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結構可愛いんだけど殺人鬼なのが玉にキズ  作者: 牛髑髏タウン
第一章 「え、私? 殺人鬼」
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第一章 3/8

 瞬間、ガルフがこっちを振り向いて手を振りあげたのが見えた。俺はかろうじて反応し、彼女の手を引っ張って後方へダッシュ。


 と、転んだ。


 くそっこんな時につまづくなんて、と思ったが殴られたからだった。ガルフの振りおろした拳が、彼女の手をつかんでいた俺の腕のほうに当たっていた。

 痛い、とか折れてるかも、等と思う余裕もなかった(後でわかったが、骨は折れていた)。


 嘘だろ俺喧嘩に巻き込まれてんのかよ。

 一瞬で背筋に汗が吹き出す。

 ただ、身体を起こさなくてはと必死で、床をのたうちまわるように不器用に転がりながら、なんとかもう片方の腕で身体を支えて上半身を起こす。

 だが。

 その時には。


 終わっていた。


「ぐぶっ」


 ガルフの喉に、ティルミアの拳がめりこんでいた。

 冗談みたいな光景だった。下から突き上げるようにして繰り出された彼女の小さな拳がガルフの喉に埋まっている。


「る゛ぅぅ」


 変な声を漏らしてガルフが倒れる。

 どうした何が起こった、とか大丈夫か、とか、早く逃げろ、とか言葉を色々思い浮かべながら、結局俺の口から出たのはただのうめき声だった。


「……う、うおぉ?」


「あ、タケマサくん、だいじょうぶ?」


「え、いや、ティルミアは」


「私は平気。ごめんね、巻き込んじゃって。あとで回復屋さんいこ」


「お、おお」


「あ、ちょっと待ってね。トドメさすから」


「と、トドメ?」


「うん。まだ生きてるからあの人」


「い、いやいや待て。待て」


 俺は身体を起こす。

 ああ、くそ。頭が展開についていかない。

 ガルフは、完全にのびていた。気を失っている。


「なんてこった……。ティルミアが殴ったのか? 本当に? ……死んでるんじゃないの? これ」


「ううん。喉をつぶしただけ。息はしてる。声が出なくなったりはするかもしれないけど」


 淡々と言いやがって。怖いわ。


「トドメって……殺すのか?」


「え、うん」


「それ、やらなきゃだめか?」


「え……?」


 キョトン、という擬音がピッタリはまりそうな顔。

 周りを見渡すと、ホテルのスタッフたちも含め皆が唖然とした顔をしている。無理もない。


「このまま縛っときゃいいじゃないか。軍隊とかに引き渡せば。さすがに捕まえた狼藉者を牢屋に入れとくくらいはしてくれるんだろ」


「してくれるけど……でも大丈夫だよ? 私、殺せるよ。殺しといたほうが良くない?」


 ちょっと首を傾げた可愛いしぐさと台詞があってない。


「気を失ってるんだから、このまま拘束できるなら殺す必要ないだろ」


「うん、それもそうだね。わかった」


 彼女は頷いた。よかった、素直に従ってくれた。俺はほっとする。


「なあ、すまない! 誰か、ロープか何か持ってきてくれないか?」


 周りで見ていたホテルのスタッフらしき人に声をかける。

 それを合図にしたかのように、いきなり周りで拍手が巻き起こった。


「すげぇえええ!」


「あの子すごい!」


「かっこいい!」


 遠巻きに見ていた客やスタッフ達が一斉に歓声を上げたのだ。

 皆の視線はティルミアに釘付けだった。


「あのガルフをやっつけるなんて、お嬢ちゃんやるなあ!」


「あ、あの……あ、ありがとうございます」


 ティルミアはぺこぺこと頭を下げていた。また顔が真っ赤になっている。そういう性質らしい。


「お客様、お代は結構ですから、どうぞいくらでも泊まっていってください」


「え、そんな……」


「構いません。お連れ様の分もタダで結構でございます。ちょうど空きましたので、最上階の一等客室をご用意いたします」


 揉み手をした支配人らしき人がすり寄ってきた。


「え、そんな……私はそんなつもりじゃ」


 ティルミアがうろたえている。


「おい、俺からも礼をさせてくれ! あいつにはいつも売り上げ持ってかれて困ってたんだ」


「俺もだ。娘を傷物にされた恨みを晴らしてくれた」


 どうやら、騒ぎを聞きつけてホテルに群がってきた人々らしい。口々にティルミアに握手を求めたり、礼だと言って金を渡そうとする。

