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結構可愛いんだけど殺人鬼なのが玉にキズ  作者: 牛髑髏タウン
第六章 「殺人だよ? だから何?」
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第六章 1/8

「きゃー、ティルミー、足ほそーい!」


「や、やめてってばチグサ!」


「あらあらチグサったら、酔ってうっかり溺れたりしないで下さいね」


「きゃーミレナさんも! その胸ずるいなぁもうー! 肌もキレーだし、とても54には見えない!」


「そりゃ私、人間で言えば十代ですもの……。胸の発育だけは普通の人間と同じように進んでしまうのですけれど」


「どこが「普通」なんですか? これ。ミレナさん」


「ちょっ……と! リブラさん!? 急に後ろから鷲掴みにしないでください?」


「捜査です。探偵としてはこれが本物かどうか調べておかなくては」


「リブラさんもしかして酔ってます?」


「おいお前ら、落ち着け。チグサは自分が飲むだけならともかく人に飲ますな」


「飲ませてないよ? お酒を水と一緒に置いといたらリブちゃんが勝手に間違えて飲んだんだもーん。……ていうかボス、意外に水着が可愛い!」


「失礼だな」


「……みんな……狂気の沙汰ね……。この日差しの中そんなに肌をさらすなんて……。年取ってから泣いても知らないわ……」


「ちょぉっとお! ディレムってば何ローブなんか着てんの暑苦しいな! もう。そぉーれ!」


「やめて……。……ちょっと……」


「わ、意外に大胆な水着」


「……だから嫌いなのよあなた……」


 ……。


「なんだこの、唐突な水着回は……」


 どうやら世界がバグったらしい光景が俺の眼前に展開されている。

 天気の良い浜辺。肉を焼き、酒を飲む事務所の連中。そのうちチグサを始めとした数人がテンションが上がったらしく水着に着替えて海で遊び始めた。


「タケマサさん、鼻の下伸びてますよ」


 後ろから声がした。サフィーだった。


「実際に鼻の下が伸びる人間なんて見たことないがな……。人聞きの悪いことを言わないでくれ」


「随分熱心に見ていたようでしたので」


「いや、あまりに現実感の無い光景なんでまた別の異世界に飛んだのかと思っていたところだ。最近物騒なことばかりが続いていたからな……」


 テンションの低い俺の返事がおかしかったのか、サフィーはうふふふと笑った。


「現実感が無いですか」


「そりゃそうだろ。だってついこないだ俺たちが巻き込まれたことと言えば」


 俺は立ち上がる。


「ドキッ! ゾンビだらけの死霊魔術大会! 魔王もあるよ!」


 座る。


「……だったわけだからな」


「余裕を感じさせるコメントですね」


「今のこのノーテンキな風景を見ているとそんな気分にもなるさ。今が現実だと言うなら、逆にあの村での出来事こそ現実だったのかどうか。落差が激しすぎる」


 いや、そもそも……現実じゃないのだ。俺にとってはここはまんま「異世界」なのだ。竜だの魔王だの、魔法だの蘇生だの、馴染みの無い異世界そのものだ。水着の女子が戯れている眼の前の光景もこれはこれで現実感が無いが、まだこっちのほうが俺のいた世界に近いとも言える


「落差ですか。確かに色々ありましたね」


「ああ。何とも濃い一ヶ月だったよ」


「一ヶ月過ごしてみて、タケマサさんから見てこの世界はどうですか?」


「……どうって」


 サフィーは深い意味で聞いたわけではないようだったが、俺は少し考えてしまった。


「まあ、……実際の所、そんなに変わらないのかもしれない。元の世界と」


「え、あら。意外な答えですね。そうですか?」


「違うとこは色々あるよ。もちろん。だいぶ過酷な世界だ。治安も悪いし魔物もいるし。実際、死にかけたしな。しかもそんな世界で俺は活躍できるような素質や才能があるわけじゃないと来た。……ただまあ、それは元の世界でも一緒だからな。元の世界でも俺は大した活躍はできそうになかった。その意味では、どっちの世界も生きづらいことに変わりはない」


 随分謙遜しますね、とサフィーは笑った。


「そんなことはないのでは。タケマサさんは中々の努力家だと思いますが」


 俺は苦笑したのを見られないよう振り向かずに会話を続ける。


「その努力が実ったことは無かったんだ。まぁ目的の無い努力は実らないってことだったんじゃないかな。俺はそもそも自分が何がしたいのかわからん人間だった。そういう意味じゃ成り行きとはいえ蘇生師になったことは悪い選択じゃなかったのかもしれん。まがりなりにもやる気は沸いているからな」


