第一章 8/8
俺は目が点になった。いや俺だけではない。ティルミアも、サフィーも、レジンでさえ。
お兄ちゃん、と言ったのは確かにガルフだった。
何だ? ふざけているのか? と最初は思った。
「ここ、どこ?」
キョロキョロとまわりを見渡すガルフ。ティルミアの顔にも見覚えがないらしい。
「うぇええん」
泣き出した。あろうことか、泣き出した。
「なんだ……? どういうことだ?」
「あははは。すごいな、本当にあるんですね、こういうの」
レジンが拍手をし始めた。
「一体何が起こったんだ」
「幼児がえりですよ。蘇生魔法が、ちょっと不完全だったんでしょう。死んでから時間が経ちすぎていたというのもあるのでしょうが……。魂が戻ったものの、精神が子供時代までしか回復しなかったってことでしょう」
「……なんだと。そんなことがあるのか」
「聞いたことがあります。蘇生は成功したものの記憶がかなり以前のものまで遡ってしまっている、というケースが時々あるらしいですね」
「魔法が不完全とか言ったな……。どういう意味だ」
「私が聞いたのは未熟な魔術師が呪文をどっか間違えてたりとか、ですね」
「……! 俺が間違えたってのか」
「さあ? でも蘇生魔法はデリケートですからね」
「そ……そんな……」
「これで生き返ったと言えるんでしょうかね?」
俺は……頷くことができなかった。
記憶が……戻らなかった?
俺の蘇生魔法が……失敗だったから?
俺は取り返しのつかないことを……。
「言えるよ」
そう言ったのはラドルだった。
「お兄ちゃん、ありがとう。パパ生き返らせてくれて」
いつの間にか、ガルフがラドルの後ろに隠れるように縮こまっていた。いや、ぜんぜん隠れてはいないのだが。
「パパは連れて帰るよ。僕のことお兄ちゃんって呼ぶけど、今は子供に戻ってるだけなんだよね。連れて帰ってもいい?」
「ほう。軍としては別に連れて帰るのは構わないですよ。……でもねラドルくん、パパはおそらく元には戻らないよ」
レジンはストレートにそう言った。
「そうなの?」
「蘇生で記憶の再生が途中までしかいかなかったというのは、ただの記憶喪失とは違うからね。脳からは一度記憶が全て消えているんだよ。消えてしまったものはもう取り戻せない」
「そうなんだ……」
ラドルは少しがっかりしたようだった。だが、少し、だった。
「わかった。じゃあパパは僕が育てるよ」
「……へえ」
さすがに予想外だったのだろう、レジンは目を丸くした。
「うん。育てる。じゃあね、レジンさん。お兄ちゃんお姉ちゃんありがとう」
ラドルはガルフの手を引くようにして教会をでていった。ラドルの身長の二倍、いや三倍近くあるガルフが、まるで図体だけでかい弟といった雰囲気で、おっかなびっくりついていく異様な光景。
「なんて子だ」
「強い子ね」
俺の呟きに、サフィーが頷いた。
「だが、なあおい。軍としては連れて帰らせて良かったのか?」
「ああなってしまっては収監しておく必要もないでしょう。あれは図体がでかいだけの子供です」
「あの子に言ったのは本当なのか? ガルフの記憶が戻らないってのは」
レジンは意味ありげな笑顔を俺に向けた。気味が悪かった。
「本当ですよ。理屈は言った通り。ああ、あなたはあそこの世界から来たんでしたね。なら人間の脳が微弱な電気が通って動いているのだということは知っているでしょう。記憶喪失というのは記憶が消えたわけではなく思い出せなくなるのだそうですが、死んで一度電気信号が通わなくなると、記憶は消えてしまう。白紙になってしまうんですよ。蘇生魔法ってのはね、一度消えてしまった記憶を魂という器を介して「あちら」から引き戻し、もう一度脳に書き直すんです。詳しい術の原理は私も知りませんがね。ただそれが中途半端だと、それ以上思い出すことはありません。消えてしまっていますからね」
「……失敗したのは俺が未熟だったからか」
「ありていに言って、その通りです。ラドルくんが父親に聞きたかったことを二度と聞けなくなってしまったのはね」
「……」
「君は蘇生師のライセンスを受けたばかりだそうですね。それも性急に取ったのだとか。……付け焼き刃の蘇生術では当然の結果でしょう。ベテランでさえ、百パーセントうまくいく蘇生師なんていませんから」
レジンはそこまで言うと、微笑んだ。
