魔女祭り4 占い師 ヒルダ
占いの老婆は、立ち去って行く男の後姿を見続けている。
(南の方向へは、行くなと忠告したばかりなのに、あの男は・・・。それにしても・・・)
おもむろに、テーブルの上に無造作に置かれたデナール銀貨を右手で一枚手に取ると、また、雑踏の中をだんだんと小さくなってゆくエルヴィンの後ろ姿をその翡翠色の瞳で追い続けている。
(神秘的で、きれい・・・って。私の瞳が・・・)
呆然とした体で自分の世界に浸っている老婆に現実の世界に引き戻す声が
「占い師殿、私も見てはいただけないかね」
「ん?、あっ、ああ、これは、これは、気付くのが遅うなりましたな」
そう言って、老婆はその声に振り返り声の主の顔を見ると、しわだらけの目元が剣呑な表情を少し浮かべ声までが不機嫌そうになった。
「それで、何を占ってもらいたいのじゃな?」
「あの男の今後の行く末を、お願いしたいのだがね」
嘲笑をたたえた、男に向かって
「ふん、何しに来た?ディニュよ」
「ははは、これは、ご挨拶だね、ヒルダ。私は、ただ春の訪れを祝う魔女祭りにゴスラーに来ただけなのだが」
「私は、そちの人を小馬鹿にしたような貴様の顔が嫌いなのじゃよ」
「ははは、そう言うものではないよヒルダ。仮にも大公の下で一緒に仕事をする仲間ではないのかね」
「たまたま、大公からの仕事がお主と一緒になっただけで仲間とは思ってはおりゃせんぞ!」
「これは、これはたいそう嫌いになられたものだね。だが」
と、言ったディニュの目元の表情が冷徹なものになると
「私を嫌うのはよいが、仕事はしてもらうぞヒルダ。あの男・・・どう見た?」
「ふん、まあよい。あの男・・・。あ奴は底知れぬ魔力を持っておるやもしれぬ・・・。額の上に手をかざした時に感じたのだが微量と言えば微量にも思われる・・・じゃが、わざと魔力の量を抑えている感じもするのだが・・・。何にしても、底が知れぬ男では・・・あるな・・・」
「ふむ・・・。ロートリンゲン屈指の魔女のあなたでも計りかねるか・・・」
ディニュと呼ばれた男は尖った自分の顎に手を移すとしばし考える風情であったが、ニヤリと笑うと
「では、少し試させてもらうとしましょうか。最強と噂の傭兵団の団長の力量をね」
「ディニュよ、今晩はローマからの客人たちを王がどのようにもてなすかを報告するだけの仕事の依頼ではなかったのかい?」
「招かざる客人たちも混ざってるとの情報をもらってるからね、その人たちが王を亡き者にしようとするかもしれない。これは、是非とも拝見させていただかなくては。まあ、騒動があれば彼に挨拶だけでもしておこうと考えたのだが、占い師殿は、どう思われる?」
「らちもない、やめておくがよい。大公からの依頼以外は余分な事じゃ、それにお主が動けば・・・」
「ほおー、私の腕前ではあの団長には歯が立たないと。随分と見くびられたものですね私の力量も。それとも私の心配をしていただいてると?」
「誰がお主の心配なんぞするものか」
「では、彼の心配ですかな?」
「なっ、何を申す!」
「顔が赤くなってますよ、占い師殿。ははは」
「ばっ、馬鹿を申すな」
「ははは、それではこの場はこれで失礼しますよ」
男は、優雅に手を胸に当てて、お辞儀をするとエルヴィンが向かった方向へ足を進めながらつぶやいた。
(さてと、今夜の宴はどのような顛末になるのやら、興味深いですねえ・・・)
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