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ナーロッパ戦記  作者: F4
2/6

邂逅

「なんだ、これは・・・」


今にも雨が降りそうな、気が滅入る曇天に、目の前の無残な光景。

風は生暖かく、湿気を帯びている。


旅の疲れを癒そうと、軽い気持ちで立ち寄ったその農村は、焼かれて煤けてしまった家々と、屍が転がるだけの廃墟と化してる。


遠目でこの村を見つけた時には、空腹を満たし、麦酒で喉を潤す事に期待して、気持ちが昂ぶっていたが、近付くにつれて期待は落胆に変わり、今では空模様と同じ気分だ。


野盗に襲われたか?

そう思ったが、見る限りでは皆殺しである。

野盗であれば、食料と金品を奪い、若い娘を攫う事はあるが、村民を皆殺しにするのは聞いた事が無い。 そもそもする意味が無い。

村を滅ぼしてしまったら、二度と奪う事が出来ないからだ。


頭の良い連中とは思えないが、ある意味で宿主とも言える村を消してしまう程、馬鹿では無いだろう。

絶対に有り得ない、とは言えないが・・・


考えても結論は出ない。

そして、腹が膨れるわけでも無かった。


ひとまずは腹を満たしたい。 残っているかも知れない食料を探す事にした。


火事場泥棒の真似事になるが、被害者がいないければ俺の良心は痛まない。

いれば良心の呵責を感じた、とは言えないが、少なくとも死人のために残していても意味はない。

生者である俺のために、快く譲ってもらうとしよう。


めぼしい場所を探して、死体を避けながら歩いて行くと、村の中央広場に出た。

その中で一番大きい、宿舎と思しき家屋に目星を付ける。

食料を見つけるなら、宿が最も期待出来そうだ。


侵入すると中は薄暗く、右手には調理場、左手にはテーブルと椅子の残骸が転がり、かつてはジョッキを片手に賑わっていたであろう客の死体が椅子とテーブルの残骸の一部になって横たわっていた。

どうやら、酒場が併設されているらしい。


腐臭はしないが、濃い血臭に吐き気がする。

血は生乾きで、 死んでからそう時間は経っていない様だ。


調理場には、恰幅の良い、宿の主人と思しき女がうつ伏せで倒れており、足元から血痕が伸びていた。

致命傷を受けてから、這いずったらしい。


襲撃者から逃げようとしたのだろうか、哀れな事だ。

死に行くこの女は、どんな思いで最期を迎えたのか。


残念ながら俺には興味がない、そんな事よりも食事の方が重要だ。

調理場に入り、棚の中を漁る。

麦粉、卵、バター、干し肉・・・一通りはある様だ。

食料が奪われた形跡は無い。 酒も、金品も。


益々、襲撃者の目的が分からない。

村民を殺害する事が目的だったのか、そんな事をしてどんな意味があるのか。


無関係の俺が気に掛けても、詮無い事だ。

そう思いながら、乾いたパンに手を伸ばす。


近くでガタッと物音がした。

心臓が止まりそうになり、思わず帯剣した腰に手が伸びる。

音の先には、女主人の死体があった。


・・・生きている?