 そして俺は今更になって気づく。


「う、うおぉ……う、腕がいてえええ」


 頬をつねるどころか骨折で夢じゃないことを知るとはな、と思った。


 *


「感動した。回復魔術って……凄いんだな」


 俺はしみじみと言った。その言葉通り、感動だった。


「タケマサさんの世界からいらした方は特に感動なさいますね。私たちからすると、魔術を使わなくても骨折の治療が可能だというほうが逆に凄いと思うのですけれど」


 サフィーと言う、物腰の柔らかい女医さんだった。いや、医者とは言わないのか。「回復屋」と呼ばれていた。ちなみに白衣は着ていない。


「どういう仕組みなんだ? 魔術とか魔法とかってのは」


「魔術とも魔法とも言いますが、精霊力という力を使って精霊の力を借りるために決まった術式……呪文とか、印を結ぶとか、魔法陣を描くとかですね……そうした手続きを踏むことで、様々なことができます」


「そういや転職の神殿の人も言ってたな。精霊力を行使するのにライセンスが要るとかなんとか」


「そうですそうです。ライセンスとは本来は営業許可のような意味合いはなくて、単に精霊の力を借りるための契約です。ライセンスの種類に応じて力を借りられる精霊の種類が異なります。例えば炎熱魔術師のライセンスであれば、火炎魔法を司る精霊との契約がメインになります」


「火炎魔法。凄いファンタジーっぽいな」


 サフィーは苦笑した。


「炎熱系は危ないので町中では使えないよう結界が張ってありますけどね。町中で戦うとか対人戦とかなら、筋力増強系の魔法が使える職のほうがいいと思います」


「そんなプロテインみたいな魔法があるのか」


「プロテイン? それはどんな魔法ですか」


「筋力トレーニングをしつつ毎日飲むことでムキムキになる魔法だ」


「地道な魔法ですね」


「だが誰でも使えるのがいいところだ。俺のいた世界ではスポーツ選手からただマッチョになりたい連中まで誰でも使える。ライセンスは要らなかった」


 サフィーは頷いた。


「そうですね。この国でも筋力増強系魔法は比較的様々なライセンスで使えます。格闘家、剣士、などなど」


「結構細かく分かれてるんだな」


 そういえばあの職業リストは何ページもあったっけ。


「複合職と呼ばれる、領域横断的にいろんな技や魔法を使えるライセンスもあったりしますから。それはそれで一定の制約がありますが」


「あんたも魔術師なのか?」


「ええ。私は回復魔術師のライセンスを受けているので、回復魔術しか使えません」


「……だが凄いな。どんな怪我とか病気でも回復できるのか?」


「大抵はなんとかなりますよ。さすがに老いは回復できませんし、死んじゃってたりすると私には手に負えないですけど」


「そうなのか。世の中都合よくはいかないもんだな」


「うふふ。そうですね。一応、蘇生魔法というのも存在するのですけど。今のライセンスの分類だと、蘇生師という回復魔術師とはまた別のライセンスを受ける必要があるんです」


「蘇生師。蘇生専門の職業ってことか」


「ええ。ただ、ほとんどいません。この街にも一人もいなかったと思います。ライセンスを受けるための試験は簡単なんですけど、蘇生魔法自体が物凄く精霊力を必要とするので、ライセンスを持ったからと言って誰でも使えるわけじゃないんです。ライセンスを得れば普通はある程度の精霊力の底上げがあるんですが、蘇生魔法はとてもそれじゃ追いつきません。それに何より、蘇生師という職業は他の技能が全く使えませんから。潰しが効きません。だからなり手がいないんです」


 やはり職業は潰しが効くことも大事か。どこも変わらんな。


「さっき言ってた複合技能職ってのでは、無いのか? その蘇生魔法が使えるのは」


「ありません。蘇生ができるのは蘇生師のみです。なんでそうなっているのかは政治的な理由も多分にあるのでしょうけれど……」


「ふん。そうなのか。ものすごく需要がありそうに思うがな」


 生き返らせられるなんて、それこそ魔法だ。どんなに高い金を払ってでも、という人もいるだろう。


「需要ありますよ。実際、よその街には開業してる人もいるんです。でも、トラブルが多いんですよ。蘇生魔法って本人の能力以外にも、凄く制約が多いですから。数日以内、時には数時間以内に蘇生開始しないと生き返らないとか、生き返っても完全な回復じゃなかったりとか……。でもそんな事情は依頼する人は理解してくれませんから。娘の蘇生を願ったけど叶わず、親が逆恨みして蘇生師を殺しちゃったりする事件もあったりしましたし」


