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結構可愛いんだけど殺人鬼なのが玉にキズ  作者: 牛髑髏タウン
第一章 「え、私? 殺人鬼」
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第一章 5/8

 殺すね、というその言葉は俺に許可を取ったようにも、ただ報告したようにも聞こえた。


「……待てよ」


 そう言ったつもりだがまるで声が出なかった。うまく息ができない。

 ガルフよりも数倍速い動きで横に回り込むと、ティルミアは落ちている小石を蹴るような軽い動きでガルフの足下をすくった。

 重力が働いていないのかと思うほど、ティルミアの動きにまるで力みが感じられない。どう見たって、体重は二、三倍違うのに。

 体勢を崩したガルフの上体に下から突き上げるように垂直蹴り。

 ガルフはうぅと声を漏らし腹を抑え、顔を紅潮させたまま顔から床につっこむように倒れた。

 ティルミアはうつ伏せになったガルフの巨体を足でひっくり返した。まるで絨毯をめくる程度の力の入れ方にしか見えないのに、ガルフの巨体が転がされる光景は何かできの悪いCGを見ているようだった。


「このっ」


 ガルフが頭をあげようとしたらしい。らしい、と思ったもののガルフの頭は上がることはなかった。ティルミアが踵で押さえつけたからだ。

 いや、押さえつけたなんてもんじゃなかった。まるでバウンドするサッカーボールを足で押さえて止めるように、ガルフの頭はティルミアの踵と床との間で何往復もした。ゴゴゴゴンという音がした。

 ガルフは、動かなくなった。


「ふう」


 額の汗を拭うティルミア。

 戦闘は終了した。ティルミアの勝利という形で。

 彼女は一瞬、俺を見た。

 それから、再びガルフのほうを見て。


 ぶしゅ。


 冗談みたいに軽い音を立てて。

 ティルミアは右手でガルフの心臓を貫いたのだった。

 ガルフの身体がびくんと跳ね、口から血を吹き出した。


 それが、俺がティルミアが人を殺すところを見た最初だった。いや、人が人を殺すところを見た最初だ。

 ティルミアはふりほどくように腕を引き抜いて、痙攣しているガルフを無視して俺のそばへ駆け寄ってきた。


「……かはっ……ほんとに、殺してんじゃねえよ」


「言ったでしょ。私殺人鬼だって」


「待てって……、言っただろ」


「喋っちゃだめ。すぐ回復屋に連れてく」


 ティルミアは俺を軽々とかつぎあげた。

 もう驚かない。どういうカラクリか知らないが、あの大男を片手で殴り浮かせるくらいだ。

 彼女はホテルを出る。通りを走る。右に曲がり、左に曲がり。まったく疲れる様子もなくスピードも落ちない。

 途中で意識が途切れた。


 *


「感動した」


 俺の本日三十回目のその台詞を、サフィーさんはわかりましたから、と律儀にいなした。

 首の傷が相当に深かったであろうことは、俺の服の胸の部分がケチャップをこぼしまくった幼児みたいになっていることからもわかる。

 それが、完治。その日のうちにだ。骨折の時と同じくらい短い時間でだ。


「まるで魔法じゃないか。こんなに簡単に」


「確かに魔法ですけど、簡単じゃないですよ。出血が酷いし結構傷が深かったですから。もう少し遅かったらどうなってたか。高等治癒回復魔法、久々に使いました」


 痛みは既に無い。声も出る。傷跡も無い。


「それはあんたみたいなレベルの高い回復屋に担ぎ込まれたから助かったってことか」


 俺はもうこの時、回復魔術師になるしかない、とそう決めていた。


「本当にありがとうございました」


 今度はティルミアの三十回目の台詞だ。サフィーさんは、こちらにも困ったような顔を向けた。


「お代も貰ってますから……。ところでお二人は、何に巻き込まれてるんですか? 一日に二度もこんな大怪我して」


 お二人というか、巻き込まれてるのは俺だけのような気がするが。

 ティルミアは言った。


「東門広場に近いところにホテルがあるじゃないですか、あそこでガルフという人と喧嘩になって」


 喧嘩……。あれは喧嘩にすらなってなかった気がする。


「ガルフ? あの? ……ああ! そういえば今日別のお客さんが噂してましたよ。女の子にのされた、みたいなこと言ってましたけど……」


「その女の子がこいつなんだ」


 俺は指さす。

 サフィーさんはうっそぉ、と口を押さえた。


「ガルフって、相当強くてみんな手を焼いてたんですよ。たまに挑んでくる懸賞金稼ぎだって何人も返り討ちにあってるくらい。うちにもよく担ぎ込まれますもん。……ティルミアさん、お強いんですね」


