魔女祭り18 ベアトリクス
「エルヴィン、エルヴィン~~」
エルヴィンの名前を連呼しながら王の私的応接室の入り口から少女が駆けてくる。脇目もふらず少女はエルヴィンの近くに駆け寄るとそのままエルヴィンに抱きついた。
「エルヴィン、どこに行ってたの?全然顔を見せてくれないから・・・」
少女は、抱きついたままの姿勢でエルヴィンを見上げる。少女の目はうっすらと涙ぐんでいるようだ・・・。
「もう、エルヴィンは私のことを・・・忘れてしまったの?嫌いになっちゃったの?」
つぶらな瞳で自分を見つめる少女の両肩にそっとエルヴィンは両手を置き、やさしく少女の体を自分から引き離すと、腰を落とし片膝を立てて頭を下げる。
「ベアトリクス姫、ただ今戻りました」
「エルヴィン・・・」
エルヴィンは、顔を上げ少女の瞳を見つめる。
(ますます、お母上に似てこられた・・・)
少女の瞳は、透き通るようなブルーアイ、髪の色は濃い銀髪・・・。少女の顔を見ながら今は亡き彼女の母親であった女性の面影をエルヴィンは思い出していた。
(グンヒルダ様のご幼少の頃も、今の姫のようなご様子であったのだろうな・・・)
少女の瞳を見つめ、彼女の母親であるグンヒルダを偲びながらエルヴィンは少女の問いに答える。
「姫殿下の事をを忘れたりするものでしょうか。また、嫌いになるなどとおっしゃらないでください。姫殿下からそのように言われますと、このエルヴィンは少し、寂しく感じられます故に・・・」
「そ、そう?」
「ええ、そうですとも。エルヴィンは、ベアトリクス姫の事は大好きですから」
エルヴィンの言葉に、思わず表情を明るくしたベアトリクス姫である。
このうれしそうな表情をしているベアトリクス姫の年齢は、6,7歳といったところであろうか、エルヴィンが感じたようにその容姿は母親譲りで今後成長した暁にはどれほどの美貌になるのかと宮廷内では囁かれている。彼女の母であるグンヒルダは北海王の宝石と称えられたほどの美女であったのだが娘のベアトリクスは実際にその宝石と呼ばれた姿を覚えていない。なぜならグンヒルダはベアトリクスをこの世に生誕させて一年も経たないうちに産後の肥立ちが悪くなり他界してしまったからである。年端もいかない赤子の愛娘を残しながら命を終えた彼女の想いはいかなるものであったろうか・・・。先立つ者の不安や悔しさの心情は残された者に対してもその影響は計り知れないほど大きい。それも先立つ者の身近にいた人物なら尚更だ・・・。グンヒルダの夫であったハインリッヒは、彼女が逝ってしまったあとの落胆といったらそれは見る者すべてが悲しくなるものであったという。ハインリッヒとグンヒルダの結婚生活の期間はそう長くはない、短いと言ってもよいだろうなぜならば二人の結婚生活は2年ほどだったのだから・・・。まだ少女と呼んでもいい16歳という若さで北欧のデンマークから見も知らぬゴスラーに嫁いできた彼女をハインリッヒは不器用ながら優しく接するのであった。彼もまた若く当時19歳、まだ真の意味では独り立ちできぬ皇太子の身分であったのだが彼女の存在を快く思わない諸勢力から健気にも彼女を守ろうとし、その真摯な心に打たれたのであろうグンヒルダも彼に心を開きついには、周りから見ても微笑ましくなるほどの若くて仲の良い新婚夫婦となった。ハインリッヒは、彼女の美貌はもちろん彼女の持つ相手の気持ちをおもんばかる細やかな性格に深く、深く愛情を注ぎついに待望の一子を設けることになる、それがベアトリクスである。娘が生まれ幸福感に包まれた期間は本当にわずかであったが愛する后と赤子である娘を抱く至福の時間が彼にとっていかにかけがえのないものだったのか・・・。ハインリッヒの近くに侍る人間すべてが想いやられるようになったのはグンヒルダが他界してから数年後になる。その後、父を継いで王となったハインリッヒは正室を置くことを彼自身が許すことがなかった、それも5年間という長い間であった。正室が亡くなり5年の間が長いと言うことに疑問を持つかもしれないが、彼の立場を省みれば理解していただけるであろう・・・、彼は一国の王であるのだ。仮にもヨーロッパ最大の王国の王の正室、后が不在というには当時の常識において、いかに不自然であったかを想像していただきたい。ローマ王ともなれば国内諸侯や、諸外国からも縁談の話は数え切れないぐらい寄こされるのだがハインリッヒは頑として受け入れることはなかったのだ。その頑な態度には
「我が后は、グンヒルダ以外にはない・・・」
と、心の叫びが聞こえるように・・・。
ハインリッヒ王とグンヒルダ皇后の二人の共有する時間・・・短かったのですねえ・・・。
若い二人の気持ちを創造すると、なぜかやるせない感じがします・・・。
今回は、短めになってしまいました、次話はなるべく早く今週中にお届けするつもりですのでご期待を!
それでは、この物語を楽しみにしていただいてる全ての皆様に感謝の気持ちを、ありがとうございます。
それと、もし差し支えなければ感想と評価をしていただければ、とてもうれしいのですが・・・。
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どうか、よろしくお願い申し上げます。