表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35センチの女修羅  作者: 田門 亀之助
9/12

第8話「再挑戦・強敵」

 私はリングサイドのベストポジションに陣取り、キャリーケースの肩掛けを首に下げて鏡甲にもよく試合が見られるようにする。その上でしっかりとカメラ付き携帯を構えた。

 試合観戦の準備も全て整い、肝心の出場者に目を向ける。しかし、そこには選手が一組しか来ていなかった。試合開始にも時間制限があり、前の試合が終了してから20分以内に来ないと失格となってしまう。普通なら間近で試合を立ち見して終了直後に準備を始めるのが当たり前なのに、それをしないのは試合を見る必要が無い位に余裕なのか、何かのトラブルに見舞われたのか。

「あっと、遅れました。すいませんっス」

 どうやら後者だったようで、イベント会場入り口からケースを肩に担いだ大人しそうな少年が謝りながら走ってきた。その向こうには受付係員が見張っているエレベーターと非常階段の他にはトイレしか無いので、恐らくはエマージェンシーだったのだろう。因みに、出場登録をしたPGドールは身体検査が終了してしまうと原則試合会場の外には出られなくなる。だからオーナーがトイレに行く時は不正や盗難防止の為に会場内にいる知り合いか受付等の係員に彼女達を預けれなければならない。そうしてやっとオーナーはトイレに行く事が出来るのだ。

 彼が来た事で、闘技場の周囲に陣取っている撮影班達の動きがあわただしくなる。撮影機材を操作する彼等はみな一様に真剣な面持ちで緊張感があった。これは一体どういう事だろう。まさかこの年端も行かない少年のパートナーが警戒すべき強豪選手だとでもいうのだろうか。

 それにしても、若い。この少年はどうみても小学校高学年か中学校低学年にしか見えない。本来であれば、決まった収入の無い学生は購入時の身元審査で弾かれてしまう。それは安定した収入が無いと彼女達の維持管理が難しいからだ。こういう規制を行わないとオーナーにとってもPGドールにとっても不幸な事態になってしまう。そんな事情もあって、未成年がPGドールを所有するには特別に審査を通る必要があった。

 率直に言うと明確な年齢制限は無く、保護者が所有に責任を持ちPGドール社が資産有りと認めれば所有は不可能ではない。つまり、資産家の子供であれば親が望めばPGドールを購入する事が出来るのだ。この他にも理由は考えられるので一概には断定出来ないが、兎にも角にも、保護者の許可と生活力の有無だけは絶対条件としてあった。

 果たして彼はお金持ちの子息なのだろうか。容姿については利発そうに見える。両親はインテリ系なのかもしれない。それなのに、肝心の服装は安っぽい青色のジャージ上下だった。彼の格好だけを見ると、とても資産家の家族とは思えない。あるいは、今正に、セレブの間ではこういう格好が流行っているという事も……あるのかもしれない。

 私は一旦少年について考えるのを止め、改めて彼の対戦相手に目を向ける。我ながら賢明な判断だ。

 ジャージ少年の対面に陣取っている相手はかなり恰幅の良い男性で、丁度相撲の力士を一回り小さくしたような体型だった。

 そのオーナーが見守る中、参加選手のマリアさんが薙刀を手に佇んでいる。その娘は30センチ前後の小柄な身体で黒いストレートの髪をショートで切り揃えていた。衣服は紺のジーパンに白いポロシャツといった出で立ちで、何か自分の格好に頓着しない女性の外出着に似ている。率直に言って服装に全くセンスが感じられない。これはオーナーが選んで買った可能性もあるし、彼女自身が選んだとして、それがオーナーのセンスに影響されているのだとすると少し可愛そうな気もする。

 そんな事より、私には彼女の顔が気になって仕方無かった。彼女は先の対戦相手である紫苑さんと同じ顔をしていたのだ。顔の種類が決まっているPG-4型だとこういう事態が起こってしまう。私を含め彼女達に命を懸けている紳士達が容姿設定の自由を熱望したのにはこういう理由もあった。やはり、自分のパートナーはオンリーワンであって欲しい。最新型であるPG-5型の自由自在かつ同じ顔は作らないというシステムはそんな願いを色濃く反映させた物だろう。ユーザーの要望を次々と汲み取るPGドール社社員の情熱と英断には只々感謝するしかない。