 懸賞金……。俺はまた今この世界の仕組みを一つ知る。警察機構の無い世界は色々大変だ。

 ティルミアはぶんぶんと首を振った。


「そ、そんなことはないです」


「でも、皆さん困ってらしたみたいですから。ティルミアさんみんなのヒーローじゃないですか」


 あ、ヒロインか、失礼しましたとサフィーさんは笑った。

 だが、俺は首を縦には振れなかった。

 ヒーロー。そうなんだろうか。

 薄れゆく意識の中で俺は見ていた。

 彼女は、ティルミアは、ガルフを殺した。勢い余って、というのとは違う。彼女は明らかに戦闘不能になったガルフに、追加の一撃を加えて殺したのだ。


 明確な殺意。


 あれが果たして、「皆が迷惑している破落戸(ごろつき)をやっつけた」と見做されるだろうか。この世界の常識が無い俺にはわからない。

 だが、薄れ行く意識の中で視界の端に映ったホテルのスタッフや客達の顔は、ガルフを殺したティルミアに、複雑な目を向けていた気がしたのだ。称賛の中に、恐怖の眼差しが混ざっていた気がした。


 恐怖の対象がガルフからティルミアに変わっただけ、だったりしないか?


 俺は後ろに立っていたティルミアを見た。さすがの彼女も今度は浮かない顔をして……。

 ん。

 全然、浮かない顔してないなこいつ。


「えへ。あ、一応さっき、トドメも刺してきたんですよ」


 あっけらかん。


「……え、トドメ?」


「はい。殺しておきました、ちゃんと!」


 元気よく答える殺人鬼ティルミア。

 あ、引いてるよサフィーさん。

 よかった、それが普通の反応だよな。


「殺したって……。死んじゃったんですか?」


「はい。道具も時間もなくて心臓をえぐり抜くだけになっちゃいましたけど」


 道具と時間があったらどんな殺し方をするつもりだったんだ。


「ああいや、ガルフに俺が首を切られた直後だったんだ」


 ああ、とサフィーさんは頷いた。


「それは無理もないです……。逆上して……結果的に殺してしまうことになったんですね」


 だがせっかく俺がフォローしたにも関わらず、ティルミアは自分で否定した。


「あ、違います。敵討ちというわけではなくて……。いずれにせよガルフさんのことは殺すつもりではあったので」


「なんでお前はそういうことを言うんだ。それじゃただの殺人鬼じゃないか」


「そうだよ殺人鬼だけど?」


 サフィーさんがとりなすように言った。


「まあまあタケマサさん、命の恩人に向かって。殺人鬼だなんて言ったら失礼ですよ?」


「……いや、こいつは本当に殺人鬼なんだ」


「タケマサさん。彼女も好きで殺すことになったわけじゃないのでしょう?」


「どうかな。たとえそうだとしてもこいつが殺人鬼なのは本当なんだ」


「タケマサさん! 怒りますよ。そのつもりもなかったのに殺人鬼だなんて言われれば誰だって傷つきますよ」


 サフィーさんが目を吊り上げた。そうだよな。これが普通の反応だよな……。


「あの、いえ、違うんです。私、本当に殺人鬼なんです」


 見かねたティルミアが申し訳なさそうに口を挟んだ。


「ティルミアさん! 自分を卑下しすぎです。ティルミアさんは殺人鬼なんかじゃありません」


