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35センチの女修羅  作者: 田門 亀之助
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プロローグ


 ◇ ◇ ◇ プロローグ


「やはり……来てしまったか」

 思わずひとりごちる。見出しに釣られて開いたネット記事には、かねてから恐れていた事態の到来が明確に示されていた。

 いつか来る事は分かっていた。しかし、こう現実としてはっきり突き付けられると、やはり落胆してしまう。あの子がこのニュースを知ったら、そう考えるだけで気が重い。

「どうしたの、ですか?」

 足元から声がする。恐らく、私のもらした声が深刻そうだったから心配になったのだろう。相変わらず可愛い娘だ。因みに名は『鏡甲きょうか』という。

 ここきて、一瞬迷う。正直彼女の悲しむ様子なんか見たくもないが、この重大な事実を伝えない訳にはいかない。私は意を決して鏡甲に手を伸ばした。

「さ、おいで」

 そう言って私は出会ってから五年間になる身長35センチの相棒を持ち上げてテーブルの上に乗せてやる。体重は5キロ近くあるのでけっこう重い。

 両脇の下を掴んでいた両手を離すと、彼女は黒く艶やかなストレートのロングヘアをなびかせてモニターの前に移動していく。普段着の白いセーラー服から伸びたしなやかな手足には躍動感があり、とても人形とは思えない位に生き生きとしていた。

 鏡甲が私の見ていた液晶の画面を覗き込んで記事に目を通してゆく。この意味を理解したら彼女は一体どう思うのだろうか。悲しむのか、悔しがるのか、あるいは今の惨状を考えると安堵するのかもしれない。

「この記事は……」

「あぁ。ついに、来ちゃったよ」

 これ以外に言葉が見つからない。もっと気の利いた事を言えれば良いのだが、口下手な私にはこの程度が限界だった。そんな私を彼女は心配そうに見上げている。どうやら随分と心情が顔に出ていたらしい。それにしても一番辛いのは自分だろうに、本当によく出来た娘だと思う。

 記事の内容は、最初期型の『PG‐1型』をコロセウム参加可能型式から除外する、とういものだった。つまりこれは、同型式の鏡甲は今後、身体を新型に変えない限り公式戦への参加が不可能になってしまったという事だ。

 それならば身体を新型に変えれば、という訳にもいかない。鏡甲を新型に変えずにずっと旧式のままでいるのには大きな理由がある。彼女達PG‐1型の発売された当時は完全受注生産で、しかも顔や肢体は全て伝説の造形師『轟天ごうてん』氏による手作りであった。

 氏の造形は正に神技としか言い様が無い位に細部に至るまで精緻の極みにあり、切れ長でありながらどこか優しげな目、細くすっと伸びた鼻に薄めで形の良い唇。それらが完璧なバランスで顔に収まっており、彼女の可憐で上品な顔立ちはオーダーを出した私ですら驚く程の出来栄えだった。

 彼の手によって作り出された人形はオーダーメイド故に一つとして同じ物は無く、この美貌は世界で唯一つという優越感があるものの、替えが全くきかないという欠点も併せ持っていた。

 PG‐1型の登場から一年後に、外見やパーツを規格化して大量生産に向いたPG‐2型が発売開始となった。出発点であるPG‐1型が予想外の売れ行きを示した為に開発された後継機なのだが、肝心の容姿をたったの五種類からしか選べず、造形も天才轟天氏とは別の人物が担当していた。最新型もそうだが、私の目から見ると氏の作品より格段に劣っているとしか思えない。

 そういう深い深い事情もあって、今までずっと初期型で通していたのだった。そして、旧型で通すという事は、身体機能も初期のままという事になる。恐らく今回の決定は現行型である『PG‐4型』とはまるで勝負にならない旧式機を除外する為のものだろう。

