魔女祭り24 ローマ教皇使節団
その頃ローマ聖教会ゴスラー駐在官屋敷前では王宮へと向かう使節団一行が豪奢な馬車に乗り込むところであった。一部の隙も無い姿勢で頭を下げる御者に軽く目礼をかわし馬車に乗り込もうとしている人物が急に立ち止まるとその御者に声を掛ける。
「いい馬達ですね、毛並みが光輝いています。これもあなた方の日々の調教の賜物でありましょう」
「はっ、お褒めに預かり誠に恐悦至極でございます、エリプランド枢機卿様」
「では、よろしく」
この御者にまで如才なく声を掛ける男はローマ聖教会において最高幹部の位を表す紅い衣装を身に纏わせている。年の頃は40代半ばというところであろうか、鼻梁が高く、奥深く窪んだ目元には柔和な微笑を湛えている。この男の名前はタルシジオ・エリプラントと言い、世評において何かと芳しくない噂のある主の教皇ベネディクトゥス9世の側近中の側近であり、この男が存在しているがために諸問題あまたの現在のローマ聖教会執行部の権威が守られていると言っても過言ではないと噂される人物である。更に正使のエリプラント枢機卿の後に続いて馬車に乗り込もうとする男もまた枢機卿とほぼ同じぐらいの年齢であろうか、こちらは正使の柔和な表情とは正反対な厳しい鷹のような視線で周りを睥睨している。この男は今回の教皇使節団の副使で、彼の名前はコロンナ・パスクヮーレといい古代ローマ帝国時代の元老院からの家系を誇りローマ貴族の中でも生粋の貴族の中の貴族と称せられていた人物であった。コロンナ家の当主には暗主なしと後世の歴史家が評価したようにコロンナ家の代々当主達は英邁な人物が多く、どの時代においても時の権力者と深く結ぶつき常に陽の当たる場所に居つづける全く稀有な家の歴史を持っていた。その歴代当主達よりも更に傑物と評判の高いのがこのパスクヮーレである。
「グイド、では頼むぞ」
「はっ、お任せを」
正使と副使が馬車に乗り込むのを確認して扉を閉めた御者のグイドに声を掛けたのがゴスラー駐在館の屋敷の主であるグラウコ司祭であった。彼もまた使節団と同行し王宮へと向かう別の馬車に乗り込む直前だったのだ。
グイドは、手馴れた動きで御者台に上がると馬車をゆっくりと進め始めた。
夜の帳が、だんだんと今日一日の終わりを告げるように広がってゆく。小高い丘に見える王宮の背景には見事な夕暮れの風景を偲ばせる残照が見える。その王宮へ3台の馬車が等間隔で進んでゆく。
「ほう、これは美しい・・・幻想的な景色だ・・・」
と、感嘆の声を上げたのは先頭の馬車の窓から外の景色を眺めていたエリプラント枢機卿であった。
彼の目線の先には幾つもの灯篭が道の両側に建っており、その灯篭内に供え付けてある蝋燭の橙色の灯りがゆらゆらと薄暮の中でゆらめいているのが見える。
「枢機卿、今回の王国側の交渉役の代表は・・・、確か、アリスティッド卿とかという人物でございましたな?」
馬車に乗り込んでから沈黙を守っていたパスクヮーレが、車外の景色に声を上げた枢機卿に突然尋ねる。
「教皇陛下に送られてきた書状によると、ハインリッヒ王はその交渉事一切はアリスティッド卿に任せるとのことでした」
「噂では、もともとロートリンゲン大公配下の下級貴族だったとか?」
「ええ、そのようですね。グラウコ司祭からの情報でもフランス人でロートリンゲン大公の下から出奔してゴスラーに落ちのびて来たということでしたね」
「あの、英邁な黒王と評判のハインリッヒ王が交渉事一切を任せるというからには、かなりの人物であるようですな・・・」
「ええ、そうでしょうとも。まだ、30代そこそこの年齢だということです。若いですなあ、ははは」
「私は、てっきりあの宮廷魔術師のヘルマン・ホト殿が交渉団の代表かと予想しておりましたが・・・」
「私も同意です。かの御老が窓口だとやりにくいと思ってましたから」
「・・・」
「まあ、いずれにしてもかの御老も交渉の席には同席されるのでしょうから若いアリスティッド卿だから組みし易いとは思わない方が良いでしょう」
「そうでありますな。それと、非常に気になるのがあのサビーナの司教殿のことですが・・・」
パスクヮーレの口からサビーナの司教殿という言葉を聴くと、エリプランド枢機卿はいつもの柔和な目元を、やや剣のある表情に変え呟く。
「ジョヴァンニ・デ・クレンシェンツィ=オッタビアーニ・・・、現サビーナ司教・・・」
パスクヮーレは、表情を微かに変え呟いた枢機卿にかまわず自分の考えを伝える。
「かの、サビーナ司教殿が我らより先にここゴスラー王宮に手を回してないかと懸念しているのですが・・・」
「まあ、その可能性は少ないと思いますが、ひょっとしたら書状ぐらいは送ってるやもしれませんね」
「サビーナ司教殿は、現教皇陛下の素行やローマ正教会現執行部の腐敗を声高々に弾劾し新たな教皇を選出し体制を一新すべきだと主張されてます。その活動の後ろ盾にとハインリッヒ王に援助を求めるのは自明の理かと存じますが・・・」
「その通りです卿よ、ですからその動きを封じ込めるために我らがローマよりこうしてゴスラーまで来てハインリッヒ王陛下のご協力を得られるように交渉に臨むのですからね。自らが次期教皇にならんとする野望を持つオッタビアーニ、サビーナ司教の好き勝手な行動に対しては断固として阻止しなくてはなりませんね・・・」
エリプランド枢機卿はそう言って、窓からまた外を眺める。そこにはいつの間にか先程まで遠く見えていた灯篭が目前にあった。
(今回の交渉は、何としても成功させねばなりませんね・・・、交渉役代表、アリスティッド卿か・・・)
このローマから使節団がゴスラー王宮へ到着してからこの年から翌年にかけて起こるローマ正教会教皇位を巡る不毛な戦いのきっかけとなるとは、馬車内にいる二人にも想像はつかないのであった・・・。
その時、馬車内で思考を巡らす二人の話をさして気にする素振りもみせなかった御者のグイドは、灯篭の立つ道に入り込むと視線だけを立ち並ぶ灯篭に向けると小声でささやく・・・。
「解除・・・」
やっと、ゴスラー王宮に主賓たちの登場ですね~。使節団の代表格であるこの二人の人物たち、彼らもまたエルヴィン達を歴史の表舞台に引き出すきっかけとなる要因になるのでしょうね・・・。
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とても、うれしく思います。
それでは、この物語を楽しみにしていただいてる全ての皆様にお礼を申し上げます。
ありがとうございました。