 あ、ティルミアが傷ついた顔をしている。


「サ、サフィーさん。違うんだ。まず、ティルミアは職業が殺人鬼なんだ。殺人鬼のライセンスを受けたんだよ」


「……えぇ!? 例えじゃなくて、職業の方の?」


 この世界では二つの意味があるのか。紛らわしいことこの上ないな。


「そうです……。私、つい今朝のことですけど……殺人鬼のライセンスを受けたんです」


「な、なんで!? ティルミアさん、どうして。あなたみたいな若い女の子が。何があったの!? 一体どんな事情が!?」


 サフィーさんが思わず敬語が取れてしまうくらい驚いている。……そこまで言われる職業なのか。いや、これが正常な反応な気がする。


「じ、事情っていうか……小さい頃からの夢で」


「嘘」


 きっぱり否定された。

 サフィーさんは椅子を一脚持ってきた。それを立っているティルミアにすすめる。


「私で良かったら話を聞くわ。安心して。口は固いの」


「え」


 サフィーさんはガシッとティルミアの手を握った。


「この仕事してるとね、若い女の子の悩みを聞くことは結構多いの。もちろん進路のこともね。だからきっと相談に乗れると思うわ」


「あの、別に悩みがあるわけでは……」


「嘘。……あのね。自分の意思で殺人鬼を選ぶ人なんて本当はいないのよ。あれはもともと、重犯罪者を集めて軍隊として組織する計画のために設立された職業で、まともな人がなるものじゃないの。精霊力を行使させるためにライセンスを与える必要があったんだけど、既存の職の人達がみんな、「あんな連中が自分たちと同じ職につくのは我慢できない」って言ったもんだから苦肉の策で作られた職業なのよ。その能力も、敵兵士を殺すことに特化したものばかりの、ろくでもない職業なのよ」


 うわあ。

 ティルミアが泣きそうな顔になっている。

 善意と良識の刃でティルミアをメッタ斬りにするサフィーさん。


「……あ、あの、その」


「その証拠に、パーティメンバーに殺人鬼を募る人なんかいないでしょう? ……転職の神殿でもやめろって言われなかった?」


「三十回くらい言われました……」


 やっぱ、言われたのか。ティルミアが涙目になっている。殺人鬼の目にも涙。


「世の中、もう殺人鬼のライセンスは廃止にしようっていう流れなのよ。ちゃんとギルド組織なんかもあってモラルも高い他の戦闘職だけで十分なんじゃないかって。神殿も試験を凄く厳しくしてて、この街ではもうしばらく殺人鬼のライセンスは出てなかった筈よ」


「す、すみません、私が取ってしまいました……」


「いいのよすぐに転職し直せば。ちょっと道を踏み外しただけ。まだ若いんだから、いくらでもやり直せる」


 サフィーさんがティルミアの肩を抱いた。


「ああ、その……。サフィーさん、そのへんにしてやってくれないか。もうティルミアのヒットポイントが残ってない」


 ティルミアはうなだれている。


「サフィーさん。……ティルミアはどうしてだか本気で殺人鬼にあこがれていたらしいんだ。いや正直なんでと俺も思うが……まあ少なくとも、よく考えた末の選択なんだ。やけになって選んだというわけではないらしい」


