前編
「期限は二週間だ!」
と、教授は言った。
私たちは絶望を飲み込んで敬礼を返す。
「「Yes Sir!!」」
悲壮に満ちた私たちの声は、中庭にまで届いたらしい。
☆
ラウルバン大陸カザフ半島 夜の王国ノーチェス
山と森に囲まれたこの小国は、モンスターの出現率が異常に高いことで有名だ。出現率が高い、ということは、戦闘が多い、ということで、自然と戦闘や魔獣に対する研究は大いに進む。事実、ノーチェスの研究は他の追随を許さないまでに進展していた。
その最前線、ルナスイェール高等大学校では、各国から集まった戦闘のエキスパートたちが、日夜研究や鍛錬に勤しんでいるのであった。
これは、エキスパートになるべく奮闘する、とある学生たちの記録――
☆
「ななみ~ん、どうしよ~?」
「本当、どうしましょう。困りましたね……」
ななみんは可愛い顔に苦笑を浮かべた。私たちが揃って困り顔を突き合わせる隣で、弱虫馬鹿のチャーリーが、ふん、と鼻を鳴らした。
「あの教授のゼミに入った時点で、分かってただろ? 今更何言ってんだよ、情けない」
「ほー、んなこと言うんだったら当然知ってんだろうなぁ課題クリアの方法!」
「うぐっ……」
「知らないくせに偉そうなこと言うなよバーカ!」
「うるさいぞアルザ! オレは弱音が嫌いなんだ!」
「弱音じゃないし、ただの相談だし! ぴーぴー鳴いてる暇があったらまともな案を出せってんだよ泣き虫チャーリー!」
私はつい強気に怒鳴ってしまった。あ、マズイ、と思っても後の祭り。チャーリーは『うっ』と言葉を詰まらせて、涙目になっていた。
「な、泣いてないっ! オレは、オレは……!」
「あ~、はいはい、分かってるよ。ごめんてチャーリー。言い過ぎた、言い過ぎましたよ~、はぁいごめんね~」
「……ぐずっ…………誠意が感じられない」
「うるせぇ黙れ泣き虫野郎燃やすぞ」
思わず凄むと、チャーリーは更に目を潤ませるのであった。……こんな奴がコース内二位の成績とか、信じらんない。世も末ね。
「あー、ねぇ、とりあえずー」
不意にハルが手を挙げて、おっとりと言った。
「指定されたドラゴンについて、調べてみないー?」
☆
私は、戦闘特化学科・魔導学コース専攻三年の、アルザザ・D・ジェイラズ。言いにくい名前でしょう? 私だって言いにくいわ。本当、自己紹介の度に嫌になっちゃう。
あぁ、嫌になると言えば、これだってそう。
『フローレンス教授のゼミに所属しています』
そう言うと、九割九分五厘の人が同情や憐憫の視線をくれる。残りの五厘は同じゼミの人だ。
マウグレイシア・フローレンス教授。言わずと知れた、校内随一の戦士であり、最恐の変人である。彼のゼミにだけは入るな、と入学当時から耳にタコができるほど聞かされ続けてきた――のに、なぜ私は入っているのか? 答えは簡単、どのゼミにも平等に人数が揃わなければならないからだ。要するに、くじ運に見放された、と、そういうこと。
彼のゼミに入るのは、毎年四名のみ。今年度は、私と、ななみん、チャーリー、ハル、の四人だった。
ななみん、とは、ナナミ・カンバラ。私の親友だ。隣国出身。同学科で近接戦闘コースを専攻している。黒髪ストレートの美人さん。おしとやかに微笑みながら、片刃で細身の剣を振るう姿は、《死天使》と称されているとか。
チャーリー=フロムは――残念なことに――私の幼馴染。ななみんと同じコースにいて、両刃の大剣を振り回すパワータイプ。こんな弱虫が二番手だなんて、近接戦闘コースの先が危ぶまれるわ。ちょっと怒鳴るとすぐ泣き出すくせに。
最後、ハル。ハルバード・F・マルドという、遠距離戦闘コースを専攻する秀才だ。魔導弓が専門で、座学でも優等生。彼のノートが無かったら、私とチャーリーは一体いくつの単位を落としていたか……想像するだけで恐ろしい。
そう、メンツには恵まれたのだ。この三人がいなかったら、おそらくこれまでの課題のどこかで無様に死んでいたに違いない。
声を聞いたら廃人になるマンドラゴラの育成・収穫もやらされたし、フォックル(食人狼、危険度B~C、体長約三メートル)の群生する島に夏休み中ずっと籠らされたし、アルヴ山のノーチェス側を住処とする危険度A以下のモンスターすべての骨を集めさせられたこともあった。中間テストの、指定されたモンスターの特定の内臓を傷一つ付けることなく取り出し持ち帰れ、という課題は本当に厄介だった。お陰様で、指定の部位を刳り抜く魔法は誰よりも上手くなったと自負できるが、こんなの何の自慢にもならない。
しかし、そんな私たちでも、今回の課題はどうしようもないとしか言えない。
標的は“シェリドラ”という名前の多頭竜の一種。危険度S――その表示が表すのは、国軍の精鋭一個小隊分が出動してようやく倒せるレベルのモンスターである、ということ。普通、学生が相手にするような敵じゃない。
ついでに、フローレンス教授の課題は、ただその標的を倒せばいい、と言うだけではなく――それだけならまだ勝算があったかもしれないのに――言うに事欠いてあのクソ教授、
『シェリドラを倒してその肉を美味しいステーキにして持って来い』
などとぬかしやがった! ドラゴンの肉は食用じゃないって魔獣学の先生言ってたのに! 過去、ドラゴン肉を食べて食中毒で死んだ人間が何人いると思ってんのよ! それを、どう、美味しく、調理しろって? ふざけるのも大概にしろっての!