そんな事がありえるとは思えないが、確認しない事には断定出来ない。

そっと近付くと、倒れている女主人を仰向けに起こし、脈拍を確認する。

途絶えていた。

やはり死んでいる、そもそも肩から腰まで深々と袈裟斬りにされた人間が生きていられるはずがない。


ならば先程の物音はなんだったのか。

ふと足元を見ると、血痕に塗れた地下倉庫の入り口があった。


誰か居る・・・そうとしか思えないが、正体の分からないものは少々恐ろしい。

しかし、誰かが隠れている空間で、呑気に物色をするわけにもいかない。

ここは覚悟を決めるしか無いだろう。


そこに居るのは何者か。

扉の前に立ち、鍵を外す。 縁に指を掛け、ゆっくりと持ち上げた。


次の瞬間、暗がりから鈍い煌めきが眼前に迫った。

切っ先が眼球に突き立つに思えたが、寸前でその細い手首を両手で捕まえる。

警戒していなければ、ナイフの刃が眼球を貫き、脳にまで届いていた。


視界が明滅し、遅れて轟音が鳴り響く。


雷光が照らす狂刃の主は、こちらを睨み付けてくる子供だった。


「殺してやる・・・!!」


年の頃は14、5。

薄い金色の髪は荒れていて、小綺麗な顔立ちが今は憎悪に歪んでいる。

殺意を剥き出しにして、ナイフをグリグリと押し込んで来るが、非力な子供、それも娘では一生俺には届かないだろう。


しかし、このガキに殺意を向けられる謂れは無い。

気分が悪いので、掴んだ手首をそのまま調理場の外に放り投げる。 遠慮は無い。


小さな身体は、残骸を巻き込みながら、もんどり打って壁に激突した。

衝撃でしばらくはまともに動けないはずだが、憎悪のためか、手放したナイフに必死に手を伸ばしている。


「勘違いするな、村を襲ったのは俺じゃない」


手が止まった。

しばらくすると、蹲って咽び泣く様な呻き声が聞こえて来る。


気が付くと、家屋の中は雨の音が支配していた。

ボロになった屋根から、激しい雨漏りが床を濡らす。

どうやら豪雨らしい、しばらくは止まないだろう。


ーーー



どれだけ時間が経っただろうか。 そう長くは無いはずだ。

居心地の悪さを誤魔化すために、一服していたが、その程度の時間。 五分か、十分か。


紙巻きタバコはそこそこ高級な嗜好品だが、こういう時にはありがたい。

これからも長い付き合いになるだろう。

感謝を込めて、革袋を懐に仕舞う。


さて、どうしたものか。

少女は相変わらずの様子で、雨も止みそうには無い。

こんな状況で、堂々と盗んで食事をする気にはなれない。 食欲も無くなってしまった。


あの少女は何者か、この村はなぜ襲われたのか。

気にならないわけでは無いが、余計な事に首を突っ込んでも、碌な事にならないのは経験的に知っている。


・・・この場を後にするしかあるまい。

雨の中を出て行くのは、正直億劫だが、ここで子守をやるのはもっと億劫だ。

思い立ったら、もう迷いは無い。

外套のフードを被り、壊れて開いたままの出入り口をくぐる。


「待って」


後ろから声が掛かるが振り返らない。

少女には悪いが、面倒を見切れない。 そもそも俺は子供が嫌いだ。

呼び掛けから逃げる様に、早足で歩く。

ここから離れよう、一刻も早く。


そう思っていたのだが、後ろから引かれて足が止まる。


「待って、 ねぇッ、待ってよ・・・!」


上着の裾を掴まれて、動けなくなる。

雨に濡れてびしょ濡れになるのも気にせず、必死だ。

泣いていたせいか、瞼が腫れている。

投げ飛ばした時に付いたのか、顔や腕に生傷が有るのが見えた。

しかし、ここまでされても譲る気になれない。


「付いてくるんじゃない!!」


突き飛ばす。 そのまま雨でぬかるみになった地面に転がった。

泥だらけになる少女に心が痛むが、後には引けない。 歩みを再開する。


ところが今度はズボンの裾を掴まれてしまう。

思わず蹴り飛ばそうかと思ったが、若い娘を相手にそれをするのは流石に気が引けた。


「助けて・・・お願い・・・」


縋り付いて来る娘に辟易するが、放って行ってもどこまでも付き纏われそうな予感がする。


・・・これは俺の方が折れるしか無い様だ。



ーーー



結局、俺は宿舎に戻って来た。

今は適当な鍋を火床に、火を焚いて暖を取っている。

