5:これも社員研修と言って良いのかな?
少女になってから一か月が過ぎた。
あれから所長の石田は姿を見せず、教育係兼お世話役マスコットとしてアリナだけが戻ってきた。
そしてアリナと共に施設内の研担当の女が一人現れ、この施設の事や組織の事などをみっちりと勉強する事となった。
始めは馴染めなかった小さな体だが、身体測定やオリエンテーションと称した運動などにより感を取り戻し違和感なく動かせるまでになった。
最初の頃は男女の違いによる不慣れも多かったが、今では男女トイレを間違えたりなどと言ったミスも無くなっていった。
「さてアリナちゃん、今日で最終日って事だけど何するのよ?」
すっかりこの施設に馴染んだ少女は笑顔を見せて話しかける。
用意された小学校でよく見る机を前に椅子に座り、ホワイトボードの前のテーブルの上のアリナを目で追う。
アリナの方は器用にマーカーを操るとボードに文字を書いていく。
それを見た少女はこれまでの笑顔を崩し、ちょっとばかり嫌そうな表情変化させていった。
「え~テスト~?やだなぁ、正直詰め込み過ぎで自信ないんだけどなぁ」
嫌そうな表情はやがて不満そうなと言える位に変わっていった所で、部屋のドアが開き一人の女が現れる。
「ていちゃん、今日もお元気ですか?西沢ティーチャーです」
相変わらず授業の開始に自己紹介するんだなと心の中で思う。
アリナの時の研修もこの先生だったのだ。
そして一か月接してきた少女も同じことを思っているのだろう。
西沢はホワイトボードをちらりと見るとそこに書いてあるテストの文字を見つけやれやれと肩を揺らす。
「アリナちゃん~?バラしちゃったのね?
仕方ないわねぇ、サプライズが台無しよ。
まぁ良いわ、ではさっそく始めましょう」
恐らくここでもアリナと少女の内心は重なったのだろう。
一人と一匹は同じようにため息をつく。
まるでテストをサプライズの材料にするなと言いたげに。
「ではまず、第一問。
この組織の正式名称は日本国家ヒーロー・ヒロイン支援施設研究部です。
では具体的に何を研究しているところでしょう?
そして研究している対象について判っている事を覚えている限り答えて下さいね」
問一とホワイトボードに書き混みながら問い掛ける。
少女は少し考えたのちに答えを出す。
「外宇宙的侵略集団イレイザーについてね。
イレイザーについて判っている事は、公的な記録では初遭遇は第二次世界大戦終結直前。
当時のカメラに映る良く判らない物体が初とされる筈よ」
少し不安気な表情でちらりとアリナを見る。
アリナは丸まって知らんぷりだ。
「それからええと、人の心に何らかの干渉を施し、干渉を施された人が一定期間経てその干渉の影響を受け続けると姿を変化させる。
確かドロドロのスライムみたいになるんだっけ?
兎に角、きっとドロドロに変化した人たちはやがて干渉を起こした親個体の元に集まりゲートになるみたいな?
そんな感じでゲートからは新たなイレイザーがこちらへ侵入してくるという仕組みになっている事。
ゲートの強度や大きさなどによって現れるイレイザーの強さが違う事も判っているわ。
そしてそしてええっと、イレイザーは地球の中心に干渉して何かをしようとしている所までかしら?」
やや不安気でたどたどしい部分もありながら答える。
それを聞いた西沢は笑顔で合格と言うと、ホワイトボードを下げる。
もう用なしと言った感じだ。
それを聞いてほっと胸を撫でおろす。
「貴方は優秀な生徒ですね~
座学なんて正直5時間もしてないのによく覚えてましたね?
実際忘れてたらここで覚え直してお終いでしたが、時間に余裕が出来て西沢ティーチャーは嬉しいです」
にっこりと笑顔で話す西沢に心なしか誇らしげになる少女。
そしてアリナが立ち上がると伸びをしてから話し始める。
「さて、そう言う訳で私たちのお仕事はイレイザーにどう対抗するかって事だけど、覚悟は出来てるよね?
正直巻き込んで悪いと思ってる、でもどの道適正がずば抜けて高かった君は何もしなくても勝手にイレイザーに襲われていただろう。
どうやらあっちもソウルエネルギーが高い人を察知してより高い相手を倒そうとする傾向があるみたいでね。
言い訳がましいかも知れないが判ってほしい。」
申し訳なさそうに頭を下げる。
それに対して大丈夫と答え、研修で得た知識で自分がいかに危うい状態だったのかを学んだ少女が笑顔を見せる。
「こんな体になったけど、死ぬよりマシよね。
それに魔法、使えるでしょ?約束は守ってくれるんだよね?」
ニコニコと笑顔のままで腕をかざして如何にも魔法を使いますと言ったポーズを取って見せる。
「じゃあここらでお楽しみのタグチェックですね?」
西沢がホワイトボードの代わりに持ってきたモニターに丸いビー玉としか言いようがない物体をテーブルに置き少女をこっちに来るようにと手招きする。
少女は今座って居る場所からテーブルに移動して座り直す。
「この機械はタグチェッカーと言います。タグとは何か覚えてますか?」
先ほども言っていたタグと言う単語に思い当たる節を思い出す。
「確か、才能の保証だとか何とかだったかな?」
それにアリナが補足を始める。
「そうそう、人間には必ず一つ以上のタグが付けられてる。
このタグは人の才能才覚などを表すものであると同時に、その人がどんな人かを表す指標になる。
君は魂の覚醒、一度1歳にまで退化し10歳に成長し直した過程でもう一つのタグを得ているから最低でも二つはタグを持っているはずだ。
それを確認しようって訳さ」
更にそれに西沢の補足が入る。
「例えば怪力ってタグを持っている人が居たとします。
その人は鍛えれば常人より圧倒的に早く筋肉がモリモリついて凄い力を得る事が出来るようになるでしょう。
それがタグのもつ才能の保証です。
ですが、タグが無いからと言ってこの人が学者になれない訳ではありません。
タグとは才能の一部に過ぎず、タグの見えない隠された才能も勿論あるのです。
だからタグが無いからと言ってその他の事を疎かにしてはいけませんよ?」
よくよく言い聞かせるように言うとビー玉の様なものを握る。
西沢が少しの力をそのビー玉に流し込むとすぐに画面に文字が映し出される。
「これが私の持つタグですよ。
教師・数学者・トマト料理の天才の三つです」
西沢の持つタグは三つ。
少なくともこの三つの才能を有しているようだ。
三つめはトマトのみと限定的だが、きっと美味しい料理を作るのだろう。
「さぁ、やってみせて?
ソウルエネルギーの使い方はもう覚えたよね?」
西沢からビー玉の様なものを渡され握りこむ。
そして研修で習ったように力を込めた。