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結構可愛いんだけど殺人鬼なのが玉にキズ  作者: 牛髑髏タウン
第一章 「え、私? 殺人鬼」
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第一章 6/8

「初めまして。私はレジンと申します。軍属ですが、一応、街の治安維持を職務とする者です」


 

 美少年、そう言いたくなるほどの美貌。背格好と雰囲気からは俺と同じくらいの年に見えるので少年というのはおかしいのだろうが、ただただ端正な顔をした男だった。

 治安維持か……。もっと仕事しろ、と言いたくなったが、「一応」と言っているあたりそれほど力を入れているわけではないのか。


「素晴らしい覚悟をお持ちです。いやあ、何年かぶりに殺人鬼になった方がいらっしゃるというのでびっくりしたのですが、こんな可愛らしいお嬢さんだったとは」


「……か、かわっ……。いやその、どうも。わ、私なんて……」


 ティルミアが照れているようだ。


「いやいや。なかなかなれるものではありませんよ。さて、殺人鬼さん」


 レジンは微笑んだ。



「あなたに父親を殺された少年をお連れしました。ラドル君と言います」



「……!!」


 いたのに気づいていなかったのだが、レジンの背後から、隠れていた少年が顔を出した。



「……お姉ちゃんが、お父さん殺したの?」



 ぐさり。

 いがぐり頭のその少年の顔には緊張こそ浮かんでいるものの恨む目ではなかった。

 そのあどけない口調に、俺は自分の中に潜む良心か何かがキリキリと痛むのを感じた。


「うん、そうだよ?」


 ティルミア、だからなんでそんなに朗らかなんだお前は。


「どうして殺したの?」


 少年の問いに、酷くやさしい笑顔を浮かべたままティルミアは答える。


「このまま生きてると皆に迷惑をかけるし、取り返しのつかない不幸もたくさん引き起こすと思ったから。私はそれが嫌だったから、殺したの」


「そうなんだ……」


 少年は、自分が何を言われたのかわかったのだろうか。自分の親を今ボロクソに言われたのだとわかったのだろうか。


「パパはクズだってお母さん言ってた。死ねばいいのにねっていつも言ってた」


「……!!」


 俺は目を背ける。くそ。くそ。この子にこんな環境を用意したこの世界を呪う。


「そっか」


「みんなも言ってた。お前の親父はクズだって。みんなが迷惑してるって。殺せるもんなら殺してやりたいって」


 俺は見てしまった。ホテルのロビーにいた周りの何人もが、目をそらしたのを。

 みな、そうだったのだろう。ガルフが死ねばいいと思っていた。そして、口にしていた。皆がそう言うのが……ラドルの耳にも入っていたのだ。


「……だから殺したの? みんなの代わりにパパを殺したの?」


 ティルミアは首を横に振った。


「違うよ。お姉ちゃんが君のパパを殺したくて、殺したの。みんなは関係ないよ」


「そうなの?」


 ラドルというその少年は、一瞬俯いた。


「ラドルくんは、パパのことをどう思ってたんだい?」


 いったい誰がそんなことを聞くのかと思ったら、レジンだった。

 その張り付いたような笑顔の下で何を考えているのかわからない。

 何のつもりでそんなことを聞く?


「えっと……」


 ラドルは考えこむようにしばし言葉を切った。


「……わかんない」


「パパのことが嫌いだった?」


「……ううん。パパは僕には優しかったんだ」


 ギリギリ。

 俺の良心がまた深くえぐられるのを感じる。クソやろう。ガルフはクソやろうだ。なぜ持っていた。そんな一面を……!


「でもみんなはクズだって言ってた。なんでパパはみんなには優しくなかったのかな」


「どうしてだろうね」


 ラドルくんは、顔をあげた。



「こんど、パパにきいてみる」



「……!」


 それまで全く動じなかったティルミアが、びくりと身体を震わせた気がした。顔は笑顔のままだった。


「……」


 ティルミアは何も言わなかった。

 だが、レジンが、それを口にする。


「そうだね。パパに聞かないとわからない。でも残念。パパとはもう話はできないんだよ。死んじゃったから」


「そうなの? 話できないの?」


 ラドルは驚いたようだった。死の意味がまだあまりわかっていないのだと俺は辛くなる。


「そうだよ。死んじゃったからね。このお姉ちゃんが殺しちゃったからね」


 レジンがそう言いながらティルミアを見た。

 この男。なんなんだ。


「そうなんだ……」


 ラドルの表情に浮かんでいたものが何なのか、俺にはわからない。子供の表情は、無表情になると途端に感情が読めなくなる。俺にはラドルが落胆したのか納得したのか、それすらわからなかった。

 レジンというこの男は……一体どういうつもりだ。すました顔をしているが、くせ者だ。わざわざティルミアと話をさせた。少年を気遣っているとも思えなかった。俺には……彼女を恨ませようとしているのではと思えた。

