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結構可愛いんだけど殺人鬼なのが玉にキズ  作者: 牛髑髏タウン
第四章 「だから私は殺ってません! ……二人しか!」
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第四章 8/8

「気をつけろよ、ティルミア」


「ありがとう。タケマサくんはじっとしててね」


 暗視の使えない俺には、何も見えない。

 だが、空気が変わったのは感じられた。

 俺と、サフィーがどこかでへたり込んでいるこの空間で、既に空気は二人の殺人鬼の戦意に包まれている。

 そこからの時間は、どれだけのものだったのだろうか。一分か。一時間か。

 暗闇の中。二人の殺人鬼が戦っている音だけが聞こえた。

 ルードとの戦闘の時はまだ明るかったから二人の姿は断片的に見えた。

 だが、今回はまるでわからない。

 刃物がぶつかる音、壁にぶつかる音、何かが刺さる音。

 キィン、ドス、ザシュ。

 目を閉じて音だけを聞いていると、どこか工事現場のようだ。

 やがて。

 ダンッと音がして、俺の後ろのほうで二人が着地したのがわかった。振り向く。少しずつ暗闇に目が慣れてきているのか、人影はわかった。


「あなた……やっぱり、あの探偵さん。さっきはわからなかった」


「いかにも。本当の名前はラーシャという。殺人鬼ラーシャと呼んでくれたまえ。殺人鬼ティルミアくん」


「なぜチグサさんとホワイトミントさんを殺したの?」


 ……そうか。あの時、なぜこの男が真っ暗な中で廊下にいたのか。俺と会ったのはホワイトミントを殺した後だった、のだ。


「チグサくんのほうは誰でも良かったのだ。君に疑いが向けられればね。本当はタケマサくんを殺すのがベストだったのだが、君がチグサくんと二人きりの状況で寝てくれたのでね。利用させてもらったのだよ」


「チグサさんを殺したかったわけじゃないの?」


「無論だよ。興味もない」


 そう言う男の声には何の感情も現れていなかった。


「正真正銘の殺人鬼め」


 俺はそうつぶやいた。



「違うよ、タケマサくん。そんなの、正真正銘の殺人鬼じゃない」



 思わぬ方向から反論が来た。


「本物の殺人鬼は、誰でも良かったなんて馬鹿なこと、絶対に言わない。そんなやつ、殺人鬼の風上にもおけないよ」


「そ……そうか」


 殺人鬼の風上。いったいどっちなのかだいぶ難しい概念が出てきた。


「殺人鬼が殺すのは、殺したい相手だよ。誰でもよくなんかない」


「ふん……。吾輩は殺しが好きな訳じゃないのでね。一番稼げるから殺人鬼をやっているだけなのだよ」


 ティルミアの声に怒気がこもった。


「何それ。ゆるせない……! 殺人はお金儲けの道具だって言うの!?」


 ティルミアが吠える。


「金儲けで何が悪い。金が無ければ何もできん」


 語り始める探偵リブラ……いや殺人鬼ラーシャ。


「吾輩の夢は、誰もいない、城壁に囲まれた巨大な城で、一人籠もって静かに暮らすことなのだ。だが城を建てるにはもの凄い大金が要る。その大金を稼ぎ出すのに吾輩が取れる手段の中で一番手っとり早かったのが殺人だ。……ティルミアくん、君だって人生遊んで暮らせるような大金を貰えるとあらば、特に興味の無い他人を殺すことなんか何とも思わんだろう?」


 暗かったがティルミアがぶんぶんと首を振ったのがわかった。


「私は興味の無い他人を殺したりなんか絶対にしない。私が殺すのは、ちゃんと殺したいだけの、興味がある人。殺したくない人を殺したらダメ。それを忘れたらもう殺人鬼じゃない、ただの殺し屋さんだよ。殺す理由はお金なんかよりずっとずっと大切だよ」


 殺人鬼と「殺し屋さん」の差がそこまであるのか俺にはよくわからない。

 ただティルミアは少なくとも、どんなに大金を貰っても、生活に困らなくなっても、殺しをやめてくれたりはしないんだなあ……と思った。


「理由ねえ。殺人の理由なんか他人に貰ったほうが楽だろうに。人を殺す理由は、重たいものだ。そんなものを自分の中に抱えていたら、いつかその闇に飲まれて壊れてしまう」


 違うよ、とティルミアは叫んだ。


「人を殺したいと思う気持ちは、大切にしなきゃだめ。闇なんかじゃない。自分が自分でいるための大切な心の声だよ。殺したい、ていうその気持ちは飛び立つための自由の翼なんだから。その翼を重たいなんて思うなら、あなたは殺人鬼には向いてないよ。他の翼を探したほうがいい」