 最早低性能のPG‐1型では出られないコロセウム公式戦。これは鏡甲が今までずっと努力を重ねて臨んできた物だった。

 自分の育て上げた人形を発表する機会は大きく分けて二つある。一つは気品や作法を競う品評社交界。もう一つはコロセウムと呼ばれる武芸大会だった。

 最初は軽い気持ちで物は試しとコロセウムに参加させてみたのが始まりだった。武芸大会といっても本物の刀剣で斬り合うのではなく、大事な身体が壊れてしまわないように、柄の部分はゴム、刃の部分はスポンジよりも柔らかい超軟質樹脂で作られた得物を使って闘い、試合はポイント制で刃の部分が急所に当たると高得点が入るといった仕組の、彼女達の安全に最大限配慮した健全なルールを持つ健全な競技だった。

 そして結果は、初戦敗退。よほど悔しかったのだろう、直後にどうすれば試合に勝てるようになるか、と私に聞いてきたのだ。それからである、彼女との二人三脚による武闘生活が始まったのは。

 今思うと、社交界の方に出した方が良かったのかもしれない。あそこなら今でもPG‐1型は出場可能だ。ともあれ、鏡甲が己の進む道を定めた以上、こちらは全力で支援をするのみだった。

 まずは、数ある武具の中から鏡甲が一番しっくり来る物を選ぶよう勧めた。彼女が選んだのは穂先に三日月形の鎌が付いた十文字三日月槍だった。この槍こそが、後に大兵法者鏡甲の得物として猛威を振るう事になろうとは、当時は予想もしていなかった。

 次いで槍術を教える道場を探して彼女と一緒に見学させてもらうよう頼み込んだ。流派名は『祥武月影しょうぶつきかげ流』という。幸い、その道場主は気の良い人で快く承諾してくれた。しかも、それだけでなく、鏡甲の熱意を見取るや弟子入りまでも許してくれたのだ。さらに道場に通う傍らで槍術関係の動画や資料をネットで掻き集めてこれを悉く提供した。そうやって学習した物を彼女は独自の流儀で取捨選択して、さらに小・中規模のトーナメントに出来るだけ出場して経験を積み重ねる事で急速に実力を身に付けていった。

 公式の大規模な大会は年に三回ある。鏡甲は初めて参加したその大会でいきなり優勝してしまった。これには私も驚いたが、同時に早くも努力の成果が出た事に喜んでもいた。本当にここまで来るのに色々と骨を折ったが、それもこれも、彼女の勇姿を見るためならば安いものだと思えた。

 本当に、今までの苦労がまとめて吹き飛ぶ位に、優勝カップを誇らしげに抱える鏡甲は凛として美しかった。

 この大会で、あまりにも連撃が激しい事から彼女は『狂火きょうか』の異名で呼ばれるようになった。以後も、鏡甲はその異名に恥じない阿修羅っぷりを発揮して三年もの間無敗を誇る事になる。

 無敗、という結果は勝ち取っていても、三年目に入った頃から辛勝も多くなっていた。彼女達の身体に使われている筋繊維の性能は日々進歩している。それでも、PG‐3型までなら技術や駆け引きで何とか勝ててはいた。しかし、最新型のPG‐4型が登場してからは全く勝てなくなってしまったのだ。

 PG‐4型は今までとはまるで次元の違う性能を持っていた。筋繊維の性能は元より、パワー重視のP筋と瞬発力重視のS筋を個々の戦闘スタイルに応じて配分を決められる仕様になっていて、この最新型は適切に調整をすれば恐ろしく高い戦闘能力を獲得する事が可能だった。

 旧式の身体でどんなに工夫しても、どうにもならない性能差で最後には押し切られてしまう鏡甲。その姿をずっと見続けていた私は言い知れない悲しみに苛まれていた。もう見ていられいと感じ、思い切って、もうやめるか? と聞いた事がある。その時、彼女は静かに首を振って拒否をした。鏡甲にとってコロセウムこそが自分の生きがいなのだろう。私は迷った、もう身体を新型に変えてしまおうかと。しかし、私にとっても今の鏡甲こそが全てであり、やはり変える決心がどうしてもつかなかった。

 今は、待つしかない。もうすでに希望の萌芽は伸び始めている。現行型は実質的なオーダーメイド品であり、今後は外見にも自由な選択が及ぶかもしれないのだ。それを、今は只々待つしかなかった。

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