残骸を砕いて薪代わりにしたが、湿った木材に着火するのはそれなりに骨が折れた。


周りの死体はそのまま、とてもじゃないが腰を落ち着けられる様な環境じゃない。

対面には名も知らない娘、今は寝具用の毛布に包まって、微かに震えている。

追加の廃材を火に投げ入れた。


「・・・あなた、名前は?」

「聞きたい方が先に名乗れ」


即座の返答に娘は渋い顔だが、当然の答えを返したつもりだ。

文句を言われるも筋合い無いだろう。


「わたしはフランカ・・・あなたは?」

「ジェラルドだ」


ジェラルド・マーセナリー、それが俺の名前だ。


「それで、俺にどうしろと?」


失業中の傭兵に、子連れで旅をするを余裕はない。

このガルマリィ帝国内の傭兵団に腰掛けで所属していたのはつい最近の話だが、東部戦争の終結で傭兵はお払い箱になってしまった。


西の国ラフラが、現在ブリトン王国と戦争中と言う話を聞き、そこに向かう旅の途中だったが、今はこの騒動に巻き込まれている。

迷惑な話だ。

フランカは少し考える素振りを見せた。


「身を寄せる場所が欲しい。

あなたを巻き込む事は承知してる。 でも、この村以外には当てが無くて・・・」


ついさっきまで、ベソをかいて縋り付いて来た娘とは思えない理知的な態度だ。

この年齢の娘にしては立ち直りが早い。


「誰に襲われた」


様子が少し変わった気がした。 震えているのは寒さのせいだけでは無いだろう。


焚火から乾いた音が弾ける。

唇を噛みしめると、絞り出す様に答えた。


「・・・帝国兵」

「税の滞納でもしていたのか」


「そんな事はしてない・・・と言うより、出来なかった。

村に来る徴税官が、金目になりそうな物は何でも持って行くから。

それに、税の払えない村民は殺しても良いと言うの?」


静かな怒りに、俺は肩をすくめて見せる。 真っ当な疑問だ、死人からは永遠に徴税出来ない。

そんな事をする役人がいるとしたら、野盗以下の知能だ。


「ジェラルドは、どうしてこの村に?」

「偶々立ち寄っただけだ、生き残りがいたら救助してやろうと思ってな」


「・・・本当に?」


俺の答えに引っ掛かっている様だが、嘘は言っていない。

村に立ち寄ったのは偶然で、もし生き残りがいたら無視はしなかっただろう。


・・・していたかも知れないが、それは可能性の話だ。

生き残りが俺好みの美女であれば、間違いなく助けていた。


「頼る相手を疑うな、心象が悪いぞ」

「救助と言うには、わたしを無視して行ったから」


「ナイフで急所を狙う様な恐ろしい娘を、助けてやろうとは思わん」


俺の返事に、気まずい顔を見せる。

一度は殺そうとした相手に、今度は助けて貰おうと言うのだ。

図々しい話だと言う事くらい、自覚しろ。


「それは・・・ごめんなさい。

村を襲った奴らの仲間だと思ったから」


反省の態度を白々しいとは思わない。

しかしこの娘、フランカからは妙な違和感を感じる。

年頃の村娘とは思えない落ち着きと、外見に特有の野暮ったさが無い。


いくら憎い仇とは言え、村人を皆殺しにしたであろう相手にナイフ一つで向かって行くとは、大した度胸だ。


剣の心得は感じなかったが、的確に目を狙ってくる強かさは感じた。

危うく、騒動とは無関係の俺が、誤解で殺される所だった。


らしくない、単なる村娘とは思えない雰囲気が、直感的にこの娘が只者ではないと伝えてくる。

案外、村が襲われたのは、この娘が原因かも知れない。


「まあいい、今日はもう寝ろ」

「・・・ジェラルドは?」


立ち上がる俺に声を掛けてくる。

寝ている間に俺が消えている可能性を、不安に思ったのか。


「一人で一杯やってるさ、明日からの予定も考えなきゃならん」


そう、と返事があり、それ以上の追求は無かった。

横になるのを見届けたが、悲劇から幾分も経ってはいない。 すぐに寝付けはしないだろう。


この血臭に塗れ、屍に囲まれた空間で、すぐに寝付ける様な図太い娘なら、夜分に紛れて逃げてもいい。

俺がいなくても、力強く生きて行ける筈だ。


残っていた酒瓶をカウンターに置き、ボロになったガタガタの椅子に腰掛ける。

今夜は麦酒より蒸留酒の気分だ。

