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気にしなきゃ良いのに

作者: 藤熊吾郎

人間関係に疲れたときなど、「もう放っておいて欲しい。消えちゃいたい。」なんて思ったこと無いですか?

朝起きたらちょっと頭が痛い。また飲みすぎたらしい。枕に血がついている。ああ、だんだん思い出して来た。あいつらとしこたま飲んで、酔ってタクシーで帰った後、家の玄関で派手に転んで額から血が出たんだ。左手の中指もすごく腫れてる。よく思い出せない。結構痛む。骨折してないか心配だ。額の傷が気になるので洗面所で鏡を見ると、傷のあまりの大きさと深さに驚く。そんな派手に転んだか。

記憶が断片的なときのお決まりで、自分の素行調査をする。いつもながら情けない。昨夜のメンバーの1人にLINEしてみる。「ちょっと記憶が曖昧なんだけど、迷惑かけたかな?」

すぐに返信あり。「何のこと?」

あぁ、良かった。「いや、また介抱させちゃったりしたかなと心配になってさ」

しばし間があり返信。「???相手間違ってない?」

ありゃ、しまった。ん、いや、あってるじゃん。確かにウエムラだ。え、ウエムラ、昨日居たよな?

「俺、お前とは飲んでないよ」

え?そうだっけか?ごめんごめん。たくさん居たから勘違いしたかな。


しかし他の思い当たる昨夜のメンバーに同様のLINEを送るも、みんな同様のとぼけた返事。

おかしい。

ははあ、あいつら口裏合わせて俺をからかっているに違いない。たまにそういうことをする連中だ。ま、いいや、ということはそんなに派手にやらかしてないってことだな。よかったよかった。

それよりこの額の傷だ。会社でいじられるんだろうなぁ。まあ、転んじゃいました、でいいか。嘘じゃないし。どうせ酔っ払ってたんだろう、とか言われるだろうが、ま、図星だし。跡に残るか少し心配だが。あぁ反省反省。まったく懲りない俺だ。


通勤電車の中では心なしか乗客みんなが俺の額を見ているような気がする。あの女子高生達は俺の額を見て笑っているのだろうか。いや、さすがにそれは自意識過剰だな。


傷の手当てのせいでいつもより少し遅く出勤。とりあえず照れ笑い浮かべて挨拶をする。

おっはよう。

皆、意外な程ふつうに挨拶を返してくれる。実は目立たないのか?いや、それは無いだろ。

さすがに前の席の彼女は無理だろう、普段でもおしゃべりだし。まあせいぜいからかってもらおう。

「おはようございます」

「おはよう」

ん?目があったのにツッコミなし?まさかツッコむのが申し訳ないくらい酷いのか?

「あのう、これ目立ちますかね?」額を指差し聞いてみる。

「え?前からそんなんだよね?」

「またぁ、突っ込んでくださいよ。その方が楽だし。」

彼女はそれ以上返事をしなかった。何なんだこれは。


そういえば部長に今日までにやるように言われていた資料をやってなかったことに気付く。やばい、確実に怒られるやつだ。いまから仕上げるのは無理だ。言い訳を考えなくては。

しかし、夕方まで特にお咎めは無かった。


その後も、ちょっとどうかしてたのかコーヒーをデスクにこぼしてPCをダメにしたり、弁当食べている時にくしゃみをして隣の席に吹き出してしまったりしたが、誰も何も言わなかった。強い違和感を感じ始める。


冷静に考えたかったので定時に帰ろうとしたところ、ヨシカワさんが「一杯どうですか」と声をかけてきた。


ヨシカワさんが俺に話しかけるなんて初めてである。というより、声を聞くのも初めてかも知れない。なにせあまりの影の薄さに、居るのか居ないのかすら分からない人で、一日中ネットサーフィンしていても誰も気付かないような人だ。この人はいつからこの会社に居るんだろうか。よく毎日何もせず平気なもんだ。


でも、やはりどうかしていたのだろう、少し気味の悪いその誘いを受け、俺はヨシカワさんと飲みに行くことになった。


「ようこそこっち側へ」席に座りビールを頼むと、ヨシカワさんは一方的に、ゆっくりと薄笑いを浮かべながら話し始めた。

「私もね、若い頃はあなたのようにバリバリやってたんだ。でもね、ある時、酔って転んで頭を打ってから、突然誰からも相手にされなくなったんだ。ほら。」

彼がフケだらけの長髪を横へ分けると、額には俺のとそっくりの傷が。

「あなたも酔って転んだんでしょう?どうせ。未だに仕組みはわかんないんだけど、どうもこれがきっかけらしいんだ。同じような話はあなたで3人目だ。」

「最初は戸惑ったけどね、慣れるといいもんだよ。何やっても怒られないし、好きな時に会社来て、サボってパチンコしてたって誰も気づかない。給料だってもらえるし、クビになんてならないしね、この国は。いつかなんて、間違って給料が10倍振り込まれてたけど、誰も気づかなかったよ。」

「どんな格好してたって誰も気づかないんだ、ホラ」

それまで気づかなかったが、ヨシカワさんは短パンにサンダルだった。



翌朝の若いサラリーマンの自殺には、誰も気づかなかった。

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