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欠片のそら  作者: さんくす
楽の国
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1章-7 暗躍

 二人が飛び出した時には、すでにオペレーションルームは騒然としていた。


「みんな落ち着いて!状況の確認を!パトロール隊はそのまま任務を続行させなさい!」


 リルルの凛とした声が通ると、腰を浮かせかけていた者たちは再び画面に向かった。

 その他の手の空いた者、その中でも先の女性オペレーター、“エファナ”と特に仲の良い他の職員たち三名が、リルルとライネスの元に集まった。


「悪いけど、私はレイン・スパインタークの安否確認と誘導にかかるから別行動をとるわ。あとはよろしくお願いします、所長」


「了解だ。よし、俺たちが捜索チームだ。ロン、カッシィ、お前たちは記録映像を洗ってくれ。俺とハレー、エファナは足で捜すとしよう」


 それぞれの返事を聞くと、ライネスたちはオペレーションルームから飛び出した。ライネスはハレーと呼ばれた男性オペレーターを格納庫に向かわせると、エファナと共に、エントランスへの廊下、そこへ連結するまでにある部屋を片っ端から調べていった。

 二人の声が響き渡るも、返事はない。パニックで過呼吸を起こしかけたエファナを休ませるべく、廊下で休憩を取らせていると、先程別れたハレーが戻ってきた。


「ダメです。格納庫にも向かった痕跡はありません。一応整備士にも確認しましたが、レインくんを連れてきて、格納庫から出て以降は姿を見ていないそうです」


「そうか……」


 それを聞いたエファナの顔色は青を通り越し、まさに死人の形相になってしまった。肩を抱え、ガタガタと震え始めたエファナを宥めようとしたところで、城のエントランス方面の扉が開く音が響いた。同時に、生臭いような、金臭いような、あまり好ましくないにおいもわずかに届く。


「ボゥか。お前も――お前、どうした?」


 安堵とわずかな不安と共に振り向いたライネスの顔が固まる。ボゥも似たような表情をしていた。狼狽えたライネスは息を吸い込み、あまりにも酷いにおいに鼻に皺を寄せ、ボゥの手を見やり――そして瞠目する。


「……とりあえず医療班に病院まで運ばせた。応急処置程度の止血はしたんだが、助かるかはわからん」


「なん……!?そ、そりゃどういうこった」


 ライネスが声を絞り出すと、ボゥはわずかに眉を動かし、座り込むエファナを盗み見た。

 察したライネスが何か言うよりも早く、空気が弛緩する。気を強く保とうとしていても、まるでそうあるように強制されているかのように力が抜けていく。

 わずかに圧力にも似た何かが混じっていることを除けば、いつまでもそこにいたくなる、そんな優しい気が周囲に満ちた。みるみるうちにエファナの顔色が戻り、呼吸も落ち着いたものになっていく。だが、それは次から次へと重ねられていく掛け布団の様でもあった。