「おやおやすみません、言い過ぎました。あなたのほうには無かったようですね、「覚悟」とやらが」
俺は言い返さなかった。やつが去っていくのを、何も言わずに見送るしかなかった。
「……なんだよ」
ティルミアがこっちを見ていた。
「元気なくしてるの?」
俺は苦笑した。
「大丈夫だ、俺にはもともとそんなものはない」
*
教会を出て、ホテルもチェックアウトし、俺とティルミアはカフェで昼食を取ることにした。
「さて。これでわかっただろ、殺人鬼なんてやめろ」
「……? どうしてそういう結論になるの?」
「え、ならないのか?」
「ならないよ」
ならなかったらしい。なぜだ。
「だからな、俺が生き返らせたことによってお前のやったことは否定されたわけだろ」
「そうかな。……確かに今回は私の負け。いや、あれが負けかどうかは微妙なとこだけど、いいよ、負けでいい。悔しいけど。でも、それと殺人鬼をやめるかどうかは別だよ」
「まだわからないのかよ、殺すとこまで行ったらアウトなんだよ」
「……そっかなー。私にはそうは思えない」
「お前な……」
俺はため息をついて、どう言葉を続けたものか考えながら、とりあえず皿の麺類(パスタっぽいが俺の世界で食べるものよりパサパサしていた)を口に入れた。
「てかさ」
大きなミートボールを口に放りこみながらティルミアがフォークで俺を指す。
「先端を人に向けるな」
「タケマサくん、回復魔術師になるって言ってなかった? なんで蘇生師になってるの?」
「そりゃお前に嫌がらせをするためだ」
「なにそれ」
「おまえこそ、なんで殺人鬼になったんだ」
「ん」
ティルミアは、ちょっと考えてから言った。
「自由のため」
「は?」
「自分の心に正直に生きること。常識にとらわれず、自分の意思で自由に人を殺せることの大切さ。それを教えてくれたのが、殺人鬼なの」
「お……お前って世にも恐ろしい台詞を平然と言うよな」
「ごめん、もうちょっと感情込めて言うようにする」
「いや言い方を責めてるんじゃねえよ。おまえ何言ってるのかわかってんのか」
「わかってるつもりだけど……。伝わってない?」
俺はゆっくり首を横に振る。
ていうか、さっきから頬にミートボール入れたまま喋るのをやめろ。そんな間抜け面で言うような話かこれ。
「お前……いったい、昔何があったんだ」
「……」
目を伏せた。どうやら話したくないらしい。
「それよりタケマサくん、回復魔術師ならまだ冒険者の旅には欠かせない役割だけど、蘇生師なんかになってどうすんの」
「蘇生師だって考えようによっちゃあ、究極の回復魔術師だろ」
「かすり傷一つ治せないくせに?」
「そんときゃサフィーに治してもらうさ」
「あ、それ……! それ気になってたんだけど。なんでいきなり呼び捨てになってんの、サフィーさんのこと」
「そりゃ、一週間も一緒にいりゃあ気安くもなるだろ」
実は言うほど気安くはなっていない。呪文や印術を教えてもらったりした以外は、俺がひたすら独りで教会で練習してただけだ。俺も、そう簡単に女子と打ち解けられるタイプじゃない。
「なによぅ……。本来なら私と一週間一緒にいる筈だったのに」
「お前が殺人鬼じゃなかったらな。一週間仲良く同じ部屋で過ごして今頃子供が三人くらいいたかもしれない」
「むーん。私だって、殺人鬼である前に一人の女の子なんだよ」
前でも後でもそんな凶悪なカードが混ざってたら意味ないだろ。
「俺は一人の男である前に人間なんだ。人間は殺人鬼が怖いんだよ」
「そんなことないよ。私は殺人鬼怖くないもん」
「てことは、そういうことだな」
ティルミアが首を傾げているのを横目に、俺は立ち上がる。
「あれ、私今ヒドいこと言われなかった?」
「さて、行くかな」
「無視しないでよ。……って、どこ行くの?」
「神殿で他の街の蘇生師を紹介して貰おうと思ってる。せっかく蘇生師になったからな。修行を積みたい。ベテランの蘇生師に弟子入りしようと思ってな」
俺がそう言うと、ティルミアはポトリとフォークを落とした。
「え……。わたしと一緒に旅しないの?」
「え……。お前何言ってんの?」
俺は思わず、お前何言ってんの? という顔でティルミアを見た。ていうか、言った。
「しないの?」
「しないよ」
「しないのか……」
「まあ、しないな」
「そっか」
「そうだな」
沈黙が流れた。
あれ、こいつ俺と一緒に行かないことにしたって自分で言ってなかったか?