 ……なるほど。確かに実際、そんな商売はいくら儲かるとしてもやりたくないかもしれない。


「だから今はほとんど、国王お抱えでやってる人が多いですね。国が雇ってくれて、国王が許可した場合だけ蘇生をかける。それならトラブルも少ないです。……ですから庶民にはなかなか手が届かない魔法になりましたね」


 そう言うとサフィーは、俺の腕をぽんぽんと叩いた。


「もう十分でしょう、いいですよもう、動かして」


 ものの三十分もかからなかった。痛みもないし、腫れも引いた。動くし違和感もない。


「骨折がこんなにすぐ治るなんてな……感動した」


 ぷっとサフィーが吹き出した。


「五回目ですよその台詞」


 仕方がないだろう、感動したのだから。


「回復魔術師が人気あるのもわかる気がする」


「なんなら、なってみたらどうですか?」


「いいのか? 同業者が増えても。商売敵じゃないのか」


「まさか。回復魔術師がいくらいても足りないくらいですよ。この街、喧嘩ばっかりですし」


 確かに。さっきのホテルのトラブルもそうだが、雰囲気が明るいわりに治安の悪い街なのかもしれない。


「それじゃ、お大事に。お代はホテルのほうから貰ってますから結構ですよ」


 そういえば、どさくさでホテルや客の連中からずいぶんと金をもらってしまっていた。俺がというより、ティルミアがだが。


「助かった。ありがとう」


 礼を言って診察室(?)を出る。


「……ずいぶん、楽しそうだったね」


 ティルミアがいた。


「治療費は貸しにしといてくれ。文無しだからな」


 ぶんぶんと首を振るティルミア。


「まさか。私が出すよ。私のせいだし……それに私たち、パーティ組んだ仲間じゃん」


 そうだったのか。知らなかった。


「しかし、回復魔術ってのはなかなか凄いな。種も仕掛けもない本物の魔法だった。骨折がこんな短時間で治るなんて信じられない。感動したよ」


「……どうせ私は人を感動させられませんよーだ」


 よくわからないすね方をしている。まあ殺人で人を感動させることは確かにできないだろうが。


「子供か」


「なっ。失礼な。これでも17歳のレディーよ」


「いや本当に子供じゃないか。若いな。俺は23だからな。六歳差はでかいぞ」


 まあ見た目は確かに幼いとは思っていた。だが職についたということでもっと年齢が上かと思いこんでいた。この世界では就職が早いのかもしれない。もっとも殺人鬼に限ってはなるのに早いも遅いもない気はするが。


「あの回復屋さん、何歳くらい?」


「いや、聞いてないが。なんだ、いやに気にするな」


「べつに」


「……殺すなよ」


「ぶっ。こ、殺さないよ! 私が誰彼かまわず殺すと思わないでよね」


「すまんすまん」


 そうだよな。それじゃただの殺人鬼だ。……あれ、殺人鬼か。


「しかし本当に回復魔術ってのは便利だな。神殿でも薦められたし、それもありかもしれんと思い始めている」


「詐欺師っぽいとか言ってなかったっけ」


「俺の世界だと魔術師を名乗っていても何も魔術を使えないのが大半だからな」


「それは確かに詐欺かもね」


「だがこの世界では違う。本当に使えるなら、そりゃ確かになってみたいよ。少なくとも体力で勝負するよりも俺には向いてる」


「……それはそうかも。あのくらいのパンチは避けられないと、魔物と直接戦闘をするのは厳しいかも」


 なんだ。俺の運動神経はこの世界じゃ相当低いのか? ティルミアが凄いだけだと思っていたが。


「魔物とってなんだ。そんな物騒なところに身を投じる気はないよ」


 街の外に出なければいい話だろう、たぶん。


「でも回復魔術師になるなら四、五人でパーティ組んでダンジョンとか冒険したほうが楽しいよ」


「俺は街医者でいい。サフィーさん言ってたぞ。いくらいても足りないって」


「……ふぅん。やけに乗り気なんだね。やっぱり、ああいうタイプが好み?」


「ああ。俺にはそっちのほうが向いてる。それに、開業医は俺のいた世界じゃ高収入の憧れの的の職業だったしな」


「そういう意味じゃなくて……。まあいいや」


 回復魔術師か……。俺の目指す道が見えてきた気がする。まさかこの年になって医者を目指すことになるとは思わなかったが、この世界では馬鹿高い学費を払わされることも無いだろう。

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