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35センチの女修羅  作者: 田門 亀之助
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第3話「再設定」

 来た。男性店員に呼ばれた私は期待と不安を胸にPGドール社直営ショップに足を踏み入れる。期待はもちろん新型の性能や機能に対するものであり、不安というのは、色々ある。何せ最初に轟天モデルを買って以来、一度も身体を買い換えていないのだ。今は最初期型と同じオーダーメイドらしいが、はっきり言って勝手が分からない。ここは、ネットでの付け焼刃な情報に頼らず、一から店員に教わるしかないのだろう。取り返しのつかないような瑕疵は何としても避けなければならない。それに、もし顔の登録で先を越されていたら、という不安もある。実はこれが私にとっては一番の心配事なのだが、しかし、こればかりは天に祈るしかなかった。

 店内は壁紙や什器が白で統一されていて、目立った汚れも無く清潔感に溢れていた。そして、整然と並んだ展示ケースの中にはPGドールのサンプルが置かれている。展示品だけあって魂は入っておらず、これほど違うのかと思う位に無機質な感じがする。それに法的にもこれは、只の人形、に過ぎない。

 扱っている品物が特殊な為か、普通の店舗とは違い、展示ケースの他には、壁際に等間隔で無数のドアが並んでいるだけだった。これは、購入者のプライバシーに配慮して、登録や注文は完全個室で行うからだ。

 私はスタッフに案内されるままに一つのドアに入る。室内は四畳半程の広さで、中には丸イスとカウンター、それにカウンター台の端に大きなモニターが置かれているだけだった。正にPGドールのオーダーをする為だけにあるといった感じの簡素な部屋だった。

 この部屋まで案内してきた店員がそのままカウンターの奥側に座り、手前側の椅子を勧める。私は直ぐに正面の丸イスに腰を下ろして台上にキャリーケースを置いた。ここでふと悲願の成就を目前に控えて、ついにここまで来たかと感慨に耽ってしまう。私はそんな感情をひとまず脇に置いて、正念場に向けて気合を入れ直すのであった。

「それでは、登録前に身分証の確認をお願いします」

「あ、はい」

 店員は私が席に着くのを確認すると間髪を容れずに口を開いた。少し忙しない感じもするが、無理もない。この後にも大勢の客が控えているのだから。オーダーと関係の無い所での時間短縮ならばこちらも望む所だ。

 私はリュックから事前に用意しておいた個人認証用の書類とユーザーカードを台に並べる。PGドールを購入するには身分の証明が絶対条件だった。ここまで厳格な身元確認をすのには歴然とした経緯がある。

 PGドールが世に出た当時、彼女達の理想的な容姿と人間さながらの思考は人々の耳目を集め、購入者が急速に増加していった。そして、当然ながら増えたのは善良で熱烈な支持者だけではなく、中には残酷で加虐趣味を隠そうともしない類の人間も混ざっていた。

 彼らは肉体的、精神的に彼女達をいたぶり、あまつさえその様子を動画投稿していたのだ。私もニュースでその一部を見た事があるのだが、その、何というか、もう、酷い物だった。彼女達に痛覚は無くとも、精神的苦痛の方は計り知れない。それに、人間に似た身体が砕かれていく様は吐き気がする程に不快だった。ニュースの論調も人間に酷似している彼女達への暴行は倫理に反するという趣旨であり、私もその意見には激しく同意していた。

 彼女達は、弱く、脆く、儚い。人間からの自立は不可能であり、所有者の暴力に対しては只々許しを請うしかなかった。その哀れな様子を見ていると思わず涙がこぼれ落ちてくる。まるっきり鬼畜の所業。そいつらと比べると、かえってPGドールの方が人間味があるように感じられた。

 当たり前の話だが、その時は文字通りの人工物でしかない人工知能を保護する法律は存在しなかった。AIがこれだけ高度な擬似人格を備えて、しかもそれが社会問題化するとは想像もしていなかったのだろう。問題は、彼女達が商品として生産された物であるにもかかわらず外見も内面も人間に近すぎた、という事だった。法的に言えば彼らは只、自分で買ったオモチャ、を壊しているだけであり、道義はともかく、何ら法律を犯してはいないのだ。