 一通りの観察も終わり、とりあえず少年の出自については置いといて、雲雀さんの装備確認に集中する事にして向き直る。

 タイミング良くケースから出て来た雲雀さんは背丈が鏡甲と同じ位で、髪はオリーブ色のロングヘアを白いリボンで束ねてポニーテールにしている。顔付きはこれも見覚えがあって、確かPG-4型の11番だったと思う。これは少し垂れ気味の目をした妖艶なお姉さんをイメージした造りになっており、しかも彼女はオプションで涙ホクロを追加されていた。この少年はよっぽど大人びた女性が好みなのだろう。

 そして、容貌よりも目を引くのがその格好。彼女はメタリックブルーに染まったビキニタイプの甲冑を身に着けていたのだ。確かこれは80年代に起きたファンタジーブームの際にアニメのヒロインが着ていた鎧で、私も過去の画像資料では知っていたが実物を見るのは始めてだった。首周りや腹部等の急所が丸見えなので実用性は皆無なれど、武器に軟質樹脂を使い装甲の上からでも当たればポイントが入るコロセウムでは問題にならない。何よりも、しっかりとした凹凸のあるボディーとこの甲冑の組み合わせは破壊的な色香を漂わせていた。やはりこの少年、只者ではない。

 このビキニアーマーを鏡甲に着せたらどんなだろうと一瞬考えてしまう。私は絶対に似合うと思う。しかし、本人は絶対に嫌がるから実現は不可能だった。

 そんなこんなで思わず格好に注目してしまったが、彼女の得物もかなりの特徴があった。雲雀さんが肩に担いでいるのは身の丈程もある大きな剣で、確かツヴァイハンダーという名のドイツの大剣だったと思う。またもや登場した大業物。一回戦の相手も得物は巨大だったし、ゴム製の武器は軽いから大きい方が有利、という事なのだろうか。

 体格や武具を確認した所で、ふと、ある疑問に気付く。雲雀さんの身体は何故最新型のPG-5型ではないのか、と。資産家の息子であれば直ぐに替えても良さそうな物だが。これは一体どういう……彼の家は本当に裕福なのだろうか。こうなってくると両親がお金持ちだと安易に断定する事は出来ない。

 少年がどうやってPGドール所有の認可を貰ったのかは現時点でいくら考えても答えは出ないだろう。そんな事よりも私には今後の為に確認しなければならない事が山ほどある。

 その一つがこれからモニターに表示される両者の身体データだ。これは二回戦の試合前にも表示される物ではある。しかし、情報の確認と分析は早い方が良いし、この両者も鏡甲の身体データは確認済みだろうから次の対戦者に後れをとる訳にはいかない。

 果たして、マリアさんと雲雀さんのデータが会場の大モニターに映し出された。まずはカメラで写し、そして画面の数値を読み込む。

 マリアさんは身長31センチ。フレームはアルミ合金製で筋肉の割合はP筋38%S筋62%だった。筋量の比率からいってスピード重視の設定であり、骨格も金属製の素材では一番軽い物だ。全体の設定は目的がはっきりしている上に理に適っていると思う。純粋に速度だけを求めるのならアルミよりも軽いABS樹脂を使った方が有利ではある。一回戦前の私ならそう断じただろう。でも、自重の重要性に気付いた今だからこそ分かる。このオーナーも研鑽の末にアルミ系の軽合金に行き着いたのだろうと。それに加え筋肉比率の数字が細かい所にも試行の苦労が現れていた。

 そして、もう片方の雲雀さんの数値は、身長35センチで鏡甲とほぼ同じ。背丈については目安でしかなく小数点以下は切り捨ててある為、これだけでどちらの方が背が高いのかは分からない。そして、フレームは……。最初それを見た時私は、表示のミスかと思った。モニターには鉄+ABS樹脂と表示されていたのだ。

 これが表示ミスではないとすれば、二種類ある素材の同時表示とは一体どういう意味だろう。考えられるのはABS樹脂の内部に重しとして鉄を埋め込むといった方法だった。これは特別に注文をすれば可能ではあろう。もしそうなら、この少年も自重の重要性が分かっている、という事になる。それにしても、特注とはいえ使われているのはどちらも安い素材だ。やはり彼の家は資産持ちではないのだろうか。

 最後に筋肉の比率はP筋が55%でS筋が45%。若干パワー寄りのバランス重視タイプだった。得物があれだけ大きいのだからきっとパワー重視だろうと思っていただけに、これは少し意外な数値だった。

 対戦者の身体データも表示されて、いよいよ双方の作戦会議が熱を帯び始める。どちらのオーナーも真剣で勝つんだという意欲が滲み出ていた。そんな中、試合開始時間が刻一刻と迫っていた。

