魔女祭り11 盲目の聖女 セシリア
セシリアと呼ばれた女性は、後から入室してきた若葉色の服装をした付き人の女性にその左手を預けるとそのまま手を引かれ王の下に誘われる。付き人に耳元で何かつぶやかれると、頷いて王に向って口上を述べる。
「ハインリッヒ王陛下、此度は私共のお願いをお聞きいただき、このようなお時間まで作っていただいた事、感謝の言葉もございません」
「いや、聖女と呼ばれるそなたのたっての願いとあらば、何ゆえに無下にできようか」
「陛下の、御厚情、このセシリア生涯忘れることはないでしょう」
と、言って彼女は深々と頭を下げる。
「よい、よい。さて、エルヴィンよ、そちも聖女殿の美貌にボーっと見とれておらず、自己紹介をせよ」
「はっ、陛下。自分は、決して見とれていたわけではなく・・・。いや・・・少しは見とれておりましたかな・・・ははは・・・」
エルヴィンは、そう言いながら自嘲気味に鼻の横を指で無意識に掻くとそれを見て
「まあ、エルヴィンったら。クッククク、ホホホ」
アグネス皇后が、笑い声を上げる。
「エルヴィン、君は何を言っているのかな・・・?」
隣にいるアリスティッド卿に、じと目で睨まれエルヴィンは姿勢を正して笑顔を浮かべる彼女に挨拶をする。
「初めまして、ハインリッヒ王陛下からご紹介に預からさせていただきました、私はエルヴィンといいます。聖女との噂に名高いセシリア殿にお会いすることができ光栄です」
「こちらこそ、初めまして。ローマで非才ながらも司祭をさせていただいてます、セシリアと言います。どうかお見知りおきをお願い致します」
「こちらこそ、傭兵なんぞという因果な仕事をしているがさつ者ですが、お見知りおきを」
エルヴィンは、そう言いながらセシリアの姿を失礼とは思いながらじっと見つめる。
(そう、歳の頃は20代前半か半ばぐらいか?確かに、美しい・・・だが、その美貌のためだけに目を奪われた訳ではない)
聖教会の正装であるその司祭衣の上からでもわかる女性特有の柔らかそうな姿態が彼女が大人の女性であることを充分に感じさせてくれる。そして顔立ちは鼻梁がすっと通っており引き締まった口元が彼女の意思の強さを顕しているようだ。そしてさらに、彼女の聖女ぶりを際だてているのがその美しいプラチナブロンドの髪である。その光沢の神々しさは、手に触れることさえためらわれてしまうほどだ。
(入室してきた時から、分かっていたことだが彼女の両の目が閉じられたままだ・・・。その閉じられた目に俺は見入ってしまった・・・)
黙りこんで自分の顔を凝視しているエルヴィンの気配に感づいたのかセシリアは、
「エルヴィン様、この目が気になられますか?」
「あっ、すみません。不躾にも見つめてしまいました、申し訳ございません」
エルヴィンは、慌てて自分の非礼を詫びるが、
「差し支えなければでよろしいのですが、その両の目はいかがなされたのでしょうか?」
さらに、問いかける。
「いえ、お気遣いは無用でございますよ。隠すような事でもありませんのでお話ししますが、私の両の目は見えないんです」
エルヴィンは、予想はしていたが彼女本人の口から盲目であると告げられ、狼狽したように
「そうでしたか、心無い問いかけ、本当に失礼を致しました。この通りお詫び申し上げます」
と、頭を下げた。
「いえいえ、そこまでお気にならさずともいいんです。両目が不自由になってからは生活には支障を来たしましたが、それ以上に良い事もありましたので」
「良い事ですか?」
「ええ、視力を失ってからは、聞く力が強くなったと思います。周りの気配が音で解るようになりました。例えば、エルヴィン様」
「はい」
「今、こうやってお話をしている時にもエルヴィン様が真摯に頭を下げられたこともその小さな衣擦れの音で何となく解ってしまいます。私と話しをしていて不自然さを感じましたでしょうか?」
「いえ、全然そのようなことは・・・」
「そうですか、そのように感じていただければ私もうれしく思います」
「・・・」
「それに、目が不自由になってからは、わが主である神様からの恩寵で神聖な力も下賜されましたのでその力を用いて多くの人々を救えるような現在の仕事に就けれるようになり、むしろ喜ばしく思っています」
そう言うとセシリアは首から提げている十字架を両手に包み、神への感謝の気持ちを小声でつぶやく。
エルヴィンは、祈りを捧げる彼女の姿をじっと見ていたが、意を決したように問いかける
「セシリア殿、失礼ついでに更にお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「は、はい。いかなることでしょうか?」
