第6話 警備兵を追っ払おう。
ようやくここからお話が動き始めます。
我は我の腹から出てきた武具を見て、首を捻らざる得なかった。
はっきり言うが、飲み込んだ記憶はない。
自動的に我の腹へ転送するようになっているのだから仕方ないのではあるのだが、記憶の端にもかからぬのはちとおかしい。
武具はとても奇妙な形状をしていた。
似ている物をあげるなら、扉の取っ手だ。
L字型をしており、一方には穴が開いていた。中を覗くと螺旋状になっている。もう一方は網掛けのような掘りが彫られていて、おそらくだが、ここを握って使うのであろう。
色は艶のない黒。材質は鉄のように見えるが、質感が違い、非常に滑らかだ。
千里眼で覗いた結果はこのようになっていた。
なまえ :じゅう(FN Five-seveN)
いりょく :C たいきゅう :B
しゃてい :C はんどう :E
れんしゃ :C とくしゅ :むげん
おもさ :E
じゅう?
いや、よく考えれば聞いたことがある。
そうだ。これは「銃」だ。
「ガーディ、この武器なに?」
「これはおそらく古代の兵器だ」
「古代の兵器?」
3000年という長い歴史の中で、人類は決定的な転換期を1度迎えている。
およそ2500年前。人間共は1度、自分たちが造った文明によって自滅した。今の世界はその文明が滅びた後の世界だ。
2500年前、自分たちを滅びに導くほどの兵器が使われたと聞く。
その最たる物が、我が守る聖剣だ。
聖剣は古代における最強の超兵器なのだ。
そして、その頃人類が使っていたもっともポピュラーな兵器が、銃であったと記憶している。威力はこの世界の魔法と同程度でありながら、非常に扱いが簡単だ。いずにしろ、恐ろしい兵器であるに違いない。
「銃、強い?」
「強烈な矢のようなものを発射し、生命を殺す道具だ」
このまま召喚の媒介に使うのも、もったいない。
確か銃は説明を受ければ、幼子とて使うことも出来る。
たとえば、先ほど召喚したゴブリンに装備をさせ、歩哨を追っ払うことができるのではないか。
いや、ゴブリンだけではちと不安な気もする。
「ねぇねぇ、ガーディ。これ、どうやって使うの」
ニーアは銃を拾い上げる。銃口をのぞき込んだ。
「こらこら、ニーア。みだりに触るものではない。危ないぞ」
「ごめんなさい。でも、これは古代の凄い兵器なんでしょ。ニーアでも使えるんじゃないの?」
「弾を発射するのは容易だが――」
「教えて! ニーアもガーディを守るために役に立ちたい。ニーアはガーディの奥さんだもん!」
ニーアは赤い目を光らせる。
お嫁さんにしてと訴えられた時のあの目だ。
うう……。
ニーアの真剣な瞳を見ると、また「うん」と言ってしまいそうになる。
「まず適正があるかどうか試してやろう」
「ガーディの試練きたー!」
「我の台詞を取るでない。使い方を教えるから、我の言うとおりにするのだ」
「はーい」
「まずは穴の開いてる方を目標に向けよ。そうそう。グリップのところを持つのだ。三日月のようになっている部分が、発射のスイッチになっておる。そこにはまだ指をかけるなよ」
我は簡単に銃の握り方を教える。
「そう。姿勢はやや前よりだ。撃った瞬間、反動が凄いぞ。銃から手を離さないようにな」
「わかった。やってみる」
ニーアは言われた通りにスライドのロックを外し、構える。
サイトから目標の岩をのぞいた。
妙な静けさが落ちる。
我と隣で見ていたゴブリンが息を呑んだ。
いつも通りなのは、スライムぐらいだ。
「いくよ」
安全装置のスイッチを下にした。
銃把を引く。
パシィン!
鞭で引っぱたいたような鋭い音が響く。
焦げ臭い匂いが鼻を突いた。
ゴブリンは音に驚き耳を塞ぎ、スライムはびっくりして洞窟に隠れてしまった。逃げ足だけなら、「E」判定ぐらいは付けられそうだ。
ニーアはというと、ころりと転がっていた。
言われたとおり、銃は握ったままだ。
「大丈夫か、ニーア」
「大丈夫。すごい反動。びっくりした」
「であろう。だから、お主には――」
「弾、当たった?」
「む? うーん」
我は目標の岩場を見る。
見事ど真ん中に命中していた。
「やったー! 当たってる! ニーア、才能ある?」
「いや、まだわからん。まぐれ当たりかもしれんぞ」
「じゃあ、もう1回やる」
ニーアはもう1回構えた。
さっきでコツを掴んだのかもしれない。
構えの姿勢が先ほどよりもよくなっていた。
パシィン!
