寝食もままならない」


「それでしたら、この孤児院を利用なさってください。 粗食で良ければ、食事を用意する事も出来ます」


孤児院に寝泊まりか。

この幼児共に囲まれて日々を過ごす俺の心労は、どれ程になるのか。

想像するだけで、体力を吸われる気分だ。

かと言って、他に当ては無い。

背に腹は変えられないだろう。


後ろでは女児に懐かれたフランカが、困った顔で俺を見ていた。


思わずため息が出る。


「・・・世話になる」


返答にバーバラは笑顔になった。


ため息を吐くと、幸せが逃げると言うのは本当だろうか。

逃げていった幸せにため息を吐き、ため息を吐くから幸せが逃げる。


俺の不幸が底抜けに深まって行くのを感じた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