 ……。

 やべえ。

 ティルミアが何言ってるかわからない。

 困ったことにまだラーシャの方がわかる。金のため。分かりやすい。

 どうやらティルミアが、とんでもないものを心の翼にしているらしいとわかった俺は若干引いていたのだが、ラーシャはラーシャで何か腹の立つ言葉であったらしい。


「……言ってくれるね。殺人鬼に向いていない、か。確かにおまえみたいな根っからの殺人狂と一緒にされたんじゃかなわないな。吾輩はそんな風になるのはごめんだよ。おまえは、狂ってるぞ……!」


「狂ってないよ。覚悟があるだけ。あなたみたいな中途半端な覚悟の殺人鬼は迷惑なだけ。……静かに過ごすのが夢なんでしょ? いいよ、私が永眠させてあげる!」


「この殺人狂が! お前のような人間こそ迷惑だろうが!」


 叫び声が響いた後。

 勝負は、一瞬だった。

 ガインッ……グワンッ……と何か甲高い音と鈍い響きを立てて、金属の固まりがぶつかるような音がした。

 双方の武器がぶつかったのか。


「ぐっ……は……」


 そして、呻き声。ラーシャのものだった。

 ズ、という音がした。何かが倒れた、音。


「はい、決着」


 朗らかな声。

 ティルミアの声だった。


 かすかに、ラーシャが呻いているのが聞こえる。


「う……かっはっ……はっ……」


「心臓と肺に穴を空けたから、息できないよ」


 ……。

 音が……しなくなった。

 決着。ああ、と俺は理解する。


「……殺したのか、ティルミア」


「うん、殺したよ」


 あっけない、幕切れだった。


「あ、明かり……つけるね。ホワイトミントさん、生き返らせないとでしょ」


「お……おう」


 ボゥと小さな音がして、ティルミアの手元で明かりがついた。ライティングの魔法使えたっけ? と一瞬思ったが、ラーシャに渡していた簡易ランプだった。


「お、お前……なんちゅう格好しとるんだ」


 ティルミアの身体は、血塗れだった。ラーシャの血、だけではないのだろう。衣服があちこち破れて、肌も傷ついているようだ。


「大丈夫か?」


「結構キツかったよ。だいぶ傷を受けちゃった」


 強かったよあの人、とティルミアは微笑んだ。なぜこんな時に微笑むことができるのか俺にはわからない。


「勝った……のか」


「うん。金儲けのためなんて中途半端な殺人鬼に負けない」


「お、おう……。傷は平気なのか?」


「うん、ほとんどかすり傷だけど、肩のが少し深いのと、たぶん足の骨に少しヒビ入ってる。サフィーさん、後で回復お願いできます?」


 見ると、サフィーはただ、魂の抜けたような顔でボンヤリこっちを見ていたが、ハッとして頷いた。

 無理もない。俺だって、何度もこんな目にあってようやく慣れてきた。


「それより、ほら。急がないと。蘇生」


「お……おう」


 しっかりしろ、と俺は自分の意識をなんとか目の前の事態に集中させる。

 ホワイトミント……いや、リブラか……の蘇生は確かに急がなきゃならない。

 俺はぼんやりとした明かりの中で、遺体を見下ろす。傷の修復は済んでいるのであとは蘇生魔法だけだ。


「あらかじめ言っておくけど」


 ティルミアが、言った。

 俺は呪文の詠唱に集中しているので返事はしない。


「今回は、あの殺人鬼……ラーシャは生き返らせないでね」


「……」


 危うく呪文の詠唱を中断しそうになる。目だけでティルミアを睨んだ。


「生き返らせても、同じことを繰り返すなら、私がもう一度殺す。今回は軍に引き渡しても、ダメ。すぐ出てくると思う」


 どうしてだ。殺人鬼ってやつは、脱獄だって可能だってことか? お前が出てきたみたいに?

