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魔女祭り7 クララとアリステイッド

クララは、持参したカップを兄であるアリスティッドとエルヴィンの前に置くと、ティーポットを取り上げそのカップに注ぎ始める。エルヴィンはポットを押さえる彼女の指先をじっと見つめた。


「どうぞ、お口に合わないかもしれませんが」


「ああ、いただきます」


鼻腔をくすぐるような、甘い香り確かめるようにをエルヴィンはカップを口元に寄せ匂いを堪能しながらお茶を飲む。


「いや~、これはとてもおいしい!初めて口にします」


「まあ!、そう言ってもらえると、とてもうれしいです」


クララは満面の笑みで答え、兄の横に腰を下ろすとエルヴィンに尋ねる。


「エルヴィン様、先ほどお聞きしてしまったのですが、ご夕食はどちらかでいただく予定でしたのでしょうか?」


「えっ?」


「夕食に戻る時間はあるだろうな、と、お兄様にお聞きになられてましたので」


「ああ・・・、いや、予定というか約束はしてないですけど今日は自宅で食べようかと」


「ご自身でお作りに?」


「いやいや、私は根っから不調法者ですから料理は、さっぱりでして」


苦笑しながら答えるエルヴィンに、クララは不審そうな瞳で更に尋ねる。


「では、どなたかがお料理をしてくださると?」


なぜか、少々目元に剣呑さを浮かべたクララの表情に狼狽したエルヴィンだったが亜麻色の髪の女性を思い浮かべると


「ええ、まあ、頼めば用意してくれるんじゃないかなと・・・」


「そ、そうなんですね、エルヴィン様のためにお食事を作られる方がいらっしゃるのですね・・・」


(なぜ、こんなに落胆した顔に・・・何かまずいことでも言ってしまったか・・・?)


エルヴィンは、クララの表情の理由がわからず慌ててカップを手に持つと口元に運びお茶を飲み干す。

すると視線の中に、先ほどから黙って二人の会話を聞いていた彼女の兄の顔が入ってきたので


(どういうことだ?)


というように彼に目を向けると、ニヤっと笑いながらアリスティッド卿は


「クララ、お前は知らなかったかもしれないけどね、今エルヴィンの住家は食堂になってるんだよ。夕方からは酒場にもなってるのかな」


「ええっ!、そうだったんですか?」


「ああ、その食堂のコックは何でも噂ではどこかの公国の宮廷料理長だった人物だそうだよ」


「まあ!宮廷料理長だった方がお料理してくださってるお店なんですね」


「そうだよね、エルヴィン」


同意を求めるアリスティッド卿にエルヴィンも答える。


「ええ、どこの公国に仕えていたかは詳しくは聞いてませんが、上品なたたずまいの中にも控えめながらも気骨を持ち合わせている見事な人物ですよ」


「そうなんですね、エルヴィン様がそこまで評価される方のお料理、是非私も食べてみたいです」


「どうぞ、お店に来てください」


先程までの沈んだ表情から、打って変わって明るい表情になった妹にむかってアリスティッド卿は声をかける。


「良かったね、クララ。エルヴィンの食事を用意してくれる人が立派な『男性』で、ね」


「え!、ええ~、な、何を言うんですか、お兄様!!!」


急に、顔を赤らめてエルヴィンの表情をうつむきながら上目づかいで覗き込もうとする妹を優しく見やりながら彼はエルヴィンにこう尋ねた。


「確か、お店の名前はノクターン亭と言うんだったよね」


「ああ、そうだ」


何故か、照れながらこちらをチラ見するクララを気にかけながらエルヴィンはそう答えた。


「もう、お店を開いてどれくらい経つのかな?」


「そうだな・・・、半年近くになるか」


「いったい、どんな経緯でそんな人物と知り合ったんだい?」


「いやっ、たまたま偶然だったんだ。もともと、自分が住んでいる家は以前は食堂だったみたいで、割と立派な厨房があったものだから何とかそれを活かせないかなと思ってたんだ。自分はこんな稼業だから家には留守がちだからね、誰か活用してくれないかなと考えていたんだよ。そこで、家の入り口の扉に料理経験者募集って張り紙をしておいたら」


「その張り紙を、その御人が目に留めたと」


「ああ、そういう訳だ」


「そんな偶然もあるものなんですね・・・」


感に堪えないと言ったように相槌をうったクララの言葉を受けてエルヴィンは


「おかげで長く家を空けて仕事先から帰ってきても家の中はかび臭くなく清潔感があって、そして温かいおいしい食事もいただけるので本当にありがたいんですよ」


「そうだったんですね」


「ええ。それで張り紙を見て訪ねてきた二人と話をするうちに食事ができるお店を開くために当地に来たということや、彼らはまだゴスラーに来て間もなく、決まった住居もないということがわかったので、それでもし良かったらこの家に住み込みでお店を開きませんかと提案したところ、快く承諾してくれました」