こんなにも予想外だという顔をするのはこっちが予想外だ。
「あんたたちこれ食べない? とってもおいしいパイが焼けたのよー。孫たちが食べてくれるかと思ったんだけどさ、熱出しちゃって来れないっていうのよ。困っちゃったわー。そしたら窓から下見たらあなたたちが見えるじゃない? あんたたちまだ若いんでしょ? 若いんだから食べられるわよね? お願いよぉ。助けると思って食べてくれない?」
なんだ世界のバグか? と思うほど唐突におばあさんが現れた。俺達がおばあさんのことを認識するよりも速く、三倍速くらいで早送りされてるんじゃないかと思うほどのスピードで喋りかけてきた。
「……」
「え、あの……、すみません私たち大事な話してるので……」
ティルミアが戸惑ったように言うがおばあさんは聞いてなかった。
「パイって言ってもね? いつものパイじゃないの。いつもは魚じゃない? あ、知らないわよねいやだほほほ。今日はおいしいリンゴが手に入ったからね? アップルパイなのよ。たっぷり砂糖も使ったからおいしいわよー。ちょっと太っちゃうかもだけど」
「あの、本当にごめんなさい、せっかくですけど、私たち話をしてて……。パイは結構です」
「手づかみじゃあれよね、フォーク持ってこようかしら。あら、ちょうどあるじゃない。それ使ってほら、食べなさい。大丈夫よぉ、ちょっとくらいソースがついてても。何食べてたのかしら。何食べてたの? あ、わかった、ホットドッグね? だめよそんなの健康に悪い。砂糖たっぷりのアップルパイと同じくらい健康に悪いわ。あはっはは。いやだあら、あっはははは」
「あの……すみません本当にごめんなさい。私たち食べませんから、パイは。どこかへ行ってください」
俺はあまりの速度で繰り出されるおばあさんの台詞を読み込むのに時間がかかっていて脳がフリーズしていたことに気がつく。
「ばあさん、いいから。わかったから。アップルパイはまた今度いただくから。もう帰ってくれるか」
「この砂糖もね、でもけして悪いもんじゃないのよ。とりよせなの。山の麓に村があるでしょう? あそこに私のいとこのお友達が住んでてね。持ってきてくれるのよ。こないだもね、私が孫たちにパイを振る舞ってやってるって話をしたらね、」
ティルミアが「シーッ」とやるような仕草で人差し指を立てておばあさんを見て言った。
「ディマ・クルス・トリア」
「うっ」
……おばあさんが突然胸を抑えてよろけた。
「おっと、大丈夫か」
慌てて支える。
「……え?」
やけに重く感じた。いや、重い。全体重がかかる。
おばあさんは、意識を失っていた。
「ちょっと、ばあさ……えっ」
気絶じゃない。死んでいた。
「ふう、静かになったね」
俺はティルミアを見る。
「……え、お前? 今のお前がやったの?」
「うん」
「なっ」
さっきの短い言葉は呪文を唱えたのか。
「ふぅ。凄かったね。どうしてあんなに言葉が出てくるんだろ」
「いやお前、ちょっと待て。え、えぇ!? 殺したのか!?」
「うん」
「なんで」
「え、だって。話聞かないんだもん」
「話きかっ……? 話、え? 話聞かないからってそれだけで殺すなよ。……殺すなよ!」
*
「あら……ここはどこかしら」
「教会だ。……大丈夫か? 子供に戻ってたりしないか?」
「私どうしてこんなところに……。あらおかしいわねえ。パイを作ってた筈なのだけど。そう、今日孫が来るのよ。だから美味しいパイを焼こうと思ってね。自慢の窯を使ってね。ああこの窯がねえ、家を買った時からついていたものなのだけど、パイを焼くのにぴったりでねえ。もう十年以上も使っているけれど。ああ、何の話だったかしら。そうそう、パイがね……」
「大丈夫そのパイは既に焼きあがってる筈だ。帰ってくれ」