――――

【では、一回戦第八試合……始めっ!】

 そして、定刻通りに試合開始を告げるアナウンスが流れる。と、同時に飛び出したのはスピード重視のマリアさんではなくバランス重視の雲雀さんの方だった。対するマリアさんの方は出しかけた足を止めて受けの姿勢で薙刀を中段に構えていた。これは完全に機先を制された格好だろう。

 私にはマリアさん方の対応が中途半端に思えた。スピード重視のセッティングであれば、相手よりも早く動いて攪乱するのが常套な戦法の筈なのに、立ち止まって受けに回っていては意味が無い。ここは動きを止めずに敵との距離を詰めるべきだと思う。そうすれば雲雀さんも間合いを計る事が難しくなるのだから。

 開始からわずか数秒の後、雲雀さんが敵手を大剣の攻撃範囲に捉えた。その刹那、身の丈程もある大業物が横薙ぎに繰り出される。一方、マリアさんは即座に中段のまま後方に飛び退いた。これは空間防御という奴だろう。鏡甲の師匠から聞いた事がある。刀の届かぬ位置に引けば斬られる事は無く、空を切った敵は気力体力共に疲弊する、と。このマリアさんの動きは、正しく武道の物であろう。

 しかし、マリアさんの下がる速度よりも、勢いの付いた雲雀さんの踏み込みの方が速かった。結果、長大な刀身が胴に届く事となる。マリアさんも咄嗟に左方向から襲い来る強烈な一撃を薙刀を立てて防ぐも、芯のゴム部分に打ち付けられて大きくよろめいてしまった。ツヴァイハンダーのように大型の剣は刃の全てを軟質樹脂で作ると垂れてしまうので芯の部分はゴムで作ってある。彼女はこの武器の特性を知った上で利用し、見事相手の体勢を崩したのだろう。

 雲雀さんはこの隙を逃さずにさらに大剣を切り返して打ち付ける。右に、左にと、まるで振り子のように連撃を繰り出していた。受けるマリアさんは防戦一方、何とか薙刀で防いでいるものの体勢を立て直す余裕も無く大剣のなすがままにされていた。小太りのオーナーが必死の形相で「退がれ。退がれ」と叫んでいる。果たして今の彼女にそれが可能だろうか。

 マリアさんも指示を受けて後方へ退避する事に集中したのか、受ける薙刀に角度を付けて勢いをいなし、つま先に力を込めてのバックステップを敢行した。身体が軽いから飛びずさりは素早く、結局二度跳ねて十分な間合いを開けてからしっかりと体勢を立て直した。

 とりあえず距離を取ったのも束の間、また小太りオーナーの鋭い声が飛ぶ。今度の指示は「回り込んで相手と位置を入れ替えろ」だった。軽やかに安全圏まで退避したマリアさんだったが、今は高い闘技場の壁を背にしていてもう後ろには逃げられない状態になっていた。見るからに壁際まで追い詰められた格好になっており、オーナーから出た指示もこの窮地から脱する為の物だろう。

 私にはこうなるのは必然に思えた。試合開始はお互いに壁から少し進み出た状態で始まる。だから開始位置から動かずに後方に避けたら壁に突き当たるのは当然の帰結だった。やはり、マリアさんは相手に構わず開始直後に前に出るべきだったと思う。少なくとも、鏡甲ならばこんな選択はしない。

 最早、完全に追い詰めた形の雲雀さんが八相の構えでにじり寄ってゆく。マリアさんも何とか壁際を脱しようと位置替えを試みるも、対手が巧みに牽制して上手く行かない。そんな折、雲雀さんが仕掛けた。

 彼女は構えを解くや剣先を敵に向けて突進する。今までは剣の自重を利した横薙ぎが主だったのに、追い詰めてから急に戦法を変えてきた。相手にとっては意外な反面、しめたと思ったに違いない。それは、突きを横にかわせば態勢を入れ替えて、逆に大剣使いを壁際に追い込む事も可能だからだ。いや、避けるのと同時にカウンターを放つという手もある。どちらにせよマリアさんにとっては千載一遇の好機だった。

 案の定、マリアさんは突きを横に避けて、同時にカウンターも狙う。

 これは、罠だったのかもしれない。雲雀さんは相手が避けるのと同時に突きを止め、前に出した剣を勢いそのままに半身を回転させて横に薙ぎ払った。それは最初からこうすると決めていたとしか思えないような、無駄の無い流れるような動作だった。

