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結構可愛いんだけど殺人鬼なのが玉にキズ  作者: 牛髑髏タウン
第七章 「殺人鬼ティルミアの最期だという意味さ」
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第七章 3/8

「え、おもしろい? おもしろいっつったのお前」



 ミサコ。お前、なんちゅう裏表の無い顔で頷きやがる。


「おもしろいぞ。乗った! 魔王よ、協力してやろう」


 おい。俺は思わずミサコの頭をはたいた。


「ちょっとお前、よく考えろ。こいつに協力すんのかよ。魔王だぞ。お前を殺したやつだぞ」


「痛いなぁ……タケマサあんた、話聞いてたの? そりゃ私にかかってた制約魔法のせいでしょうが。殺すつもりじゃなかったんだから、そんなのいいって。それより、制約魔法を盛大に使おうってのが気に入った! そんな美味しい話、乗らなかったら魔導師の名がすたるよ」


 なるほどこいつ……。倫理とか常識とか、そういうのがブレーキにならないタイプなのか。純粋に、自分の開発した魔法を試してみたいってわけかよ。


「だが……あんた確か、前の王様にかけられたもう一つの制約魔法のせいで、制約魔法の使い方を人に伝えられないとかじゃなかったっけ?」


 あのふざけた本に書いてあった気がする。


「……タケマサ、あんた、さては私の大ファンね? ずいぶん熟読してんじゃない」


 熟読するものか。たまたま直前に読んだだけだ。


「……ところが大丈夫なのよ。なぜならアルフレッドが私にかけた制約魔法「互いを命を賭して守ること」と「互いに制約魔法の秘密を相手以外に教えないこと」は、その性質上、どちらかが死ねば解けるようにしてあったからね。つまりアルフレッドが死んだ以上、もう私にはその制約は無い」


 ミサコが手を出した。


「つーわけで……ゴホン。魔王よ、協力してやろう! 制約魔法の偉大さを世に知らしめるのじゃ!」


 魔王が差し出された手を握った。変な間。


「いい返事だ。だが俺のことは魔王じゃなく王と呼べ」


 魔王……もしかして、戸惑ってるのか。ミサコのノリは予想外だったらしい。


「王ならば、民草が自分をどう呼ぶか等という小さなことを気にする必要はなかろう」


 ミサコ……こいつ、スゴいな。用が済んだら消されるとか考えないのだろうか。


「ふん。まあいいだろう。……さて、後はお前だ、タケマサ」


 魔王がそう言って俺を見た。


「お前は、俺に従うか?」


 俺は眉を寄せた。これ聞かれるのは二度目だが、やはり断ったら殺されるのだろうか。


「ここで俺が従いますと言ったら信用するのかお前は……」


 魔王は肩をすくめた。


「信用するさ。だがその口ぶりだと、嫌そうだな。やれやれ。話が違うなぁ。……アリサリネ。お前、タケマサは従う筈だと言っていたよな」


 アリサリネがゆっくりと前に出た。俺の前に立つ。


「タケマサ。よく考えてみて。何か悪いことがあるの? 殺人が禁じられた世の中になるのよ。それは……とても正常なことでしょう、あなたのいた世界と同じよ」


「……そこは、な……」


「その当たり前をルールにしようとしているだけ。反対する理由は無い筈よ」


 それは、そうなのだ。

 殺人罪を作ること自体は、俺は賛成なのだ。

 どう考えても、殺人罪が無いほうがおかしい。今までこの世界にそれが無かったのがなぜかはわからないが、例えば、いちいち捕まえて裁く手間が大きいから(なにせ俺がいた世界よりもずっと、そうした行為に手を染める人間の多い世界なんだろう)なのかもしれない。

 だったら。それが魔法で解決するなら素晴らしいじゃないか。制約魔法というやつで否応無くあらゆる殺人を防いでしまえるというならば、そりゃあ願ってもないことだ。

 いや、実際。

 そんなことが可能なら、俺のいた元の世界でも使わない手はない、とさえ思う。


 ティルミアの顔は浮かんだが、俺は俺の意見を口にする。


「無いよ。言うとおりだ。俺は反対じゃない。殺人罪ができて俺には困る理由は何もない。やってくれればいいと思うぜ」


「じゃあ……」


「ただ、魔王の部下になれってのは話が別だ。そんな必要も無い筈だ。俺が魔王の部下になろうがなるまいが、殺人罪を作るのに支障は無い筈だ。俺は元々、人を殺したりしないからな。俺は蘇生師だ。せいぜい死人が減って仕事が減るくらいだが、そんなもんは減ったほうがいいに決まっている」