「その両の目は生まれつき不自由ではなかったと・・・いうことでしょうか?」
「はい、生まれつきではありません。私が11歳の時に家の近くの森に遊びに行って入るときに落雷に遭いまして、その衝撃からか視力を失ってしまったのです・・・」
「落雷ですか!ならば、試されたと思いますが医者からの薬や聖なる癒しの魔法とかも治療に使われたのでしょうか?」
「ええ、私の両親が名医と評判の高いお医者様のところにも何ヶ所も連れて行ってもらいましたが治せず、藁をもつかむ気持ちで聖者様の癒しの魔法も何人かにも施していただいたのですが、回復しませんでした・・・」
「そうでしたか、あまり思い出したくもない過去を思い出させてしまったようですね、この通り重ね重ねお詫びをさせていただきます」
「いえ、本当にお気になさらずとも良いのです。その思い出も今となっては現在の私の境遇を鑑みればむしろ僥倖だったと思えるんです。そのおかげで・・・」
セシリアは、またしても十字架をそっと両手で包み、その閉じられた両目を伏せながら
「我が主である、神様のお使いであった大天使聖ミカエル様より、御啓示までも頂けるようになりましたから・・・」
「大天使様よりの御啓示ですか!」
「はい、ご聖託がありました。そのご神託についての対応を相談していただくためにこちらに参ったのです」
「・・・!」
「エルヴィンよ、聖女殿が申したことが、おぬしを捜していた理由である」
二人の会話を静かに聞いていたハインリッヒ王は、そこで口を開いた。
「セシリア司祭は、こちらに来てもう十日近くになるのだ。おぬしが来るのをずっと待っておったのだよ」
エルヴィンはそうなのですか?と、問うようにセシリアに顔を向けると、この盲目の聖女は気配で察したように、
「ええ、そうでございます」
にこっと笑いながら答えるセシリアの表情に、全然、合点がいかないといった目をしたエルヴィンだが気を取り直しハインリッヒ王に姿勢を向けると
「いや、陛下お待ちください。自分を捜していたとおっしゃいましたが、このような重大案件であれば宮廷魔術師のホト殿にご相談なさるのが筋かと・・・」
「エルヴィンよ、そちは、まだ余のことを19や20歳の世間知らずの若造と思ってはおらぬだろうな?そちに言われずともすぐにホトに相談したことぐらいは、想像せよ!」
「はっ、仰せのままに・・・」
少し、頭を垂れて、しゅんとしているエルヴィンの姿を見て満足した王は、笑いをかみ殺しながら胸中につぶやく。
(余の、若かりし頃の苦い思い出を皆のいる場所で話しおった罰じゃ、ククク)
エルヴィンを久々にやりこめて悦に入ってドヤ顔の王の気配に傍らに立つアグネス皇后が
「陛下、そのうれしそうなお顔・・・皆が見ております・・・」
后に、そう諭されたハインリッヒ王は、威厳を取り戻すように厳かな口調で
「うん?ああ、まあよい。エルヴィンよ」
「はっ」
「おぬしに相談せよと申したのは、他でもない。そのホトだ」
「ホト殿が・・・?」
「うむ」
その時、謁見の間の入り口に控えていた侍従長のゲッツェが扉を開けて注進にきた使いの言葉を聞くとそのままハインリッヒ王の側近くまで行き、用件を伝える。
「ホトも参ったようじゃ。ここでは込み入った話はできぬし、我が私室の応接の間に皆を案内せよ、ゲッツェ」
「畏まりました」
エルヴィンは退室する王夫妻を見送ると、横に立っているアリスティッド卿に尋ねる。
「ホト殿に入れ知恵したのは卿であろう?」
「うん、口添えしたのは事実だけど、エルヴィン、君を強く推したのは陛下もおっしゃってたけど宮廷魔術師であるホト殿だよ」
(あの爺さんかぁ・・・。何を企んでるのやら・・・)
考えに沈みそうになるエルヴィンをアリスティッド卿は、その手でエルヴィンの左腕を小突く。
「エルヴィン、聖女殿がこちらを見られてるよ」
「ん?」
エルヴィンの視線の先には、先ほどの若葉色の服装をした付き人の女性に手を伴われたセシリアがこちらを微笑みながらお辞儀をするところであった。
慌てて、礼を返したエルヴィンは退室しようとするセシリアの後姿を見ながら、つぶやく。
(盲目の聖女様か・・・)
盲目の聖女セシリアさん、この美しい女性がもたらした神託がエルヴィン達の今後の活躍に多大な影響を与えるのは間違いなさそうですね。それにしても、他の団員はいつ登場するのでしょうか(苦笑)。
毎回、同じ内容になって申し訳ありませんが、でも、お伝えさせていただきます。この作品を少しでも楽しみにしていただいている皆様に感謝の気持ちを。また、ブクマに登録していただいた方々には、とてもありがたく思っております。励みになりますから・・・。最後にもう一度、お礼を!本当にありがとうございました。