激闘! オクラは天に向かう!
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「新人研修?」
その日。農協の事務所に呼ばれた俺とブルは、所長のカチャ・トーラに呼ばれた。
カチャは、年齢不詳の細身の美女。目つきがとても鋭い、やり手である。
「そう。身体能力はとても高いコよ。根性も座っている。優秀ではあるのだけど少し問題があってね。実は、今回は二度目の研修なのだけど」
新人研修はベテランの農夫と一緒に『収穫』に出かけるというものだが、基本的に同じ農夫と出かけるのが定番である。
「ジェノ&ベーゼ組と行かせたのだけど、ちょっとね……」
カチャの表情が曇る。
「ジェノ&ベーゼ組?」
ジェノとベーゼは俺とほぼ同期で、腕もいい。二人とも気のいい男たちである。
「まあ、とりあえず。今回はラタとブル、あなたがたに任せるわ。本当はペス&トーレの組にしたいところなんだけど、あいにく都合がつかなかったのよ」
「ふうん」
ペス&トーレ組もベテラン中のベテラン農夫たちだ。いや、二人とも女性であるから、農婦たちというべきか。
「頼んだわよ」
ニコリとカチャは微笑む。キツイその顔が、一瞬で柔和に変化する。不意打ちの柔らかな表情は、胸にドキリと突き刺さるのだ。
この顔で頼まれると、恋愛感情がなくても、男は否と言えない。既に兵器である。
「わかりました」
俺とブルは、頭を下げた。
「君が、新人のドル・チェ?」
ブルが眉を寄せながら、裏門にやってきた女性を見た。
「はい。この度、ラタ&ブル組で『オクラ収穫』の研修をさせていただくことになりました、ドル・チェです。よろしくお願いします」
彼女、ドルは丁寧に頭を下げた。
大きな麦わら帽子をかぶり、くるくるとした大きな瞳。愛くるしい顔の女性である。言葉遣いも、所作も、非常に礼儀正しい。
しかし──。
「何故、そんな恰好をしている?」
ドルは半袖のシャツに短パン姿だ。それだけでもどうかと思うのに、襟ぐりが非常に大きい。鎖骨どころか、大きく胸元が開いている。いや、開いているなんてものじゃない。
彼女は小柄だ。ゆえに、上から覗く形になってしまうため、豊かな双丘の深い谷間が見えてしまっている。
覗くな、といわれそうだが、健康な独身男子である俺としては、不可抗力だ。目が勝手に吸い寄せられてしまうのだから。
そして、健康的な小麦色の太ももが無防備だ。実にむっちりとしている。
「収穫作業は、長袖、長ズボンが基本だろう?」
「でも、暑いですし。この前もこれで良かったですし。町野菜のとき、この方がいいって、フォルティン・ボッカ先生に言われまして」
ドルはそう言った。
なるほど。フォルティンは良い農夫ではあるが、どうしようもないスケベだ。
現在、足を痛めて町の方で仕事をしていると聞いていたが、とんでもない奴である。教官失格である。
「ジェノたちは何も言わなかったのかい?」
ブルは眉をひそめた。
「いえ。最初は同じように言われましたけど。帰るときには、次もこれでいいって」
「はあ?」
耳を疑うセリフだ。
「ちなみに、前回は何を収穫したんだい?」
「トマトです」
ブルの質問に、ドルは悪びれることもなく答えた。
「……トマト」
俺とブルは顔を見合わせた。
トマトを収穫すると、たいていはトマトまみれになって、服はぐちゃぐちゃになる。
ドルのこの半袖のシャツがトマトに濡れて、べったりと肌に張り付いた状態を想像すると……ジェノたちが何も言えなくなったのは、同じ男としてすごく納得ができた──だが、ダメなものはダメだろう。
俺はトマトまみれのドルの姿を脳内から振り払った。
「まあ、仕方ない。着がえに帰らせると時間がもったいないし。こういうお嬢さんは、一度『体験』してみないとダメなんじゃないかな」
ブルは苦笑しながらそう言った。
「全く……」
俺は肩をすくめ、かごを背負って、裏門を出て荒野に向かった。
荒野の中でも非常に日差しの強い場所に出た。さんさんと照り付ける太陽が眩しい。
「いた」
背の高い黄色の花を咲かせた彼奴が、日光浴をしている。
「まずい。二株も居るな」
オクラ収穫の基本として、見つけたオクラの実は、早めに収穫せねばならないことになっている。大きくなりすぎた実は固くて食用に向かないからだ。
奴らは基本的にはあまり群れない。しかし、接近するものに『過敏』に反応し、そばに仲間がいれば『共闘』することもある。
俺は舌打ちをした。
野生のオクラは、非常に攻撃力が高い。しかも、その実は、奴の頭の上のほうに天に向かって実り、かなり接近しないと収穫不能なのだ。
「ドル、お前はブルの後ろに」
俺はそう言って、手袋をはめ、鋏を構えた。
彼奴は接近する俺に、怒りのあまりにその身体を震わせた。ざわざわと葉をゆすり、その身にまとった棘で、攻撃してくる。彼奴は全身が棘に覆われている。致命傷にこそ、ならないものの、肌に当たれば、地味に痛い。
「そこだっ!」
俺はすかさず、俺を狙ってきた葉を鋏で落とす。
「ブル!」
「あいよ」
俺が作った空間にブルが入って、実を鋏で切り落とした。
「痛いっ!」
うかつにも、もう一方のオクラの攻撃範囲に入ってしまったドルが悲鳴を上げた。
どうやら、奴の葉にやられたらしい。ドルは完全に背後を取られている。
「離脱しろ!」
「でもっ!」
ドルは、悲痛な声をだしながら、鋏をかまえる。
「収穫できなければ、合格できない! 私は農婦になりたいンですっ!」
彼女は、彼奴の攻撃をうけながらも、その場に踏みとどまった。
根性は座っていると言ったカチャの話は、本当らしい。
「しょうがねえな」
俺は彼奴の隙を見て、シャツを脱ぎ、ドルに投げた。
「それを着ろ。マシになる」
「はい!」
正直、あまりやりたくないが、彼奴に触れられないように動けば、何とかなる。
俺たちは、全員で鋏をかまえた。
オクラとの激闘は、長い間に及んだ。
俺の上半身は、ところどころ棘で傷つけられて、若干、痛痒い。
「すみません」
頭を下げるドルも、むき出しの太ももがところどころ赤くなっている。
「以降、服装は守れよ」
俺の言葉に、ドルは深々と頭を下げた。
オクラを出荷して数日後。
農協で、カチャに呼び出された。
ドルの新人研修は、今後、俺たちが行うことに決まったらしい。
「本人も、そう希望しているのよ」
「ドルが?」
カチャはそう言って肩をすくめた。
「あの子、ラタは脱ぐとスゴイって女の子たちに言っているそうだけど?」
「はあ?」
「別に、恋愛禁止ではないけど、遊びはダメよ」
「……なんのことでしょう?」
何を言われているかわからず、呆然としている俺の横で、ブルが突然噴き出した。
秋の桜子さまから、素敵なイラストいただきました!
ありがとうございます!