 ちょっと違うな、と魔王が笑った。


「一つ誤解をしてるぞ。タケマサ。生殺与奪は王のみが持つ権利だ。殺すだけでなく、与えることもな」


「……」


「王の命なく勝手に蘇生を行うことも、王への反逆だと言っただろう。だから、殺人と同様に蘇生も本来なら俺だけの特権であるべきだ。だが俺は蘇生魔法は使えないから、代わりに俺が許可を与えた人間だけに蘇生を許す。……魔法で全員に強制するなんてことはしないがな、殺人罪と同様に定めるんだよ」


 魔王は俺を指さした。


「蘇生罪をな」


 ……。

 

 *


 結局、俺は首を縦に振りはしなかったが、横に振りもしなかった。


 魔王には、考えたい、とだけ言った。魔王はニヤニヤ笑っていたので、俺が命惜しさに仲間を裏切るかどうかを考えるのだと思ったかもしれない。


 だが、俺は少し別のことを考えていた。

 それは、俺の蘇生は何のためにあるのか、ということだった。

 魔王がベラベラと語っていた、最強なのは命の選別役を任された証拠だとかいう話は思い込みも大概にしろという感じだが、そんな風に思い込める単純さが少し羨ましくもあった。

 そう、羨ましかったのは……ミサコの書いた本を読んだ時から引っかかっていたことだが……。


 俺にも使命というものがあるのか? ということだった。


 使命は誰にでもあるとミサコが書いていたが、それを前向きだなと笑ったが、ただ俺もたぶんそう思っているのだ。

 俺にも使命があるはずだ、あってほしいと。ありふれた思い込みなのかもしれないが、俺がこの世界に召喚されたのだとすれば、何か果たすべき役割……つまり使命があるからだったのだと。

 最初はそれが蘇生なのだと思った。例えばティルミアのようなやつの殺人をそれで止めることなのだと思ったりもした。

 だが蘇生は所詮、後手だ。俺はティルミアを止めているわけじゃない。ティルミアが殺すのは止められていないのだ。殺人は起きている。蘇生したからって殺人が無かったことになるわけじゃない。

 俺は前にティルミアに言ったことがある。ティルミアが勝手に殺すのと同じように俺は勝手に生き返らせているだけだと。だが、偉そうにそう言いはしたが、俺は誰を生き返らせるべきかなんて意見は持っていないのだ。

 ただ、ティルミアが殺した人間は誰でも出来る限り生き返らせようとしているだけだ。ある意味で非常に無責任で他人任せな、卑怯な判断だ。

 蘇生師として、とても中途半端でもある。誰でも生き返らせたいなら、蘇生屋として開業し、ティルミアが殺した人間に限らず死人を募って生き返らせてまわるべきだ。それをしない俺は、結局多くの死人を見殺しにしているのと同じだ。


 結局のところ俺は、ティルミアに依存している。考えるのを放棄している。


 それなら、魔王が命じるままに蘇生するのと、何が違うというのか?


 ティルミアに依存するか、魔王に依存するかの違いでしかないんじゃないだろうか。


 正直、魔王の部下になりたいとは全く思わない。だがそれがなぜなのかと言えば単に個人的に魔王が気に食わないというだけのような気がした。

 そんな子どもじみた理由でしか人生を選択できないのは、俺に「使命」が見えていないからだと。そんな気がした。


 *


「よく眠れたかのう」


 我に返る。

 考え込んでいるうちに夜が明けてしまったらしい。

 城内の空き部屋で俺は寝た。特に監禁も監視もされなかった。戦闘能力の皆無な俺が城の中をうろつこうが、魔王たちにとっては何も問題はないらしい。レジンやラーシャだが、俺に手を出さないようにと魔王は命令したらしい。とりあえずは命の危機は去った。


