二幕一場
山間にポツリと佇む農家。麓へ続く道に沿って、棚田が階段状に広がっている。
「おはよーございまーす」
誰も居ねぇ……。
うっかり寝坊をして目が覚めると、そこは誰も居ない農家。離れは愚か、母屋にも誰も居ない! のである。
「防犯どーなっとるんだ」
俺は、あれアレ詐欺。つまり、犯罪者である。泥棒をするつもりは無いが、これでいいのか? と、思わないでもない。
居間には朝飯と昼飯が、食卓カバーをかけられて鎮座ましましておりました(有難や〜)。
おにぎりはしょっぱく、卵焼きは激甘である。仕様か?!
食べ終り皿を退かすと、紙が敷いてある。何々……。
『床の間に作業着を用意しています。
田んぼの草むしりを宜しく
(詳しくは別紙参照)』
「何……だと!」
ご丁寧に地図まで貼って用意周到にも程がある。
予感がして、土間へ走る。あそこには履いて来たサンダルしか無い筈だ!
しかしてそこには長靴に鎌、それに麦わら帽子と背負い籠まで置いてあった。
縛りプレイをするつもりの無い初見のRPGなのに、レベルアップせずにボスキャラとばったり会ってしまった気分だ。人生はリセット→ロード出来んのに。
考え込む事、暫し。
しかし『馬鹿の考え休むに似たり』である。
釈然としないモヤモヤを抱えたまま作業着に着替え、装備を整え田んぼへ向かう。
「スゲーな。この田んぼ全部ばあちゃんのか……」
眼下には小さく区切られた田んぼが、段々に傾斜して美しい。だが、畦には背が高い草も伸び放題になって、素人目にも惜しく感じる。
腰を下ろしてちまちまと手を出してみる。『一宿一飯の』と言うやつもある。どうにも理解が追いつかないが、草むしりくらいやってみよう。
草 む し り く ら い なんて、誰が言った?! いや、言ってはいない。思っただけだが!
とんでもない! 恐ろしい重労働である。しんどい! 腰が痛い‼︎ もはや、滝汗は汁だくなのだ。
草を毟る、ひたすら刈る。滴る汗も次第に気にならなくなり、田んぼと畦道の間の傾斜が、ジリジリと、いや確実に切り拓かれ征くではないか!
蝉の声が遠去かり、世界は俺と雑草だけに収斂されてゆく。ゾーンに入ると言うヤツか?
「おじさん、誰?」
孤高の世界に不意を打つような声が降りかかった。高く清廉な声に、訝しむ響き。
気づけば辺りは夕焼けに朱く染まり、烏の鳴き声が遠くから届く時分になっていた。