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結構可愛いんだけど殺人鬼なのが玉にキズ  作者: 牛髑髏タウン
第一章 「え、私? 殺人鬼」
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第一章 7/8

「来ましたか、タケマサさん」


「待たせたな。早速始めたい。用意は?」


「既に完了してますよ」


 教会のホールで俺とティルミアを出迎えたサフィーが俺の問いに頷いた。

 この教会は今は使われていないらしい。ホールはだだっ広いが装飾が少なく、今は元々置かれていた長椅子も脇に避けられていて、ただ中央が殺風景ながらんと広くなった空間があるだけだ。細長い木の箱が一つ置いてある以外は片付いたものだ。


「あれ、サフィーさん……?」


 ティルミアが驚いた声を上げる。


「……どうしてサフィーさんが……」


「安心しろ。二人がかりってわけじゃない。正々堂々俺一人でやる。まあ見てろ」


 時間もないのだ。業者に頼んでかけてもらった腐敗防止魔法ももう切れる頃だろう。ティルミアの疑問に答えるのは後だ。


「じゃあ、始める。サフィー、腕輪をくれ」


 全部で七個。一個ずつサフィーが俺に渡す。左右の腕に通した。四つは左に、三つは右に。


「一個一個だと大した重さじゃないんだがな……さすがに七個もつけると重くてかなわんな」


 あの雑貨屋で売っていた腕輪だ。


「ねえ、何をする気なの」


「……魔法だよ」


「魔法? タケマサくん。ライセンスが無いと魔法は使えないんだよ」


「取ったんだよ。どうにか昨日な。まぁ黙って見てろ」


「見てろって……。これから私達戦うんだよね?」


「いいから黙って見ててくれ。本番は初挑戦なんだ」


 俺は床に置かれた木の箱を間に挟んでティルミアと向かいあうように正面に立った。


「先に言っておくが、結構時間がかかるから待っててくれよ」


 そして胸の前で両手をあわせ、次に右手と左手を組み合わせて「いん」を作る。親指、人差し指と中指だけを使う基本の形。サフィーには初歩の初歩だと言われたが、初心者の俺にとっては結構複雑だ。


「印術……? え、本当に魔法?」


 ティルミアには答えず、俺は印を組むのをやめてぶつぶつと古代の言葉を唱え始める。

 呪文だ。

 これが冗談みたいに長い。本当に長い。書き起こしてみたらだいたい六千文字くらいになって、ゲンナリしたのが一週間前のことだ。暗記するだけで大変だ。しかも途中で印を組み替えたりしなければならない。ぶっちゃけ、カンペを見ながらじゃ駄目なのかと思ったが、ライセンス試験でどうしても一回は呪文詠唱しなくてはならなかった。

 今唱えているのは言うなれば下準備というやつで、俺の「精霊力」とやらを増強する魔法だ。ろくに修行も積んでいなくて基本的な精霊力が圧倒的に低い俺にとってはこれが必須。異世界から来た人間だからって特別な能力があったりというのは残念ながらなかったらしい。本当に残念だ。


「……本当に魔法使えるようになったの?」


 こんなダラダラと呪文の詠唱をしていてはとても単独戦闘で使える魔法じゃないな、とは思う。だがティルミアは待ってくれている。待っててくれと俺が言ったからだが、つまりティルミアはまだ俺を甘く見ているということだ。

 ティルミアに答えている余裕がない。というか呪文を途中で途切れさせたらまた最初からやり直しになる。なにせ俺の知識じゃ途中から術式を組み直すことなんてできない。たった一週間。とにかくこれだけ丸暗記してできるように訓練した付け焼き刃だ。応用が効かない。


