魔女祭り6 アリステイッド卿と
「では、ごゆるりと」
洗練された身ごなしの執事がそう言って案内された部屋から出て行くと屋敷の主が口を開く
「ローマは、どうだった?」
アリスティッド卿とエルヴィンが呼んだ男は、テーブルの上に両肘を乗せてその両手の指先を組み合わせた。話を聞こうという時のこの男の癖であろうか?
「ローマは、・・・」
と、言いかけてエルヴィンは少し沈思する。
「そうだな・・・言い方は少し大げさかもしれんがね、いつ暴動が起きてもおかしくはないと感じられた・・・。まあ、街の住人たちは日々普通の暮らしに追われているのだが、やはり何かしらの緊張感が見受けられたな・・・」
アリスティッド卿はエルヴィンに更に話しを続けるようにと視線を外さず頷く。
「教会内首脳部の主導権争いがひどく、混乱の極みだ。とても教皇のお膝元の街とは思えない無様な有様だったな・・・」
アリスティッド卿は、エルヴィンの教皇という言葉を聴くと組んであった両手先に頭を乗せるとしばらくの間そのままの姿勢で考え込んでいたが、おもむろに口を開く
「やはり、今回の騒動の元凶はベネディクトゥス9世教皇ということかな」
「ああ」
「何ゆえに、あのような人物を教会は教皇に指名したのか、全くもって理解に苦しむね」
「卿よ、そうは言うが、かの方が教皇に任ぜられたのはもう十年以上も前のこと・・・。まさかこんな人物になるとは選任した人たちも想像できなかったのでは・・・」
「あの方は、夜な夜な年端もいかぬ少年や少女を侍らせ、自分の嗜好のため虐待まがいの行為をしているというではないか!エルヴィン、君もかの地で聞き及んだのではないか?」
「ああ、近隣の村では子供たちが何人も教皇の使いによって、強制的にさらわれている話も聞いたよ・・・」
「何たることだ・・・」
アリスティッド卿は憮然とした表情で小声でつぶやくと顔を伏せていたが、気を取り直すように姿勢を変え顔を上げる。
「その教皇からの派遣大使が今宵、王宮に来ることになっている」
「ほう・・・」
「恐らくは、自分の地位を追い落とそうとしている反教皇派に対しての牽制の意味と自身の援助のため、我が王陛下に遣いを寄越したのではないかと・・・」
「・・・」
「それで、私自身も陛下より今宵参内するよう、仰せつかったのだけどね。そこでエルヴィン」
アリスティッド卿は、いたずらっぽく目元に笑みを浮かべながら
「君も、同行してもらいたいのだが」
「おいおい、俺は今日こっちに戻って来たばかりなんだよ。久しぶりに自宅でゆっくりとしようと思っていたのに・・・」
「ははは、悪いねエルヴィン。陛下も君と会いたがっておられるしね」
「断る・・・ことはできないのか?」
「うん、これは、君への仕事の依頼でもあるんだよ」
「ん?仕事の依頼?」
「ああ、実は見てもらいたいものがあるんだ」
そう言うと、アリスティッド卿は立ち上がり自分の書斎の机に向かうと引き出しから一枚の紙を取り出しソファに座るエルヴィンの前のテーブルに置いた。その紙には文字なのか記号なのか一つ描かれている。
「この文字、いや、記号かな?エルヴィン、君ならこの文字もしくは記号の意味はわかるかな?」
エルヴィンは、しばしの間その文字とも記号とも言えぬものを熟視していたが、やがて口を開く。
「これは、古代ルーン語に似ているかもしれない・・・だがこのような文字は・・・。済まないが、意味はわかりかねぬ」
紙を手に取るとエルヴィンは、
「これをどこで?」
「ある、女性が書いたものなんだよ」
「ふむ?」
「その文字の件もあって王宮に同行してもらいたいのだがね」
笑みを浮かべながら頼むアリスティッド卿の顔を見ながら、エルヴィンは観念したように答える。
「王宮からの依頼とあれば断れないなあ・・・。同行しよう」
「ありがとう、エルヴィン。きっとそう言ってもらえると信じていたよ、ははは」
「夕食ぐらいは、食べに帰らさせてもらえるんだろう?」
と、エルヴィンが苦笑しつつ尋ねたときに、扉の外からノックの音と声が
「クララです。お話は、お済になられたでしょうか?お茶をお持ち致しましたが」
秋の、夜長のひと時にこの物語を読んでいただければと。毎回ながら、読んでいただいた方皆様にお礼を申し上げます。