その上、期限はたった二週間。クリアさせる気が無い、としか思えない。
ただ……この、ゼミの最終課題をクリアできなかったら、問答無用で留年が決まる。難易度に差異こそあれ、これはすべてのゼミで共通の決まり事だ。そうやって三年生を繰り返す先輩方を、私たちは間近で見てきた。
こうなったらもう意地だ。どんな手を使ってでも、課題をクリアして、あのクソ教授にぎゃふんと言わせてやるっ! ……と息巻いてみたは良いものの、考えれば考えるほど、絶望しか出てこないのよね……。本っ当、最悪。
☆
「戦闘の基本は情報収集からさー」
ハルの言うことはいつも正論だ。というわけで、私たちは図書館に向かった。図鑑で【多頭竜目 シェリドラ】の項目を引く。シンプルなデータ群を眺めて、「大体のことは授業で習ってたけどさぁ」と、私は溜め息をついた。
「改めてコイツのステ見ると、本っ当に絶望的だよね、この課題」
「……ああ、そうだな」
平均的なデータでは、体長二十メートル。翼開長三十メートル。そこらの一軒家よりはふつうにデカい。この辺りでは、アルヴ山に巣を作る。
首は三本。それぞれが炎・毒・氷を吐く。本数はそれ以上の場合もそれ以下の場合もあって、二本首か四本首になると凶悪度が増すが、五本以上になるとむしろ弱くなる。いわゆる、船頭多くして、ってやつだ。
多頭竜、という種のドラゴンは、基本は飛ばない。首がたくさんある分、体が重たくなるからだ。普通なら歩くことすらままならないというのに、コイツ――シェリドラは違う。底を知らない膨大な魔力を使って、自由に空を飛んでみせるのだ。データによると、空中にいる時間の方が長いらしい。あぁまったく、厄介なことこの上ない。
「まずは移動を制限しないとー。アルザ、一撃でコイツの翼って壊せるー?」
「壊せない……ことは、ない……と、思う」
「曖昧だな。自信ないのかよ」
「黙れチャーリー。あるわけないでしょ。ドラゴンの防御力がどんだけあると思ってんのさ。ましてやこのシェリドラよ? 堅いに決まってんじゃない」
「壊すとしたらー、どうやるー?」
ハルに聞かれ、真剣に考える。飛んでいるシェリドラの翼を一撃で破壊できるような、強力かつ命中率の高い攻撃魔法――
「……《五色の風の陣》から《王道秘儀の門》でも開くかな。私じゃ、準備に三日はかかるし、供物無しだと使用後は動けなくなるけど。これなら確実よ」
「でも、動けなくなっちゃー困るよねー。そしたら、やらない方がいいかなー」
「下まで降りて来てくれたら、斬れるのですけど……」
「さすがななみん、おしとやかに物騒ね。となると問題は、どうやって誘き寄せるか、か」
「ドラゴンの好物ってなんだろうねー」
「図鑑には載っていませんね」
「人肉じゃないか?」
「あぁ、それなら簡単だ。チャーリー、あんた人柱になれ」
「はぁっ? なんでだよ、嫌だよ!」
「あんた一人の犠牲で三人の単位が守られるんだよ? 安いもんじゃん」
「ふざけんな、安くないし!」
「なんにせよー」
と、ヒートアップしそうになった私たちの口喧嘩を、ハルが遮った。
「情報が全然足りないよねー」
まともな意見に私たちは口をつぐむ。危険度Sのモンスターについて、私たちはほとんど何も知らない。戦ったことは勿論、見たことも数えるほどしかないのだ。そもそも個体数からして少なく、データもほとんど揃っていないというのが現状なのに。
けれど、こんな劣勢に置かれながらも、ハルは穏やかに微笑んでみせる。
「教授はさー、厳しいけど、絶対に無理ーってことはやらせないんだよねー。きっと、何かしらの糸口があるんだよー。頑張って探してみよー?」
「……ハルって、本当に人間が出来てるよな」
悔しいけど、こればっかりはチャーリーと同じ意見だ。
☆
「で、シェリドラって、アルヴ山のどこに出るの?」