「何をしてたの? この一週間」


「しっ。ティルミアさん、黙って見ててあげてください」


 代わりにサフィーがそう言った。ティルミアは複雑そうな目で彼女を見た。

 二十分。詠唱だけでそれだけかかった。意識が逸れると間違えそうになる。途中で間を開けてしまっても呪文の意味が変わってしまうことがあるとかで、気を抜けない。


 *


 やっと一個目の呪文の詠唱が完了した時、俺は自分の肌の周りの空気が少しひりつくような感じを受けた。

 ……これが精霊力増強というものか。

 初めに測ってみたら、俺の使いたい魔法には生来の精霊力ではまるで足りないと言われた。まあ何の訓練もしたことがないので当然かもしれないが、最低でも数字にするとその百倍は必要だ、と言われた時はさすがに諦めようかと思ったものだ。

 だが、時間をかけて精霊力増強魔法を使うことで、なんとか十二~三倍くらいには増強できることがわかった。

 それだけじゃ全く足りないのだが、雑貨屋で売っていた例の魔法の腕輪を思い出した。店主の言う通り確かに値が張ったが、ホテルから貰った謝礼金(結局、ティルミアが俺と半分に分けた)をほとんど使って、売られていた七個を全部買った。それで八倍まで引き上げられる。

 反則みたいなあわせ技でどうにか精霊力自体は必要量まで稼ぐことができ、やっとスタートラインには立てている。それが今の俺だ。


「タケマサさん、集中です! ここからですよ」


 サフィーの声で我に返る。

 そう、ここからが本番だ。俺は深呼吸をする。自信を持て、と自分に言い聞かせる。この一週間、ひたすら繰り返してきた。いつも通りにやるだけだ。

 と言っても試すのは初めて。ぶっつけ本番だ。


「ソム、ソトリ、クム、リブラ、……」


 呪文がせめて日本語だったら良かったのだが、そう都合よくはいかず、謎の古代言語だった。なので暗記そのものも大変だ。意味のわからない外国語。というかどこの国の言葉かもわからない言語だ。発音方法を習得するだけでも一日かかり、それでもうまく発音できなかった単語はサフィーに頼んで呪文を組み替える方法を教えてもらった。まったく、日本語という母音の少ない言語で育っちまったせいだ。


「……この呪文、範囲攻撃系じゃないね。選択ミスじゃない? 私の運動神経なら避けるよ」


 ふっ。さすがティルミアはプロの殺人鬼。呪文を聞いただけでそれがわかったのか。その通り、範囲攻撃ではない。だがその正体まではわからなかったらしい。ティルミアの指摘はズレている。黙ってろ、と言いたいが俺は詠唱中だ。会話をするわけにいかない。

 さっきの精霊力増強の呪文と同じくらいこっちも長い。しかもこっちのほうは本来は単なる丸暗記では駄目で、使う時間や場所、対象、距離、周りに漂う精霊力のバランス等様々な条件によって呪文の内容を変えていかねばならないらしい。自分の感覚で精霊と対話しながら適切な呪文補正をしていくのが本来の呪文詠唱だと教わった。

 もっともそんなの、俺には無理だ。付け焼き刃なので呪文の意味も理解しきれてないのに、詠唱しながら組み替えていくなんてことは無理だ。だから場所はこの教会ホールに限定し、誰も邪魔をしない状況で丸暗記した呪文を唱えればなんとかなるようにした。応用が効かないので、言い間違えたりつっかえたりしたらアウトだ。


