魔女祭り23 アネモネに囲まれて グンヒルダ
「これにですか?」
「うん、そうよ」
「何と、書けばよろしいのですか?」
「傭兵団ゴルトヴォルフ(金狼)団長、それからエルヴィンのフルネームを書いて」
「はあ・・・」
エルヴィンは、そう聞きながらベアトリクスの手にある手帳を眺めていると、カミラが用意していた筆を手渡される。
「それだけ書くのですか?」
「うん、それだけでいいの」
エルヴィンは、そう答えてニコニコしているベアトリクスの顔からカミラの方を向き
(本当にそれだけでいいのですか?)
と、言うように視線で問うとカミラは、
「ええ、どうぞ」
と、促される。
エルヴィンは、刺繍の飾りつけがされた手帳に言われるがまますらすらと書き込むと確認する。
「これで、よろしいのですか?」
「あ、ありがとう、エルヴィン・・・」
ベアトリクスは、お礼を言いながら手帳を見つめている。そこには真新しい表皮紙の1ページ目に傭兵団ゴルトヴォルフ団長、エルヴィン・ヨハネス・オイゲン・ロイエルと書かれていた。
「よかったですね、姫様」
「ええ・・・」
と、カミラの声に短く答えながらベアトリクスは大事そうに手帳をその両手で包むように胸の前に抱いている。
「姫様と私にとっての遠大な計画への第一歩となりました、エルヴィン様御協力ありがとうございました」
(遠大な計画への第一歩・・・?)
カミラにまでも丁寧なお礼を言われ、ただ自分の名前を書いただけなのにここまで感謝されるのはどういうことなのだろうかと、考え込むエルヴィンであった。この手帳の持つ意味をエルヴィンが知るのはもう少し後のことである。ベアトリクスとカビラがうれしそうに手帳を覗きながら話をしているのを訝しげに見ていたエルヴィンだったが、思い出したようにベアトリクスに話しかける。
「姫、お土産がございますが、受け取っていただけますか?」
「えっ、お土産!私に!」
エルヴィンの言葉に驚くベアトリクスに頷きながら
「ええ、姫様のためにやっと、今宵お渡しできます。姫様のお母様であられるグンヒルダ様とのお約束事だったのですが、あれから早、七年・・・いや八年になるのですか・・・」
「お母様との・・・約束・・・?」
何のことなのだろうかと、不思議そうにエルヴィンを見返すベアトリクスに対し、エルヴィンは優しく見つめながら語る。
「ええ、そうです。グンヒルダ様は、お亡くなりなる前に姫が自分の姿を知らずに成長されることに対して非常に不憫な想いをされてまして私にあるお願いをされてました・・・」
「エルヴィン様、それは、あの時の!?」
急に、気づいたのかカミラが絶句する。
「ええ、そうです。カミラ殿」
「な、何なの、その約束って、エルヴィン?」
ベアトリクスも普段では決して見られないほど驚いているカミラの表情を見て待ちきれないというようにエルヴィンに尋ねる。
「はい、そのお約束事というのは姫に生前のグンヒルダ様のお姿をお見せすると・・・いうことです」
「え、??」
エルヴィンの言葉に周りで聞き耳を立てていたセシリア達までも声を上げてしまう。
「そ、そんなこと・・・って、エルヴィン、お母様の姿を見せるって・・・まさか生き返らせてくれるの?」
「いえいえ、さすがにそれはできかねます」
「じゃあ、どうやって・・・」
エルヴィンは、片膝を立てその場にしゃがみ込むとベアトリクスの瞳を正視する。
「私は、グンヒルダ様に約束をしたのです。お亡くなりになる前のグンヒルダ様の切ないお願いを叶えると・・・」
「ううっ・・・」
当時の情景を見知っていたカミラは堪えきれなくなったのか、小さい声でむせび泣いてしまう・・・。
「姫、これから姫にお母様の素敵なお姿をエルヴィンが魔法を使って直接お見せ致します。このエルヴィンが一番だと想うお母様のお姿とその笑顔です・・・。ですから、姫、両手を私に出してください」
エルヴィンの言葉におずおずとベアトリクスは両手を差し出すと、その手をエルヴィンはそっと握り返す。
「では、姫、両目をお閉じになってください。これから私の額を姫の額に当てますがよろしいですか?」
「うん・・・」
「姫、心の中でお母様のお姿を見たい、見たいと想い続けてください。では、始めます。この表情のお姿のグンヒルダ様がエルヴィンにとって一番の思い出のお姿です・・・」
「ふうー・・・」
と、エルヴィンは気息を整えると呪文を唱える。
「古の賢知を尊とび我が願いを聞き賜らせたまえ、古の叡智よその博識の一部を我が使用すること、許し賜るように・・・。アイン・ツワイフ!!!」
(な、なんという奴じゃ!!)