「やりすぎだ!」


 張るそばから弛緩していく意識を無理やり奮い起こしてライネスが叫ぶ。その言葉を聞いてか、すぐに弛緩の嵐は止んだ。

 後ろでハレーが頭を振りながらたたらを踏んだ。急に無重力から重力下に引き戻された様な感覚に襲われているらしい。何度も瞬きを繰り返しては欠伸を噛み殺している。


「すまん。だがどうしてもエファナには聞かせられないことだったんだ」


「人の心配してる場合か。お前の方がよっぽど動揺してるじゃねえか……」


 少し申し訳なさそうに俯いたボゥは、そのまま言葉を紡ぐ。


「倒れていた人間は、顔の皮膚の8割ぐらいが剥がされていた。TAGからコーディと判断できたくらいだ」


 周囲の気温が突然下がったようだった。真っ白になった顔で、ハレーが問いかける。


「な、七割……ですか?ひ、皮膚だけを?」


「ああ。ご丁寧に内臓は……眼球や歯はそのままにな」


「ふ、ぅっ――――!!!!!!!!」


 胃の内容物を吐き出しそうになったハレーは慌てて口を抑えて唾を飲み込む。


「確かにこんなことは絶対にエファナには聞かせらんねえが……何度でも言うぞ。やり過ぎだガキ。自分の力量をきちんと把握してからやりやがれ」


「……本当にすまん」


 ようやく頭を下げたボゥに、ため息混じりに一つ頷いたライネスはエファナの様子を伺う。呼吸も規則的で、傍目からは眠っている様にしか見えない。

 ライネスが遠慮がちに肩を揺すると、呻き声が口から漏れると同時に瞼がほんの少し痙攣した。

 ライネスは今度は安堵のため息をつく。


「ああ良かった。失神してたら厄介だったぞ。今度は医療班の連中が疲労で倒れるところだったぜ。とりあえずハレー、この子をすぐそこの給湯室まで運んでくれ。ボゥは手と顔を洗ってこい。俺は先にオペレーションルームに戻る」


 各々が頷き、動き始める。ライネスはハレーがエファナを抱きかかえるのを手伝うと、すぐさまオペレーションームに向かう。



         ―       ―



「リルル主任。どうだ?」


 開いた扉からすぐに放たれたライネスの言葉足らずの発言だったが、意味を理解したリルルは首を横に振る。


「ダメ。全く繋がらない。誰かが意図的に妨害してるみたいですごくモヤモヤするわ」


「妨害って言ったってなあ……レインの通信封じて何の得があるんだ?」


「私が聞きたいくらい」


 そう言ってこめかみを揉みほぐすリルル。


「コーディは?帰ってきたということは見つかったの?」


 ライネスは逡巡するが、意を決して口を開いた。


「……ああ。コーディと判別できないくらいひどい傷を負わされていたそうだ。医療班が回収はしたそうだが、どうなるやら……」


「――っ。……エファナにそのことは?」


「伝えてはいない。とはいえエファナ自身、体調を崩して今給湯室にいる。現状一番状況を知っているのはボゥかもしれん」


「どういう意味?」


 ライネスは経緯を説明する。顎に手を添えたリルルは一つ頷いた。


「後で詳しく話を聞かせてもらいましょう。一応、あなたも」


「畏まらんでいい。了解したとも」


 緊張した面持ちでのやり取りの直後、再びオペレーションルームの扉が開かれる。光の中から大きな影が伸びた。ライネスが振り向くと、まだ指先から雫が垂れているボゥの姿が目に入った。