「あの、エルヴィン様」


「はい」


「その、お二人というのは?」


「ああ、我が家のお店の料理長とその娘さんです」


「えっ!」


期せずして、同じように驚きの声を上げた兄妹の表情を見てエルヴィンは戸惑う様子を見せて、


「うん?何かおかしな事でも言ったかな・・・」


と、アリスティッド卿に尋ねると、彼はヤレヤレといった感じで顔を横に振っている。その時、


「エルヴィン様・・・」


と、クララが声を低くしながらエルヴィンに確かめるように


「その、娘さんっておっしゃいましたけど・・・お年頃は幾つぐらいの方なんでしょうか?」


「え?ああ・・・そうですね歳の頃は見た目ですけどクララ殿より、2,3歳若いような。直接年齢を聞いたことがないもので何とも確かなことは言えませんが・・・それが、どうかされましたか・・・?」


「その、娘さんは、おきれいな方なんでしょうね・・・」


クララは更に声音を落としてエルヴィンに尋ねる。


エルヴィンはクララの表情に一抹の不安な感じを覚えたが、それを敢えて払拭するように明るい声で、


「ええ、亜麻色の髪がとてもきれいな子ですよ。働く姿も厨房にいる父親に協力して接客は彼女一人でほとんどやっています。明るい笑顔や声に店に来ている客たちも彼女につられて幸せそうな顔になっている所を何度か見たことがありますから。それによく気づく娘さんでして、店内はもちろん家中の掃除もよくしてくれてます。今日、帰宅した時も自分の部屋もきれいにしてもらってましたし、残していった汚れた衣類までも洗濯されてきれいに畳んでおいてありました。本当に気だてがよい、可愛いらしい娘さんです」


エルヴィンがニコニコしながらそう答えるとクララは、上半身を少し震わせながら、


「そうですか・・・お部屋のお掃除はおろか、エルヴィン様の衣類の洗濯まで・・・。とても、とても素敵なお嬢さんということが、よく解りました・・・」


「はあ・・・」


そこでエルヴィンは、クララが機嫌が悪くなっているのがわかり語尾を濁すと隣にに目を向ける。そこには顔を上向きにして右手で目頭を押さえている兄の姿が見えた。


「エルヴィン様!」


クララは語気を強めて、


「もう少し、お聞きしてもよろしいでしょうか?」


「え、ええ・・」


「住み込みということは、若い女性とエルヴィン様はひとつ屋根の下でお暮らしになっているということですよね」


「ええ、まあ・・・そういうことになります。で、ですが父親も一緒に住んで入るわけですし決して二人きりで暮らしているわけではありませんから・・・」


「え、ええ、そうですよね・・・お父様も一緒に暮らしているわけですから・・・で、でも」


急に、もじもじしながらクララは聞き取れぬような小声で


「お風呂は、一緒なんですよね・・・」


「えっ、ええええ!!!、ちょっと待ってくださいクララ殿!。父親も傍らに住んでいるのにその娘さんと一緒に風呂に入るなんて」


「ち、違います!お風呂に、いっ、一緒に入るということではなく同じお風呂を使っているのですねということをお聞きしたかったのです」


「あ、そうだったんですね。早とちりをしてしまいました、すみません。あの・・・同じ風呂を使ってます・・・」


「そ、そうですよね・・・。同じお風呂で・・・」


顔を赤らめながら、ゴニョゴニョとつぶやいている妹をみて兄は、その場をとりなすよう口を開く


「クララ、もうそれくらいで勘弁してあげてなさい。エルヴィンも困ってるよ」


「あ、はい、お兄様。あの、エルヴィン様、取り乱してしまい申し訳ありませんでした」


[いえ、自分の方も言葉足らずですみません。ところでクララ殿、お茶をもう一杯いただけますか?」


エルヴィンは、急に喉の渇きを覚えて頼むと


「あ、すみません、気づくのが遅くなりました。お兄様もどうですか?」


「ああ、頂こうかな」


エルヴィンは、ポットのふたを押さえてお茶を入れているクララの指を眺めながら


(うん、やはりきれいな指先だな・・・)


と、ぼんやり思っていると


「エルヴィン、悪いんだけど自宅に戻って食事をする時間は無さそうだよ」


「ん、そうなのか?」


「そんな不服そうな目で見ないでほしいね、まあ、亜麻色のきれいな髪のお嬢さんに給仕してもらいながら夕食を食べたいって気持ちはわかるけど。今晩は王宮でのローマからの使節団歓迎の晩餐会が開かれる予定だからそこで食事を取ってもらえないかな?」