 薄く開けていた扉の隙間から声をかけてきていたミサコに、俺はダルい声で返事を返す。


「……まだやるのかその口調。昨日魔王の前でもちょいちょい崩れてたし、もういいんじゃないのか」


「……ホラ私、若くて可愛い女の子で、しかも異世界人で魔力もないわけでしょ? それなのに魔導師として取り立ててもらったりなんかするとさ、結構なめられるんだよね。妬まれることも多くて面倒でさ。だからせめてフードかぶって声低くして口調も老人ぽくして、正体がバレないようにしてた時期があったんだけど、これが意外にいけてさ。癖になっちゃうまでやってたら抜けなくて」


「……癖に、なあ。そのわりにすぐ口調戻るよな」


「うっさいな。切り替えが思い通りいかないのよ」


「ところであんた……一つ聞いていいか」


「うむ。なんじゃ?」


「……。この世界の時間が25時間だとかいうあれ、本当なのか?」


「あれか。懐かしいのう。この世界に来た直後の頃、スゴく暇だった時に数えてみたのじゃ。ほぼ間違いあるまい」


「……あんたの鼓動はそんなに正確なのか」


「触って確かめてみるか?」


 貧相な胸を指さす。


「……そういうのはもっと胸が育ってから言え」


「この年でこれ以上育つわけがあるか」


「……あんたいくつなんだ」


「レディに年を聞くな失礼なやつめ」


 まああの本に20代前半っぽいことが書いてあったような気がする。俺と年はそう変わらん筈。見かけは下手すると中学生かそこらにも見えるが。


「ところで話は変わるんだがロリババア」


「ロリでもババアでもないわ」


 俺は気になっていたことを聞く。


「制約魔法というやつは、いつ使うんだ? もう発動したのか?」


 ロリババアは首を横に振った。


「なかなか難航しそうじゃ。時間がかかりそうじゃな」


「……ほう。やっぱ国民全員に、となると、術式を作るのが難しいのか」


 ロリババアはそれもあるが、と口ごもる。


「一番の問題は……術者がいないのじゃ」


「術者?」


「原始魔法のみで組み上げられた制約魔法を理解し使うことができたのじゃから、やはりアルフレッドはもの凄く優秀な術者じゃったということじゃ……あそこまでワシの魔術理論を理解した者はおらんかった」


「なんだなんだ。そんなに難しいのか、制約魔法は」


「ああ。わかりやすく言えば普通の魔法がテキストファイルなら原始魔法はバイナリファイルじゃからな」


 ロリババアはさっぱりわからんことを言った。


「すまんが日本語で例えてくれないとわからんぞロリババア」


「ロリバ……。お前今脳内でワシのことそう呼んでるじゃろ。癖で口から出るからさっさとやめるがよい」


「わかった。で、その難しい制約魔法を使えそうな人間がいないのか」


「ああ……。魔王サマは端から理解しようともせんし、ラーシャやユリンのような武闘派では、魔法の理解が浅く無理がある。やはり魔術師でなければならんが、魔王の部下にしろ王宮の魔術師どもにしろ、えてして生来の魔力に恵まれた魔術師は才能で魔法を使いおるのでな」


「才能……? いいじゃないか、才能があるほうが」


「才能とはつまり勘が働くということじゃ。働いてしまえばそれに頼る。じゃから既存の魔術とは基礎理論からしてだいぶ理屈が異なるワシの制約魔法を教え込もうとすると、その身に染み付いた直感と合わず、凝り固まった経験も邪魔をしてな。拒否反応を示すのじゃ。これだから年寄りは嫌なんじゃ……」


「ほー。大変だな」


「他人事じゃと思ってからに……。全く、これなら魔術師の卵の子供でも連れてきたほうがまだ余計な先入観も無い分、教えるのが楽そうじゃ」


「若けりゃいいのか? アリサリネはどうなんだ?」


「ああ、あやつは別の理由で駄目でな」


「ああ、ライセンスか。蘇生師だからか? 蘇生師は他の一切の魔法が使えないもんな」


 だがミサコは首を振った。


「いや、蘇生師でも問題ない。ライセンスは精霊の力を借りる場合の制限じゃからな。さっきも言ったが制約魔法は原始魔法じゃ。精霊の力を借りんのでな。ライセンスの縛りは無い」