 俺がそう思ったのが伝わったのか、ティルミアは首を振った。


「たぶんラーシャは、軍に通じてる。だから、突き出しても罪がうやむやにされると思う」


 軍に、通じてる?

 どう言うことだよ。

 俺はまたしても、呪文の詠唱を中断しかけた。

 話の続きは後だ、とティルミアに目で告げた。


 *


「……うーん」


 ウサミミの少女は案外すぐに目を覚ました。


「大丈夫か」


「蘇生ですね。私はやはりあいつに殺されましたか」


「……飲み込みがえらく早いな」


 全く驚いた様子もない。


「ええ。食堂を調べていて、蛇黒針の痕の付き方から、攻撃が壁の外から行われた可能性に気づきました。となるとアリバイの意味が変わる。夜になってからその話をあの男にしに行った時、偶然彼の部屋の窓枠に土がついているのに気づきました。それで真相に気づきました。彼は一度窓から外に出て、食堂の外側に回って中に入らずに壁越しにチグサさんを殺したのです。あの板壁は少し隙間もありますから狙いもつけやすかったのでしょう。それを問いただしたら……返り討ちに」


「……お、お、おう。いきなり矢継ぎ早に情報共有ありがとう」


 蛇黒針が、壁の外から打ち込まれた……。なるほど、それなら食堂に来る必要なく犯行が可能だ。それをこの助手……いや、探偵は気がついていたということか。


「……そこに倒れているのは……?」


 指さした先には横たわる、血塗れの元探偵。


「あれはそう、リブラと名乗っていた探偵だ。……リブラは、そもそもあんたの名前、らしいが」


「ええ、その通りです……」


 あっさりと認めたので驚く。


「お、思い出したのか!」


「いえ、すみません少し記憶が混乱して……。私は、そう、リブラです。探偵、なのですが……」


「あいつは、あんたの名前を騙っていた。探偵のフリをしていたが殺人鬼だったらしい。ラーシャというのがあいつの本当の名前だ」


「そうですか……彼を、ティルミアさんが?」


「ああ、倒した」


「うん、殺したよ」


 俺とティルミアで言い方が違う。


「ティルミアさんはなぜ、ここに?」


「脱獄したんだ、こいつ」


「人聞き悪いなあ。ちょっと門番さんが見てない隙に、窓に穴開けて出ただけだもん」


 正真正銘の脱獄じゃないか。

 助手も驚いたようだった。さすがに。だが咎めるようなことは言わなかった。


「なるほど。それにしても私としたことが……油断しました」


 ……頭を押さえて顔をしかめるリブラ。


 *


「で? さっき言ってた、ラーシャが軍に通じてるってのは、何だ?」


「うん、牢屋に入ったときに、牢番が話してたのが聞こえたの。今度の連続殺人事件の被害者になった二人の兵士、軍の偉い人を怒らせたらしい、だから殺されたんじゃないかって」


「な……。何だそれ?」


「軍の上の方にはこっそりお抱えの殺し屋がいるやつがいるらしい、って話してたの。わかんないけど……あいつが連続殺人事件の犯人なら、それなんじゃないかな。お金で動くとか言ってたし」


「……」


「それから、どうもそのお偉いさんが殺人鬼と蘇生師を嫌ってるらしいって聞こえて……。それで私、タケマサくんが危ないかもって思ったの」


「それで脱獄してきたのか」


 頷くティルミア。

 軍の、上の方……。腐敗があるってことか?


「こいつが、この事務所のメンバーにいやに詳しかったのは、その軍の誰かから情報を貰っていたから、ということか……」


 