 ラドルは父親の遺体とともに、無言のまま、レジンに連れられて帰っていった。


「……」


 ティルミアは出ていくのを見送るまで、黙ったままだった。


「ティルミア……」


「うん?」


「その、なんだ。気にするなって言うのも変だが……。お前はお前でそうすべきだと思ってガルフを殺したんだ。あの子は可哀想だったが……」


「タケマサくん、慰めようとしてくれてる?」


 ティルミアはまた、俺の予想してなかった表情をしていた。

 なんでこいつはこんな場面でその表情から明るさが消えないんだ。

 俺は急に、少しだけだが、気味が悪くなった。今更、いや今あらためてというべきか。ティルミアが理解できなかった。


 いや最初から理解できなかったのだが、それはこいつが何かを間違えているからだと思っていた。でももしかして、こいつは何も間違えていなくて、ただ「違う」人間なんじゃないか、そんな気がしてくる。


 俺は頭を振った。

 ……やめろ。抽象的な恐怖感を自分の頭の中で膨らませてどうする。頭を振って変な考えを捨て去る。


「慰めるというか……。お前が気に病んだってあの子は救われるわけじゃない、だからこの件に関しては落ち込むよりも教訓にしろって言いたかった」


「教訓?」


「ああ。別に俺も説教したいわけじゃない。端的に言うぞ。殺人という手段でお前の目的を果たすことはできない。お前が願うその皆が笑顔でいられる世界とかにすることはできないってことだ」


「うーん、そうかなぁ。そうなのかなぁ」


 ティルミアは、首を傾げていた。


「ガルフは確かに俺から見てもクソ野郎だったしほとんどの人間から見てもそうだろう。やってきたことを考えりゃ殺されても仕方ないって考える人間は大勢いるみたいだしな」


「でもあの子にとっては違ったんだね」


「そういうことだ。知らなかったこととは言え、お前はあの子を不幸にした。そして、取り返しはつかないんだ。お前の願う世界に、あの子が幸せでいることも入ってるんなら、結論は簡単だ。殺すのは絶対にだめだ。そういうことだろう」


「そっかなぁ。私、まだ納得はしてない。ラドルくんのことを知った今でも、ガルフは生きてたら嫌。それは変わらないよ」


「お前な……」


 こいつは、何も思わなかったのか。

 なんでこんなにティルミアは平気そうな顔をしているんだ。

 口調は軽いし、口元も目も笑っている。背筋も伸びていて胸も張っている。うなだれてなどいない。落ち込んでいる人間には見えない。

 平気そうな顔というよりむしろ明るい顔に見える。

 出会った時からそうだった。今日一日の付き合いで、俺はお腹いっぱいなほどこいつのトラブルに巻き込まれてきたが、結局何があってもこいつは、笑顔だった。

 それが当たり前みたいだった。

 ティルミアのその笑顔に慣れすぎたのかもしれない。



 だから俺はすぐには気づかなかった。



 彼女の頬を涙が伝っていたことに。


「お……お前?」


「うん?」


「泣いてる……のか」


「……え? あ、ほんとだ。私、泣いてるね。うん、ちょっと感情のコントロールに失敗してるのかな」


「……お前」


「ちょっと、部屋で寝るね。大丈夫、少し寝れば回復すると思う」


「大丈夫なのか」


「ごめん、今だけちょっと。大丈夫。こういうこともあるって、想定してるもん。ただちょっと不意打ちだったから。えへへ。私もまだ殺人鬼として未熟だな。ライセンス取ったのにね」


 俺が止める間もなく彼女はホテル奥、階段の方へ走って行ってしまった。

 少しの間突っ立って、そしてすぐに追いかける。

 なんだよ。

 コントロール?

 してたのかよ。

 じゃあ。


 じゃあお前、一体どうして殺人鬼になったんだ?


 人を殺してなんとも思わない人間なのかと思い始めていた。

 そんなわけなかったということなのか。

 未熟? 何を言ってるんだ。

 ええい、混乱しているのは俺も同じだ。

 やけに歩くのが速い彼女に、結局走って追いつき、肩に手をかける。


「おい、平気なのか」


「ごめん、見ないでもらえる?」


「……!」


 なんて顔を……。

 俺は手を離した。

 誰もいない廊下。ぐすっという彼女の鼻をすする音だけが聞こえた。彼女が廊下の奥へ歩いて行くのを俺は見送る。もう追いかけはしなかった。


「なんじゃそりゃ……」


 俺は踵を返す。


「……」


 この街に来てから、まだ丸一日経っていないというのが信じられない。……当然か。色々在りすぎたからな。二回大怪我をし、一度は死にかけた。この世界にあの回復魔法というものがなかったら間違いなく死んでいたんじゃないかと思う。

 俺はもう、これが夢かどうかは考えるのをやめた。なぜなら、目的と意味がハッキリしたと、そう思ったからだ。

 俺がこの世界にいる目的と意味が。


「つまり、ここで俺がなんとかしろってことなんだな」


 俺はホテルを出て行った。


 *


 結果的に、俺はその後一週間ティルミアと会わなかった。

 この一週間はもちろん俺にとって異世界で過ごした最初の一週間だったわけで、本来であれば様々な異文化に触れて驚きと刺激に満ちた日々があったのかもしれない。

 だが最初の一日のインパクトが大きすぎたのか、あまり出歩かずに過ごしたのが原因か、この一週間のことはそれほど印象には残っていない。

 一週間後に再びティルミアと会ったその日が、俺にとっての異世界二日目のようなものだった。


 *


「よう。久しぶりだな」


 一週間前とは髪型が違っていた。あの時は髪をポニーテールに縛っていたが、今日は下ろしている。

 彼女はちょうどホテルのロビーに降りてきたところだった。俺もちょうど外から入ってきたところ。彼女が荷物を持っていないところを見ると、チェックアウトしに降りてきたわけじゃないらしい。朝食か。