「待たせた」


 ボゥがこちらに歩いてくる。わずかに躊躇い、それから意を決したようにリルルが口を開く。


「ボゥ・スパインターク。コーディ・ノクス失踪及び傷害事件について後ほど詳しく伺います。よろしいですね?」


 ボゥは少し目を見開いてから、ゆっくりと頷いた。リルルはそのまま踵を返すと、コーディの席に着き、機器の調節を始める。

 今やオペレーションルームは静まり返り、皆、二人のやりとりを一つでも見逃さまいと息を凝らしていた。

 周りを見回して、ボゥが髪をかき上げながら苦笑いする。


「あー、それで、レインは今どういう状況なんだ?誰か教えてはくれまいか?」


 ほっ、と幾人かが息を吐き出したのが聞こえる。ライネスも苦笑いをこぼすが、すぐに表情を曇らせた。状況は何も好転していない。


「すまん。いまだに連絡すら取れん」


 ボゥが髪をかき上げたままの手で頭を掻く。だがその表情にはいつもと変わらない穏やかさがあった。


「そうか。なに、あいつなら大丈夫だろ。俺の息子なんだ。そうそう死なないさ」


 その言葉に気合を入れ直す職員たち。つくづく慕われているな、とライネスが茶化そうとしたその時だった。


『誰か!!!誰か聞こえますか!!!!!』


 ノイズ交じりの大音量がルーム一杯に響く。リルルの手が閃光の様に霞み、機器を調節すると、どんどん声がクリアになっていく。


『こちらレイン・スパインターク!!!外敵と接触した!!緊急時対応要項第7項にのっとり、自動操縦の解除を…うわあっ!!』


 再び大きなノイズが走る。


「レインくん!!聞こえる!?レインくん!」


 リルルが懸命に問いかけるが、ノイズが収まってから送られてきたのは、先ほどと同じ内容を繰り返すレインの声のみだった。


「こちらの声が届かないのか……」


 呻くように誰かがつぶやく。

 同時に駆け出す音と何かをつかむ音が重なる。


「どこへ行くつもりだ!」


「助けに!」


「罠かもしれん!今ここでお前までうしなって堪るか!」


 ライネスが強く言うと、駆け出そうとしていたボゥが言葉に詰まる。苦しそうに、必死に言葉を探し、懸命に何事か言おうとするが、すぐにがっくりと肩を落とした。

 ライネスは、それが演技でないと確信するまで十分時間を取ってから、ボゥの腕から手を離した。


「……コーディが回復したら話を聞こう。犯人を必ずあぶりだす。レインの通信妨害との関連性は甚だ疑問だがな。……今はこらえろ」


 ボゥが頷く。ライネスが一息ついた時、リルルと共に別の計器調節を行っていた女性オペレーターが声を上げる。


「主任!映像拾いました!」


「正面に出して!」


 蒼い空が映し出され、ライネスは一瞬、罠だと思った自分の予感が当たったのだろうとモニターを冷ややかに見つめていた。そして、次に映し出されたモノを見て、愕然とする。


「嘘だろ!?バードタイプだけで8機……!?」


「警戒ラインはどうなってたんだ!警報は!?」


「今確認してます!」


 誰もがモニターを見て絶望をその顔に浮かべる。だが、彼だけは違った。


「主任!俺を出撃させてくれ!」


 ボゥの声が腹の底に響くと、ライネスはようやく我に返る。目配せしてきたリルルに向かってすばやく頷くと、リルルは再びモニターに向かう。


「許可します!」


 振り向かずに放たれた声には、裂帛の気迫がこもっていた。ボゥは今度こそ扉に向かって駆け出した。


「ごめんなさい。お願いします…!」


 リルルの吐露は、幸か不幸か、喧騒に飲まれて消えていった。



         ―       ―



 ボゥは全速力で城の避難口から外へ飛び出すと、街外れにポツンと存在する建造物へと駆ける。ドーム状の屋根は遠くからでもよく見えるが、街の外からでは木々に覆われ、容易には見つけられないように建てられている。

 そこはガレージとなっており、スクランブル隊のCOMPASSコンパスは基本的にそのガレージに収容している。


 力強いストライドで土を跳ね飛ばしながら走るボゥは、脳に直接響くような電子音を捉えると、右耳に手を添えると顎に向かって指を這わせた。

 その動きに倣って細い棒状のものが下に向かって伸びる。レインが装着した通信機と同じものだ。受信体制が整うと、声が流れ込んでくる。


『こちらオペレーションルームです。ボゥさん、応答できますか?』


「走りながらでいいならな!」


『了解。スクランブル隊全機の発進許可が下りました。ついてはタイミングをボゥ・スパインタークに一任する、とのことです』


「ほう!そいつは心強い!」


『レイン・スパインタークの現在位置に関しては、精度に欠けますが、おおよその位置を割り出すことに成功しました。スクランブル隊のCOMPASSコンパスにすでにアップロードしておりますので、詳細確認は各々よろしくお願いいたします』


「了解した!……感謝する!」


『ご武運を!』


 通信音声が途切れたことを確認すると、ボゥは先ほど見えていたガレージの扉を力強く開ける。そして階段を駆け上がりながら通信機のチャンネルを変えた。

 慌ただしく動く整備士たちをすり抜け、ロッカールームからパイロットスーツを引っ張り出す。スーツに袖を通しながら、ボゥは問いかけた。


「もうすでにみんないるのか?」


 わずかな間を置いて、声が返る。聞き慣れた、特におしゃべりな二人の声。


『いますぜ。あとはあんた待ちだ、隊長!』


『事情は聞いていましてよ。早くCOMPASSコンパスにお乗りなさいな』


「おっと、ずいぶん待たせたみたいで悪かった」


 ボゥは愛機の前にたどり着くと、人が入れるように開いた胸部装甲からひらりと身を躍らせ、操縦席に座る。顔を覗かせた整備士にサムズアップすると、胸部装甲の蓋が閉じる。

 COMPASSコンパスからの視界を得たボゥは、5機の発進の邪魔になるものが排されていくのを確認すると、声を上げた。


「さて、仕事だ野郎ども!目的はただ一つ、レイン・スパインタークの救出!」


『『『『了解!』』』』


 4つの覇気に満ちた返答を受け、ボゥはにやりと口の端を吊り上げた。


「スクランブル隊、発進する!」

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