魔女祭り17 セシリアの恥じらい
宮廷魔術師のホトが結界を解いたことを確認するとハインリッヒ王は
「ゲッツェ、会議は終わった」
と、応接の間の外に侍っているであろう彼の忠実な執事を呼ぶ。その声と共にゲッツェが入り口の扉を開け一礼をして主に視線を向ける。
「うむ」
と、王は頷くとゲッツェはそれだけで理解したかのようにまた一礼をして身を翻すと部屋から退出するのであった。その執事と入れ替わるように入室してきたのが若草色の服装をしたセシリアの付き人らしい女性と神官戦士の二人で、主であるセシリアの側に近寄る。
「セシリア様、いかがなされましたか?お身体が熱く感じられるのですが、まさか熱でも?」
「い、いえ、フィーネ、な、何でもないのです」
セシリアの解かれたスカーフを元通り整えているフィーネと呼ばれた女性に尋ねられるとセシリアはそう答える。顔をやや赤らめながら答えたセシリアを訝しげにフィーネは見つめる。
(このような様子のセシリア様は初めてだわ・・・。いったい、何が・・・)
フィーネの言葉に答えたセシリアは更に顔が赤くなったように見える。
(フィーネに感づかれてしまいましたわね・・・。動揺しないように努めたのですけど・・・)
当のセシリアは、外面上は冷静にハインリッヒ王に感謝の言葉を述べていたのだがその内心では心臓の音が聞こえるぐらい動揺していた。何故かというと、先程自分のスティグマを近衛騎士団団長のレオとエルヴィンに見せた出来事が原因だったのだ。自分のうなじを見られる恥ずかしさはあったもののレオに見られた時はそうでもなかったのだが、エルヴィンに覗き込まれた時は違ったのである。夢中になって覗き込むエルヴィンの顔が近すぎて、彼の呼吸する息がセシリアの肌を通して感じられてしまい急に動悸の音が聞こえるぐらいになってしまった。にも拘わらずエルヴィンはじっとそのままの姿勢でかなりの時間見つめていたので、セシリアは羞恥心と初めて体感する気持ちの板ばさみで立っているのがやっとのことだったのだ。
(と、殿方の、息が!!!こ、こんなに近くで!!!)
セシリアが、心の中で先程の出来事をまた思い出し、更に顔を赤らめてしまったのを見てフィーネはこれは、ただ事ではないと感じ心配のあまり尋ねてしまう。
「セシリア様、お顔がその、ひどく赤いのです。やっぱりお熱でも上がったのではないでしょうか?」
「い、いえ、違うのですフィーネ。こ、これは病気の発熱ではありませんから」
「しかしながら、セシリア様の今のご様子を覗うと・・・」
「だ、だいじょうぶです。心配ありませんから。顔が赤いのは、その・・・」
何故か、語尾を落とし聞き取れないぐらいの小声で話すセシリアを見てフィーネは不安になってしまう。
エルヴィンと、古文書の内容について話しをしていたホトは、聞くともなく聞こえてきたセシリアとフィーネの会話に興をそそられたのか、話し相手のエルヴィンにニヤリと一瞥をくれると彼女達に声を掛ける。
「セシリア殿、フィーネ殿、いかがなされたのかな?」
急に、ホトから声を掛けられたセシリアは慌てながら、さりげなく答える。
「いえ、何でもございませんホト殿」
ホトは、セシリアの答えを聞くとそなたはどうだ?と言うようにフィーネに視線を向ける。
「ホト様、セシリア様が急に体調が悪くなられたのかお顔が赤く、お身体も少し熱いように感じられましたので心配になっております」
ホトは、いかにもと言わんばかりにフィーネの言葉に頷くと
「聖託の件で、ローマよりまだ残雪の残る道を歩きながら遥かこの地まで来られたのだ。そして先程セシリア殿の要望を陛下が了承し協力の手立てまでセシリア殿に申し渡されたことでもあるし、その結果、安堵して緊張の糸が緩んだのやもしれん」
ホトは、重々しくそう言う。
何故か、微妙な表情を浮かべているセシリアと、ホトの言葉に感に堪えないといった表情のフィーネを見比べていたホトであったがふいに、いたずらっぽい目をして
「だが、フィーネ殿、心配には及ぶまいて。セシリア殿の体調の変化の原因は、疲労や病気の類ではないとわしは、推察しておる」
「それは、その原因とは?」
フィーネの必死な問い掛けにホトは、エルヴィンに目を向ける。
「その原因とはな、フィーネ殿。あ奴のせいじゃ」
急に、皆の視線を向けられたエルヴィンは、ポカンとした表情で
「えっ、俺!???」
と、絶句する。
エルヴィンの呆けた表情に大満足したようにホトは続ける。
「フィーネ殿、先程まであ奴エルヴィンは事もあろうか聖女として名高いセシリア殿のうなじの後ろ部分をそれこそ食い入るように顔を近づけて見ておったのじゃ」
ホトは、わざと室内の皆の関心を引き、注目させるように少々わざと間をあけてエルヴィンにとどめを刺す言葉を口に開く。
「それも、しばらくの間わしが止めるまでじっと凝視しておってな、そう。まるでセシリア殿の匂いを嗅ぐようにずっとな。それでセシリア殿は羞恥心にさいなまれてそのような状態になっておられるかと」
「お、おい、ヘル爺!。何を言いやがる!!!」
ホトの言葉を聞いて口に手を当てて驚いた表情の中に侮蔑の視線を向けたフィーネや、小刻みに体を震わせ怒りの表情を顕わにした赤毛の女性の神官戦士、それと隣に立つ大柄な戦士は・・・こちらは何故か目元に笑みを浮かべているのだが・・・。
エルヴィンは、彼女達の視線を受けホトに抗議の言葉を上げ、さらに説明をしようとする。