 うふふ、とサフィーが笑った。


「その思いは大事にしてくださいね。……蘇生師というのは結構過酷な職業ですけれど」


 それは身にしみていた。

 度重なる失敗。自分がやってしまったことの重み。あの女の言っていたことも思い出す。死霊魔術と蘇生は本質は同じ。

 俺は頭を振る。この辺は考えすぎると前に進めなくなりそうな話だ。

 気を取り直すように勢いをつけて立ち上がる。


「あ、皆の水着を眺めるのに飽きましたか?」


 やれやれ。サフィーも少し酔っているのかもしれない。

 振り返って俺は言う。


「そう言うサフィーは水着じゃないんだな」


「残念ですか?」


 顔が心なしか赤みがかっている。やはり酔っているらしい。


「ちなみに聞くが、あんたは連中と騒いだりしないのか?」


「どういう意味ですか?」


 聞き方が下手だったか。


「いやまあ、いきなり巻き込んでしまったしな。居心地悪くしてたら申し訳ないと思ってな」


「あら、心配ありがとうございます。大丈夫ですよ。結構仲良くやらせていただいてます。なんでも専門の回復魔術師はいなかったそうで、ここにいる間だけでも回復役として協力して欲しいと言われました」


「そうなのか? そりゃ良かった」


 どうやら大きなお世話だったらしい。さすが回復魔術師。引く手あまただな。


「しかし街じゃ皆困ってるんじゃないか。回復屋がいなくなって」


 困ってるかもしれませんね、と笑った。


「ですが街全体では私以外にも何人もいますから……何とかなるでしょう」


「迷惑をかけるな」


「お気遣いありがとうございます」


「おおーい、泳ごーぜぃ! 海入りなって! せっかく久しぶりのアジトなんだよ!」


 海のほうから酔っぱらいが走ってきた。

 チグサは俺の目の前まで来ると、ぐいと水着の肩口を引っ張った。


「どう!? タケマサくん的にはこの水着!」


 正直に言うことにする。


「一昔前のデザインな感じがする。ややダサめの」


「予想外に反応がひどい!」


 うふふとサフィーが笑う。


「照れてるんですよ。チグサさんが意外に色っぽいものだから」


「ていうかサフィーさんも結構ひどい! 意外にって何!」


 ティルミアも寄ってきた。


「タケマサくんは泳がないの?」


 ゆっくりと首を横に振った。


「悪いな。俺は異世界人だからな。泳ぐことができないんだ」


 ティルミアも首を横に振った。


「嘘だよね。タケマサくんが泳げないだけだよね」


 やれやれ。ティルミアも俺を正しく理解しつつあって困る。


「……全く泳げないわけじゃないぞ。25メートルくらいなら」


 ティルミアが目を丸くした。


「凄い! 意外! 結構深く潜れるじゃん」


「いや……。深さじゃなくて。水平方向な」


 そんな深く潜ったら肺が死ぬわ。知らんけど。


「水平方向に25メートルって……え、嘘でしょ? 一呼吸くらいじゃん」


「一呼吸で25メートルも進むようなやつは俺の世界じゃ魚類に分類されるんだよ」


「またまた。それじゃ隣の島にも行けないよ」


「行くかボケ。隣の島まで泳いでいくなんて発想は俺のいた世界にはないんだよ」


 そういえば遠泳という文化があった気もするが、忘れておく。


「もーう。そんなことより、どうなの? ティルミーの水着姿は?」


 チグサがティルミアの背後からその両腕を押さえつけて胸を張らせた。


「なっ……。やめ……」


 ティルミアは慌てて胸を隠した。


「うむ。意外だった。驚いたよ。大したもんだ」


「そ……そそそれは随分なセクハラだよタケマサくん!」


「何がだ。いや実際驚いたんだよ。今までこの世界で着てきた服を見る限り、こんなに伸縮性と薄さと耐水性を兼ね備えた上等な布素材が存在するとは思ってなかったからな。相当高いんじゃないのか? この水着は」


 そうなのだ。相対的にこの布地だけやけに素材が良いように見えるのだ。普段の服ときたら縫製が見えるような薄くて破れそうな布か、逆に丈夫だが重くて分厚い布地かどちらかだ。例外はあの変態ゴリラが着ていた全身タイツくらいか。