乾いた音が再び響く。
今度は転ばなかった。
「どう?」
「むぅ。……当たっておるな」
またど真ん中だ。
ニーアには本当に銃の才能があるのかもしれない。
「よし! 早速、歩哨を追っ払ってくるよ」
「待て待て。さすがにお主だけ行かせるわけにはいかない。ゴブリンも連れていけ」
とはいえ、ゴブリンだけというのも心許ない。
こやつにも武器を与えるか。
我はまた宝物を解放する。
口から武器を吐き出した。
また銃のようだが、先ほどよりも大きかった。
なまえ :じゅう(KG-9改)
いりょく :C たいきゅう :D
しゃてい :C はんどう :C
れんしゃ :B(改)とくしゅ :むげん
おもさ :C
どうやら、先ほどのはハンドガンに対して、こちらはサブマシンガンというそうだ。やたらと弾が入っている弾倉が大きく、L字型というよりはT字型をしていた。なかなか威力がありそうだ。
「大きい」
ニーアは撃ちたそうに見ていた。
ダメダメ。
さすがに女子に持たせるような銃ではない。
「お主はハンドガンの方があるであろう。そっちの方が可愛くて、ニーアにぴったりだと思うが」
「ホント? ガーディ。ニーアに似合ってる?」
「うむ」
「やった! ガーディに褒められた。嬉しい。大切にする」
まるでエンゲージリングでも送られた婚約者のように、ニーアはうっとりと銃を眺めた。最初の贈り物が武器というのも味気ないものだが、喜んでもらえるなら何よりだ。
我はゴブリンに使うよう命じる。
さすがに知力が低いだけあって、教えるのには苦労した。
いっそサブマシンガンを媒介にして、召喚しようとしたが、どうやら古代の兵器は媒介に出来ないらしい。レベル表記ないのと何か関係があるかもしれぬ。
武器自体は強力だし、召喚の媒介として使うのは少々もったいないであろう。
1日かけて、我とニーアはゴブリンに使い方を教え込み、ようやく習得する。
さすがにニーアほどの命中精度はないが、弾をばらまくぐらいなら十分だ。
「ぎぃぎいぃいい」
ゴブリンも武器の使い方を覚えてご満悦の様子だった。
銃を構え、ニヤリと笑う。
悪役面のゴブリンには、妙に似合っていた。
〇〇〇
タフターン山の観光ルートの入り口。
その側に警備兵用の部屋が作られていた。
3人の兵が詰め、交代で番をしているのだが、基本的に日がな1日机の上で、カードゲームに興じていた。
彼らは警備兵であるが、タフターン山の頂上にいるいかついドラゴンを監視しているわけではない。無断で山に登ろうとする人間を監視しているのだ。
とはいえ、ここのところ観光に来るものはめっきり少なくなった。昔のように度胸試しといって試練の洞窟から登る者もいない。
つまり、彼らは退屈していたのである。
「ひゃっはー。これで俺の5連勝。今日はついてるねぇ」
1人の男がテーブルに積まれたチップをがっさりと持っていく。
「てめぇ、またイカサマしてるんじゃないだろうな」
「おうおう。難癖つけようってのか。出るとこ出るか、この野郎」
「やめろ、お前ら。その台詞、朝から何回聞いてると思ってるんだ」
「ちくしょー。ひまだー」
「それも、今日25回も聞いたぞ」
「いちいち数えてんじゃねぇぞ、ベット」
「まったく……。給料そこそこいいから就職したけどさ。こんなど田舎で、毎日男3人なんて、地獄かよ、ここは」
「いうな。それを。コール」
「ああ……。なんか面白いこと起きないかなあ。レイズ」
「たとえば?」
「竜が暴れて、俺たちの食い扶持がなくなるとか」
「そりゃあ、困るな」
ぎゃはははははは……。
下品な笑い声が響き渡った。
「動くな」
不意に声が聞こえた。
女の声だ。
3人は一斉に振り返る。
魔法使いの衣装を着た少女が立っていた。
