螺旋階段は、まわる。
螺旋階段。
階段を上っている。ぐるぐると回る、螺旋階段を。
周りには同じように階段を上る人達がいた。それは男、女、子供、老人。皆、思い思いの速度で階段を上っていた。
中には螺旋の速度に負けて上っているのに下がっている人もいた。
私はそうならないよう、少しだけ足を動かす速度を上げた。
階段を上っている。ぐるぐると回る、螺旋階段を。
周りには私と同じような年の男女が、同じような速度で階段を上っていた。
ゼイゼイと肩で息をしながら階段を駆け上がるメガネの人もいた。
私はそれを隣にいる女の子と笑って見ていた。
一瞬、遠くの男の子と目が合った。
階段を上っている。ぐるぐると回る、螺旋階段を。
周りにはまだ私と同じような年の男女が、同じような速度で階段を上っていた。
少しだけ違うのは、ちらほらと私達のグループから離れていく人がいたこと。その人達は皆、まっすぐと前を向いて力強い足取りで階段を上っていた。
私は皆から離れる気なんて無かったから、また、隣にいる女の子達とおしゃべりをしながらゆっくり階段を上っていた。
少しだけ、下がっているような気がした。
階段を上っている。ぐるぐると回る、螺旋階段を。
周りにはスーツを着た人達がいた。皆、忙しそうに時計を見たり電話をかけていたりしていた。
私も皆と同じように、資料を作ったり、スピーチの原稿を確認したりしながら忙しくしていた。
ハイヒール履いていたから、酷く足が痛んだ。それでも階段を上り続けた。皆に追い越されないよう、皆に笑われないよう。一生懸命上り続けた。
近くにいた会社の同僚、どこかで見たことがあるような男性が、心配そうな表情で私を見ていた。
階段を上っている。ぐるぐると回る、螺旋階段を。
私の隣には1人の男性が私と同じ速度で階段を上っていた。
好きだった。愛していた。この人さえいればもう他には何もいらないと思えた。周りのことなんて目に入らなかった。幸せだった。
階段は、どこまでも続いていた。
階段を上っていた。ぐるぐると回る、螺旋階段を。
私の隣には大好きな人と、小さな子供がいた。
子供は私の事をママと呼んで、私の手を握ろうと必死に腕を伸ばしてきた。私はその手を振り払った。
子供は泣きそうな顔をして、私の大好きな人の方へ手を伸ばした。大好きな人はその手を取って、引き寄せて、抱きしめた。そして、大好きな人は小さな子供と一緒に私から離れていった。
やめて、私から離れないで、私だけを見て。わたしだけをあいして。
階段は回っていた。ぐるぐるぐるぐるぐるぐる。
階段を上っていた。ぐるぐると回る、螺旋階段を。
惰性で足を動かすけども、階段の回る速度について行けずに、ゆっくりと下がっていった。もう足を動かすだけでもしんどかった。
突然、隣にいたおじさんが足を止めた。止めた直後は何か思い詰めたような苦しそうな顔をしたけど、すぐに晴れやかな表情になって階段に座りこんだ。鼻歌なんか歌っちゃってお酒を呑んで、とても楽しそうだった。
そう言えば、何でこの階段を上っていたんだっけ? そんなことが、ふと、頭に浮かんだ。
階段を上れと、誰かに言われたわけじゃない。でも、なぜか皆、階段を上っていた。だから私も同じように上っていた。そうしなきゃいけない気がした。
ここで足を止めることはしてはいけないこと、死刑に値する大きな罪を背負うことになるような気がして、私は頭が真っ白になった。それでも、もう足は動かなかった。
階段は、回り続けた。
私は階段に腰掛けて、下がっていく景色をぼうっ、と見ていた。上るのを止めた罪悪感はいつの間にか消えてしまった。
周りには前の私と同じように階段を必死になって登っていく人がたくさんいた。
私は皆より下にいるけど、皆より高いところにいるような優越感を感じていた。階段を登るなんてバカらしいこと、何も考えずに続けているんだから笑っちゃう。そんなことしても意味なんかないのに。
私は皆を見上げながら、見下していた。
階段は私を下へと運ぶ。選ばれたものだけが行ける世界へと。
階段は下がっていた。ぐるぐると回る、螺旋階段。
階段の回る速度が早まっていた。少しでも早く私を下へ連れていくために。私はそれが待ち遠しくて、自分から階段を下りていた。
あのおじさんはスーツを脱いで、ボロ雑巾みたいな格好でいた。とても汚いし、臭くって、みっともなかった。ただただ無表情で、カップお酒を呑んでいた。
周りにも同じような人ばかり。皆無表情でただ階段が下がるのを待つばかり。
どうしてもっと楽しまないの? この下にはきっと素晴らしい世界が待ってる。皆笑おう! 私は階段を優雅に下りる。みんなが私を見てる。まるでスーパースターみたい。
その時、パッと視界が明るくなった。やっとついたの?
私は嬉々として下を見た。
燃えたぎる溶岩が、螺旋階段を飲み込んでいた。動かない無表情の人達を飲み込んでいた。
私は恐ろしくなった。死ぬのは嫌だ。死ぬのは嫌だ!!
私は髪を振り乱し、必死で階段を駆け上った。視界の隅でおじさんが無表情のまま溶岩に溶けていった。 階段は、止まらない。
階段を駆け上っていた。ぐるぐると、私を殺そうとする螺旋階段を。
もうなりふり構っていられなかった。
階段より少し遅い速度で歩く人がびっくりした目で私を見る。若い女の子が私を指差して笑う。女の子の集団がヒソヒソと内緒話をする。忙しそうなスーツの人が怪訝な目で私を見る。
私は息を切らしながら足を動かす。振り上げる手がシワシワで、まるで老婆みたいだった。その手で、近くにいた手を繋ぐおじさんと女を退かす。2人が何か言っているような気がしたけれど、もう聞こえない。
走らなきゃ。この階段を、もっと上へ!!
必死で走ったかいもあって大分高いところまで来た。もう躰はボロボロだった。それでも走り続ける。
周りの人達はなぜか立派な服を着て、幸せそうな顔をしていた。
メガネを掛けた恰幅のいいおじさんの隣を駆け抜けていく。
このまま上り続ければこの人達よりもっと幸せになれる。誰よりも、私だけが!!
突然、あるはずだった階段がなくなった。私は踏ん張ることができず、そのまま何もない空間へ放り出された。一体何が起こったの?
落ちていく体。階段を見れば、それは途中でぷっつりと途切れてその先には何もなかった。
加速して落ちていく体。人々は何もない階段の頂点を目指して必死に上り続けていた。
溶岩が、私の体を一瞬で燃やし尽くした。
螺旋階段は、廻る。
回る廻る。