「アリスティッド卿、自分もその宴の会場に居合わせよ・・・と、」


「うん、そうしてもらいたい」


エルヴィンはそう言う卿の真意を探るように彼の顔を見つめていたが、やがて目をそらしカップを手に取りお茶を飲むと、答える。


「承った」


エルヴィンが了承してくれたのを見てアリスティッド卿は、安心したような表情で


「ありがとう、感謝するよ。気だてのよく、可愛いらしいお嬢さんはその場には居合わせないかもしれないけど我慢してくれ」


「卿よ、なぜかとげのある言い方に聞こえるのだが?亜麻色のきれいな髪だとか、気だてがよく可愛いらしいお嬢さんだとか・・・。そう感じるのは気のせいかな?」


「いやいや、そんな持って回ったような意味は含んではいないのだが、ははは」


「誤解しているみたいだが、彼女にだけ特別な感情を持ってそのような言葉を口に出した訳ではないぞ。本当にそう感じたから、そのように言うのであって決してやましい気持ちではない!」


「わ、わかってるよエルヴィン。気分を害したなら謝るよこのとおりだ」


と、言ってアリスティッド卿は頭を下げた。


エルヴィンはその姿を見て、少し恐縮したような表情で


「いや、わかってくれたならそれでいいんだ。頭を上げてくれアリスティッド卿」


頭を上げた卿に、エルヴィンは続ける。


「だから、彼女だけに特別ではなく・・・例えばクララ殿」


不意にエルヴィンに凝視されたクララはびっくりしたように身構えると


「は、はい」


「クララ殿のそのブロンド色の髪は、とても艶があってきれいだと感じますし、それに」


「そ、それに?」


「お茶を入れていただいた時の手元の仕草や、ポットを押さえる指先がとても美しい・・・と」


(え!?、と とても美しいだなんて!!!)


エルヴィンの褒め言葉に、顔を赤らめながら無意識にポットのふたを押さえた左手の指先を、胸元で右手で隠すようにして絶句している。その恥ずかしそうな表情をしている妹を見てアリスティッド卿は内心つぶやく。


(よかったね、クララ。それにしても・・・エルヴィンは自身で気づいていないみたいだけど、天然の女性たらしかもしれないな・・・。クララもこれから大変だ・・・。)


ソファの奥に腰をずらした彼は、思い出したように部屋の入り口のドアの外の気配を探ると、その時ノックする音がした。


「アリスティッド様、ヴァンスでございます」


「ああ、入れ」


部屋を出て行った時と同じように洗練された仕草で当家の執事が入室すると、軽くお辞儀をして要件を伝える。


「主様、そろそろ、お時間かと」


「ああ、そうだね。では出かけることにしよう。エルヴィン、いいかな」


アリスティッドの呼びかけに軽く目礼でエルヴィンは頷くと、おもむろに懐から薄いベージュ色の小袋を取り出す。


「クララ殿、おいしいお茶ご馳走様でした。これは行った先のローマからのお土産です。気に入ってもらえるか、わかりませんがお渡ししておきます」


「えっ、ありがとうございます」


手渡された小袋を大事そうに持ち、うれしそうにしている妹の姿を優しい目で見ていたアリスティッドだったが、思い直すように表情を引き締め立ち上がる。


「ヴァンス、準備を」


「かしこまりました」





王宮に出向く二人の後ろ姿が遠くなるまで見送ったクララは、屋敷内での出来事を思い出していた。


(私の髪がきれいだと・・・。それに・・・それに、私の指先が美しいだなんて・・・)


エルヴィンから渡された土産袋を両手で持ちながら、クララはしばらくの間、追憶に浸っていたが


(そう、ノクターン亭と・・・お兄様がおっしゃってましたね。そこがエルヴィン様のお住まいだと。そして、エルヴィン様の身のまわりのお世話をされてる女性がいらっしゃるのね・・・)


クララは、意を決したように頷くと、後ろに控える侍女に声を掛ける。


「ゾエ、お願いごとを聞いてくれるかしら」


「はい、お嬢様」


「ノクターン亭という、食堂のお店の場所を調べてもらえないかしら。おそらくマルクト広場に近い所だと思うのですけど」


「かしこまりました、お嬢様」
































































































ここのところ、週末になると台風が近づいてきますね。皆様方のお住まいの方は被害はないでしょうか?


今回は、長めに書くことができました!


この作品を読んでいただいてる皆様に、本当に感謝の気持ちを・・・とてもありがたく思っております。


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