「オレ、最近山ん中で目撃されてないか、兵団に聞いてくる」
「ありがとー。ついでにさー、今までにシェリドラと交戦したことがあるかどうかってのとー、あるって人がいたらその時の話も聞いてきてー」
「りょーかい。じゃ、行ってくる」
「シェリドラは魔導で飛ぶのよね。毒、火炎、氷は?」
「他の例からして、毒と火炎にはそれぞれ専用の器官があるのでしょうけれど」
「氷は魔導だとして、そうすると魔導源を潰さないと厳しいよね」
「ドラゴンの魔導源ってー、大抵は心臓だよねー?」
「あー、じゃあ、殺しちゃえばそれでいいのか」
「しかし、普通に殺してしまって大丈夫なのでしょうか」
「と、いうとー?」
「いえ、ただ、ドラゴンの肉で食中毒になる方は多いのですよね? その理由が、例えば死後の腐敗が早い、などといったものなのであれば、単純に倒すだけでは駄目なのかと思いまして」
「あー、その可能性はあるねー」
「どなたかに聞いてきます。これは……魔獣学でしょうか、それとも解剖学?」
「アイツんとこ行けば? ほら、考古学の、龍マニアの」
「……あぁ、ファーレン教授ですね。なるほど、それは確実です。ついでに、龍の体内の構造についても聞いてきますね。では」
「さて、ハル、他に先生に聞いとかないとマズいことは?」
「あー……さっき言ってた、魔導源についてとかかなー。あとー……あっ」
「ん? なに?」
「ヒュドラってさー、大抵、強い再生能力持ってるんだよねー……?」
「……オーケー、まずは、一般的なヒュドラの倒し方聞いてくる」
☆
「報告するぞ。最近の目撃情報は一切なし。交戦記録はあったから、写させてもらってきた。十年前の記録だけど、ここでは討伐は出来なくって、撃退ってことになってる。死者三名、重軽傷者二十三名。龍の咆哮に特殊な音波が含まれてるらしくって、それに脳を直接やられた人が多かったみたいだな」
「うーん、なかなか絶望的だねー」
☆
「報告します。ファーレン教授曰く、殺す前に毒腺と火炎袋を取り除かなければならないそうです。毒腺や火炎袋をそのままに殺すと、死後そこから毒やガスが体内に充満して、肉に浸透するので。食中毒の原因はそこにあるそうです」
「ああー、なるほどー、面倒だなー……」
☆
「報告するわ。ヒュドラの再生能力は魔導よ。おそらく、シェリドラも同じだろうって。やっぱり魔導源は潰す必要があるわね。で、魔導源の位置なんだけど、シェリドラの場合は首の付け根。心臓とは別の器官になってるから、たとえ魔導源を潰せたとしても強いことには変わりないらしいよ。魔力の供給源を潰せたらそれでもいいんだけど、シェリドラの魔力は第一に月光、第二に沼地から来てるらしいわ。だから、供給源の方を潰すのは現実的じゃないわね」
「……そっかー……分かったよ、ありがとー……」
☆
「無理だー!」
ハルが本を放り投げてソファに身を投げ出した。
「無理ー、あぁもう分かったよごめんなさいー、無理です無理ですー」
三日が経過したところで、出来た人間も遂には壊れん。ひとえに波の前の砂山に同じ。
「頑張って探してみよーとか言った自分が馬鹿でしたー、ほんっと馬鹿でしたあー、もう分かったんで勘弁してくださいーいぃぃいあいあいああああああー」
「……衛生兵、呼ぶか?」
と、チャーリー。私は肩を竦めた。
「衛生兵にどうにかできるんだったら苦労しないよね」
「とりあえずハル、一旦気晴らしに、外へ行ってみたら如何でしょう?」
ななみんの勧めに、ハルは黙って従った。覚束ない足取りで部屋を出ていく。
「ハルでも、あそこまで追い詰められるんだな……」
「同じ人間なんだって分かって、ちょっと安心したわ。申し訳ないけど」
「この三日間、ずっと缶詰でしたからね。特にハルは」
私は、ハルがまとめていたノートを手に取った。