魔法を発動させているエルヴィンの姿を遠めから見ていたホトは胸中にて絶句する。
(エルヴィンが発動させようとしているのは、古代魔法の念写か!?この世のどんな魔術師でも発動させたことはないはずだが・・・、いや、我らが師ならばもうすでに発動させておられるやもしれぬが・・・。それにしても、あ奴はどうやってその知識を・・・)
エルヴィンが魔法の呪文を唱えた後、しばしの時間が経つ。するとベアトリクスの口から小声で、
「お、お母様・・・、お母様、お母様・・・。ヒグッ、ヒグッ・・・グス・・・グス・・・」
「エ、エルヴィン、この方が私のお母様なの?私の頭の中で微笑んでいたこの方が・・・」
「ええ、そうですよ、ベアトリクス姫。そのお方が姫のお母様であるグンヒルダ様です」
「フグッ、フグッ・・・グス、グス・・・。お母様あ~、お母様・・・」
ベアトリクスは、エルヴィンに握られていた両手を振り払うとエルヴィンの胸の中に飛び込み泣き続ける。
その、情景に近くにいたセシリア達ももらい泣きする有様である。
「姫、エルヴィンからのお土産、気に入ってもらえたでしょうか?」
「う、うん、ありがとうエルヴィン。お母様ってこんなに可愛いい人で美人だったんだね」
「ええ、姫のお母様はとても可愛らしく美しい女性でした・・・」
「エルヴィン様」
「ああ、カミラ殿」
カビラに声を掛けられたエルヴィンは抱きつくベアトリクスをそっと離すと立ち上がる。
「グンヒルダ様とのお約束、叶うまで本当に遅くなりました。当時を知っていただいているあなたにはお詫びを言わなければなりませんでしたね、この身が非才なためにたいへん遅くなり申し訳ありませんでした。まさか、この魔法が使えるまでこんなに時間が掛かるとは予想もつきませんでした・・・」
「いえ、エルヴィン様、ご自身をそんなに攻めないでください。それよりもむしろグンヒルダ様の願い、お約束事を八年近くも覚えていただいて、その上グンヒルダ様と姫様のお願いを叶えていただいたことに感謝の言葉しかありません。人知れずにその魔法を発動させるための研究や努力の時間・・・本当にいかがばかりのものだったのか想像もできません。私は・・・」
カミラは、そこで言葉を止めるとその視線に力を込めてエルヴィンに伝える。
「私は、エルヴィン様を本当に誠実な方で尊敬させていただいております。また、我が主であったグンヒルダ様もこの場を遠くから覗かれており感謝の言葉しかおっしゃられてはいないかと思われます」
「そうですか、カミラ殿にそう言っていただけると悔恨の気持ちが晴れるようです」
そう言って、エルヴィンはこの情景をみているやもしれないグンヒルダの姿を追うように部屋の天井を見上げた。
(とても、素敵なお話でした・・・。グンヒルダ様にも神の祝福が賜りますよう・・・)
セシリアは、エルヴィン、ベアトリクス、カミラの三人のやりとりを聞きながら心の中で熱くジーンと感じるものがこみ上げて目頭を押さえながら自らが信ずる神にこの場に居ないグンヒルダに対しても祝福があるように祈りを胸中でささげていた。するとその時小声で
「セシリア様、素敵なお話でしたね」
と、フィーネがささやいてきた。
「ええ、本当に」
「私も、姫殿下のお姿を見てもらい泣きしてしまいました」
「そうですか、私も目で見ることはかないませんがエルヴィン様と姫殿下様のやりとりを聞いて目頭が熱くなりました」
「それにしても、セシリア様。あのエルヴィン様というお方、いったいどんなお方なんでしょうか?」
「え?、エルヴィン様のことですか?」
「はい、この場に来て感じたことなんですがあのお方に興味がわきました」
