幕間 開戦、序章
日間ハイファンタジー部門10位まで来ました!
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タフターン山を版図に含むカステラッド王国。
その王都リバールの中心カステラッド城の角の角に、王国観光資源調査室が存在する。国の観光資源を発掘、発展、整備を担ってきた部門は、観光協会と俗称で呼ばれてきた。
その課長デュバリイェ・シューバルトは、部屋の奥でひっくり返っていた。
名前こそ厳ついが、小男で小心者。弱者に強く、強者にこびると評判の有名な男だった。
「少女だと!」
部下の報告を聞き、ドンと叩く。
机の上に積み上げられたもう1月以上も待たされている決済の書類が、崩れ落ちた。慌てて部下は拾い上げるものの。
「それもよくわからん力となんだ?」
2発目によって完全に瓦解してしまった。
「なんだ、そのふざけた報告は。もっと詳しい情報を持ってこい。いつも言っているだろう。ほうれんそうだと。報告、連絡、相談。まだわかっていないのか」
唾を飛ばし、デュバリイェは部下をなじる。
また始まった、という空気が流れた。
不幸に報告役となった新人の室員は、先輩に助けを求めるが、書類に目を落とし、見て見ぬ振りをしていた。
「ですが、ただありのまま地方警備局から聞いたことを報告しているのです」
「地方警備局め。役立たずの金食い虫め」
「向こうも大わらわでした」
「それはそうだろう。兵士の1人が死亡。2人が行方不明なのだからな」
正確にはさらに4人の衛士が行方不明となっているのだが、この時のデュバリイェは知らなかった。
「どうしますか?」
「ほうっておけ。地方警備局の馬鹿共か、騎士団連中がなんとかするだろう」
「いえ。そういうわけではなく。タフターン山をどうするかです。王国の兵士が殺傷されるような場所を、観光地として今後もPR活動してもいいものかと」
デュバリイェはぴくんと片眉を動かした。
「観光地としては、すでにタフターン山は死に体です。そりゃ30年前なら大型のドラゴンが見られると聞けば、お客も集まったでしょうけど。あそこのドラゴン――えっと――ガーデリアルでしたっけ? 魅力がなさ過ぎですよ。ただ眠ってるだけだし」
本人――もとい本竜が聞けば、さぞ怒り狂っただろう。
デュバリイェはガーデリアルに同情したわけではないが、ぎろり新人室員を睨んだ。
「だったら、竜に芸でも仕込むか?」
「それが出来れば苦労はありませんよ」
「ともかく却下だ。そもそもあそこの観光資源開発にどれだけの公費が投入されておるか知っておるのか。未だ我々はペイ出来ていない。多額の借金だけを残して閉山なんかしてみろ。枢機院の貴族連中に知られたら、即刻私の首が飛ぶんだぞ。お前、それでもいいと思っているのか、ああ!?」
「いや、そういうわけでは――」
「だったら、ない頭を振り絞ってでも、知恵を出せ! 以上だ」
とぼとぼと新人室員は自分の席へと戻っていく。
それと入れ替わるように別の室員が、デュバリイェの前に立った。
「室長。大竜騎士団団長が面会を求めていますが」
「なに? グローバリ団長がか」「
本名グローバリ・ヴァル・アリテーゼ。
大竜騎士団の団長にして、その腕1本で伯爵位になった強者だ。
本人は社交界を嫌い、常に戦場にありたいとして、領地に引っ込むこともなく、10年近く騎士団を率いている。
貴族の位を欲するデュバリイェからすれば、理解しがたい変わり者だが、貴族であることに代わりはなかった。今まで話したことなどないが、折角貴族様が王城の辺境までやってきたのだ。
なんとか取り入ることができないものだろうか。
欲望の権化ともいえる小男が考えるのも無理なかった。
「わかった。応接室に通せ」
「かしこまりました」
デュバリイェは思わず口角を上げた。
数分後、デュバリイェは重たい太鼓腹を揺らして、応接室に入る。
グローバリは木の椅子に腰掛けていた。
背もたれにもたれかかることもなく、ピンと伸ばした背筋は武人然としていた。
