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35センチの女修羅  作者: 田門 亀之助
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第1話「再出発」

 ついに、この時が来た。私は喜びで踊り出したい衝動を何とか抑えて食い入るように画面のメーカー公式発表を見詰める。何度読み返しても間違いは無い。

 夢か幻か、今モニターに映っているのは、半年後に発売される最新のPG‐5型では外見を自由にオーダーする事が可能になる、という文章だった。私は万感の思いを胸に拳を握り締める。やはり、私の判断は正しかったのだ。

 これでようやく鏡甲をコロセウムに出場させてやる事が出来る。早速、本人にも知らせてやらねば。

「鏡甲、ちょっとこっちにおいで」

龍彦たつひこ何ですか?」

 リビングの中央で槍を振るっていた袴姿の鏡甲が動きを止めて私を見上げる。生真面目な彼女は試合に出られなくなっても日々の鍛錬を休む事は無かった。

「いいからいいから」

「はい……」

 呼ばれた鏡甲が少し怪訝そうに首をかしげて小さな身体でとてとてと近づいて来る。普段着のセーラー服姿も良いが、鍛錬の時に着る稽古着姿も白い肌と黒い長髪が草色の袴によく映えており、槍を立てる姿はいかにも武道をたしなむ和風美女といった風采だった。

 足元に来た彼女をテーブルの上に持ち上げてやると、直ぐに画面の記事を読み始める。

「龍彦。これはつまり」

 鏡甲の身体を初期型のままにしているのは今の美しい姿を変えたくないから、という事実は彼女にしっかりと伝えてある。だから、この記事が何を示しているか十分に理解している筈だった。

「あぁ。今まで我慢させてきたが、やっと新しい身体に替えてやれるぞ」

「やはり、そうでしたか。すごく、嬉しいです、龍彦」

 この朗報に鏡甲は先程の私のように大歓喜するかと思いきや、彼女は控えめに喜びを伝えて微笑むだけだった。あからさまに態度に出さないのは、やはり大人しくて品の良い性格故であろうか。しかし、声にはしっかりと喜色が浮かんでいた。

 鏡甲の外見は正に大和撫子そのものだが、別に内面までお淑やかになるように意図した覚えは無い。ただ、礼に始まり礼に終わる武道を通じて何か得る物があったのだろう。品行方正で芯の通った今の彼女は、どこか時代劇に出てくる武家の姫様に似ている気がした。

「じゃあ、早速予約をしなきゃな」

「はい。よろしくお願いします」

「おう」

 言って鏡甲をテーブルの下に戻してやると、また直ぐに鍛錬を再開する。突く、弾く、薙ぐ、それぞれの動きには相変わらず無駄が無く、その流れるような連撃で仮想の相手に槍を振るう姿は、まるで優雅な舞を踊っているかのようだった。

 最初期型でここまで動けるのなら、身体が新型に変わったら立ち回りがさらに進化するに違いない。それに、今まで私の手前勝手な願望で彼女には随分と我慢を強いてきたから、その罪悪感から解消されると思うと喜びもひとしおだった。


――半年後――


 最新型PG‐5の発売日当日、準備万端整え終えた私は鏡甲を連れて家を出る。正直、昨夜は楽しみすぎてあまり眠れなかった。こんな事は久しぶりだ。新規ではなくとも購入には厳格な身元審査と煩雑な手続きがあり、今日一日はやるべき事が山ほどある。万一手違いがあると手続きに余計な時間が掛かってしまうから、多少の眠気は気にしていられない。私はそんな事を考えながら静かに気合を入れ直した。

 彼女達を屋外に出す際には事故を防ぐ為に頑丈なケースに入れて持ち運ぶように定められている。その値段や材質はまちまちなのだが強度に関しては厳しい基準があり、最も安い物を買っても最低限の安全性は担保されていた。ただ、私は無味乾燥な市販品ではなく、江戸時代の駕籠に似た厚手の防音アクリル製ケースを特注で作ってもらった。発注時の見立ては完全に正しく、和装が好きな黒髪少女の鏡甲にはこのような古風な造りが良く似合う。さらに色々とこだわって、アクリル板に、全透明・スモークガラス・ブラインドの三つのモードを自由に変えられる特殊偏光シートを貼り付けて普段は外から中身が見えないようにして、屋根の部分には音入れ兼空気取り入れ用の窓を設けておいた。これらは簡単な操作で視界と雑音を直ぐに塞ぐ事が出来るようにしてある。