「大丈夫か!」



 突然、教会の扉が開いた。

 見知った顔が入ってくる。


「ミレナ……それに、メイリ。あんたまだ明日の夜まで戻らないんじゃなかったのか」


 やって来た二人は、俺たちのほうを見て、ホッとした顔を浮かべた。


「無事だったか……てことは、そのリブラを名乗っていた男は逃げたのか?」


 そう言ったのはメイリ。


「え、殺しちゃいましたけど」


 ティルミアの言葉に二人が絶句した。


「あれ、ティルミア……さん、牢屋にいた筈では」


「こいつフランクに脱獄してくるからな。要注意だぞ」


 俺はティルミアを指差して苦笑する。

 メイリがミレナに言った。


「そこにいるのが本物の探偵リブラだ」


「……え?」


 ミレナが驚くのも無理はない。メイリが指差したのはホワイトミントと呼ばれていた女。


「……そう、なのですが……。ただ、私は……ホワイトミントという探偵助手で……」


 当の本人はまだ困惑している。記憶の混乱、か。

 メイリは頷いた。


「たぶん一種の暗示をかけられていたんだろう。蘇生したことで、元の記憶と、暗示による偽の記憶とが混ざって混乱してるんだな。……ミレナ、解けるか?」


「暗示、ですか。……ええ、おそらくは。やってみます」


 ミレナが、元助手に近づく。


「私は……記憶を」


「ああ、改ざんされていたんだろう。私が先週、君と会った時には君はまさしくリブラと名乗っていた。探偵リブラ、とね」


「……私、偽の記憶を持たされていたのですね」


「操作されたんだな。私が事務所にスカウトしたのは、君だよ。名探偵リブラ」


 なるほど、と俺は頷く。チグサが言われていたのは彼女のほうだったわけだ。


「……ホワイトミントってのは偽名だったんだな。あのラーシャが勝手に考えた」


 ふざけた名前なわけだ。


「暗示が解けるか? ミレナ」


 頷いてミレナは、小さく呪文のようなものを唱えてホワイトミントの額に手を当てた。

 そして、頷いた。


「ビンゴです。かけられてます。少しだけ立場の誤認、あと記憶の封印がかなり。……解除は可能です」


 よしやってくれ、とメイリ。

 俺は……色々と既に事情を聞いている様子のメイリを睨む。


「メイリ……あんたがいないばかりに大変だったんだぞ。説明しろ」


「いいとも。説明しよう」


 メイリは頷いた。ミレナには処置を続けるように身振りで促す。リブラを寝かせ、その額に手を当てた。


「私がこの街でスカウトしようとしていた一人が、そこにいる探偵リブラ。先週やっと会えてこの事務所に来てほしいと伝えたんだが、どうもかぎつけられたらしい。近いうちに行くと連絡があったのになかなか来なかったが、その男に捕まったのだろう。その男は暗示をかけて彼女を助手ということにし、かわりに探偵になりすましたんだ。そして私の居ない隙を狙って事務所に来た」


「何のために」


「狙いはおそらく……君とティルミアだろう。ともかくその男は自分をリブラだと名乗り、リブラという探偵が来ると話しておいた私の言の裏を合わせた。君らはそれで事務所に二人を迎え入れた。そして事件が起きた」


 あとは君らが知る通りだ、とメイリは言った。


「来る途中ミレナに聞いたが、探偵としてのライセンスを持って魔法を使ったりしていたのも彼女の方だろう。その男は探偵のふりをするにあたり、彼女のスキルを利用した方が有利だと考えた。だから暗示をかけて一緒に連れてきたんだな。万が一彼女の顔を知っている私が帰ってきた場合にも一緒にいれば色々言い訳のしようがある。彼女は代理人だとかいってな」


「なるほどな。それに……彼女を連れてきて職業不明ということにすれば、ティルミア以外に濡れ衣を着せる保険が出来るってわけか」


 俺の言葉でメイリは察したようだ。


「なるほど……色々あったようだな」


「まあな。危うかった」


 俺とメイリが話している間に、ミレナの作業が終わったようだ。


「解除できた……と思います。ただ、記憶の操作を少し強引にされていて、急に起こすと精神に負荷がかかると思うので、二、三日眠るよう催眠をかけました」


 床に寝かされているリブラ。意識は無いようだ。


「しかし……この男……ラーシャか。誰なんだ? 殺人鬼と言ってたが、暗示のような魔法まで使えるのか?」


「そんなはずない。ライセンス的に殺人鬼には無理だよ」


 ティルミアは首を振った。


「そう、そいつはおそらく、使われているだけだ……」


「使われて……って、誰にだ。メイリ」


「私が甘かった。おそらく……」


 バァンッ……と、突然音が響き、光が扉から入ってきた。稲光が差し込むと同時に。



「ご名答。いやあ、お見事お見事」



 どこかで聞いた声が、響いた。


「ラーシャが殺され、リブラは取り戻されてしまった。タケマサくんを始末することもできなかった。壊すことができたのはティルミア君に対する信用くらいか。なかなか物事上手く運ばないねえ」