生き返るなりまた喋り始めようとするおばあさんに、俺は額の汗を拭いながら言った。
「あらあんたたち、良かったら一緒に食べていかないかしら? いつも作りすぎちゃって余っちゃうのよねえ。そうそう今日のパイはいつもと違ってねえ、特別なのよ。いつもは魚を使うんだけどねぇ……」
「今日はリンゴなんだろ。いいから帰ってくれ」
俺は強引におばあさんの背を押して教会の外に押し出した。
「……ふう」
俺はティルミアに向き直る。
「お前な……。あれか? 蘇生させりゃいいと思ったのか? 気軽に殺しやがって」
今度も、一時間弱かかった。絶大な集中力を必要とする。こんな大変なものもう二度とできないんじゃないかと思ったからこそ、俺はこれから修行しようと思ったのに。それがまさか初日から二回も使うはめになるとは。
「蘇生させてって私言ったっけ」
「言ってねえよ! でも蘇生させるわ! なんで殺すんだよ……。いやびっくりするわ。さすがにびっくりするわ。まさかさっきの今でまた蘇生魔術使うことになるとは思わなかった」
慌ててたわりにうまくいった。心なしか、おばあさんの記憶が少し巻き戻ってしまっていたが、ガルフの時に比べりゃ全然マシだ。今度は間違えなかったのか、死後の経過時間の差か。
「ティルミアお前なんで殺した?」
「え。殺人鬼だから」
「いやいやいや。そうだけど違うだろ。誰かれ構わず殺すわけじゃないだろ。お前は自分が殺すべきだと判断した人間だけを殺すんじゃなかったのか?」
「だって聞いてくれないんだもんあのおばあちゃん……!」
「だからって殺すな」
「どうして?」
「どうしてって……。理由が軽すぎだろ」
「軽いけど、切実な理由だよ。そう思わない?」
「思わないよ。思うかボケ。ちょっと人の話を聞かないところはあるけど、ただの孫思いのいいおばあちゃんじゃないか」
「……ちょっとじゃないよ。全然聞いてなかった。聞こうともしなかった」
確かにそうではあったが。
「たまたま今日は美味しいパイが焼けたから興奮してただけかもしれないだろ」
「違うと思う。あのおばあちゃんは、もうそういう性格なんだよ。いつもあんな調子だと思う」
「決めつけんな。いやそりゃ俺もそうだろうなとは思うよ。思うけども。別に話を聞かないだけで、悪いことしてるわけじゃないだろ。ガルフの時とはわけが違うだろ。あいつは明らかに悪人だったが、あのばあさんはちょっと迷惑ではあるが善人だ。ただの一般市民だ」
ティルミアはぽかんとしていた。
「悪人とか善人とか……そんなこと考えたことなかった」
「ガルフは悪人だから殺したんだろ」
「そういうわけじゃないってば。善人とか悪人とか、そんなの立場が変われば変わるじゃん」
うおっと。まさかここでそんな正論言われるとは思わなかった。
「……お前の殺すかどうかの基準って何なんだ?」
意外にもティルミアは即答した。
「言葉が通じるかどうか」
「……言葉が?」
「うん。どんなにみんなに迷惑をかけてる人だとしても、みんなを不幸にしている人だとしても、言葉が通じるなら説得できるでしょ? 筋の通った話をすれば、言い方を工夫すれば、それを聞いてくれる相手なら、わかりあえる可能性がある。でも言葉の通じない相手だったら、その可能性がない。そういう相手は、他の手段を取るしかないじゃない」
「……いやその手段が殺人しかないとは思わないが……。ガルフとあのおばあさんじゃ訳が違う。ガルフがやったのは脅迫暴行放火に強盗。俺のいた世界なら逮捕されてなきゃおかしい犯罪者だ」
「そうだとしても、話が通じるなら説得できるかもしれなかった。問題はガルフも話を聞かない人だったこと。ホテルのスタッフさんと話してるの見てたでしょ? 何言っても言葉を継がせずに、自分の言いたいことだけ言って我を通そうとする人だった。そういう人にいなくなってもらうには、他にどんな方法があるの?」
