第4話 守護竜、妻を娶る。
タイトル変更いたしました。
また「プロローグ」も追記しましたので、気になる方はご確認下さい。
というわけで、ニーアが我とともに住むことになった。
何が「というわけ」かはわからぬが、成り行き上仕方があるまい。
忠実なる我がモンスターが呼びかけに応じない以上、細々とした用事をする者は必要だ。かゆいところとか掻いてほしいしな。
それにニーアは我が勇者を殺害した現場を見ておる。
そういう意味でも、彼女にはここにいてもらわなければならぬ。
幸いニーアは従順だ。
我の願いを素直に聞いてくれる。
対価として身体を触らせなければならぬが、まあ易い願いだ。
……け、結構気持ちもいいしな。
共同生活2日目。
我は衝撃の事実を知る。
「魔王がもういない!」
「いないというのは違う。魔族の代表者は存在する。脅威ではなくなったという意味」
聞けば、我が魔王を倒せる唯一の聖剣を出し渋ったがために、魔族と非魔族の戦いは1000年以上の長期戦となった。おかげでどちらも疲弊しきり、とうとう500年前魔族と非魔族との間に、停戦合意が締結されたという。
その後、魔族と非魔族との間に話し合いはもたれ、戦争はあれよあれよという間に終結。それまでの流血の暗黒時代から時間を取り戻すかのように、以後平和が続いているのだという。
「じゃあ、我が聖剣を守ってきた意味は?」
「ない」
「そもそもこのダンジョンは、今の時代どう見られておる」
「……観光地?」
がぁぁぁぁああああんんんんん!
鉄球で思いっきり殴られたような衝撃が、我の頭を貫いた。
がっくりと項垂れる。
顎を地面に突け、ブフッと息を吐いた。
まさか……。そんな……。
3000年も聖剣を守ってきた我の存在意義は。
しかも、試練のダンジョンが観光地だと。
珍しい竜が見られる新感覚アトラクション!?
戯れるのも大概にしろ!
我は聖剣の守護竜!
3000年も生きてる大竜なんだぞ。
「ガーデリアル、いーこいーこ。元気出す」
ニーアはここぞとばかりに鼻の頭を撫でる。
我とは対照的に、とても幸せそうだった。
「待て、ニーア。そういうば、我が消し炭にした勇者は何者だったのだ?」
「度胸試し」
「度胸試し!?」
「たまに試練の洞窟の入り口から入って、試練を受けようとする人がいる」
「試練の洞窟の入り口は、1つしかないぞ」
「観光用にもう1つ存在する。そっちだと、ガーデリアルに見つからない」
おかしいと思ったわ!
観光客が来てたなら、我の千里眼で1発でわかるからな。
よもや別のところに入り口を作っているとは。
人間とはなんとも姑息で逞しい生き物か。
「でも、最近人気ない。ガーデリアル寝てばかりだから、みんな飽きた」
「だから、見世物小屋の珍獣ではないわ」
「でも、ニーアは好き」
ぴとっと頬を寄せる。
ザラザラとした顎の感覚を堪能するように、身体を上下に動かした。
「ならば、ニーア。もう1つ教えてくれ。我が召喚した配下はどうなったのだ?」
するとニーアは1度、ダンジョンの方へ戻っていく。
しばらくして何やら骨のようなものを、我の前に並べた。
形からして頭蓋骨のようだが、眼窩が1つしかない。
ま、まさか――。
アディンギアか!
一つ目族の異端児であり、巨漢怪力の我が配下。
よく見れば、他の骨にも見覚えがある。
猿のような骨格はバルズであろう。竜鱗が化石化したのはベルムルのものかもしれない。
つまり、3匹は――。
「死んだのか?」
ニーアはこくりと首肯した。
そんなまさか……。
最強にして、無敵――我が召喚したモンスターが死んでいたとは。
「一体誰にやられたのだ。やはり勇者か」
「違う」
「では、何故死んでいる。こいつらの身体の頑強さは、魔王の幹部にすら引けをとらんはずだ」
「寿命」
「寿命……?」
「1つ目族の平均寿命は200歳が限度。だから、1番速く死んでる」
「200……歳…………」
「魔猿族は魔族だから1500年ぐらい生きてたけど、やっぱり寿命で死んだ。ベルムルは龍族で寿命はガーデリアルと同じぐらい長生きだけど、先に2人が死んで負担が大きくなって、結局500年前ぐらいに死んだ」
「な、なんでそう、お主。見てきたように……」
「地元の観光協会のパンフに載ってた。ニーアとしては、龍族のベルムルが見られなかったことが、残念」
我の歯茎の辺りを撫でながら、ニーアは深いため息を吐く。
――って、我が配下のモンスターの死に様を、観光資材にするな!