 メディアによって問題提起されて以降、数々の議論が持ち上がった。その中でも、PGドールへの虐待を禁止するよう求める意見と、そもそもこんな商品を世に出すからいけないのであり販売自体を禁止すべきだ、という意見の二派が大多数を占めていた。特に後者は趣味に無理解なだけでなく、愛好者に対しても偏見を持っている人達であり、まるで鬼の首でも取ったかのような勢いでとにかく声量が大きかった。仕方のない事とはいえ、一部の破廉恥漢のせいで世間一般のユーザーに対するイメージが低下しており、この一方的な論調が幅を利かせていたのだ。が、しかし、この意見には落とし穴ともいうべき欠点がある。それは、今までに作られてしまったPGドールをどうするのか、という視点の欠如だった。販売禁止ともなれば彼女達に対するサポートや修理などの維持管理が続かなくなる。まさか虐待が問題になっているのに無慈悲に処分するのか、という問題が新たに持ち上がり、にわかに出てきた弥縫策と共に反対論は衰退していったのだった。

 こうなれば、現状維持のままで規制だけを強化するという容認派の意見が唯一の選択肢となる、と思われていた。

 果たして、政治の出した結論は、彼女達PGドールを人格に準ずる物と認める、という物であった。最初は、意味がよく分からなかったものの、文言からPGドールを保護する物だという事は何となく理解できた。そして、これは彼女達の完全な保護、という意味において全く以って正しかったのだ。

 この『高度人工知能保護関連法』は意外な程すんなりと通り、我々愛好家連中は拍手喝采でPGドールの新時代を歓迎していた。もちろん関連法の数々によって彼女達の立場や扱い方が事細かく規定される事となり、PGドール社においては、購入者の身元確認やCPUと記憶素子の集合体である頭脳ユニットの管理厳格化などが行われるようになった。

 そして、法案が通った結果、何が起こったかというと、現所有者と新規購入者の激減、という事態が巻き起こった。法律施行後は、一度ユーザー登録してPGドールを購入すると、簡単に譲渡や廃棄が出来なくなってしまう事が理由としてある。しかも、ネットなどでは、買ったオモチャを壊しただけで刑務所行き、というような無理解極まりない風聞が流され、実状を知らない人の購入意欲を減少させていた。

 因みに、PGドールとは全く関係の無い話だが、家電に搭載されているAIのデチューンも新法の影響として挙げられる。今までの家電といえば口頭でオーダーを伝え、家電がセンサーで問題点を検知すると報告して、受けた人間がどうするか判断する、といったコミュニケーション型の家電が主流だったのだが、メーカー側が家電にまで変な権利が付いたらかなわんと路線を改めて、以前のボタン一つで設定通りに動く家電へと移行していった。つまり、高度化の一途をたどっていた他の人工知能の扱い方にまで保護法は影響を及ぼしたのだ。

 美しい女性を模った自動人形の愛護というのは、ただでさえ偏見が多く敷居の高い趣味なのに、こうなってはPGドール社の利益が先細りするばかりだと思われていた。しかし、減少したのはライトユーザーのみであり、この逆風の中で支持を失わず、彼女達の為ならばいかなる苦労や散財をも惜しまないといったヘビーユーザーがしっかりと残った。結果、PGドール社は私のようなヘビーユーザーに大きく訴求する方向に方針転換する事で見事復活を果たしたのだった。

 この法律が施行されてから聞いたのだが、この法案の目的は彼女達の保護だけでなく利用者の減少にもあったのではないか、という噂がある。確かに、単に問題を解決すれのであれば、かねてからの意見通りPGドールへの虐待行為を禁じるだけで良い。それを、彼女達に準人格権ともいえる強い権利を与える事によって、結果として所有者と製造業者に多大な負担を強いる事になった。

 結果、自動人形の分野に新規参入するメーカーは絶無となり、施行当時のPGドール社もヘビーユーザーの支えで維持管理をするのがやっと、という状況だったのだ。

 真偽の程は定かではない。しかし、実際に高度な擬似人格を持った人形という代物は、愛好者以外にとっては厄介者でしかないのかもしれない。


「はい。結構です」

 書類の審査も終わり、用の済んだ身分証を店員から受け取る。もし、虐待の前科があればこの時点で即刻つまみ出される決まりになっていた。そして、店員はキャリーケースをちらりと一瞥してから商談を始める。