「女の子の水着姿をしげしげ見ながら言うことがそれなの!?」


「他に見るとこがあるのか。お前のその筋肉質な肩とかか」


「ひ、ひきしまってるって言ってぇええ!」


 ティルミアが俺の頭にチョップした。痛ぇ。


「そんなに筋肉質じゃないもん。細いもん。私は腕力で戦うタイプじゃないもん」


 よしよしと慰めるチグサ。


「でもタケマサさん、良い着眼点です。実際、この世界では水着は高いのです。何着も買えるようなものではないのです。だから私たち、結構こだわって選んでるんですよ」


「……だからもっと褒めてあげなさいよ……バカね……」


 知るかそんなこと。


「あのなぁ……水着を褒めろって言われても俺には布に関してそんなに褒める語彙力はねえよ。だいたい、こだわってんならなんでみんなそんなやけに面積の小さい水着を着るんだ。防御力とか考えないのか」


 現代の水泳選手が着るような全身を覆うような水着のほうが防御力は高そうだ。もっとも水着に防御力を期待するのも間違っている気もするが。

 すると俺の背後から声がした。


「それはね、タケマサくん。布が高いからだよ。布地が少ないほうが安い。それが大きい」


 そこには。

 青いブーメランパンツをはいたさわやかイケメンがいた。


「ラインゲール……だったか」


「そうだよ。覚えてくれて光栄だね」


「布地が少ないほうが安い……か。なるほど、その結果がその大惨事か」


「ひどいなあ。この世界じゃ男ものの水着なんてこんなタイプしか売ってないさ」


「なるほどな」


 俺はこの世界では絶対に水着は着ないと誓った。


「動きやすいけどね」


「そのタイプの水着を実際に着てるやつ見たの久しぶりだ」


 さわやかなイケメンが着ている分まだマシなのかもしれないが、なんかライフセイバーにしか見えないな……。


「わざわざ水着なんて買う男はラインゲールくらいでヤスよ」


 他の男連中もゾロゾロやってきた。皆、肉を食うのに飽きてきたらしい。確かに水着を着ている者はわずかだ。


「ちょっと泳ぎにくいが、水着じゃなくたって泳げるしな」


「野外戦闘で湖や池に落ちることもある。冒険者たる者、着衣泳法など基本技能よ」


「いいじゃねえか。水着なんて泳ぐためのもんじゃねえ。所詮人に見せるためのもんだろ」


 がやがや。あっという間に騒がしくなる。

 そして俺も結局は酒を飲んだりしているうちに酔っ払い、服のまま海で泳がされたりするのだった。

 ……。

 なんというか……。


 平和だった。


 *


 あのタルネ村での一件の後。

 俺たちは風切りエイでの高速移動で「本拠地」と呼ばれる場所に到着した。メイリ事務所の本来のアジトだ。俺たちがついこないだまでいた国(エントラル王国と言うらしかった。今更知った)にあった仮の「アジト」と違い、そこは隠れ家的な感じだった。こんもりとした森の奥にアジトの入り口があり、洞窟を改造する形で作られていたその中は複雑に入り組んでいて、奥の奥へと進むと、なんとそこには険しい岩場に囲まれてはいるがそれなりの広さのあるシークレット・ビーチがあった。そこで先ほど、留守を預かっていたメンバーと再会の宴が行われ、肉を食い酒を飲みつつ海辺で遊んだ。

 その光景は「平和」そのものだった。

 だが、あの村で魔王の口から聞かされた通り、既にこの国は「平和」などではなくなっていた。

 ここから南にかなり行ったところに王都がある。この国「ネクスタル王国」の都だ。そこで一週間前にそこで起きたその「事件」のことは既にこのアジトにも伝わってきていた。


 王が殺されたそうだ。魔王に。


 たったの手勢十数名のみで王城に乗り込み、兵士たち数百名を瞬く間に制圧し、謁見の間に現れた、世間で魔王と呼ばれている男。

 これまでにも何度かこの国は魔王と軍事的衝突はあったらしい。地方の村が滅ぼされたこともあった。だが王都への直接的な侵攻は無かった。唐突に、これまでとは打って変わってごく少人数でこうまで大胆に直接攻撃をかけてくるとは誰も考えていなかった。らしい。