隙あらば、観光に直結しおるな、人間は。
まあ、おかげで配下の詳細を知ることが出来たわけだが。
寿命か。全く気づかなかった。
やはり飲み会がてら、お互いの安否確認ぐらいはすべきだった。
我も若かったからな。
聖剣を守るという役目を大事にしすぎたがために、大事な配下の安否をおろそかにしてしまった。この点は反省せねばなるまい。
「ともかく、一刻も早く試練のダンジョンを再建せねばなるまい。またチャラい勇者が来られても困るからな」
「ニーアとガーデリアルの愛の巣を作る」
「その言い方は語弊があるような気がするが」
まずは配下となるモンスターの召喚だな。
さて誰を召喚しようか。
頑丈で強く、とにもかくにも寿命が長いモンスターを選定せねば。
あ――。
「どうしたの、ガーデリアル」
「う、うむ。今、我は重大なことを思い出した」
「ニーアへのプロポーズの言葉」
「なんでそうお主は、隙あらば我とくっつけようとするのだ」
「ガーデリアルの事が好きだから、てへへへ」
だから、そういちいちドーテーを殺すような笑みをやめろ。
本当に好きになっちゃうだろ!
話は戻るが、我は重大なことを思い出した。
いや、思い出したというより、重大なことを忘れたというべきであろう。
「モンスターの召喚方法を忘れてしまった」
完璧に綺麗さっぱりと頭から抜けていた。
いっそ清々しいぐらいにだ。
仕方あるまい。
召喚したのは、3000年も前なのだ。
方法を忘れていてもなんら不思議なことではあるまい。
「ガーデリアル、ボケた」
「突然、我を老人ポジションに据えるのはやめぬか、ニーア」
「ガーデリアル、いーこいーこ」
「怒られている時に、我の鼻の頭を撫でて誤魔化すのもやめよ」
そもそも我は我を知らぬ。
『千里眼』に『念話』。竜の象徴たる『炎息』を放つことが出来るのは知っているが、その他といえば、我が竜であることだけだ。
一体何竜で、どうして聖剣を守る役目を担うことになったのか、さっぱり思い出せぬ。3000年前なら覚えていたかもしれないが、召喚方法と同じく記憶に欠落が存在する。
「ニーアよ」
「なに?」
「そなた、竜マニアといっていたな。では、竜に詳しいのだな」
「詳しい」
「では、我は一体何者なんだ?」
「ニーアのお婿さん」
「そういう事を聞いているのではない」
「ガーデリアル、いーこいーこ」
「だから、誤魔化すな。我は何竜なのだ」
「ガーデリアルは、宝物ドラゴンの一種」
「宝物……ドラゴン…………?」
聞き慣れない言葉に、我は首を上げて、さらに捻った。
ニーアの解説は続く。
「ガーデリアルは宝を食べて育つドラゴン。その大きなお腹の中には、たくさんの宝石や金銀、あるいは武器や防具は収まっている」
ニーアの言葉を聞きながら、我も思い出し始めていた。
確かに我のお腹の中にはたくさんの宝物が収まっている。
神の恩恵によって、それを食料に変える事はなかったが、試練の山で散っていった勇者の武具や魔石などが、『ドラゴンの舌』という能力によって、自動的に回収されることになっていた。
「宝物ドラゴンの特性は他にもある。基本的にお腹に一杯お宝を抱えているから、その場から動けない。立派な羽根はあるけど、飾り」
「うむ。確かに……。自分でいうのもなんだが、動ける気がせん」
我の腹は3000年前からべったりと地についたままだ。
故に、首と尻尾、羽根以外の部位を動かしたことはほとんどない。
「だから、強いモンスターを呼び出して守ってもらう」
「ニーア、よもやお主……。召喚の方法を知ってる」
「知ってる」
「教えてくれぬか。この通りだ」
「じゃあ、お願い聞いて」
「またか。今度はなんじゃ?」
「ニーアをガーデリアルのお嫁さんにして」
「むぅ……。それは――」
眼を見ればわかる。
ニーアは本気だ。
真剣に龍族と交際をしたいと思っておる。
ならば、我もその本気に答えなければなるまい。
「ニーア、考えてみよ。おそらく我は強いモンスターを召喚せねば、いずれは誰かに殺されるであろう。そうなれば、お主も悲しいのではないのか」
「う……うん。ニーア、悲しい」
「であるなら、我が生き延びるため手を貸してはくれぬか」
「…………わかった」
ニーアはがっくりと肩を落とした。
この世の終わりだというぐらい、顔に影がさしている。
我に拒否されても、少女は健気に召喚術についてレクチャーしようと、地面に何かを書き始めた。
その文字に涙が落ちると、小さく嗚咽が聞こえてきた。
「そこまででよい、ニーアよ」
「ふぇ?」
「そなたの気持ち、覚悟、よくわかった」
「ガー……デニアル……?」
「お主の気持ちに答えよう。そなたは今日から我が嫁だ」
「でも……。ガーデリアル、ダメっていった」
「すまぬ。そなたを試したのだ。我は守護竜であり、試練の竜であるからな」
「うう……。ガーデリアルのいじわる」
ニーアの涙が止まらない。
何度拭っても、ぽろぽろと涙が落ちてくる。
「もし、お主が我が死んでも良いといえば、我はお主を妻に迎え入れなかったであろう。今、我にとって必要なのは、我を大事にしてくれる理解者じゃ。そなたはその1人と我は認めた」
「ありがとう、ガーデリアル」
「礼をいうのは我の方だ。これからもよろしく頼む」
我はもう1度、頭を垂れる。
すると、またニーアは我の頭を撫でた。
再び無邪気な笑顔が戻っていた。
次回は22時頃になる予定です。