「本日の用件はボディ交換ですか?」

「はい。それでお願いします」

 ケースを持ち込んでいるから、新規購入かどうかは聞いてこなかった。

「で、容姿の方はどうします」

「3Dスキャンでお願いします」

 これはさすがに即答。PG‐5型の容姿に関しては一から自由に設定出来るのだが、私は轟天モデルから1ミクロンも変える気は無かった。この選択をするユーザーは少数派なのだろう。その証拠に店員は驚きの表情でこちらを見ていた。

「さ、鏡甲。出ておいで」

「……はい」

 私はおもむろに鏡甲を呼び出す。すると、少し緊張した声が返ってきて、そろりと駕籠ケースの戸が開いた。

「あぁ、なるほど。轟天モデルなんですね」

 ケースから顔を覗かせた彼女を見て、店員が納得したような口調で言う。さすがに専門家だけあって彼女の持つ価値がよく分かっている様子だった。

「それにしても、この子、初期型なのに随分と状態が良いですよ」

「えぇ、まぁ」

 言いながら店員は感心した様子で目を細める。これが客に対するリップサービスでないことは表情を見れば明らかだった。何だか、プロのスタッフにそう言われると心がこそばゆくなってしまう。

「君、随分と大事にされてるんだね」

「あ、はい。龍彦は優しいですから」

 店員は鏡甲の返事にうなずくと、台の下から長方形をした携帯型3Dスキャナーを取り出す。スキャナーのケースは縦の四面が透明で中が良く見える造りになっており、高さは50センチ程度、長身のPGドールでもすっぽりと入るサイズだった。私はてっきり身体の3Dスキャンは専用の小部屋が用意されていると思い込んでいたので少し驚いてしまう。まさか、鏡甲をスタッフとはいえ他人が見ている前で裸にする事になろうとは。

「あの。測るなら服とか脱がなきゃいけないですよね」

「いえ。服を着たままでも大丈夫ですよ」

 聞いて納得、安心した。さすがは最新技術を積極的に取り入れてきたPGドール社だ。こんな細かい所でも配慮は欠かさない。

「さ、鏡甲。この中にそのまま入れば良いんだってさ」

「はい。分かりました」

「さぁ、どうぞ」

 何か、鏡甲が轟天モデルだと知ってから、店員の態度が温かくなったような気がする。今も固い足取りでスキャナーに向かう彼女をわざわざ扉を開けて迎え入れていた。

 私と店員が見守る中、鏡甲の入ったケース内を光の帯が上下に行き来する。スキャニングはものの五秒程で終わった。

「はい。スキャン終了です」

 そう言って彼はケースを開けるとモニターに表示されているスキャン結果を熱心に確認していた。一方、スキャナーから出てきた鏡甲はじっと私の顔を見上げる。恐らく、他にする事が無いか尋ねたいのだろう。

「もう鏡甲のする事は全部終わったから、ケースに戻るかい?」

 鏡甲は周囲を見回し、興味のある物が無いのを確認してからうなずく。

「はい。戻ります」

 彼女を駕籠に戻してほっと一息吐く。これで一段落。そして目を店員の方へ移した。彼はモニターを見ながらカタカタと何かを打ち込んでいる。今、何を調べているのかは大体想像がついた。それを思うと不安と緊張から動悸が早まってくる。果たして今のままの容姿で大丈夫なのだろうか。

 容姿の決定に関して、先に90パーセント以上の類似点がある娘が登録されていると、PG‐5型の新規登録が出来ないという決まりがある。もしそうなった場合、外見を変えて類似部分を90パーセント以下に落とさなければならない。そんな事態に直面したら、轟天モデルに出来るだけ似せて新型に変えるか、ルールが変わるか緩和されるまで待つか、という選択となる。はっきり言って、どちらも死ぬほど嫌だった。しかし、その時が来たら否応無く決断をしなければならない。