手には何か黒い取っ手のようなものを握っている。
警備兵たちをもっとも驚かせたのは、背後に立つゴブリンだった。
節くれ立った手には、少女の持つ物よりもさらにごつい物が握られている。
穴が空いてる方をこちらに向けていた。
「なんだよ、ガキかよ」
「おい。あれ、ゴブリンじゃね?」
「そんなわけないだろ? ゴブリンが人間を前にして落ち着いているなんてあり得ない。きっとゴブリン顔の保護者なんだろ。ぎゃはははは」
また耳障りな笑いを部屋に響かせる。
1人の警備兵が立ち上がった。
少女に近づいてくる。
「お嬢ちゃん、どうしたのかな? 後ろのはお父さん? あのすいませんが、ゴブリン面のお父さん。観光許可証がない方には立ち入りは遠慮してもらってるんですよ」
「ごめんね。お嬢ちゃん。なんだったら、お兄さんたちと一緒にゲームする?」
「あ。やべぇ……。久々の女だ」
「おいおい。お前、なに興奮してるんだよ。相手はまだ子供だぜ」
「でもよ。女だぜ。俺、もう3ヶ月も本物の女を見てねぇよ」
「そ、そういえばそうだな」
「だったら、ここで襲っちまわねぇか」
陰湿な言葉に、騒がしかった部屋がしんと静まり返った。
ここにいるのは警備兵3人と、少女、そして保護者1人。
武器は槍。生憎と防具はつけていないが、勝てないわけがない。
遺体は山にあるモンスターの亡骸のところにでも放り込んでおけば問題ないだろう。万が一、関係者が探しにきても、頂上の竜に食われたとでもいえばいいのだ。
犯罪の計画が、口裏合わせも無しに、3人の頭の中で共有される。
時間はたんまりとあった。
そういうことを話す機会が幾度かあったのだ。
椅子を蹴り、他の2人も立ち上がる。
徐々に少女との距離を詰めていった。
「リンちゃん!」
「ぎぃぎぎいぃ」
女の子が叫んだ瞬間、後ろのゴブリン顔の保護者の手元が火を吹いた。
パパパパパパパパパッン!
けたたましい音が響く。
もうもうと煙が立ちこめた。
3人は同時に後ろを見る。
天井に近い壁に、一瞬にして無数の穴が出来上がっていた。
「な、なんだよ」
「魔法か?」
「てめぇ、何をしやがった!」
激昂する。
先ほどまでの慎重さはなくなり、獣のように飛びかかってきた。
少女の手元が光る。
パシィン! パシィン! パシィン!
鋭い音が3回。
狭い警備室を貫いた。
「ぐああああああ!」
「いってぇええ!」
「はああ! あああああ!」
1人は肩口を、1人は足を、1人は手を撃たれ、悶えていた。
ドクドクと血が流れる。
それを冷たい目で少女は見下ろしていた。
依然として黒い穴が男達に向けられている。
「ここから出ていけ」
「はあああ!? ふざけんな!!」
パシィン!
眉間に穴が開く。たらりと血を流し、警備兵の1人は絶命した。
「ああああああ!」
手を撃たれただけで、比較的軽傷だった警備兵が近くにあった槍に手を掛ける。
隙をついて、横合いから少女に襲いかかった。
パシィン!
胸を打ち抜かれる。
勢いよく鮮血が飛び出し、天井に血の線を引いた。
そのまま倒れ、事切れる。
「ここはガーディとニーナの愛の巣。邪魔者には容赦しない」
「待って。わかった。落ち着こう」
「待たない。早く出て行かないと、また撃つ」
一体どうやったらそんな冷たい瞳が出来るのかと思えるほど、少女の目は寒々しい。復讐しようという男の心をへし折るには、十分だった。
最後に残った警備兵は、防具に手を掛ける。
「ダメ。武器も防具も置いていけ」
警備兵は渋々手を離す。
足を引きずりながら、部屋を出て行った。
日間ハイファンタジー部門64位でした。
ブクマ・評価ありがとうございます。
今日も3話上げられるように鋭意作業中です。
これからも応援よろしくお願いします。