魔女祭り5 クララと
マルクト広場の喧騒の音が、だんだんと小さくなる場所に差し掛かった頃、エルヴィンは先程の出来事を頭の中で思い出していた。
(あの占いおばば殿は、南の方向には行かぬことだと言っておったな・・・)
エルヴィンの足が向かっているのは、マルクト広場からその南の方向にある帝国の臣の家。この辺りは帝都ゴスラーに居を構える帝国内諸侯の屋敷や、諸外国の駐在外交官たちの屋敷が軒を並べるように建っており、マルクト広場に隣接する住人達の居住空間とは違った落ち着きを奏でていた。その屋敷の中の一つの軒先をエルヴィンはくぐると玄関先に置いてある紫色と黄色の花で彩られている花瓶に目をとめる。
(クロッカスとスイセンかな?・・・、まあ、いつも思うが花をこよなく愛するお人だ)
エルヴィンは、しゃがみ込むとその活けてある紫と黄色の花をつつきながらこの屋敷の女性の姿を思い出していた。しばらくの間、可憐な黄色の花びらの感触を指先で楽しんでいたエルヴィンだが、背後に感じた人の気配にその指先を止める
「そこで、何をされてます!」
凛とした、声だ。
エルヴィンは、その声を聞くと口元に笑みを浮かべてゆっくりと立ち上がり振り返る。
「お久しぶりです、クララ殿」
そう言ったエルヴィンの視線の先には、美しいブロンド色の髪をした女性と、その女性を庇おうとして険しい目をさせて彼女の前に出る持女がいた。
「まっ、まあ!エルヴィン様!!!」
怪訝な表情から満面の笑みを浮かべたクララと呼ばれた女性は思わず一歩前に踏み出そうするが、自分を庇って前に立っていた持女の姿に遮られる。
「クララ様、ここは通りに面した玄関先でございます。そんな大声を上げられては、人目にも憚られ、お恥ずかしい姿を見られることになりますが」
「わ、わかりました。ゾエの言うとおりですね」
主の言葉を聞いたゾエはエルヴィンにむけて頭を下げると
「失礼致しました、エルヴィン様。クララ様を庇おうとするあまり、不躾な表情を取った非礼をお詫び申し上げます」
ゾエはクララの前より身を引く。
「いや、気にしないでくれ」
ゾエに答えたエルヴィンの声に、我に戻ったクララは上気した自分の表情をエルヴィンに見られて恥ずかしそうに身住まいを整えると
「お久しぶりです、エルヴィン様。本日は、どういったご用件で参られたのでしょうか?」
「兄上殿、アリスティッド卿より書面でこちらに伺えということでしたので」
「そうでしたか、それでは、どうぞ、ご案内させていただきます」
クララは、いそいそと玄関先から入り口の扉を開けると、ビックリしたように立ちすくむ。
「お兄様!」
「騒々しいぞ、クララ。玄関先の騒ぎが屋敷の奥まで筒抜けだぞ!」
厳しい叱責の声とは裏腹な優しい表情をしたこの屋敷の主が執事と供に立っていた。
知的な感じのするブルーアイを瞳に持つ男は、エルヴィンの視線を受けると頷いたように
「エルヴィン、待っていたよ!とにかく中へ入れ」
秋も、だんだんと深くなりつつあります。秋の風情と供にこの作品を楽しんでいただければと。
この物語を読んでいただいた方、本当にありがとうございます。