 そんな風にやきもきしていると。

「はい。大丈夫です。このままの容姿で登録出来ますよ」

「あっ……はい」

 物思いに耽っていた所でいきなり声を掛けられ、少しどもってしまう。そして、鏡甲の美貌が変わらない事への喜びがじんわりと込み上げてきた。本当に、先程までの懸念が杞憂に終わって良かった。

「身体データの方はこんな感じですが、これでよろしいですか?」

 店員がそう言ってキーを打ち込むと、客席に向いたモニターに身体データが表示される。

 身長34.4センチ・B18.8センチ・W12.2センチ・H18.4センチ。彼女達のサイズは1/5だから、人間のサイズに直すと身長172センチ・B94センチ・W61センチ・H92センチという事になる。こうしてはっきり数値化されると改めて分かる。さすがは鬼才轟天、芸術的なまでに美しいプロポーションだった。

 今は昔と違い、モニターで3Dモデルを確認しながら身体の部位をミリ単位で設定出来るようなっている。初期型の時は、背・高め、胸・大きめ、といった大変にアバウトなオーダーで済み、後は轟天氏の天才的センスに任せる、といった方式だった。因みに、顔付きや髪型に関してはもう少し細かい設定を注文を付けられたが、やはり細かい部分ではゴッドハンドに委ねる事になっており、結果、轟天モデルというプラチナブランドが出来上がったのだった。

「顔の設定もこのままで宜しいですね?」

 今度は顔面のイメージがモニターに映る。多分、マニュアル的な対応なのだろう。轟天モデルの登録が可能なのだから今更確認の必要も無い。ここで設定を変えてしまったら元の木阿弥、また審査をしなければならなくなる。

 普通なら申請する前に一通り確認するのが普通のはずだが、これは店員が他に先を越される前にいち早く轟天氏の作品を登録させるべく気を回してくれたのだと思う。

「はい。全てスキャンしたデータの通りにお願いします」

「承りました」

 私の即答を受けて店員は満足気にうなずき、次のステップに移る。彼はスキャンしたデータを最新の3Dプリンタに送っていった。この最新型3Dプリンタとプリント出力可能な新人工皮膚の導入こそが、今回、PG‐5型の顔を自在に設定する事を可能たらしめていた。

「筋肉の設定はどうしますか?」

「えーと、筋肉は、コロセウム上限一杯でとりあえずS筋50パーセントにP筋50パーセントでお願いします」

「はい。S筋50にP筋50ですね」

 筋肉の比率に関しては実際に動いてみてから調整するので今は適当でかまわない。そして、筋肉の総量についてはコロセウムに参加する場合、厳しく規制されていて自由に盛るという事が出来なかった。もし、この規制が無かったら、試合は筋肉ダルマ同士の醜い闘いとなってしまうし、力が強過ぎると不慮の事故が起こった際、被害が深刻になる可能性があった。

 実際にコロセウム参加選手の映像を見ていれば分かる事なのだが、筋肉というのは付け過ぎるとプロポーションが崩れてしまう。しかし、鏡甲の場合は幸いにも背丈が高い為に、上限まで筋肉を入れても少し肉付きが良くなる程度で済んだ。今、その事実をモニターで確認している。本当に便利になったものだ。

 初期設定といっても実に簡単なもので、答えを最初から決めていた事もあってとんとん拍子で進んでいた。そして、恐らくは次の問い掛けが最後になるだろう。

「えぇと、次は骨格についてですが、材質はどうなさいますか」

「頭部はチタン合金、身体の方はカーボンファイバーで」

「はい。頭部、チタン合金。その他は全てカーボンファイバーですね。承りました」

 ここでも全く迷いなく即答する。頭蓋と身体とで材質が違うのは重要度が違うからだ。これは人間と同じで、PGドールの頭部には魂ともいえるCPUと記憶装置の集合体である頭脳ユニットが入っており、ここは強度だけでなく、火事などの災害に巻き込まれた時の為に耐火性能も付けてやりたかった。記憶に関してはある程度のバックアップも取れるのだが、やはりそれに頼るのは最後の手段であり出来るだけ避けたいと思っている。チタン合金の骨格は一番高価ではあるのだが、安全の為には必要な出費だった。