手に入り得るありとあらゆる情報が、読みやすい字で簡潔に書き綴られている。生真面目で完璧主義、ノートには性格が出るっていうけど、本当ね。これぞまさに、ハル、って感じのノートだ。シェリドラの基本データ、目撃情報、過去の討伐記録、行き詰ってからは他の多頭竜のデータ群まで……よくこれ三日でまとめられたな。魔獣学の先生に見せれば、これだけで単位を貰えそうだ。
「へー、相変わらずすげぇな。さすがハル」
チャーリーが私の背後からノートを覗き込んだ。それから不意に、
「なぁ。シェリドラって、なんで“シェリドラ”って名前なんだ?」
「はぁ?」
まぁた馬鹿チャーリーが馬鹿なことを言い出した。と私は思ったのだが、奴は至って真面目な顔で、ノートを指さした。
「ドラゴン類、有翼目、多頭竜科、三つ首亜科、シェリドラ属シェリドラ。他の多頭竜ってさ、例えばヒュドラ属の中に、ヒュドラと、ヴェーダヒュドラと、っているだろ」
「それがどうしたって言うのよ」
「シェリドラだって三つ首だし、ヒュドラの一種なわけだし、例えば、ヒュドラ属シェリ・ヒュドラとかでもいいじゃん。なんでわざわざシェリドラって分けたんだろうな」
「魔力の供給源が違うからじゃないの? 他のヒュドラは、大抵が太陽か、他のモンスターから摂取してるから」
「確か、シェリ、という語は」
唐突に、ななみんが口を開いた。
「古代語で“暗い円環”を指すのでしたよね」
「あー……そういえば、そんなこと魔導語学で習ったような……――」
私はぼんやりと記憶を掘り返した。
「――shériって、元々は、世界に魔導を伝達して回った、三大魔導師の一人の名前なのよね。月光を浴びるのが大好きなナルシスト。そこから、シェリ、と名の付く事物は、総じて傲慢とか、自意識過剰とか、或いは月に近しいもの、っていう意味を含むようになったって」
「へー、なんだそのどうでもいい情報」
「うっさい。先生が脱線して話したのよ」
「なんでそういう無駄知識ばっか覚えてんだよ」
「はっ、アンタなんか無駄知識すら覚えられないくせに、何言ってんのよ」
「そんな名前が付けられているくらいですから、きっとシェリドラは、かなり月に依存しているのでしょうね」
「そうねー、夜行性だし」
「昼間に襲撃したら駄目なのか?」
「そんな簡単に倒せるんだったら危険度Sにはならないわよ。魔力の蓄積量と燃費の良さが桁違いだと思ってた方が良いわ」
「じゃあ、新月の日は?」
「あんた馬鹿でしょチャーリー。新月ってのは、ただ見えてないってだけで、存在はしているの。むしろ、満月に次いで、月の気が豊富な夜よ。本当に月の気を遮断したいなら、皆既月食でも起こさなきゃ……――」
自分で言っていてハッとした。雷に撃ち抜かれたような感覚。
「――それだ、皆既月食だ。確か来週起きるって、薬草学の先生が話してた!」
皆既月食の日は月光を糧に成長する薬草が全滅しかけるから大変なんだ、と。
「しかも、今年は二回目だって話よ。シェリドラも弱ってる可能性が高いわ!」
「気象データ、集めてきますね」
「よろしく!」
ななみんが素早く踵を返して、部屋を出ていった。
「そんな……お前の無駄知識が役立つなんて……」
「雑草って植物が無いのと同じで、知識に無駄なんて無いのよ。分かった、馬鹿チャーリー? 分かったらアルヴ山の沼地に関して詳細な情報が載ってるマップ、集めてきて。月光が遮断されたら、そっちに向かうでしょうから」
チャーリーはむすっとした顔で部屋を出ていった。入れ違いに、疲労困憊なハルが帰ってきて、私は満面の笑みで彼を迎える。ようやく活路が見えてきた!
☆
「皆既月食ー? ……なるほどー、一年に二回も起きるのは、七年ぶりなんだねー。それでこの課題かー。――うん、納得ー。じゃ、それで作戦組もっかー」