「た 確かにセシリア殿のうなじを凝視していたのは認める。が、断じてセシリア殿の匂いを嗅いでいたわけじゃ・・・。あっ・・・いや、いい匂いだな・・・と」
エルヴィンの声を聞いたセシリアは顔を真っ赤にしてうつむいてしまっている。
そんなセシリアの姿を見て、言いよどむエルヴィンをホトの話の途中から聞いていたアリスティッド卿は、またかといわんばかりに顔を振っている。
(やれやれ、エルヴィン。君は正直すぎるよね・・・)
アリスティッド卿が、内心で嘆息を漏らしたその時に、
「エルヴィン殿と申されたか、貴殿はセシリア様に対して少々不埒な真似をし過ぎたのではないか!」
女性にしては、低めの声でエルヴィンに対して切り付けるような言葉が部屋の中に響き渡る。
エルヴィンは、その声の持ち主に目を移すとセシリアの傍らで、もう我慢ならんといった風情で自分をにらみつけてくる赤毛の神官戦士の姿が視界に映った。
「だいたい、何故にそのような破廉恥な真似をセシリア様に致した!改めて貴殿がセシリア様に謝罪をすることを申し込む」
「控えなさい、ヴィオラ!ハインリッヒ王陛下の御前ですよ」
ヴィオラと呼ばれた女性神官戦士の言葉を途中で遮るようにセシリアが叱責する。
「で、ですが、セシリア様・・・」
「いえ、いいのです。なぜならば、私がご覧になられるようにと、お願いしたのですから・・・」
セシリアとヴィオラの会話に室内に気まずい雰囲気が流れ始めるが、その重苦しい雰囲気を打ち払うようにエルヴィンが口を開く。
「そうですね、ヴィオラ殿。あなたの言われる通りだ。セシリア殿、申し訳ありませんでした。改めて私のしたおこないでご気分を害されたことに対して心から謝罪させていただきます」
エルヴィンは、深々とセシリアに頭を下げた。
目が不自由なセシリアは、頭を下げたエルヴィンの姿を察したのか慌てて
「い、いえ、エルヴィン様。そんな謝罪などと・・・。私のうなじにあるスティグマを見てはいただけませんかとお願いしたのは私自身なんですから・・・」
「確かに、スティグマを拝見させていただく事に関しては許可をいただきましたが、つい夢中になり私の顔をセシリア殿のうなじ近くまで寄せてしまった事や、あまっさえ、故意でないにしろセシリア殿の匂いを嗅いでしまった事に対しては、申し開きもできません。本当に不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした」
「不快だなんて・・・そんなことは・・・」
セシリアは、また顔を赤らめながら小声でつぶやく。
二人のやりとりを見ていたホトがここで口を挟む。
「ヴィオラ殿、もう、このあたりでエルヴィンを許してはくれないだろうか?こ奴は興味がある物に対してすぐ夢中になってしまう癖が子供の頃からあってな。そうなると周りが見えなくなってしまうのじゃよ。こんな奴じゃが一応わしの弟弟子にもあたるのでな、不詳な弟弟子に成り代わりそなたの敬愛する主に対して失礼があったことに対してわしもセシリア殿にお詫びを申す」
「わ、私としては、セシリア様がそれでご納得していただければこれ以上言うつもりはございません。ましてやホト様までもそのように言われてしまうと・・・」
「もう、いいですよねヴィオラ。私は全然不快な気持ちになどなってませんから心配ありません」
「はい、セシリア様がそう仰せであれば」
「うむ、ヴィオラよ、もうよいか?」
「はっ、陛下の御前にもかかわらずまた陛下の知人でもあるエルヴィン殿に対し声を荒げたこと、誠に失礼な態度を取ってしまい申し訳ございませんでした。いかようにも罰をお申しつけください」
その場を収めるようにヴィオラに声を掛けたハインリッヒ王は彼女の言に頷くと
「そちの、主に対しての忠義からの行動だ。罰などと考えるわけがない」
ハインリッヒ王は、瞳に笑みを浮かべて
「それにな、そちの主のうなじを覗いたのは何もエルヴィンだけではないぞ。ここにいる人間全てだ」
王の言葉に、アリスティッド卿、レオ、ホトも同時に頷く。
「聖託に関する我等の手立てを講ずるためには、そのスティグマは是非にも見ておきたかったからな」
「まあ・・・」
と、言ってハインリッヒ王はエルヴィンの方に視線を向けニヤリと笑うと
「セシリア司祭の匂いを嗅ぐ真似をしたのはエルヴィンだけだったのだがな、ハッハハハ」
「へ、陛下!それはわざとではなく・・・」
エルヴィンは言葉に窮する。
そんな、情けない表情のエルヴィンの姿に一同から笑いが聞こえる。
「では、皆の者。先ほど余が命じた段、すみやかに執り行うように」
「はっ、陛下!」
一同が皆、王の言葉に答える。
すると、その言葉を待ったように応接の間の入り口の扉から少女の声が、
「エルヴィン~~」
エルヴィンはその声の方に視線を向けその声の主を確認すると、穏やかでとても優しい瞳になり答える。
「ベアトリクス姫・・・」
一日遅れになってしまいました・・・。
それにしても時間が経つが早いですよね、お正月が終わり早二週間ですよ・・・。
今回もエルヴィンさんは、ホトさんのいじられキャラになってしまいましたね^^
最後に登場したベアトリクス姫!!彼女は今後エルヴィン達にどんな運命をもたらすのでしょうか?
最後の挨拶です。この物語を楽しみにしていただいている全ての皆様にお礼を申し上げます。
ありがとうございました。