「何も殺さなくても、行動の自由を制限すればそれでいいだろ? 縛っておけば」
「ずっと縛っておけるならそれでもいいかもしれない。そう思ったからあの時はタケマサくんの言葉に従って殺すのはやめた。でもあの人は逃げちゃったでしょ? ああ、この人は例え縛っておいたとしても、牢屋に入れたとしても、どうにかして逃げ出そうとするだろうし、逃げ出せばまた同じことを繰り返すだろうなって、そう思ったんだ。それは止めたいと思ったの。それで私にできることって何だろうって考えたら、殺すことなのかなって」
悲しいことに、こいつの言うことには多少の説得力がある。多少というか、すごく少しだけど。
だが、だとしても。
「だとしてもあのおばあさんを殺すのは間違ってる」
「だって私にとっては同じだったもの。大事な……大事な話をしてるのに邪魔してきて、要らないって言っても聞いてくれないし。言葉で言っても駄目だった。そういう時、どうすればいいの?」
頼むからそのハードルの低さをなんとかしろ。
「俺らのほうが場所変えれば済む話だろ」
「なんで!? 私達何も悪くないじゃない」
「悪くないが、あの程度の迷惑くらいで殺しちゃ駄目なんだよ」
「……そうかな」
不思議そうな顔をするな。
「人が生きていりゃ、どうしたって大なり小なり、迷惑をかけるしかけられるもんだろ。小さな迷惑は互いに許容していくから社会は成り立ってんじゃないか。いちいち殺してたらあっという間に誰もいなくなっちゃうぜ」
「でも迷惑だったら迷惑だって言うから、世の中は良くなるんじゃない。言葉が通じるなら……」
「通じなくても、殺しちゃ駄目だ。赤ん坊は殺さないだろ。あいつら言葉通じないぜ?」
「赤ちゃんはそのうち言葉が通じるようになるもん」
「それと同じなんだよ。今は言葉が通じない相手でも、そのうち通じるようになるかもしれない。でも殺しちゃったらもう二度と話ができなくなる。だから殺しちゃ駄目なんだ」
むぅ、と唸った。
「……それはそうだけど」
「納得できないか」
「そんなこと言ってたら一生誰も殺せないままだよ」
「……いや、いいんだよ。殺せなくていいんだよ。何、一生童貞みたいな言い方してんだ。誰も殺さないまま一生を終わるのが普通の人間なんだよ」
「私人間じゃないらしいですから」
根に持ってやがった。
「そりゃ悪かったよ。あれは言葉のあやだ」
それにしても。
俺も気まぐれだなと思った。
この時には俺の気は変わっていたからだ。
「さてと。じゃあ行くか」
「え? 行くかってどこに……」
「そうだな。旅の目的地を決めないとな」
ティルミアが不思議そうな顔をしている。
「……一緒に行かないんじゃなかったの?」
俺は首を振った。
「残念ながらお前と一緒に行くしかないことに気がついたからな」
「え? どういう心境の変化?」
「何度も使う機会があるだろうから修行にもなるしな」
「……?」
単純なことだ。
こいつはこれからも軽はずみに人を殺す。
殺しちゃったら俺が生き返らせるしかない。
なにせ蘇生魔法はできるだけすぐ使わないと失敗しやすい。数が少ないと言ってた蘇生師が間に合うケースは稀だろう。だとしたら……。
「要するに、俺はお前のそばを離れるわけにいかないということだ」
「え……」
でないと死屍累々だ。蘇生師がいつもそばにいれば最悪の事態を避けられる。
「お前なんで赤い顔してるんだ」
「まさかこんなストレートに告白されると思ってなくて」
「してない」
俺はティルミアの頭をはたく。
「お前の思い通りにはさせないと言ってるんだ。覚悟しろ。この殺人鬼が」
こうして、俺たちは行動を共にすることになったのだった。