「え? ちょっと待て。制約魔法はライセンス不要なのか?」


「そうじゃ。驚いたか?」


 驚いた。ライセンスの要らない魔法なんてあるのか。


「へえ……。まだまだわからんことだらけだな」


 ミサコは俺を見た。


「今思ったが、お主なら適任かもしれんな」


「……は?」


「制約魔法の使い手として、じゃ。お主は生まれ持った才など何もない。じゃが、まがりなりにも蘇生魔法という高等魔法を習得するほど魔術理論を理解しよった。ワシと同じ日本から来た人間じゃということも好都合じゃな」


「何が好都合なんだよ。素人だぞ俺は」


「ネイティブ・スピーカーよりも外国語として英語を学んだ者のほうが英語の文法ルールを深く理解していたりする。それと同じじゃ。制約魔法はフィーリングでは使えん。緻密に組み上げられた術式を、その規則から紐解いて理解せねば使えん。「なんとなく魔法を使う」ということができない異世界人であるお主なら、適任かもしれん」


「えーとつまり、魔法の才能が無いから逆に都合がいい、って言われてるのか? 俺」


「素晴らしい理解力じゃなタケマサ」


「変な気を起こすな。あのな俺は蘇生魔法だって最初は呪文丸暗記だったんだぞ」


「じゃが応用が効くようになっているのじゃろ? 別に悪い話でもなかろう。新たなスキルを身につけるチャンスじゃぞ」


 そうかも知れないが、ここで手を貸すのは魔王に積極的に荷担するようで嫌だ。


「他は? あと誰もいないのか? レジンはどうなんだ」


「あやつもワシと同じで魔力が無い」


「……でもなぁ、他にもいるだろ魔術師はいくらでも。頭の柔らかい人間もいるだろ少しは」


「……そもそもな、前王に仕えていた連中に協力させるのはリスクも大きい。制約魔法を身につけさせた後で裏切られるかもしれんからな」


 それを聞いて俺は笑ってしまった。


「おいおい。俺なら裏切らないとどうして思うんだ?」


「裏切るのか? ワシを」


「あんたをというより、魔王をだよ。俺は言っておくが、あのふざけた男を王だとも支配者だとも認める気はないぞ」


 ふむ、とミサコはさして興味がなさそうに唸った。


「そこにこだわっておるのか。……まあ、無理強いはせんよ」


 *


 俺は城の中を少しうろついてみた。

 魔王は少数の手勢だけで乗り込んだとかいう話だったが、その少数の手勢さえ城内のどこにいるのやら、ほとんど姿を見かけない。明らかに兵士ではない風貌の、つまりバラバラのデザインの鎧姿の剣士や魔術師っぽいのがたまにいる。

 魔王の部下なのかなと思うが、話しかけて喧嘩になっても面倒なのでスルーする。向こうも特に何も思っていないようだった。俺の格好が普通の街の人間と同じなので下働きの人間だと思われているのかもしれない。

 城は魔王軍が支配しているので、正規の兵士は見かけないが、使用人たちは時々見かけた。ユリンがしていたようなメイド姿の女性もいる。

 俺は城壁を上がり、街を眺めた。魔王に落とされた城の城下町……といってもあちこちから煙が上がっていて……とかいったことはなく、表面的にはごく平和に見える。

 城壁に来たのも脱出口がないかなとなんとなく思ったからだが、城壁から外には飛び降りても死ぬだけで、はしごもとっかかりもない。すぐにあきらめた。

 俺は途方にくれた。何をすりゃいいんだ。


 ……。


 やれやれ。何をすりゃいいのか、か。考えてみれば人生、それで悩んでばかりいるな。

 何をしたいのか、何が向いているのかがわからない。スポーツも、芸術も、勉強も。どれもさほど得意ではなく、もの凄く好きなわけでもない。

 中学、高校、大学。結局、道を見つけられないまま社会に出てしまった。いや、出ていない。社会に出ようとしたところで門前払いをくらった。


「君はこの会社に入って何がやりたい?」


 直球で聞いてきた面接官がいたのを思い出す。

 俺は黙ってしまった。会社の事業内容は知っていたし、入社したらどういうことに関わるか、何も情報を持っていないわけじゃなかったが、「俺が」何をやりたいのかと聞かれると答えに詰まった。


「俺にできることなら、なんでもやります」


 俺はそう答えた。面接には落ちた。



 ……やれやれ、異世界に来てまでこんなこと思い出さなくてもいいだろうに。

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