 白いローブを着た人間が三人と、そして。


「レジン……!」


 メイリが、珍しくその口調に感情を滲ませて言った。


「やはりお前だったか」


 不敵に笑う、レジン。


「返して貰うよ、その男は唾棄すべき殺人鬼だが、金で動く実に使いやすい男なんだ」


 横のローブの一人が、手を上げ、呪文を唱えた。


「セームラス、ネルカ」


 瞬間。

 空中から漏れ出すようにしていきなりラーシャの体がそいつの前に現れた。慌てて振り返るとさっきまでティルミアの足下に倒れていたラーシャの死体がない。


「なっ?」


「やれ」


 今度は反対にいた白服がうなずく。


「レム。ソダリアム、テイロ……」


 呪文の詠唱が始まる。

 この呪文は……だいぶ省略されてはいるが、聞き覚えのある語順。


「まさか……蘇生魔法か……!?」


「そう。しかも、君のよりもっとずっと高度なものだよ。タケマサくん」


 レジンが笑った。


「させない!」


 白服の最後の一人が手を上げるのと、飛び出したティルミアが見えない壁にはじかれるのが同時だった。


「っつう……。結界魔法……違う、盾魔法……?」


 パシン。

 蘇生をかけていた白服が両手を打った。


「終わったか」


「はい」


 ……。

 お、おいおい。

 さっきまで死んでいたはずのラーシャが。


 ……起き上がった。


 体を起こしたラーシャは、頭を振って何事か会話を黒服と交わした。


「馬鹿な。こんな短時間で……?」


 一分と経っていない。俺がいつも、小一時間ほどかかる、蘇生が。こんなにも短時間で。


「これが素人蘇生師とプロの違いだよ、タケマサくん」


 稲光。教会の天窓から一瞬差し込んだその明かりで、蘇生を終えた魔術師の顔が白いローブから覗くのが見えた。

 女だった。この女が……プロの蘇生師。

 全ての命を軽蔑するような、冷たい、目。その切れ長の目には何の慈愛も宿ってはいないように見えた。


「この!」


 ティルミアが、腕を上げた。その指から伸びる、蛇黒針(シガレット・クッキー)

 だが、それも空中で止まる。見えない壁に阻まれる。


「ティルミア、無駄だ。こいつは準備して来ている」


「でもメイリさん、あの殺人鬼は、殺さないと」


「今は無理だ」


 俺は、レジンに叫ぶ。


「お前、何者なんだ。殺人鬼に蘇生師……どっちもこの街にはいないんじゃなかったのか」


「表向きはね」


「お前……軍人だったな。この国の軍は裏の顔があるってことか」


 その問いに答えたのはメイリだった。


「違う。タケマサ、軍じゃなくこいつに、裏の顔があるんだ。こいつは影でこの国を支配したがってる、幼稚な狂人だ」


 メイリの言葉にレジンは朗らかに笑った。


「あはは。おいおいよしてくれ、支配なんて。僕はただ、人が人の生死をどうこうしようなんておこがましい、そう思っているだけだよ。殺人鬼に蘇生師。どっちもこの世に存在するべきじゃない。しかし存在するなら、きちんと管理されていなくてはならない。正しく使わなければ人の世に途方もない混乱を招く、危険な存在だ」


「正しく使う? 人知れずタケマサを闇に葬ろうとした人間がよく言う」


 ふん、とレジンは鼻で笑った。


「タケマサくんはコントロールしにくいからね。いなくなってもらった方が手っ取り早い。必要なことだ。君たちも、だよ。今夜この教会でティルミアくんが君ら全員を殺害し、そして軍に捕まる。それが筋書きだ」


