1章–5 接敵
「それじゃ、オートパイロットにしてもらえるかな?」
レインは言われるままにCOMPASSを自動操縦に設定する。
一瞬通信表示がされた後、オートパイロットの文字が、視界の端に浮かんだ。
「良し、と。ありがとう。気を楽にして大丈夫だよ。ここからは一本道だから。着陸は自分でやってもらうけど、それまで休んでていいからね」
「わかりました。……でも、コーディさん。突然外敵に襲われたらどうするんですか?」
「こちらから遠隔操作して撤退させる。パイロットの命が最優先だから、COMPASSの全面シールドを展開して後退させるよ。襲われる恐怖はあるけど、下手に操縦させて墜落でもしたら目も当てられないからね……」
「なるほど……」
会話が途切れ、沈黙が訪れた。レインは体を座席にあずけ直すと、軽く伸びをする。離陸してしばらくは自分の操縦だったためか、少し身体が固まってしまっていた。思っていたよりも緊張していたようだ。
「……レインくんは、怖くはないのかい?」
ぽつりと、通信越しの声がした。質問というより、独り言に近い。レインはしばらく考えてから、答えることにした。
「怖くないですよ」
「……そっか。そうなんだ。すごいなぁ……」
しみじみと呟くオペレーターに、ただならない気配を感じたレインは、続きの言葉を待つ。だが、コーディもそこで言葉を切ってしまっていた。
しばらくの沈黙の後、コーディが、あぁ、と納得したような声を漏らす。
「面白い話じゃないよ?」
「構いません」
「……わかった」
一拍の空白。優しい声が、レインに伝わってきた。
「僕も、元々はパイロット志願だったんだ。だったんだけど……それこそ、この実地試験の時にね、当時はもう少し安全圏が広かったんだ。その安全圏のギリギリまで行かなきゃならなかったんだけど、そこで、外敵に襲われた」
「外敵に……」
「うん。三人同時に試験を受けてたんだけど、その時に、僕以外の二人が、恐怖に駆られてオートパイロットを切って逃げ出そうとしたんだよね。それで……背中を向けたやつから順に撃墜された。僕はオートパイロットのままで生き残ったんだけど、それ以降、とてもじゃないけど乗ろうって気持ちにならなくてさ」
「そう、だったんですね」
寂しそうな笑い声が届く。
「ごめんね。出撃中にこんなこと。私語を慎めってよく怒られるんだけど、なかなか治らないや」
冗談めかして言うコーディにかける言葉が思いつかず、レインは再び注意を前方に向けた。
そして、青空に浮かぶ黒点を、その視界に捉えた。
レインは脳でその黒点の解析と拡大の指示を送る。COMPASSはすぐさまそれの解析を始めた。それと同時に再び通信が入る。
「レイン君、落ち着いて聞いてほしい」
コーディだ。声が硬い。レインは己の予感が的中したことを悟った。
「外敵だ。数は2。距離2800。バルーンタイプが1とバードタイプがそれぞれ1ずつだ。絶対ではないとはいえ、安全圏で遭遇するなんて……君も運がないね」
コーディからの通信とほぼ同時に解析が終わったようだ。先に告げられた通り、バルーンタイプとバードタイプの外敵だ。
バルーンタイプの外敵は、風船のような球状で、下から紐のようなものを垂らしており、さらにその全体が装甲に覆われている。
だが、装甲もくまなく覆っているわけではなく、隙間から緑や赤の光が明滅を繰り返しているのが見える。球の周りを囲むように取り付けられた4つの噴射口によって浮かび、姿勢を制御しているようだ。
バードタイプの外敵は、自然にいる鳥を、機械と暴力によって塗りたくったかの様な出で立ちだった。
とはいえ、その全長は翼を広げると、横にしたCOMPASSの半分にもなる。自然として在るならば怪鳥と呼ばれる類のものだろう。
その怪鳥も、バルーンタイプと同じ様に黒い装甲によって全身を覆われている。とはいえ、バルーンタイプほど密に詰められてはおらず、配管が露出している部分が少なくなかった。
しかし、バーニアは尾羽部分に取り付けられたものも含め16基。銃口が嘴の中に取り付けられていることを差し引いても、鳥の様に羽ばたきのみで飛行できることを考慮すると、過剰なほどの機動力を備えていた。
「それで、僕はどうすればいいですか?」
「どうもしない。常駐の部隊に討伐要請を送ったから、このまま君の試験を終了して引き返すよ」
「それは、再試験ということですか?」
「いや、これで終わりだよ。正直、離陸と着陸さえ上手くできればそれ以外はあまり……あれ、これ言っちゃダメだったかも」
「……聞かなかったことにします」
「あはは、ありがとう。それじゃなるべく急いで撤退させるね。幸い向こうさんにもこちらに気がついていないみたいだ」
止まっていたレインの機体が、そのまま後退を始める。
「………………?」
奇妙な違和感。誰かの無遠慮な視線を、全身に浴びているような不快感。
初めは錯覚だと思った。緊張が緩んで、その残滓が身体にこびりついているのだと思った。
だが無くならない。その違和感が拭えない。むしろ段々と強まっていくのを感じるほどだ。
レインはほぼ無意識に、バードタイプの外敵に目を向ける。ズームアップされたそれを認識した時、レインは心臓が凍りつくような感覚を覚えた。
(こっちを見ている?)
そんなはずはない、と脳の中で冷静な部分が叫ぶ。あれらに認識された時、こちらはロックオンされる。その際、アラートが鳴るはずだ。だから自分はまだ、敵に認識されてはいない――。
がぱりと、バードタイプの嘴が開き、喉奥に取り付けられた砲門が覗く。そしてそこに、赤い光が収束していく。もう疑いようがない。
「オペレーター。自動操縦解除の許可をください」
震える声を必死に抑え、レインが請う。しかし、ひどく冷たい声がレインを迎えた。
「絶対にダメだ。さっきの話を聞いてなかったのかな?もう二度と目の前で墜ちるなんて見たくないんだ。それに向こうには気づかれてなんかいないだろう?」
「……狙われています。映像を同期します」
まずそれをすべきだったと、口の中に苦いものを感じながら、レインは映像をオペレーター側に送る。
「……了解。遠隔操作を開始。全面シールドを展開し、全力で後退します」
ため息混じりに返ってきた言葉に、レインはただ俯いて了解と答えるしかなかった。しかし、先ほどより後退スピードは上がったように感じる。未だ視界から消えない外敵二機が気になりはするが――。
「……撃ってこないし」
考えすぎだったのだろうか。しかし、現在この付近の空域にいるCOMPASSは自機のみのはずだ。だからあれは確実に自分を狙ったもの。
(おかしい。どうしてまだ撃ってこないんだろう?エネルギー切れとかかな?……それならそもそも飛べないか。うーん、それとも……)
レインは弾かれたように顔を上げる。バードタイプは今や、全身から赤い輝きを放っている。
それとも、確実に自分を殺すために何かを待っている?
バードタイプの尾から赤い光が頭に向かって引き始める。身体から光が薄まるごとに、嘴の中の輝きが異常なほど眩くなっていく。始めは赤だった光は、今や色も判別出来ないほど輝いていた。
そして、レインが、バードタイプが何をするつもりか理解するより早く、その膨大なエネルギーが、たった一機に向かって放たれた。