 当然、カウンターを狙っていた為に薙刀で受ける事も出来ず、胴に向かって来る切先を方膝を立てて防ぐしか手が無かった。もちろん防がなければ急所への斬撃により試合終了となる。

 結局、雲雀さん側に付いたポイントは敵の足を完全に切り落とした事による高い得点と脇腹をかすった事による得点。足を切り落とした、といってもこれはポイント上だけの話で実際の動きにペナルティーは無い。そして、マリアさん側には辛うじて薙刀を肩に立てた事による得点が付いていた。

 強い。そう判断せざるを得ない位に、雲雀さんの立ち回りは見事だった。他方、マリアさんの方も、ありふれた名前と容姿、そして服装のセンスからは想像出来ない位に粘り強い戦い方をしていた。

 マリアさんにとっては壁際の窮地を脱したとはいえ、肝心の得点には相当な差が付いてしまった。現状で彼女が逆転を狙うには思い切って大胆に攻める必要がある。

 ポイントに差が付けば戦い方も変わる。果たして、今まで勇猛果敢に攻め続けてきた雲雀さんは防御中心の戦法に変えるのだろうか。

 雲雀さんの取った選択は本来なら定石通りの、でも私にとってはいささか残念といえる物だった。彼女はゆっくりとマリアさんとの距離を空け、相手の出方を伺う様子で待ちの姿勢に入ったのだ。今までの火の出るような攻勢から一転して、明らかに一発逆転を警戒した防御主体の態勢に変えた雲雀さん。反対に劣勢に立たされたマリアさんは相手が警戒しているその逆転を狙わなければ勝機は無かった。

 試合終了時間が刻一刻と迫る中、マリアさんは積極的に間合いを詰めてゆく。そして、雲雀さんの方はもうまともに戦う気が全く無いらしく、バックステップでただひたすらに距離を保っていた。

 雲雀さんは逃げ方も巧妙だった。マリアさんが追い付きそうになって薙刀を振りかぶった直後に見切った動きで後ろに下がる。結果、振り下ろされた薙刀は空を切り、その間に雲雀さんはさらに離れてしまう。これも空間防御という奴だった。これでは相当な無理を覚悟しなければ攻撃は通らない。無理というのは、例えば得物を相手に突き出して全身弾丸となって突進するような、防御を全く無視した捨て身の攻撃を指す。

 次第にマリアさんの顔に焦りの色が濃くなってきて、その顔色に比例して追う足もより大胆になっていった。スピード自体はマリアさんの方が速いのだから、相手の反撃を警戒さえしなければ攻撃が届く筈だと踏んだのだろう。彼女の判断は、全く以ってその通りだった。

 雲雀さんは逃げ回りながら追跡者の焦燥を待っていたのだろう。マリアさんが警戒を捨てて猛追した途端、完璧に読み通りといった感じで逃げ足を反転させた。

 最後の決着は呆気なかった。ほぼ無防備な状態で追ってきたマリアさんを一転して攻撃に転じた雲雀さんがカウンター気味に切り捨てたのだ。只々追いついて一撃を突き入れる事だけを考えていたマリアさんに不意打ちに対処する余地は無く、防御も何も出来ぬままに大剣の餌食となってしまった。

 試合会場に鳴り響くブザーを聞きながら切に思う。雲雀さんは強いだけでなく上手いのだと。これはかなりの難敵であり、残念ながら二回戦の対戦相手でもあった。彼女は単純に強く、対処法が全く思い付かない。これは参った。

 一回戦第八試合の勝敗は決し、勝者である雲雀さんは意気揚々と引き上げて少年に差し出された手をハイタッチの要領でポンと叩いていた。負けたマリアさんの方も試合の時とは別人のように穏やかな表情のオーナーに慰められている模様だった。両組共にオーナーとPGドールとの絆が感じ取れて微笑ましくなってくる。やはり、彼女達のと関係はこうでなくてはいけない。

 また、直ぐに次の試合が待っているから、選手がケースに戻ったらセコンドはそそくさとケースを担いで闘技場を離れる。その後は昼休みに入るまで鏡甲と試合観戦を続けた。結局、その後の試合には強豪と呼べるような選手は出て来ず、私見だと一回戦第七試合と第八試合が決勝レベルの戦いに思えた。これは、鏡甲も組み合わせが良ければ決勝戦まで難無く進めたかもしれない。状況的に言って鏡甲と雲雀さんが対決する二回戦第四試合こそが事実上の決勝戦といえた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