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第2話 うっかり勇者をやっちゃいました。

「聖剣を思いとどまるつもりはないか」


 我が言うと、勇者は固まってしまった。

 血と汗にまみれた顔面は歪み、疑惑の視線がとても痛い。

 驚くことも、疑問に思うことも、もっともだろう。


 しかし、聖剣を抜かれると我は天寿を全うすることになる。

 仮に聖剣を抜かせず、生き延びたとて、我の中に人生プランなどない。が、3000年も役目を担ってきて、なんの報いもなく死ぬなど納得できるはずもなかった。

 悪いが、ここは勇者に思いとどまってもらうしかない。


 ショックで金縛りになっていた勇者は、ようやく重い口を動かした。


「思いとどまるとは……?」

「言葉通りの意味だ。率直にいえば、その剣を抜くなということだ」

「竜よ。それは承服しかねる」


 立場は先ほど逆だ。

 我が女神で、勇者は我。

 十分な大義がありながら、それを諦めろという気持ちは痛いほどわかる。


 だが、我は引かなかった。


「予言だ」

「予言?」

「今、未来が見えた。なんとなく、それを抜いていけない未来が」

「なんとなく……!?」


 う――。

 なんとなくは余計だった。

 罪悪感から、ひどく消極的な言葉を使ってしまった。


「そもそも守護竜が、予言を使えたなど聞いたことが」

「い、今覚えたのだ」


 自分でもわかる。

 我の瞳は完全に泳いでいた。

 対して、勇者はショックから完璧に立ち直り、我を睨んでいる。


「その予言が正しいとしても、私はこの剣を抜かなければならない。魔王の支配に苦しむ世界を救うという義務が、私にはあるのだ」

「そ、そこを曲げて頼む」

「なりません!」


 が、頑固者め。

 我が言っているのだから、大人しく従えばいいのだ。

 聖剣を手にすることが決まって、気が大きくなっているのかもしれぬ。


「わかった。正直に言おう。実は、その聖剣はフェイクなのだ」

「フェイク?」

「そうだ。本物は1000年も前に――」

「それはありません」


 勇者はあっさりと否定した。


「握った瞬間にわかりました。これは聖剣だと……。いえ。これが本物の聖剣でなくとも、私はこの剣が気に入りました。是非とも我が愛剣にしたく思います」

「いや……。その剣はな。我が妻の形見――」

「守護竜殿はさっきから何を言いたいのですが!」


 勇者は一喝した。

 我はぴくんと長い首を竦める。


「先ほどから抜くなといえば、予言といったり、偽物だといったり。今度は、妻の形見ですか! あなたは守護竜であることをお忘れか。妻も形見もないでしょう」


 ご、ごもっともです。


「私に気を遣っているのであれば、はっきり言えばいい!」

「え??」

「私には聖剣の持ち主たる素養がないと」

「いや、そういうわけではないが――」



 はっ――!



 しまったっっあああああああああああああああああああ!!


 最初からそういっておけば、良かったではないか!!


