プロローグ
守護竜から邪竜と呼ばれるようになった竜と、その幼妻のお話です。
よろしくお願いします。
2017年8月5日に追加しました。
『ふははははははは……。よくぞ来たな、勇者の一行よ。歓迎するぞ』
邪竜の哄笑がタフターン山の嶺に響き渡る。
その山の麓にある試練の洞窟の前では、数名の人間たちが頂上付近を睨み付けていた。
「邪竜ガーデリアルのご登場ってわけか。本当に頂上まで行けば、聖剣をもらえるんだろうな。嘘だったら承知しねぇぞ」
無礼な物言いの冒険者は、ニヤリとゲスな笑みを浮かべた。
『威勢だけはいいな。むろん、聖剣はやろう。我が試練のダンジョンを踏破できればの話だが』
「楽勝でクリアしてやるよ」
リーダーらしき戦士が、剣を掲げる。
すると、一斉に冒険者たちは駆けだした。
ダンジョンの中へとなだれ込んでいく。
現れたのは、山の中の洞窟とは思えないほど、静謐な場所。
見たこともない材質で部屋がすっぽりと覆われていた。鉄――だろうか。鉄靴で叩くと硬質な音が返ってくる。
何かすべての感情を廃された孤独な部屋だった。
『ここは「心の間」。訪れたものの心を測る間だ。さて、貴様らは正気を保っていられるかな』
どこからともなく邪竜の声が聞こえる。
おそらく念話を使って、直接冒険者に語りかけているのだろう。
実に気持ちの悪い声だ。
「精神耐性でも計ろうってのか。おい、神官。補助魔法だ」
「わ、わかってるわよ」
「お前、びびってんのか?」
「ビビってなんかいないわよ」
「とっとと聖剣もらって、金に換えようぜ。俺、明日まで家賃を振り込まないと、家主に追い出されちまう」
お調子者のスペルマスターが肩をすくめた。
その横で神官が精神耐性を上昇させる魔法を唱えはじめた。
「何が心の間だ。俺たちの心がそう易々と折れるものか」
「油断すんなよ、お前ら。相手は邪竜だ」
「取るもん取ったら、早く出て行きましょう。なんか気味悪いよ」
その時だった。
耳にしたこともないような無機質な音が、天井の方から聞こえた。
ぽっかりと穴が開くと、何か大きな目玉が降りてくる。
モンスターかと思ったが、違う。
生物的な動きではなく、何か心のない殺人鬼のようにリーダーの目に映った。
目玉はじっとこちらを見つめる。
瞬間、チカッと赤い光が点滅した。
大気に蒸気が走る。すると、何かが落ちる音がした。
振り返る。
先ほどまで声を張り上げていたスペルマスターの胴と首が離れ、落ちていた。
「いやあああああああああああああああああ!!」
悲鳴を上げたのは神官だった。
半狂乱になりながら、スペルマスターに回復の魔法を掛ける。
「落ち着け! そいつはもうダメだ」
リーダーは顔を歪ませる。
その側をナックルスターが駆け抜けていった。
いつもは冷静沈着な武術家の顔には、怒りの表情が見て取れる。
風のような速さで“目玉”に接敵し、飛び上がった。
得意の回し蹴りをお見舞いしようとするが――。
チカッ。
また光った。
ナックルスターの顔が歪む。
だが、そのまま蹴りを“目玉”に放った。
見事撃破し、爆発する。
ナックルスターは爆風をもろに食らい、、頭から床に叩きつけられた。そのまま蹲り、脂汗を吹き出しながら悶絶する。
抱えた足からドクドクと血が流れた。
「お、おい。大丈夫か。今、治療を」
振り返ったが、神官は激しく狼狽したままだ。
今でも必死に胴と首をつなげようとしている。
リーダーは舌打ちした。
一方で、太ももを貫かれたナックルスターの意識が薄れていく。目の照度が時間を経つ毎に失われていった。
「ちぃ!」
リーダーはナックルスターを諦める。
神官の手を無理矢理引き、奥へと進んだ。
再び広い空間に出てきた。
今度は洞窟然として、あちこちにたくさんの武器防具が転がっていた。聖剣の試練に挑んだ冒険者達の慣れの果てだろうか。
『よくぞ『心の間』を抜けてここまで来た。古代の兵器の味を心ゆくまで堪能してもらっただろうか』