「フィーネ、あ あなたはエルヴィン様に・・・」
何故か動揺しているセシリアの表情に気づかずにフィーネは続ける。
「あのお方は、国王御夫妻からのお言葉からも信頼が厚そうですし、驚いたのはあの姫殿下様のあの方に対する懐き方です。先ほど、セシリア様に対してあの方は私の と、おっしゃった仕草はとても少女とは思えぬ女の態度でございましたから・・・」
「そ、そうなんですか?」
「はい、それとあの大魔術師であられるホト様が認める程の魔法に対する知識の深さ・・・それを証拠付けるような今私たちに見せた古代魔法の発動・・・。本当に底が見えません。更に申し上げればあのお方は単なる魔術師だけでなく剣士としてもかなりの実力を持たれてるのではないのでしょうか。これは、私の想像ですが・・・」
「フィーネが、そのように感じるのであればそうなのかもしれませんね、エルヴィン様はゴルトヴォルフという傭兵団の団長をされてるとおっしゃられてましたから」
「傭兵団の団長で、かなりの魔術師・・・本当に興味深い方ですね・・・」
「フィーネ、あなたがそこまで男性の方について興味を持つのは珍しいですね」
「それは、そうです。いつも冷静で気高くも慈悲の心が厚い私の主である聖女セシリア様をここまで動揺させる殿方ですから、ウフフフ」
「フィ、フィーネ!あ あなたは何を」
顔を赤らめながら抗議するセシリアの表情を見てフィーネは確信したように笑みを浮かべると
「あの方は、お手洗いに行った後も手を洗わなかったり、セシリア様のうなじから匂いを嗅ぐただの変態でガサツな殿方だっただけではなさそうですね、本当に興味がわきました、ウフフフ」
「フィーネ・・・」
「エルヴィン様、お願いがあるのですが」
「カミラ殿の、お願いであればできうることは、させていただきますが・・・」
「私にも、あの 私にも見せていただけませんか、姫様にお見せしたグンヒルダ様のお姿を・・・」
「えっ、それは・・・、カミラ殿はグンヒルダ様を見知ってるではありませんか」
「ええ、そうですが。でも姫がご覧になられたグンヒルダ姫のお姿を私も見てみたいのです、姫様のお心にいるグンヒルダ姫の姿を共有したいのです・・・」
グンヒルダを姫と言って強調するカミラの必死な表情にとまどいながらもエルヴィンは彼女の願いに答えてしまう。
「わかりました、では、お手を」
「はい、お願いします」
エルヴィンは、カミラの両手を引くと自分の額を目を閉じたカミラの額に近づける・・・その時カミラの顔がほんのりと赤くなったことにエルヴィンは気がつかない・・・。
「あーー、エルヴィン様がカミラ殿の額に自分の・・・」
声にもならない声を小声でこぼしたフィーネの言葉を聞いてセシリアは胸中にてつぶやくのであった
(私にも、私にも・・・その魔法をかけていただけないのでしょうか・・・)
その時、カミラはエルヴィンによって頭の中で見せられたグンヒルダの姿を見て涙ぐんでいた。
(グンヒルダ姫、姫は 姫はこんなに素敵な笑顔をエルヴィン様だけにお見せしていたのですね・・・)
カミラのまぶたの下ではアネモネの白い花びらがカーペットのように咲いている森の中でこちらを振り向いて笑っているグンヒルダの姿があった・・・。
皆様、今回のお話はどうだったでしょうか?
デンマークでは春の訪れをもたらすアネモネの白い花のカーペットの森・・・そこで振り返って笑顔を浮かべるグンヒルダの姿・・・エルヴィンさんの一番大切な思い出だったんですね・・・。
それでは、ご挨拶です。
この物語を楽しみにしていただいている全ての皆様方に感謝の気持ちを申し上げます。
本当に、ありがとうございます。
それでは、また。