「レタリ、クム、ラトリ、クム、ソムソマエタリ……」


 ゆっくりと、正確に。

 実戦では普通もっと早口で詠唱しなければいけないそうだが、そんなのできるか。早口言葉の練習が要る。


「それにしても、何の呪文か知らないけど、本当に私を倒す気? 普通だったら待ってくれないよ? そんな悠長に詠唱してたら」


 ええい、話しかけるな。

 だがティルミアの言うとおりではある。


「……でもちょっと傷つくな。他の女の人と一緒に私のこと倒す作戦立ててたんだね」


 ティルミアの言葉に、サフィーは肩をすくめて言った。


「ティルミアさんは幸せ者ですよ」


「え、どういう意味ですか? サフィーさん」


「いいえ、別に。さぁ、そろそろ詠唱が終わりますよ。見ててあげてください」


 サフィーの言葉通り、俺は詠唱を終える。


「……ふぅ。……よし。終わった。サフィー、頼む」


 サフィーが頷いて、ずっとそこに置いてあった細長い木の箱を開ける。


「何をする気かな? ……いいよ、受けたげる」


 ティルミアの目に緊張が走る。

 俺は箱を見下ろした。

 そしてティルミアを見る。


「おまえの負けだ、ティルミア」


 俺はその箱の中身に手をかざし、「魔法」を発動した。

 ゆっくりと俺の体を包んでいたひりつくような感覚が手先に集まり、そして手のひらが熱くなる。思わず手を引っ込めそうになるが耐えた。

 その感覚が消えるのに時間はかからなかった。

 初めて発動したので、これでうまくいったのかわからない。俺が想像していたような、ぼんやり光ったりとかそういうのは無いらしい。


「……何も起こらないけど。ねえ、その箱、何が入ってるの? 見ていい?」


「ちょっと待ってろ」


 俺はその箱……棺の中をのぞき込んだ。


「お、息をしている。うまくいったらしいな。……見ていいぞ」


 ティルミアが歩を進め、棺をのぞきこんだ。


「嘘……」


 棺の中にいるのは、ガルフだった。



「ふっふっふ。見たか。蘇生師タケマサの誕生だ。お前の負けだぞ、ティルミア」


 *


「なんでよ! なんでよ! なんでぇ!?」


「へっへーん。べろべろばー」


 怒るティルミアに、俺は飛び上がって片足でケンケンしながら後ずさりつつ、両手を顔の横でひらひらさせながら舌を出す、という「古典的な人をバカにする時の表現」をした。


「……はっはっは。悔しかろう悔しかろう! おまえのやったことを無意味にしてやったぜ。はっはっはー」


「うっそ。信じられない。蘇生!? たったの一週間で!? 蘇生師のライセンス取って……!? ずっと訓練してたの!?」


「おうよ」


「……嘘でしょ!? 生き返らせるなんてそんな……」


「天才魔術師タケマサ様と呼べい」


「だっ……誰が呼ぶかばーか!」


「ば、馬鹿とは何だ」


「ばーかばーか!」


 ティルミアの仮面が剥がれた、そう思った。きっとこれは、彼女にとって「想定外」だった筈だ。

 俺はにまりとせずにはいられなかった。


「うっそもう、ほんっと信じられない。何なの? 正義の味方気取って悪の殺人鬼を成敗するとか、私を倒した後で命の尊さを説いて改心させようとかそういうのだと思ったのに……。子供の嫌がらせなの!?」


 ティルミアの口調が崩れ気味だ。うん、良い傾向だ。


「おっと、嫌がらせってわけじゃないぜ」


「……ならなんなの?」


「お前が勝手に殺すんなら、俺が勝手に生き返らせるまでってことだ」


 ティルミアが、口をきけないでいる。


「……俺にはお前が正しいとは思えない」


「何を。えらそうに。タケマサくんなんて弱っちいくせに!」


「お前だって陰でびーびー泣いてる癖しやがって」


「あぁぁぁそれ言う!? うぅぅうるさい! うるさい!」


「初めに会った時からどうもおかしかったんだ。殺人鬼のくせに人からどう思われるか気にしたり、人と一緒に行きたがったりな。本当は認めて欲しいんだろ? 自分に自信がないんだろ? だったらそう言えばいいのによ、強がりやがって」