グラスがあった方が雰囲気が出るが、無いものは仕方ない。


瓶に口を付けると、喉がカッと熱くなり、胃袋に液体が流れていくのを感じる。

帝都で味わった冷えた酒と比べれば、温い酒はさほど美味くはない。


マッチを擦ると、暗がりが淡く照らされた。

火が揺れない様に手で囲み、咥えた紙タバコの先に持って行く。

吸い込んだ煙で、眠気が僅かに覚めた。

紫煙を吐き出しながら、考える。


見知らぬ娘を、押し付ける相手がいただろうか。

もう15年は根無しの傭兵家業をやっている。

その間に出来た知人はもちろんいるが、厄介事を押し付けて、了承を得られる様な間柄ではない。


元々、自発的に深い人間関係を築く様な生き方はしていない。

偶然その場に居合わせて、なんとなく気が合ったら、その時だけ友人の様に付き合い、別れたらそれまでの関係だ。

関係に執着して、こちらに踏み込んで来る相手は、煩わしさから遠慮無く切り捨てた。


気ままな人生を望んだのだ。 親友らしい親友はいない、欲しいとも思わなかった。


つまり当ては無い。


・・・フランカには悪いが、やはり逃げてしまおうか。

悩んでも答えは出てこないが、時間だけは過ぎて行く。


雨音はいつまでも止む様子が無い。

寝息はいつまでも聞こえて来なかった。



ーーー



雨は止んだが、空は相変わらずの曇天だ。

日が見えないが、俺の体感では昼前と言った所だろう。

土のぬかるみに、ブーツが軽く沈む。 今は外だ。


逃げたわけではない、ここは村の墓所。

目的地を決めた俺は、早朝から出発したかったのだが、フランカが面倒を言い出した。


マルタ、つまり宿の女主人を埋葬したいと言うのだ。

養母として、長い間世話になった人物と言う話だ。


養母、つまり血縁者ではない。 フランカは村の出身ではない事が伺えた。

訳ありとしか思えないが、それ以上は聞く気が無かった。


我儘に付き合ってやる義理は無い。

一人好きにさせてやり、俺は待つだけだったが、華奢な娘が恰幅の良い中年女性を運ぶのは容易ではない。

遅々として進まない埋葬作業に、このまま夜になっても終わらない事を予感した俺は、結局手を貸してしまった。


女主人を担ぎ上げて、墓所に運んでやった。

墓穴掘りもあまりに遅く、俺が掘った。

次いで埋めるのも。


こいつが世話になった養母の埋葬を、何故俺がやっているのか。

度々見せて来る、フランカの悪びれた態度が無ければ、俺は見捨てて逃げていた事だろう。


墓石で敷き詰められた囲いの端に一本、木杭が突き立っている。

石を切り出して、名前を刻んでやる余裕は無い。


この質素な墓標を見つめて、フランカは何を思うのか、その表情は何も語らない。

しかし、溢れる涙は何かを語っている様に見えた。


「遅くなり過ぎた。 もう行くぞ」

「分かった・・・ありがとう」


言葉少なに礼を言い、後ろから付いてくる気配がする。


村から出るまでの道程にも、死体は転がっている。 泥に塗れた屍は、酷く哀れだ。

俺にとってはどこまでも他人だが、フランカには見知った顔だろう。


わざわざ振り返って確認する気は無いが、その胸中は決して穏やかではあるまい。

それでも歩みが止まる事はない。


村の出入り口を過ぎると、一本道を中心に視界一杯の草原が映る。

遠くには木々も見えるが、少なくとも地平線まで人工物は見えない。


「少し、待って」


突然の声に振り返ると、フランカは村を見ていた。

俺も釣られて、何の気無しに村に顔を向けると、視界の中に立札を見つける。

刻まれた文字は、フルート。


「もう・・・大丈夫」


再び歩き出す、もう振り返る事はない。

泥を踏み抜く音を、ただひたすらに風がさらって行く。


気ままな一人旅だった筈が、何の因果か、今は二人だ。


気が付くと、前方で曇天の中に雲の切れ間が見えた。

その切れ間から差す光が照らすのは、地平線の向こう側に続くであろう、道の先だ。


この旅路を、祝福しているのだろうか。

そうだとしたら、誰の・・・少なくとも俺では無いだろう。

俺の気分は重いままだ。


「これから、どこへ向かうの?」

「ベルグだ」

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