第21話 竜の料理人、覚醒する。
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冒険者どもを招くとなれば、それなりの餌が必要だ。
我が元には、聖剣と正体不明の名剣が存在し、撒き餌にするつもりだった。
邪竜という悪も、名誉を求める一部の冒険者たちには、さぞ魅力的に映るであろう。
だが、聖剣や竜が冒険者どもを熱狂させるものであるなら、我は今頃こんな苦労はしていない。
おそらくこの時代にとって、我も聖剣もまさしく時代遅れの代物なのだろう。
大変忌まわしい事実ではあるが、時の流れを覆すことは容易いことではない。
故に何か新しいことをやろうと我は考えていたのだが、よもやこんなに早くヒントが見つけるとは思っていなかった。
我は念話で2人に話しかける。
『ニーア、フラン……。プラン変更だ。我の指示通りに喋るが良い』
「わかった」
「は、はい。頑張ります」
現在、2人は揉みくちゃにされていた。
竜の守護を受けた冒険者志望の出現は、瞬く間にギルドの待合室に広まる。
2人のカードは、冒険者たちの羨望の眼差しを受けていた。
「本当だ」
「竜の力だ。本当にこんな特殊補正があったなんて」
「子供がAクラス?」
「いや、もう1人はSクラス間近だぜ」
「すげー!」
「子供だろ。Gクラス冒険者だとして……」
「プラス補正が“6”引き上がるなんて、聞いたこともねぇぜ」
いいぞ。煽れ。煽れ。
もっと我が加護を崇め奉るがいい。
竜の力の価値を上げるのだ。
頃合いを計り、ニーアに念話で話しかける。
我の考えを打ち明けると、我が妻は頷いた。
「そんなに竜の力、すごいの?」
「凄いなんてものじゃありません。そもそも竜の加護を受けてきた人を見るのも、みんな初めてなんですから」
獣人の受付嬢が、ふんと鼻を鳴らしていった。
ニーアはぼんやりとした眼を上げる。
「竜の加護を受けられる場所を知ってるよ」
「ホントですか!?」
受付嬢はおろかギルドにいる冒険者全員が、聞き耳を立てた。
「タフターン山にいけばいい。そこの竜に頼めば、力を貸してくれる」
「マジかよ!」
「タフターン山ってどこだ?」
「ここから南東にある山だろ」
「確か竜がいたぞ。お昼寝ドラゴンっていう」
近くの冒険者が飛び上がった。
騒然とした空気に再びギルドは包まれる。
「ただし竜が認めた人だけどね。生半可な装備じゃダメだよ」
「な、なるほどな」
「一理ある」
フランが見かねて付け加えた。
「宿は近くにミーニク村という場所がありますから、そこをベースキャンプにするといいですよ」
「獣人のお嬢ちゃん、ありがとうよ」
「早速、行こうぜ」
どかどかと冒険者たちは、ギルドを出ていく。
すると、突然酒瓶が割れるような音が聞こえた。
皆の視線が音があった方向へと向けられる。
1人の紫髪の女が、机に椅子を投げ出し座っていた。
冒険者でごった返してるギルドの中にあって、その女の周りだけスペースが空いていた。
ほう……。
千里眼で見ながら、値踏みする。
かなりの使い手だな。
雰囲気でわかる。
『気を付けよ、ニーア』
「わかってるよ、ガーディ」
女は立ち上がり、2人の方へとやってきた。
人垣が海のように割れる。
骨が剥き出しになったような白い肌。
やたらと長くなった前髪を2つにわけ、口元にピアスをはめている。
線は細く、露出したお臍と胸元は否応なく男の視線を集めていた。
軽装で防具は少なく、代わり腰には二振りの短刀を差している。
鞘同士が当たって、女が歩く度に乾いた音を立てていた。
2人の少女の前に立つと、口角を上げた。
黒い三白眼を光らせる。
「へぇ。可愛い冒険者様だねぇ」
女はピッと他の冒険者の手元にあったニーアのカードを見つめた。
三白眼を一層細め、やがて投げて返す。
ナイフのように投げられたカードを、ニーアは受け取る。
「竜の加護か。なるほど。興味があるね」
「ならタフターン山に行けばいい」
「けどね。そんなにあっさり信じるほど、冒険者家業は甘くない。特に子供ながらで、竜の力なんて持ってる冒険者は胡散臭くてたまらない」
「ニーアたちが信じられない?」
「タフターン山といえば、先日騎士団の侵攻があったばかりだ。表向きは山賊退治だって聞いてるけど、それから音沙汰はない。何かあったって考えるのが、当たり前だろ?」
なあ、と他の冒険者に同意を求める。
常軌を逸した眼力に、他の者は完全に射竦められていた。
おそらくこの辺りでは有名な冒険者なのだろう。
『ニーア、名を聞け』
我は念話を飛ばす。
この手の輩はもったいぶるかと思ったが、女はあっさりと自己紹介した。
「あたしかい? あたしの名前キヌカだよ。蜘蛛のキヌカという名前を聞いたことがない?」
「ない。それでキヌカ。どうしたら、ニーアを信じてくれる」
その言葉を待っていたよ、と言わんばかりに、キヌカは口角を歪めた。
近くに立っていた冒険者の懐からナイフを抜く。
壁に向かって投擲した。
見事、1枚の手配書に刺さる。