「……こ、殺す!」


「そうだよ。それだよ。むかついたから殺す。要はそれだけだろうが。格好つけやがって」


 おっと。ティルミアがポケットからナイフを取り出してつかつかと歩いてきた。


「おっとやめろやめろ。もう勝負はついた。ここで俺を刺せばお前、サッカーで負けた腹いせに相手チームに石を投げる子供と同じだぜ」


「いいよ。むかついたから殺すんだもん。子供でいいもん。サッカーなんて知らないし」


「……ちょ、ちょっとタンマ、すまん悪かった。調子にのった。おいちょっあぶなっ。俺本当に運動神経悪いんだから気をつけろよてめっ。どぅわ! いってええええぇえ! てめえ切りやがったな血がでてんじゃねーか!」


「うるさい! かすり傷じゃんそんなの!」


 かわいくポカポカと殴るノリでナイフを振り回すな。俺のガードした右腕に無数の切り傷ができていくだろうが。


「あのー、おふたりさん。あのー。……イチャイチャしてるとこ申し訳ないんですが」


 サフィーは目が悪いに違いない。これのどこがイチャイチャなんだ。イチャイチャは普通流血しない。


「なんだなんだ。おいちょっとタンマ、ティルミアまて。まて、だ。おすわり」


「犬か!」


 サフィーは棺桶を指さして言った。


「これ、どうしますか?」


 ついさっきまで死体だったガルフだ。サフィーのつてで死体処理専門の業者に頼んでかけてもらった防腐魔法の力は素晴らしく、特にゾンビのようになってしまうこともなくちゃんと蘇生に成功したようだ。まだ目は覚まさないが呼吸はしているようだ。えぐられていた心臓も業者とサフィーの協力で復元されていたのだが、それもきちんと機能しているようである。

 念のため縄で縛っておいたのでもし目を覚ましても暴れ出すことはないだろう。今回は前回の教訓から精霊力を抑制するような魔法をかけた縄を使った。


「ああ、軍隊のほうに頼んで、引き取ってもらうことになってる。そろそろ役人が来る筈だ」



「来てますよ。十分くらい前から」



 いきなり声がした。

 聞き覚えのある声だった。

 教会の奥の扉から現れたのは、レジンだった。


「……あんただったのか。ていうかなんで奥の扉から出てくる。いつの間にいたんだ」


「裏口があるんですよ。十分くらい前って言ったじゃないですか」


 軍隊に狼藉者の引き取りを依頼しておいたのだが、まさかあの時ホテルのロビーで会った男が来るとは思わなかった。確かに、軍属と言っていたか。


「ガルフを引き渡すという連絡があったので何かの間違いだとは思ったのですが、昨日蘇生師のライセンスを受けた者がいると聞きましてね。まさかまたあなた方とは思いませんでしたが。蘇生が見事成功したようですね。てっきり失敗すると思っていたので。……あてが外れました」


「何だと?」


 レジンの後ろに、誰かがいるのに気がついた。


「お、お前は……」


「ああ、そうなんです。ラドル君も呼んでおいたんですよ」


「何」


「……え」


 俺とティルミアが驚きの声を上げる。

 言葉どおり、やつはガルフの息子、ラドルを連れてきていた。


「なんで連れてきた! 頼んでないぞ」


「おやおや。そいつは酷いじゃないですか。実の親なんですよ。このまま収監されてしまう前に、親子で対面しておいてもいいじゃないですか。縛られていて安全みたいですし」


 こいつは……こいつは、何を考えている? 失敗すると思っていたとさっき言っていたが、それなのに連れてきた?


「パパ生き返ったの?」


「ああ、そうだよ。さ、起こしてごらん」


「おいあんた勝手に……」


「いいじゃないですか。眠ったままのご対面じゃ聞きたかったことも聞けやしない」


「……」


 ラドルが棺に駆け寄った。棺の中で寝ているガルフを揺さぶった。


「パパ、パパ」


 息子にゆさぶられ、ガルフはすぐに目を覚ましたようだ。ゆっくりと身を起こす。

 だがガルフの第一声は予想外のものだった。



「……お兄ちゃん、誰?」

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