気味の悪い念話が聞こえてきた。
当然だが、邪竜の声だ。
「うるせぇ! てめぇ、見つけたら絶対殺してやるからな」
『頂上までくれば、いくらでもお相手しよう。それでは次の試練『技の間』だ。ここでお前達の技を見せてもらおう』
「いいだろう。存分に見せてやるよ」
『では、我が配下がお相手しようか』
空間内がぼんやりと赤く光り始めた。
あちこちで魔法円が浮かび上がり、武器や防具が円の中に吸い込まれていく。
それに取って代わるように現れたのは、モンスターだった。
しかも、スライム――。
「配下とかいうから、どんな化け物が出てくるかと思ったら、スライムじゃねぇか」
「ちょっと待て。なんかおかしいよ。どんどん出てくるよ」
神官がリーダーの背に隠れる。
だが、無意味だった。
前にも後ろにも、右にも左にも、天井にも……。
無数のスライムで部屋が溢れかえっていた。
「では、貴様らの“技”を見せてもらおうか」
それが合図であったかのように、何千何百匹ものスライムが襲いかかってきた。
冒険者達はあっという間にスライムの波に飲み込まれる。
むろん、これでは技の出しようがなかった。
「たすけ――」
救助を請うた神官の口に次々とスライムがなだれ込んでいく。
息を吸うことも困難になった神官の目はぐるりと回った。
掲げていた手もだらりと垂れ下がり、スライムの海に飲み込まれる。
一方でリーダーはなんとかスライムの海から這い出た。
力技という技を使い、強引に抜け出してきたのだ。
仲間の亡骸を一瞥することなく、命からがら次の層を目指す。
今、彼を動かしていたのは、聖剣への飽くなき欲求ではなく、邪竜に対しての怨念と復讐心だけだった。
『さて、次の部屋だが』
「なんでも来やがれ! そしててめぇ、ぶっ殺す」
『残念ながら、まだ改築途中でな。故に、我が妻が相手をしよう』
「妻――」
次層へと続く狭い道に現れたのは、1人の少女だった。
三角帽に黒いマント。魔法使いのようだが、いやに若い。
14、5歳といったところだろうか。
どこからどう見ても、人間。竜には見えない。
手には穴の開いた鉄の筒のようなものを持っていた。
武器かと思うが、記憶にはない。
だが、邪竜が何かを企んでいることは確かだった。
それよりもリーダーの頭に浮かんだことは、この娘を犯すことだけだった。
邪竜の妻が人間であることなど、この際どうでもいい。
邪竜もまた今、己の心のように復讐の炎で燃えさかれば、それだけで満ち足りた気分になれる。頑なに信じていた。
リーダーはスラリとナイフを握る。
「お嬢ちゃん、大人しくしていろや」
たん、と地を蹴った。
速い。そして視線から少女が追いついていないことがわかった。
瞬間、乾いた音が狭い回廊に響き渡った。
何か焦げたような匂いが当たりに立ちこめる。
少女が手に持った鉄筒から、細い煙が立ち上っていた。
リーダーは悲鳴を上げるまでもなく、倒れた。
眉間には穴が開き、血の線が1本たらりと流れる。
冷たい亡骸となった冒険者に背を向け、少女は顔を上げる。
「ガーディ、やったよ」
『ご苦労だったな、ニーア』
「ニーア、エラい?」
『えらいえらい。後でペロペロしてやろう』
「やったー!」
ニーアと呼ばれた少女は手を叩いて喜ぶ。
「ガーディも随分、邪竜らしくなってきたよ」
『そうか。そういわれると、少々照れくさいな』
「照れてるガーディ、可愛い」
『むむ……。ともかく戻ってこい、ニーア。そろそろ夕餉の時間だ』
「ニーア、お腹がすきすき」
お腹を抱えて、とぼとぼと歩き出す。
すると何かを思い出したらしい。
倒れた冒険者の元に戻ってくると、握ったままの剣をはぎ取る。
「おお。結構、良い剣かも。ガーディの晩ご飯これで決まり」
むふっと満足そうに笑うと、ニーアは頂上の方へと戻っていった。
次回からは少し過去のお話になります。