死闘! トマトは紅に染まる
俺は、農協が提供している、いわば寮に住んでいる。俺の住んでいるのは、食堂のある『独身者』用の寮だが、相棒のブルは、妻帯者のため、家族用の戸建てだ。
「そろそろトマト祭りだねえ」
食堂に顔を出した俺に、寮母のマリ・ネがそう言った。マリは、四十代後半という話だが、つやつやの肌をしたナイスバディの美魔女だ。
ちなみに、食堂の野菜は、寮母の夫ペペ・ロンが育てた『町野菜』である。ペペは、市場では知らぬモノがいないというほど、高い品質を誇る野菜を提供していた『伝説の農夫』だったのだが、現在は、野生種のほうは引退して、町野菜を育てている。
「トマト祭り……町野菜だけで足りますかね?」
俺は肩をすくめる。
「無理ね。あの祭り、やめてほしいのだけど、そういうわけにもいかなくて。困ったものね」
マリが苦笑する。
トマト祭りは、この『ベジル』の港町の創始者が、もともと住んでいた大陸の地の祭りである。
町中でトマトを投げ合うという、意味不明の祭りであるが、ホームシックにかかった自分の妻を元気づけるため、この島でも行うことになったらしい。
創始者の住んでいた大陸の街は、トマトの産地だった。それはいい。
もちろん、この島でもトマトは採れる。しかし、この島のトマトは、野生種だ。大陸のトマトは、移動しない。攻撃もしない。しかし、この島のトマトは、そうじゃない……。
「俺たち農夫は、望みもしていないのに、祭りの前夜祭みたいになっているのですけどねー」
ふぅっと俺はため息をついた。
そして。
やはり、農協から命じられたのは、『トマト』の収穫だ。
「眼鏡を忘れるな」
「タオルは汚れないようにしまっておけよ」
俺とブルは、かごを担いで、町を出た。
「かなり、やりあったあとがあるな」
他の農夫が収穫した後なのだろう。大地が紅に濡れている。
「来た!」
俺たちは眼鏡をかけ、構える。
赤い大きな実をたわわに実らせたトマトが、ふるふると移動してくる。
トマトは、とても凶暴で、その攻撃は凶悪だ。
フュンっ!
赤い完熟した実が顔をめがけて飛んでくる。
「いただきっ!」
俺は、それを柔らかくキャッチする。力加減が難しい。下手にやるとつぶれてしまう。
「ブル!」
「あいよ」
彼奴が意識を俺に向けたすきにブルがトマトの実をもぎとっていく。
ウギャッ!
トマトが怒りのあまりに体を震わせると、ボタリッと実が落下して、大地が紅に染まった。
トマトとの死闘は長時間にわたって繰り広げられた。
俺たちはトマトからの攻撃で、体中がトマトの洗礼を受けたようになってしまった。
今年も、俺たちをはじめとするたくさんの農夫のおかげで島中のトマトがかき集められ、祭りが始まる。
祭りの日の前日。農協の寮で、たくさんのトマトまみれの衣服が洗濯されるのも、知られざる島の風物詩となっているのは、俺たち農夫だけの秘密だ。