 移動には電車を使い、公式ショップのある町へ。そして『PGドール』の看板を掲げている店舗前に到着すると、すでに長蛇の列が出来上がっていた。休日とはいえまだ開店四時間前なのにこの有様とは、それだけ新型を待ち望んでいた人が多かったという事なのだろう。列の長さから見て恐らく先頭グループは前日の夜から並んでいたに違いない。

 ここで、ふと不安がよぎる。容姿、特に顔の登録は早い者勝ちで、類似点が90パーセント以上の子が先に登録されていると顔の設定を変えない限り登録が出来ない事になっていた。これは以前の型においてユーザー達からの、自分のPGドールと同じ顔が大勢居ると気分が悪いし見分けが付かないと困る、といった苦情が多かった為に新型において取り決められたルールだった。そんなクレームが出るだけユーザー数が増えたという事なのだろう。まさかあの轟天氏が手作りした作品とほぼ同一の顔が先に登録される事などあり得ないとは思うが、どうしても一抹の不安が残ってしまう。

 私は心を落ち着かせる為に一つ溜め息をついて店の看板を見上げる。

『PGドール』――これはあるフィギュアメーカーの社長が、動いて、喋って、成長する、そんな究極の美少女フィギュアを目指して開発した物だった。因みに、PGが何の意味かは公表されておらず、ピュアガールの頭文字だとか社長の初恋相手のイニシャルだとか、他にも色々とまことしやかに噂されている。

 この、社長の夢を現実にした技術は二つある。それらはPGドールの頭脳と肉体において基幹となる当時最先端の技術だった。

 まずは頭脳となる人格システム。人工知能はどんなに高度化しても、人間のような感情を持つ事は原理的に出来ないと言われている。しかし、脳化学者であり人工知能の権威でもある一人の天才がその常識に挑戦をしたのだった。

 彼は人の脳内における分泌物とそれが精神に与える影響、外部刺激における思考の動き等を全て重層的なデータとして人工知能に与え、それによって出来上がった擬似感情に従うように設定して、さらに一般的なモラルを理性として覚えこませた。結果、完全とは言えないまでも、かなり人間に近い感性と自律を人工知能に与える事に成功したのだった。

 二つ目は微細な電流を流す事で自在に伸縮する特殊な繊維を使った人口筋肉だ。この繊維の束を完全に制御する高性能CPUと組み合わせる事でPGドールは人間とほとんど変わらない運動能力を獲得していた。

 人体と同じ動きをする美少女の肉体と高度な精神の宿った頭脳によって、PGドール初の販売モデル『PG‐1型』が完成した。発売当初は売れるかどうか分からず完全受注生産だったのだが、話題が話題を呼び需要が高まると簡易な量産に移ってしまった。だから今では初期型のPG‐1型には物凄いプレミアが付いてしまっている。その後も生産性を保ったまま機能の強化は続き、PG‐4型からは量産をある程度犠牲にする代わりに身体に関してかなり自由度の高いオーダーメイドが可能になった。内部の筋肉パーツについては部位毎にモジュール化して完成後の筋肉量変更を容易にしてあるのに対して、骨格に当たるフレームは個々の身長や体格のオーダーに応じてビルドを行う為に完全受注生産となっている。だから、骨格は身体が出来上がってしまうと変更は利かず、もし変えるなら一から作り直さなければならない。PG-4型の時点で身体と運動機能の構造は完成の域にあるらしく、この形式は最新型のPG‐5型にも受け継がれている。しかもこちらはPG‐4型とは違い頭髪や顔といった容姿も細部まで指定が出来る仕様だった。

 このように様々な進化を遂げてきたPGドールであるが、今日発売のPG‐5型にも、さらに人間へと近付く数々の新機能が盛り込まれている。今までPGドールのサイズでは不可能と言われていた機能が次々と実装されてゆく中、一体彼女達はどこまで進化してしまうのかと期待は膨らむばかりだった。

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