ふさふさとその伝承
ふさふさには、とある逸話がある。
それは、ふさふさは元々東洋の少女であり、貧乏神から好かれ、困り果てた末ふさふさに姿を変えた、という神話である。
しかしそれがどの神話から来たものなのかは明確には分かっていない。
その伝承元が不明とされる神話曰く、ふさふさは元々「あかり」という名前の東洋の少女だった。当時その少女は勉学を勤しむ立場「コウコウセイ」という役職に就いていた。
そしてその役職には過酷な試練が用意されていた。それは「ジュケン」。
当時のその役職について記したものによれば、あまりの過酷さに心を病む者、果てには自殺をする者まで出たらしい。
詳細は不明だが、ジュケンを受けている者は一年間まるまる机に縛り付けられ、目の前に置かれた問題を解き続けなくてはならないと記されていた。机に縛り付ける理由や方法は記されていない。
そして前回、ふさふさがぼさぼさになるという記述をした。しかし新たに調査をするにあたって、ふさふさがぼさぼさである時に混じる「テスト」や「レポート」やらの鳴き声に、新しい単語があることが判明した。
それは「ジュケン」。
ジュケンとは、これも若いふさふさにしか聞けない単語であり、更にはこの状態となる時期がかなり限られているためあまり知られていないものだった。しかしその期間は約一年、そしてこの期間はふさふさの一生で約2回迎えるらしい。
単なる言い伝えが古来の歴史と重なり、驚嘆した学者もいるが、神話を作られたものとして見るのであれば、恐らく同じ単語が重なったために作られた、もしくはこじつけられた逸話であるだろう。
しかしジュケン期のふさふさは実際に自殺する個体も多い。それも毛刈りとは全く関係のないタイミングに。あまりに関連性が多すぎるため、単なる言い伝えでは無いのかもしれないという意見も多い。
さて、言い伝えに戻ると、ジュケンという試練を迎えた少女は、勉学に勤しむものが行く、とある地に籠もっていた。
そこは「Benkyou Apuri」という地名だと記されている。しかし古来から現代まで、どの資料を見てもそのような地名は記載されていない。
その地で、ふさふさはとある貧乏神に好かれて困り果てた。しかしその貧乏神についての記載はほとんど無い。ただ「受ける愛が苦痛であるなら、それを受け入れないことは罪なのだろうか。時として愛することは罪だと思うのは、それこそ罪深い思想なのだろうか。」と言う一文が記載されており、これはその時のことについて記したものである可能性が高い。そこから推測するに、おそらく貧乏神とはただの表現であり、相手は普通の人間だったのではないだろうか。
ふさふさはその後、悩みに悩んだ末、東洋の少女であることをやめ、名前もそれまでの姿も捨て、ふさふさになったと書かれている。
この辺りは、十二星座であるうお座の伝説に近いところがある。愛と美の女神、そしてその息子が怪物に追いかけられ、怪物から逃げるために二人は魚へ姿を変え、川を泳いで逃げたという話である。
尚、その「Benkyou Apuri」という地では、お互いに顔を合わせることはできず、名前と一枚の絵で誰かを判別して、やり取りも文字でしか行われなかったという珍妙な文化があったらしい。