 逆に身体の方はいくらでも替えが利くので、ある程度の強度さえあれば良い。そして、コロセウムに於いては筋肉量が決まっている為、身体は軽ければ軽いほど有利となる。そのような理由から、戦士の身体にはプラスチックのように軽く鉄のように固いカーボンファイバーの骨格フレームが最適解といえた。こちらもチタン程ではないが高価な素材ではある。しかし、勝利の為には必要な出費だった。

 とまれ、ABS樹脂以外に選択の余地が無かった昔と比べると隔世の感がある。姿形だけでなく骨格の材質まで選べるのだから、PGドールも五世代の間に随分と進化したと思う。

「お、出来ましたね。少々お待ちください」

 そうこうしている内に3Dプリンタの作業が終わったらしく、注文を打ち込んでいた店員が部屋の奥側にあるドアに入っていく。恐らく顔パーツの見本が完成したのだろう。

 これは、設定した顔のCGデータを3D出力してから直に確認してもらい、不満な点があれば心行くまで修正してもらう、というPGドール社の粋なサービスだった。はっきり言ってしまうと3Dスキャンを選んだ人間にとっては無駄でしかないのだが、新しい人口肌の触り心地も気になるし一応確かめてみようと思う。

 顔の設定によって骨格も変わってしまう為、樹脂製の頭蓋フレームとシリコン製の擬似表情筋も同時に作られる。そうして出来上がるのは今までの鏡甲と寸分も違わない最新型の顔だった。

「お待たせしました」  

 店員が鏡甲の頭部を持って戻ってきた。顔にはちゃんと眼球が入っているし髪も植えてある。鏡甲の新しい顔パーツは元々の美貌に加えて、透き通るような白い肌と艶を増した黒髪が組み合わさって今まで以上に美しかった。肌も毛髪も新素材になって質感が本物以上といえる程に向上している、のだが、魂は入っておらず、しかも首から上だけなので、どうしても置き人形のような作り物感が出てしまう。

「あの、触らせてもらっても良いですか」

「はい。もちろん大丈夫ですよ。さぁ、どうぞ」

 もう外見は十分に堪能したし、今度は触り心地も確かめるべく店員が自信あり気に差し出した頭部の頬にそっと触れてみる。

 柔らかい。第一印象がそれだった。ふにとした感触で指を離すと直ぐ元に戻る程度の弾力がある。それに肌触りはさらさらとしていて肌理が細かく、とても触り心地が良かった。これは、凄い。PG‐1型のシリコン皮膚とは全然違う。私はあまりの出来にもう驚くしかなかった。

 この皮膚はPGドールに使用する為に一から開発された物なのだが、もし再生医療が発達する前に開発されていたら人間用の人工皮膚として通用していたかもしれない。

「凄いですね。これ……」

「はい、ありがとうございます。これは最新型のPG‐5型用に開発された皮膚でして、構造的に若い少女の人肌を1/5サイズで再現する事に成功したんですよ」

 思わず漏れた言葉に店員が嬉しそうに応える。その表情はどこか誇らしげでもあり、なるほどこの皮膚はPGドール社にとって相当な自信作なのだろう。法律制定後の危機から容赦の無い情熱っぷりは変わらない。それは他国の追随を許さず、最早人形に関する技術力は同社が世界一であろう。

「では、このまま身体を作成してよろしいですね?」

「はい。これで良いです」

「では、製作が終わりましたらご連絡いたします」

「時間は、どれ位かかります?」

「えーと、今、注文が立て込んでいまして、確実な事は言えないのですが、早くて二週間、遅れると一ヶ月位は掛かるかと思います」

 やはり当初思っていたよりも時間が掛かってしまう。彼の言うように注文が多い上に、チタンや炭素繊維のフレームは身体データに合わせて作らなければならないから仕方がない。それでもまだ神奈川大会までには時間がある。それまでに試運転と調整を行う事は十分に可能だった。

「そうですか……分かりました。では、よろしくお願いします」

「はい。本日はご足労ありがとうございました」

 店員に見送られながら店舗の外に出る。とにかく疲れたが清々しい充足感もあった。やるべき事は全てやったから、後は、待つだけだ。


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