「なんと! 私には素養があると」


 勇者はすっかり自信を取り戻していた。


「いや、それは素養があるけど、聖剣の持ち主たる――」

「わかりました。残念ではありますが、諦めましょう」

「おお! そうか」


 我はホッと胸を撫で下ろした。

 ふー。なんとかこれで生き伸びることが出来そうだ。

 だが、我の受難がこれで終わるわけがなかった。


「ただ1度だけで良いのです。台座から剣を抜いて、剣を振らせていただきたい」

「それは……。そのぉ……」

「1度だけでいいのです。お願いします」


 勇者はザッと身を引くと、固い岩盤の上に膝を突き、頭を下げた。


 許されるなら、我の方が伏してお願いをしたいところだ。


 そこまで……。


 そこまでして聖剣がほしいのか。

 世界を救いたいのか。

 頭を深く垂れ、騎士としての矜恃を投げ打ってでも、剣がほしいと。

 さすがは我が試練を抜けし勇者。


 あっぱれである。


「わかった。聖剣を持って行くがよい」

「は?」

「そなたは試練を越えてここまできた。その聖剣を持って行くが良い」

「聖剣の主として認めると」

「2度は言わぬ」

「ありがとうございます、守護竜ガーデリアル様」


 最初からこうすればよかったのだ。


 確かに3000年の長き月日を生き、役目に勤め、その終着が「死」というのは、あまりにも無体なことだ。


 だが、彼の手には聖剣を待ち望むたくさんの人間の命が握られている。

 その命を竜1匹の命で救えるなら安いものだ。


 胸が空くような覚悟を見て、我はつい勇者と他愛のない話をしたくなった。


「そなたには、家族がいるのか?」

「結婚はまだです」

「そうか。勇者であるからな。家庭を持つのは難しいか」

「まあ、それもありますけど……。ほら、勇者って肩書きだけで割と女の子が寄ってくるっていうか。ぶっちゃけ、勇者ってモテるんですよ」

「は?」

「聖剣とかとっちゃったら、そりゃもう引く手あまたでしょうね。はは……。俺の金玉もつかなあ」

「そなた、世界を救うために勇者になったのではないのか?」

「そりゃあ、勇者になったんだから、世界は救いますよ。けど、そのためっていったら、テンションが下がるじゃないですか。報酬っていうか、バックがデカいからやってるっていうか」


 我の中で何かがガラガラと崩れていく。

 そして目の前にいるのは、勇者ではなく、ただのチャラい男だった。

 我はあえて尋ねた。


女子(おなご)にモテるためにやっていると」

「ぶっちゃけそうッス。あ。そういえば、守護竜様ってドーテーでしょ?」

「…………」

「何となくわかるんですよ。匂いっていうか。今度、良い子を紹介しますよ。聖剣をくれたお礼に」



 ブチッ……。



 切れた。



「さ。ちょっくら聖剣を抜きますか」


 勇者は腕を振る。

 両腕で柄を握った瞬間、我の叫声が響いた。



「おろかものがああああああああああああああああああああああああ!!!!」


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」



 勇者は炎に包まれる。

 30000年――いや、生まれ落ちて初めて吹いた炎。

 矮小な勇者の身体を消し炭にする。

 骨すら炎にしゃぶられ、残ったのは塵芥だった。


「ふん。たとえ、試練を抜けても、そなたのような者に聖剣をやれるか」


 我が鼻息を荒くしてると、不意に声が届いた。


『ちょ、ちょっとー。ガーちゃん、なにやってんの?』


 ぬ! 女神アルティ!

 まさか見ていたのか。


『ばっちし! アルティちゃんのまん丸キュート目玉は見ていたよー。メイドじゃなくて、女神が見てた的なー。ダメでしょ、ガーちゃん。ドーテーを煽られて、キレるとかー。どっかのティーンズ作家みたいなー』


 貴様も煽るな! ビッチ女神。


『ガーちゃんには悪いけど、今のマジエラい人に報告するから』


 まさか大神に報告するのか……。

 我の心は一瞬後ずさろうとした。


 だが、魂の奥深くから湧き出てきた感情が、それを押しとどめる。


 怒りだ。


 理不尽な運命への怒り。

 その首謀者たる神々への怒り。

 首をもたげ、我は天に唾を吐くように叫んだ。


「報告するなら報告するが良い」

『え?』

「その代わり、我は全力で聖剣を守る。何者でもない。我自身のため」

『わかってるー? そんなことしたら、マジ人類滅亡よ。守護竜ガーデリアルじゃなくて、邪竜ガーデリアル的なー』

「我が邪竜なら、お前達は邪神であろう。そもそも聖剣を抜くと我が死ぬなどとふざけた運命を与えたのは、お前達――神だ」

『むぅー。超くぁいいアルティーを邪神なんて。激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームなんですけど』

「大神に伝えるがよい。聖剣なき後も生きられるようにしなければ、邪神でも邪竜でもなんでもなってやるとな」

『もうわかった! じゃあ、ガーちゃんにかかってる神の恩恵はなしね』


 しまった!


 そういえば、そういうのがあったな。


 神の恩恵というのは、簡単にいえば我の食料だ。

 本来、定期的に摂取しなければならないのだが、神によって常に供給され続けていた。


『御飯抜きだから! 後悔してもしらないんだから』

「ふん! 神など頼らなくとも、生きてみせるわ!」

『ガーちゃん、ばーか、ばーか。ドーテー守護竜!』


 だから、ドーテーを煽るな!!

 こうして、我は神に反逆し、自分の命のため全力で聖剣を守ることにしたのだった。


次回更新は本日夕方を予定しています。

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