「……」


 初め、俺のことをもう忘れたのかと思った。それもありうる。俺は見た目に特徴が無いと笑われることが時々ある。たった一週間で忘れられるのに十分なくらいにとらえどころのない顔かもしれない。


「久しぶりだな、じゃないよ。タケマサくん」


 お、覚えてはいたようだ。


「まあ、そうだな。俺もまさか一週間もかかると思わなかった。一応、ここをお前が出発しそうになったら知らせてくれるようホテルのスタッフに言伝をしてあったんだが、最終日にギリギリ間に合って良かったよ」


「どうして何も言わずにいなくなったの?」


「言えば止められたからな」


 まあ、今思えば何か別の理由をでっち上げておけば良かったかもしれない。と言ってもこの異世界でどんな用事がありうるのか、思いつかないが。


「止めないよ」


 彼女のその言葉は意外だった。


「止めるわけないよ。だって、私から言おうと思ってたんだもん」


 なんだと?


「知ってたのか。俺がどうしてたか」


「それは知らないけど」


「……? 何を言おうと思ってたんだ?」


「え、だから。一緒に行くのはやめようって。もともと私から強引に誘ったのに、本当勝手でごめん」


 おっと。

 そっちか。

 俺は思わず笑ってしまった。だが、すぐに本気で言ってるのだと思って慌てた。


「待て待て。ああそうか、すまんそういう誤解をしてたか。そりゃそうだ。いきなりいなくなったんだもんな」


 考えてみりゃ当然だ。普通は俺が嫌になって出ていったと思うわな。


「誤解って何が?」


「俺は別に一緒に行くのをやめようと思ったわけじゃない」


「どういう意味? 一緒に泊まるのだけ嫌になったってこと?」


「いや留守にすることになったのは、こもりきりでないと時間が足りなかったからでな……。えっと……どこから説明したらいいんだろうな」


 少し説明に窮する。頭の中で組み立てていると先にティルミアが口を開いた。


「私、馬鹿だからわかってなかったんだ。タケマサくんを巻き込んじゃってるってこと。あんなことがあって初めて気づくなんて大馬鹿者だよね私。嫌われるのも恨まれるのも想定してたのに、一緒にいる人を巻き込んじゃうかもってことに考えが至らなかった。タケマサくんは明らかに私のせいで大怪我をした。死にそうになった。これからもそれはありうる。それは嫌だから、一緒には行かない」


 だから、さよならだよ、とティルミアは笑った。


「ほう……なるほどな。ラドルに会って良心の呵責に苦しんでいるのかと思ってたが、そっちを考えてたのか」


「そうだよ。タケマサくんの結論と同じとこにたどりつくのに一週間かかったけど」


 俺はあえて鼻で笑ってやる。


「いやたどりついてないね。俺と同じ結論には。一緒に行かない? 違うな。俺の出した結論はそんなことじゃない」


 俺はティルミアに指をつきつける。



「俺はおまえから逃げるんじゃない。おまえを倒すことに決めたんだよ」



「え……」


 俺は内心ガッツポーズをした。ティルミアから笑顔が消えたからだ。それだ。そういう顔を俺は見たかった。


「倒す……?」


「そうだ。殺人鬼ティルミアを倒す! それが俺がこの世界に来た意味だと気がついた」


「……びっくり。そっか。そういう可能性もあったんだ」


 ティルミアの言葉に俺は深く頷く。


「そう。今日が殺人鬼ティルミアの最期の日だ」


 ティルミアが笑った。

 今度はいつもの笑顔じゃなかった。こいつ、こんな悲しそうに笑える奴だったのか。


「うわあ……。ショック。考えてなかった。ぜんぜん考えてなかった。でもそうだよね、タケマサくん、異世界から来た勇者だもんね。殺人鬼なんていたら、退治しなきゃだよね」


「まあ勇者ではないがな。勇気はないからな」


 俺は親指をたてると、肩越しに自分の背後を指した。


「というわけで、俺と一緒に来て貰おうか。こんな町中でやりあうわけにはいかないだろ」


「……私は構わないけど」


「俺が構うんだよ。いろいろこっちも準備してるんだ。つべこべ言わずにおびき出されてくれ」


 ぷっと彼女は笑った。


「何それ。これから私のこと殺すんでしょ? 私が素直に従うと思うの?」


「殺しゃしねえよ。それじゃお前と同じじゃねえか。まあ騙されたと思ってついてこい。驚くものを見せてやる」


「騙されたと思ったらついていかないよ。……でもまあいいや、ついてったげる。何見せてくれるの?」



「俺の必殺技だ」

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