「そうなの……?」


 サフィーさんの問いに、ティルミアは力なく頷いた。


「ティルミアはこの世界を住みよいものにしたいと願って殺人鬼になったらしいんだ。彼女は俺に言った。殺人で人々を笑顔にするって」


「え、どうやって!?」


 俺も知りたい。


「わ、私……」


 お。打ちひしがれていたティルミアが復活した。


「誰からも理解してもらおうなんて思ってません。これまでもずっとそうだったし、これからもそれでいいんです。でも、これが私の道なんです」


 顔を上げる。


「誰にもわかってもらえなくても……私は人を殺し続けるのを諦めません」


 ティルミアは微笑んだ。

 なぜだろう、言ってることは結構ろくでもないのに「健気に偏見と戦う少女」みたいな雰囲気がすごい出てる。

 騙されそうになる俺。ぴしゃりと頬を叩く。


 *


 そして。

 やはりというかなんというか。

 ホテルに戻った俺たちに向けられる、スタッフたちの目線は変わってしまっていた。

 冷たくなっていた。

 いや冷たいというか……。

 誰も目を合わさない。こちらが見ると目を逸らす。

 床にはまだ血がついていたが、ガルフの死体は無くなっていた。


「……無事だったのか」


 俺を見て、呟いたのは昼の騒動の時に俺たちにガルフの名を教えてくれた爺さんだった。


「あ、はい。ありがとうございます! なんとか回復屋さんに間に合いました」


 ティルミアが場違いに朗らかに答えた。


「……」


 面食らったのか、爺さんはそれに対しては何も言わなかった。


「ガルフは?」


 代わりに俺が尋ねる。


「死んだよ」


 聞きたかったのは死体がどうなったかだった。ただ俺は一瞬固まってしまった。

 爺さんの口調は決して責めるものではなかったが、かといって全面的に賞賛しているわけでもない。

 そういうことなのだ。

 こうなることはわかっていた筈じゃないか。

 殺しちゃだめなんだよ。死は重いんだ。


「死体は片付けたのか?」


「流石に死体を転がしとくわけにはいかんからな。今そっちの倉庫部屋に押し込んである。もうじき、引き取りに来る筈だ」


「引き取りに? 軍隊か?」


「家族だよ」


 ……。

 思わず絶句する。

 なんだと? 家族? 家族がいたのか?

 俺は思わずティルミアを見る。ティルミアの表情は変わらなかったが、心なしか動揺が浮かんでいる気がした。


「家族が……いたのか」


「わしもさっき聞いたんだ。家族と言っても息子ひとりだがな。まだ十かそこらくらいの」


 やめろ。やめてくれ。

 どうしてそんな幼い息子が。俺は思わず舌打ちをする。息子がいながらあんな誰彼構わず恨みを買うような真似をして。挙句殺されて。いったい何をやってるんだガルフは。

 俺は、ようやく今このホテルのロビーで周りの人間から向けられている視線が冷たいものになっている本当の理由を理解した。この爺さんと同様に、皆、知ってしまったのだ。

 ティルミアが幼い子供のいる父親の命を奪ったのだということを。


「……俺らは部屋に戻るか」


 俺はティルミアにそう言った。


「どうして?」


「どうしてってお前、もうじきここ来るって言ってんだから。ロビーにいたら鉢合わせするだろ」


 ティルミアはその子にとっちゃ親を殺した仇ってことになる。会わないほうがいいだろう。


「会っていこうよ」


「ばっ……」


 俺は二の句を継げなかった。

 馬鹿。いや無神経。いや考えなし。馬鹿と同じ意味か。いや……。


「お前それだけはやめろ」


「どうして? 息子さん、きっと私に話があると思うけど」


「そりゃあるだろうさ。というか仇を討とうとするかもしれないだろ。そしたらどうする。お前はその子も殺す気か?」


「そんなの話してみないとわかんないよ!」


 いや可能性あんのかよ。恐ろしいことを言う。


「ならなおさらやめろ。その子は俺の仇じゃないだろ」


 ティルミアはぽかんとした。


「タケマサくんの仇じゃない? それ何の関係が?」


「ガルフを殺した理由はその息子には当てはまらないだろって言ってるんだ」


「違うよ……。誤解してるよ。タケマサくん」


 ティルミアは俺の目をまっすぐ見て言った。


「私はタケマサくんの仇討ちのつもりで殺したんじゃないよ。もともと殺すつもりだったの。仇討ちだから殺すとか、そんなの理由にするなんて本当の殺人鬼じゃないよ」


 殺人鬼の美学なんざ知るか。


「じゃあ……じゃあ、なんで殺したんだよ?」



「え、だって生きてると迷惑だと思ったから」



「み……みんなの迷惑だから殺したって言うのか?」


「そう。いや、違う。みんなじゃなくて、私が迷惑なの」


 いやいやいやいや。俺は首を横に振る。


「なんでだよ。お前べつにガルフに何もされてないじゃないか。ほぼ初対面だったろ」


 そう、今日この街にやってきたばかりで、ガルフのことだって今日このホテルで初めて知った筈だ。


「そうだけど、でも私は嫌だったの。あの人がいるのが」


「お前は嫌な人間を見かけると殺すのか」


「そうだよ」


 なにを。堂々と。


「俺には、お前の価値観は理解できん」


「えー……」


 えー、じゃない。なんでそこで傷ついた顔をするんだ。そしてなんでこんなに会話のノリが軽いんだ。俺ら今結構シリアスな話してるんじゃないのか。


「どうして? ショック……」


「いや、そんなスネるみたいな顔すんな。気に入らないから殺すなんて堂々と言うやつ初めてみたよ。お前、よくそれでみんなが安心できる世界を作りたいとか言えたな」


「言えるよ。だって、あんなやつが生きてたらみんな安心できないでしょ。やめてって言っても人の話聞かないから、どうしようもないじゃん。そんな人、殺す以外にどうしたらいいのかわからない」