黒髪に、黒い瞳。
掘りの深い顔は、真面目そうな人柄を一層引き締めていた。
団長になってからも、鍛錬に明け暮れているのだろう。肌は浅黒く焼け、膝に置いた手には、真新しい傷が出来ていた。
まるで1本の刃物が立っているように見える。
思わず息を飲み込んだ。
一方、グローバリは立ち上がる。
小物のデュバリイェを大きな影が包んだ。
「手数をかけるな、室長」
「あ。いえいえ。グローバリ伯爵。どうぞ、お座り下さい」
「任務中ゆえ、城内では団長とお呼びいただきたい」
噂に違わぬ堅物だ。
デュバリイェは肌の味を確かめるようにグローバリを値踏みした。
お互い差しで向かい合う。
口火を切ったのは、デュバリイェだった。
「報告は聞いていると思うが、地方警備局の兵士が死んだ」
世間話もさせてくれないらしい。
デュバリイェは本題から話を始めた。
「聞いております。気の毒なことです」
手を組み、神の祈りでも捧げるかのように瞼を伏せた。
「室長には行っていないが、麓の村の衛士の中には我が騎士団の1人が出向していてな。独自に定時報告書を送らせていたのだが、昨日それが途絶えた」
「なんと――。では……」
騎士団が一体何故そんなところに人をやっていたのか気になるが、ともかくデュバリイェは話を続けさせた。
「警備員さらに衛士も何者かに殺された。もしくは拘束された可能性がある」
「一体誰がそんな」
「他にも、近くで王国の兵が山賊に襲われ、2名が殺されている」
「では、山賊の仕業と?」
「生き残った者の証言によれば、関連性は薄いようだが、無関係ではないだろう。故に手勢を率い、我ら大竜騎士団が任務に当たることになった。地方警備局の局長と、大臣の許しはもらっている」
「た、大竜騎士団が自ら――」
「そうだ」
ギラリと目を光らせる。
本気だ――。
グローバリは本気で騎士団を動かし、他愛もない地方の山賊を潰すつもりだ。
「たとえ、地方の山賊とはいえ、我らが大竜の鱗の一片を傷つけたものに、相応の報いを与える。すなわち、それは“死”あるのみだ」
心胆から冷える思いだった。
無意識にデュバリイェは腕と太ももを押さえる。
何かを掴んでいなければ、今にも震えだしそうだったからだ。
――噂は本当だった。
大竜騎士団の仲間意識は、他の騎士団に追随を許さないほど強い。
時に死人が出るほどの厳しい鍛錬の末磨かれ、その結束力はもはや洗脳に近いレベルにある。
昔、1人の団員が他国との合同軍事訓練の晩餐会の折り、酔った他国の兵にリンチされた。だが、目撃証言がなく不問にされたが、大竜騎士団はその報復として、次の日の合同訓練で完膚なきまでに疑いのある騎士団を叩きのめしたと言う。
幸い死人こそ出なかったが、それがきっかけとなり、騎士団は壊滅。
相手国は相当に抗議したそうだが、結局訓練中の事故として処理されてしまったという。
その事件をきっかけに大竜騎士団の名が上がったのは、なんとも皮肉である。
「そこでデュバリイェ殿にお願いしたいことがある」
「なんでしょうか?」
「現地のことをよく知る室員を借り受けたい。観光資源調査室は、タフターン山の観光開発の折り、足繁く通ったと聞く。どうかお力添えをお願いしたい」
グローバリは頭を下げる。
デュバリイェは慌てて手を振る。
狼のような目をするかと思えば、今度は頭を下げてきたのである。
噂通り、よくわからぬ男だ。
すると、デュバリイェはピンと来た。
ここでグローバリに恩を売っておくのも悪くない。
良くも悪くも、目の前の男は武人だ。
戦で恩を売られれば、返さずにはいられないだろう。
ぐふっ、とデュバリイェは豚のように笑った。
「では、私が参りましょう」
「おお。室長殿が」
「お任せを。タフターン山の資源開発は私が若い頃に手がけたものです。きっと閣下のお役に立てるかと」
「それは心強い」
デュバリイェはグローバリの手を握る。
思ったよりも冷たい手だった。
ここからお話がドンドン動いていきます。
本編はすぐ12時過ぎに投稿する予定なので、楽しみにしていて下さい!