 いや、誰もというのは正確ではない。近衛兵士長を務めるラッカ隊長という人物は、魔王の攻撃を知っていた筈である。

 そして、魔王に加担した。この人物が裏切ったのである。

 本来なら王城には結界魔法が張られていて、こんなやすやすと魔王が入り込んでしまうことなどなかった。ラッカ隊長はこれを解除して手引きしたらしい。

 一度入られてしまうと脆かった。いや、一騎当千の近衛兵士長が敵方についたというだけで兵士の士気も大きく崩れていた。ただ、そうした諸々がなかったとしても、果たして魔王を止められたのかといえば大いに疑問ではあったが。何の油断などなくとも、なすすべなど無かったのかもしれない。

 結果、そこで何が起きたか。まだ王城は混乱していて、詳しくはわからない。だが確実なことが2つある。

 第一に、その日まで王だった人間が死んだということ。

 第二に、魔王に王の位が譲られたということ。

 

 俺も最初にその話を聞いた時には意味がわからなかった。

 魔王に、王位が継承された。

 つまり文字通り魔王は王になっていた。魔王自身の言った通りだった。既にこの国を征服し終わっていた。この国においてあの男は魔王ではなく王と呼ばれる存在になっていた。正当な支配者になっていたのである。

 前の王が死に魔王が王位を継承したことによって戦闘は継続される意味を失った。魔王の勝利という形で決着がついた、とも言える。

 王城の中は今、戦闘こそ起こっておらず表面上は平穏に戻ったかに見えるが、誰もが非常に混乱した状態にあるらしかった。

 本当に誰もが混乱していた。民はもちろん、兵士たち、臣下の貴族達、使用人たち、残された王族たち。そして、なぜか魔王の手下たちさえも。ありとあらゆる人間が混乱していた。

 それもその筈だった。

 なぜなら、王位を継承した直後、魔王が姿を消したからだ。魔王の手下達さえ、魔王の行方を知らなかった。


 偶然にも俺たちは魔王が何をしていたか知っている。魔王は王都を制圧した直後、「仲間たちには黙って」タルネ村に出かけた。そこで俺たちと対峙し、ティルミアに殺されたりアリサリネに蘇生されたりしたわけだが、それは魔王の手下どもさえも知らなかったらしい。

 当然、俺たちが到着するまで、本拠地にいた事務所の残りのメンバーもそのことを知らなかった皆色めきだったが、メイリは言った。


「不用意に動くな。やつは本来王位なんて興味がない筈だ。何か狙いがある。やつの狙いがわかるまでは、この場所に留まり、静観する。大丈夫だ、ここら一帯はやつだけは侵入できないよう結界を張っている。大丈夫だ」


 ビールジョッキ片手に水着で言われると大丈夫なのか疑わしくなってくるが、メイリは絶対の自信を持っているようだった。


「やつだけはってどういう意味だ?」


「やつ個人にしか効かない。やつの手下とかには効かないからな」


「それどうなんだ」


「やつに通用する結界を張るには対象を絞るしかなかったんだよ。他は我々の戦力で対処するしかない」


 心配するな、我々はこの国では破格の戦力を有している、とメイリは言った。

 逆に言えばその破格の戦力を持ってしても魔王は手に負えないということだ。だからこそ魔王と呼ばれるのかもしれないが。


「まあ、僕の勘だと、魔王はもう王様という立場に飽きてるんじゃないかと思うけどね」


 ラインゲールが言った。


「飽きてる?」


「あれは相当に気まぐれで飽きっぽい。王位を奪ってみたものの、手に入れた時点で興味を失ったんじゃないかな」


「……まあ確かに……そうかも知れないわね……」


 ディレムも同意した。


「だといいがな」


 メイリが呟く。


「だとすると、残された手下の連中はどうなるんだ?」


 俺が呟くと、リブラが答えた。


「おそらく、王城に残ってる臣下の者達、兵士達は国を奪還しようと考えるでしょう。魔王以外の部下たちがどんなに強いとしても、数を頼めば打ち破れるレベルですから。魔王が戻ってこないとわかればすぐにでも行動に移しているでしょうが、今は混乱していて意見がまとまらないのかもしれません。裏切ったという元兵士長の存在も大きいのでしょうし」


「となると、そう遠くないうちにまた城では戦闘に」


「なるのでしょうね」


 やれやれ、と俺は呟く。


「巻き込まれないことを願うぜ」


 だが。

 その俺の願いは聞き届けられなかった。

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