「……神にでもなったつもりか。人に人を裁く権利なんかないんだよ」


「裁いてるわけじゃないよ。私の勝手でやってることだもん。神になんかなってないもん」


「生殺与奪は神の仕事だって言ってんだよ。神になったつもりがないなら手を出すな。お前の勝手な善悪の基準で人を殺していいわけあるか」


「どうして」


「お前だって誰かに殺されたら納得できないだろ」


「理由によるよ」


 よるのかよ。


「どういう理由だったらいいんだ」


「えっと……。例えば、絶対知られたくないカツラをつけてるって秘密を私が知っちゃったとか」


 え。


「そんな理由でいいの?」


 悪いことをしたとかじゃなくて?


「もちろん私も反撃するよ? 喜んで殺されるとは言ってない。でも、殺しあって、どっちかが生き残るしかない状況には違いないもん」


「違いなくないだろ、それは」


「だって絶対知られたくないことを知られちゃってどうしても我慢できなかったら、意外と、殺す以外に方法がなくない?」


「いやいやいやあるだろ他に方法がいくらでも」


「うーん、記憶の消去でもできるんならともかく」


「いやまず、「黙ってて」って頼めよ。殺す前に」


「そんなの、頼まれて私が「うん」って言っても、私がもし生まれつきのお喋りで、どうしても知ってることを黙ってることができないタイプの人間だったら?」


「それでも殺しちゃ駄目だよ」


「カツラの秘密、バレちゃうんだよ?」


「そこはもう我慢するしかないだろ。ハゲを知られたって死ぬわけじゃなし」


「カツラがバレたのがショックで自殺したんだよ? 私の故郷にいた神父さんは!」


 いたのか。そんな人。


「……そりゃ悪かった。だがそりゃ中にはそういう人もいるかもしれないが、それでも殺していい理由になってないだろ」



「タケマサくん、「殺していい理由」なんてものは、無いんだよ」



 お……お前がそれを言うのかい。


「そ……そうだよ。無いよ」


「あのガルフだってそうなんだよ」


「……。そうだよ」


 わかっている。だからだ。俺が「待て」と言おうとしたのは。


「なら、なんで殺したんだ」



「殺していい理由なんて、そんなもの要らないの。殺人鬼には」



 ま……。


「待て。お前は街の平和を守るためにやつを殺したんだろ? 理由がある。ハゲの秘密を守るのとは違う」


「同じだよ。自分の大事なことのために他の人を殺すんだから」


「そうじゃない。それはただの自分勝手じゃないか」


「知ってるよー」


 ティルミアは、そう言った。


「私は自分の勝手で人を殺してるんだよ。それが殺人鬼なんだから」


 こいつは……。

 こいつは意外と、重症だ。

 正直、なめてたと思った。

 俺は出会った時の印象から、思いこんでいた。

 よくわかんないまま何か勘違いをしてうっかり殺人鬼という職業を選んでしまった奴だとどこかで思っていた。職業選択を間違えてるだけで、要は悪人を懲らしめたいのだろう、と思っていた。

 だがどうも少し違ったらしい。ティルミアは、懲らしめようとしてるんじゃない。殺そうとしていたのだ。わりとストレートな意味で、殺人鬼なのだ。


「人に恨まれるぞ。そんな人生」


「最初から覚悟してる」


 パチパチパチ……!!

 突然、拍手が聞こえた。


「覚悟。すばらしい」


 白い青年が現れた。

 最初、ホテルのスタッフかと思った。次に、(俺の世界での意味での)魔術師かと思った。場違いな、白いタキシードという目立つ格好をしていたからだ。

 ただただ白い服を着たその青年は、もう一度、言った。



「失礼。さっきから聞かせていただいておりました。すばらしい覚悟です、殺人鬼さん」

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