魔女祭り19 グンヒルダ
エルヴィンもまた、グンヒルダにとって最も身近な一人だったと呼んでもいいであろう。
北海王と称されたクヌート1世の一人娘であった彼女は、傭兵としてデンマーク滞在中のエルヴィンと13歳の頃に知り合った。武勇を非常に尊ぶデンマークで、エルヴィンは彼が率いる傭兵団ゴルトヴォルフ(金狼)の活躍はすぐに王であるクヌート1世の目に留まり、その団長であるエルヴィンに対しても王自身が特に目を掛けるようになった。エルヴィンの性格が王と相性がよかったということもあるが愛娘であるグンヒルダがエルヴィンに懐いてしまったということが一番の理由だったであろう。
ある春の日、クヌート王のお忍びの領内巡察中に無理を言って同行をお願いしたグンヒルダは突然魔物に襲われる。はぐれワイバーンに突如襲撃された一行に護衛として供をしていたエルヴィンがそのワイバーンを一刀のもとに切り伏せた事件があったのである。そのエルヴィンの勇姿にグンヒルダは憧憬の気持ちを持つようになってしまった。この事件を契機にして何かとエルヴィンと話をする機会を増やした彼女は傭兵生活で培った外国の文化や生活様式などのエルヴィンが持つ話題の豊富さに感心していまい、その結果エルヴィンといる時間が彼女にとって一番大切な事になり、更に彼女の気持ちが憧憬から恋慕?までに変わるまでにそう時間はかからなかった。
北海王の宝石と称せられた姫の行動に、王城内でも注目を集め、この美しい少女姫と一介の傭兵とのロマンスに対し噂が王の耳に届くのも必然の流れであったのだが、クヌート王は、ふっ、と笑いながら、
「好きにさせておけ」
と、言って黙認させたのであった。
この時のクヌート王の心境は今となってみれば確かめようもないのだが、ある程度想像すると
(いずれ、我が娘もどこぞの国王のもとへ嫁がねばならないのだ。それまでの短い期間でも乙女として楽しむが良い)
と、言ったところであろうか・・・。
グンヒルダが14歳になると諸外国からの縁談の申し込みが非常に多くなる。彼女の美貌もさることながら当時ヨーロッパ最強の王国と縁戚関係を持ちたいというのは各国の首脳達の共通の認識であったためである。その縁談の中でクヌート王が特に興味を持ったのが神聖ローマ帝国皇帝コンラート2世の嫡男との縁談であった。その嫡男とは、当時バイエルン大公だったハインリッヒである。
クヌート王は、内々でこの縁談を進めるよう家臣に指示を出し神聖ローマ帝国との間で特使交換をするようになり初めて、グンヒルダに神聖ローマ帝国皇帝コンラート2世の嫡男であるバイエルン大公ハインリッヒとの縁談がある旨を告げたのであった。余談になるが、フランス人のアリスティドはローマ帝国側の特使団の随員として同行している。
その後、エルヴィンの傭兵団ゴルトヴォルフ(金狼)がクヌート王の突然の死去と共に雇用契約の打ち切りをデンマーク王家から言い渡されその拠点をヨーロッパ中央部に構えることになるのだがこの別離にあってエルヴィンとグンヒルダの二人の間でどんな会話がなされたのか・・・。
ところが、運命の皮肉はまたしても二人の身にふりかかる。クヌート王の死後翌年にハインリッヒとグンヒルダの挙式の日程が決まり、デンマークからドイツ国内ゴスラーまでグンヒルダ一行の警護の仕事をデンマーク王家よりエルヴィン率いるゴルトヴォルフに要請依頼があったのだ。その要請依頼についてはグンヒルダの意向が大きく影響したことは言うまでもないであろう。
エルヴィンは、結婚後のグンヒルダの幸せそうな様子を遠くから、時には近くで彼女の結婚生活をそっと見守る日常を続けていたのだが、そのささやかな幸せの時間も突然に終焉を迎えてしまう。
エルヴィンは、自分の目の前で無邪気に微笑んでいる彼女の忘れ形見である少女の瞳を見つめながら彼女の最後の別れの言葉を思い出していた。
見ることが憚られるような慈愛の微笑みを浮かべながら、彼女はこう言った・・・
(エルヴィン、ベアを ベアをお願いね・・・)
初めての連日投稿です!
読んでいただいた皆様、楽しんでいただけたでしょうか?
グンヒルダにとって淡いロマンス?デンマークでのエルヴィンとの出来事は機会があれば外伝というかたちでお話しができればと考えています。
それにしても、今回の物語はなぜか切ないですね・・・。