 直感する。

 本気で言っている。そして横にいる白いローブの連中にはそれができると言っている。

 こいつはやばい。


「出来ると思うの?」


 ティルミアが、前に出た。


「出来るよ。この「盾」はこちら側からの攻撃は通す。ラーシャが君らを串刺しにするんだよ」


 はっとした顔をして。

 ……ティルミアは、素早く周りを見渡した。


「メイリさん、ごめんなさい。囲まれてる。さっきの盾魔法……教会を覆うように張られていて、物理的に外に出るのが難しいです」


 俺は周りを見渡すが、何も見えない。


「あいつの言うとおりにされた場合、私は全員は守れないかもしれない。せめて……タケマサ君だけでも」


 おっと、とレジンが右手をパーの形に広げた。


「だめだよティルミアくん。こちらの魔術士は天才でね。三人で発動する魔法なら君は眠りに落ちるのは避けられない。誰も守ることはできない」


「……」


 ティルミアが黙った。汗が浮かんでいるのがわかった。


「ティルミア、壁を破る方法はどうしても無いのか」


「あるけど、タケマサ君を守りながらじゃ難しい」


「なら破るほうを優先しろ」


「できないよ!」


「ならティルミアさん、私がタケマサさんの防御に徹します。私がたとえ死んでも、後でタケマサさんに蘇生して貰えば良いのですから」


 ミレナがそう言うが、またもレジンが口を挟んだ。


「おっと、だめだね。ミレナくんは呪いのせいで自分を犠牲に誰かを守るなんて行動は取れない。そうだろ?」


「……!」


 悔しそうに口を噛むミレナ。


「かといってメイリやそこにいる回復屋じゃあ、外からの攻撃からタケマサ君を守るなんぞ無理だ。リブラくんは寝ているしね。伸びるワイヤー魔法をたたき落とすなんて芸当は常人離れしていないと不可能だ」


 メイリは言う。


「なあ、レジンよ。お前が狂っていることは昔からわかっていた」


「なあ、メイリよ。一つ聞きたいんだがお前は……なぜ妹なのに僕の邪魔をしようとする?」


 はっとメイリは息を漏らした。


「お前を兄と思ったことなどない。身内は選べないからな」


 ふん、とレジンは笑い、そして手を上げた。よろよろとラーシャが立ち上がった。


「やれ。誰からでもいい」


「了解……」


 ラーシャがゆっくりと隙をうかがうように立ち位置を変える。


「君らはいてはいけない。特にティルミア君とタケマサ君。自分勝手に人を殺したり生き返らせたりするのは、人に許された行為ではない」


 レジンの言葉をメイリは笑い飛ばす。


「それはお前だよ」


「そうかい。さよなら妹よ。僕はただ、誰も死ななくて済む世の中を作りたいだけだよ」


 ラーシャが腕を上げた。


「大きなお世話だな。我々のモットーは、死なないように生きるのではなく、生きるために死ぬことなんでね」


 メイリがそう言って笑った。



「その通りである!」



 響き渡る、突然のテノール。


「だ、誰だ!」


「説明しよう! 我が事務所が誇る召喚魔術師、それがチグサなのである!」


 俺達の体が光に包まれた。


 *


「こ……ここは?」


 森の中だった。


「……森……」


 静かだった。


「街から数キロ離れた森だ。どうやら脱出できたようだな」


 メイリが平然と言う。

 俺とティルミア、サフィー、ミレナにリブラ。メイリと……そして、チグサ。あと見覚えのあるナイスミドル。


「ビルト……だったっけ」


 確か……ミレナの年齢でひとネタ持っていた人と言うくらいの認識しかなかったが。さっき、響いた声は……この人だよな。


「いかにも我が名はビルトである。しかし召喚したのは違う。我は通信担当。遠く離れた仲間に声を届け、また声を聞き受けることができるのである」


「チグサ、ご苦労だった。良いタイミングだったよ」


 メイリが言うと、チグサは胸をどんと叩いた。


「えっへん! 今度は失敗しなかったでしょ」


 驚いた。チグサが召喚とやらで、俺達を全員この森に脱出させた、ということなのか。


「チグサ……あんた、ただの酔っ払いじゃなかったのか」


「ひっどーい!」


 チグサはしかし右手に酒瓶を持っているので説得力がない。


「さて、話は後だ。事務所の他のメンバーは先に行ってるな? このまま国境を抜けて隣国へ行くぞ」


 メイリがそう言って俺達を見る。


「なんてこった……。予めここまで予想してたのか、あんた」


「保険はかけておくものだ」


 事務所のボスはニヤリと笑った。


 こうして、俺がこの世界に来て最初に辿り着いたあの街での日々は、唐突に終わったのだった。俺とティルミアは、メイリの事務所の連中とともに、隣の国へと旅立った……。


 *


「……あの!」


 振り向くと、サフィーだった。


 サフィーは、物凄く困った顔をしていた。俺たちも皆、申し訳ない顔をしていたと思う。

 つまり、そういうことだ。



「私……巻き込まれたってことですよね?」

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