それは森で暴れ回っているモンスターを倒す依頼書だったが、条件としてBクラス以上の冒険者と書かれていた。
「こいつはこの辺で最近暴れ回っているモンスターでね。何人かこのギルド出身の冒険者を殺してる。こいつを殺せたら、信じてやるよ」
「キヌカさん、初心者にBクラス冒険者以上の難度のクエストは難しいですよ」
2人をかばったのは、獣人の受付嬢だった。
「そいつらはBクラス以上の冒険者の資質を持っているんだろ。これぐらいちゃっちゃとこなしてもらわないと――」
「わかった」
「に、ニーアさん」
慌てたのはフランだった。
激しく尻尾を振って、あわあわしてる。
同じく獣人の受付嬢も、尻尾をピンと立てた。
「危険ですよ、ニーアさん」
「大丈夫。ニーアは強い」
自信満々にニーアはVサインを掲げた。
ニーアたちは早速、モンスターがいる森に行った。
「あの……。フランもついてきていいんですか?」
「フランは今のニーアのパートナー……。だから、付いてきて欲しい」
「でも、足手まといじゃ」
「大丈夫。ニーアも強いし、フランも同じぐらい強い」
フランは項垂れる。
やはりまだ自信が持てないらしい。
森の中を黙々と歩いていたフランは、ふと立ち止まる。
強い植物の香りに混じって、ひどく獣性のある匂いが鼻腔を突いたのだ。
「ニーアさん、立ち止まってください」
「ん?」
瞬間、影が茂みの奥から飛び出した。
ニーアに襲いかかると、小さな身体が吹き飛ばされる。
『ニーア!』
我は割れんばかりの声で叫んだ。
しかし、妻は起き上がらない。
フランは駆け寄ろうとした瞬間、影に阻まれた。
現れたのは、四足歩行の魔獣だった。
獅子のような鬣に、虹彩のない黄色の瞳。
足を太く、先についた爪は常に地面にめり込んでいた。
『レオボルドか。厄介なモンスターだな』
平地や森に住み着くモンスターで、高い俊敏性を誇る。
しかも、この個体は我が知っているレオボルドより一回り大きい。
おそらく人間を食って、成長したのだろう。
レベルも通常よりも高いはずだ。
なるほど。
Bクラス以上という条件が付けられるわけだ。
『フランよ。そなただけが頼りだ。我が妻を助けてくれ』
「は、はい……。でも――」
フランはダマスカスナイフを引き抜く。
柄を持つ手は震えていた。
一方、レオボルドは走り出す。
恐怖に震える少女の姿を楽しむように、周りを走り始めた。
速い。
攪乱し、一気にフランの喉元に喰らいつくつもりなのだろう。
「見えない……」
『フランよ。ならば目をつぶれ』
「でも、見えなかったらモンスターを倒せません」
『今のそなたでは見えていても、モンスターを倒せぬであろう。ならば、同じ事をではないか?』
「確かに……」
フランは震える膝を見ながら頷いた。
『我がそなたの目となろう。そなたは我がいった方向にナイフを振るうが良い』
「わかりました」
フランは目をつむった。
瞼の裏の世界で、レオボルドが幹や土を蹴る音だけが響き渡る。
瞬間、音が変わった。
『フラン、右に斬りつけよ』
我の言葉に迷わず、フランはナイフを放った。
レオボルドの悲鳴が響く。
浅手ではあったが、モンスターの足にナイフがかかり、動きを止めた。
血を流しながら、レオボルドはフランの周りを慎重に歩き出す。
少女を好敵手と認めたのであろう。
先ほどまでいたぶろうとしていたモンスターの表情ではなくなっていた。
『フランよ。今度は目を開けよ』
フランは大人しく瞼を開けた。
荒い息を吐きながら、周りを回るレオボルドを見つめる。
『少し落ち着いたか?』
「はい。でも、レオボルドさん、怒ってます」
『うむ。それだけわかれば上等だ。では、フラン。今度はよく見るのだ』
言われた通り、落ち着いてレオボルドに目を凝らした。
我は話を続ける。
『そなたは我が料理番だ。こう思えば良い。このモンスターを我に供するには、どうすれば良いか? どこに刃物を入れれば一撃で仕留め、血抜きをし、皮を剥ぐことができるか』
小さな少女の瞳が、みるみる輝いていく。
フランはダマスカスナイフを握りしめた。
「わかります! どうやったらレオボルドさんを捌くことができるか」
『うむ。ならば行け! 後はお主の身体が教えてくれよう』
「はい!」
フランは飛び出した。
その動きに迷いも恐怖もない。
レオボルドは真っ直ぐ向かってきた少女を慌てて迎え撃つ。
爪を立て、飛びかかった。
だが、フランの方一瞬速い。
モンスターの腹に潜り込む。
ダマスカスナイフを逆手に持ち替え、あらかじめ示された軌道をなぞった。
気が付けば、レオボルドの頸動脈を差し貫いていた。
パッと散った血を浴び、フランの意識は覚醒する。
いつの間にか、レオボルドが絶命していた。
くたりと力無く倒れる。
フランはレオボルドの腹から這い出ると、荒い息を吐き出す。
自分が討ち取ったモンスターを凝視した。
「やった! ……やりましたよ、ガーディ様」
『うむ。よくやったな、フラン』
フランは尻尾をピンと立てる。
すると、ぴょんぴょんと森の中を犬のように駆け回った。
料理人という直死の魔眼能力が覚醒ですw




